スナオチョコ3/4
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そして翌日、バレンタイン。
今日まで仕事が休みなので、仕込みに追われることなく一階の居間で優介と愛がのんびりと朝食を取っていた。
「ごちそうさま。今日の出し巻きはなかなかの物だった」
「ありがとうございます」
高評価をもらい愛は嬉しそうに頭を下げる。
平穏な朝の風景に、のんびりとした時間。
特に優介にとって一日のうち、安らげる僅かな時間。
いつもなら恋がチャイムも鳴らさず入ってきて、朝食を一緒にするのだが今朝は珍しく遅い。
そのチャンスを愛は見逃さず、登校時間まで自室で過ごそうと立ち上がる優介に
「あの……優介さま」
これまた珍しくモジモジとテーブルにリボンの付いた長方形の透明ケースを差し出した。
「バレンタイン……おめでとうございます」
「……バレンタインはめでたいのか?」
呆れたような指摘に愛は顔を真っ赤に染めた。
初めてのバレンタイン、しかも優介に渡すということで冷静さを失ってしまったらしい。
「失礼しました。あの……これは私から」
咳払いを一つ、改めて愛は言いなおした。
「優介さまに、その……チョコレートを渡したく存じ上げます」
「口調がおかしいが……まあいい。ありがたく受け取ろう」
言葉通り大切に手に取る姿に愛は笑顔を浮かべる。
「ありがとうございます」
「礼を言うのはこっちだがな。ほう? これはトリュフか」
透明ケースから透けて見える一口サイズのハート型チョコが四つ。
その完成度はココアパウダーの落ち着いた雰囲気が美しい。
「優介さまの好みに合わせ甘さ控えめにしています」
「なら手作りか」
「はい。私の、上條……愛の気持ちを込めた手作りチョコレートです」
「何故いちいち名乗る?」
愛の言動を不思議に思いながらも、優介は微笑する。
「ならば俺も心していただこう。愛、感謝する」
もちろん告白するつもりはない、だが間接的に思いを告げられたことに満足していたのだが――優介は全く気づかなかった。
それでも改めてお礼を言われて満面の笑みを浮かべる愛だったが、ズカズカと入ってくる無粋な足音にため息を吐いた。
「ごめん遅くなった!」
「相変わらずうるさい奴だ」
息を切らして居間へ入る恋に呆れる優介は、愛に食事を用意するよう告げて部屋に行ってしまう。
「早くお食べなさい」
「悪いね。じゃ、いただきまーす!」
用意してくれた朝食に感謝して食べ始める恋の姿を無言で見つめていた愛だったが
「一足遅かったですね、恋」
「ふぁにふぁ?」
「食べ物を口に入れたまま喋らないでください。チョコレートですよ、私は先ほど渡しました。一番最初に渡しましたよ」
勝ち誇ったように告げる愛だが、恋は気にした様子もなく食事を続けるので肩透かしを食らう。
「ふ~ん。ま、いいんじゃない?」
「……そうなのですか?」
やはりいつもと様子の違う恋に愛は首を傾げるばかりだった。
◇
バレンタインともなると学園内でも甘い香りが漂い、休み時間のたびに教室でチョコの受け渡しが目立つ。
『鷲沢くん、これあげる』
『あの……どうぞ』
『私の気持ち、なーんてね』
「…………人気がお有りで羨ましいこと」
そして優介に渡す女子も多く恋が度々嫉妬していた。
強面で口調も悪く俺様主義の優介だがこの歳で一店主という大人びた風貌と、接していれば分かる優しさで密かに人気があったりする。
「愛がいたら今頃大騒ぎね」
「ふん」
興味なさげな優介だが受け取ったチョコレートは大切にロッカーへ。持ち帰ってから大事に食すつもりでいた。
色恋沙汰に興味がないとは言えやはり渡してくれる気持ちと料理には誠実だ。
「でもみんな市販のだよな。まあ高そうな物が多いけど……」
ロッカーにある包みを見つめながら孝太が苦笑する。
渡しに来た何人かの女子の中には顔を赤らめている者もいたが、全て明らかに購入した物と分かる包装紙ばかりだ。
「そりゃあ相手はユースケだし、手作りするのには勇気いるわよ」
「納得。下手なもの作れないプレッシャーがあるわけね」
「……俺を姑みたいに言うんじゃねぇ。たとえ義理の気持ちだろうと心のこもった手作りを批判するわけないだろう」
「なにより、この鈍感ぶりだし……」
全て義理と決め付ける優介に孝太も呆れてしまう。
「まあいい。飲み物を買ってくる」
「じゃあ俺はコーヒーな」
「あたしはミルクセーキ」
「……パシらせるんじゃねぇ」
舌打ちしながらも孝太と恋から小銭を受け取り優介は教室を出て行く。
同時に――
「んで、宮部はもう渡したん?」
早速幼なじみとして心配してか孝太が尋ねた。
「コータに教える必要あんの? まあ愛は渡したみたいだけどね」
「愛ちゃんか……そりゃあ何よりで……」
「どしたの? なんか顔色悪くなってるけど」
「いや……ちゃんと渡せたなら俺の犠牲もムダにならなかったって言うかね……」
そう呟き何故かお腹と口を押さえて呻く孝太に訝しみながらも恋は思い出したようにポケットに手を入れた。
「まあいいや。ほい、コータ。一応バレンタインね」
笑顔で取り出したのは――ペロルチョコ。
物が物なら態度も態度、あんまりな渡し方なのに、何故か孝太の表情が華やいだ。
「だよなあ! やっぱ俺にチョコっていやペロルだよな!」
「な、なんか予想外の反応なんだけど……変なものでも食べた?」
「いやいや、すげぇ美味かった。美味かったんだけどよ……」
「?」
「…………量が」
孝太はそれ以上何も言わなかった。
◇
「鷲沢くん」
その頃、ミルクホールでコーヒーとミルクセーキ、自分用のほうじ茶を購入する優介は声をかけられていた。
「……なんだ?」
面倒げに(素なのだが)振り返ると花織が息を切らせて立っていた。
どうやら途中で見かけたらしく慌てて追いかけたらしい。
「あ、昨日はありがとう」
「何度も礼を言うな。用件を言え」
「うん……その……」
歯切れの悪い花織に若干イラついていた優介だがふと思いつく。
「なるほど、報酬か。で、俺を満足させられそうか?」
「あ……それは、まだ。えっと……実はね、放課後に屋上で渡すことに……」
「屋上?」
「ほら、鷲沢くんが今までと違う渡し方をしろってアドバイスしてくれたじゃない。去年も一昨年も私、いつもお家に行って渡してたから。学生らしく学校で渡そうかなって……」
だから今朝ラインで放課後屋上に来てほしいと送ったらしく、花織は耳まで真っ赤にして教えてくれた。
「でも返事がこなくて……来てくれるか心配で……」
「…………」
しかし今度は俯いて寂しげな花織を見つめ、優介はふと思い出す。
◇
「――おい」
昨晩、花織を送り届けた優介は声をかけられ振り返れば見覚えのある人物がいた。
「……なんだ」
それは部活帰りらしく制服姿の日向海里。彼の家は花織の家の近くなので、出くわしても不思議じゃない。
顔を見た瞬間、花織から聞いた話を思い出し優介の目つきが鋭くなる。彼は花織の心と料理を侮辱したので無理もない。
「なんで鷲沢がここにいるんだよ」
だが海里も日々平穏で仲間と食事する時のような子供っぽいイメージがなく、攻撃的な口調で尋ねてきた。
「どこにいようと、俺の勝手だ」
しかし優介は全く動じず吐き捨てれば、海里の目つきがいっそう鋭くなった。
「じゃあどうして――花織と一緒にいたんだよ!」
「それのなにがおかしい?」
「あいつが男と一緒にいるのなんか見たことないんだよ! まさかお前ら――」
一気に捲くし立てる海里に優介は納得した。
これは嫉妬だ。
今まで異性は自分だけだった幼なじみが別の異性と仲良く(かどうかは別として)こんな時間まで一緒にいたことが面白くないのだ。
無論それが恋愛感情かどうかは分からないが、今まで自らが花織との関係を隠していたのにこうして我を忘れて追求してくるのは恐らく――
「そんなに花織のことが心配か」
「なにっ?」
「ならちゃんと捕まえておけばいいだろ」
「どういう意味だよ!」
更に追求してくる海里にうんざりしたようにため息を吐く。
もともと印象が悪いのに、こうも悪者扱いされては優介も我慢できなかった。
「テメェで考えろ」
後ろで海里が何か叫んでいたが無視して、再び家路に着いた。
◇
あの時は忠告したつもりだったが、もしかすると海里は変な誤解をしたのかもしれない。
「鷲沢くん……? どうかしたの?」
「いや、何でもない」
無言を気にしてか心配そうに尋ねてくる花織に優介は首を振る。
「しかし放課後の屋上か。ベタだな」
「やっぱりそうかな……?」
「だが悪くないかもな。それにもしあいつが来なくても、諦めないんだろう」
「うん。決めたから……ちゃんと気持ちを伝えるって。もう逃げないって……だからもし海ちゃんが来なくても、お家に行って……ちゃんと渡して伝えるんだ」
優介の問いかけに花織はハッキリと自分の決意を口にした。
恋の言うとおり花織は成長した。
そして素晴らしい心の持ち主だ。
彼女の強さがあれば、万が一海里が誤解していても関係ない。
「なら報酬を楽しみにしている」
故に優介は何の心配もしなかった。
「用が済んだなら行くぞ」
「待って。まだ用件は終わってないの……というか、こっちが本命で……」
と、花織はポケットから小さな包みを取り出した。
「あの……お礼はいらないって言われたけど、やっぱり申し訳なくて……」
「律儀な奴だ」
「昨日は海ちゃんのを用意するので精一杯で……その、材料もなくなって学校に来る前に買った物で悪いんだけど……受け取ってもらえる?」
差し出されたのは市販のチョコレートで、花織は本当に申し訳なさげだ。
だが市販のチョコレートでも渡したいという気持ち、感謝の心がこもっているなら充分なお礼だ。
「律儀チョコ。ありがたく受け取ろう」
苦笑する優介に釣られて花織は笑った。
◇
そして放課後。
いよいよ花織の恋の行方が決まる時――もう一つの恋勝負の時が訪れていた。
「やば……なんか緊張してきた」
迫りくる勝負の時に廊下を歩きながら恋は思わず呟いてしまう。
「なんだ?」
「なんでも」
右隣を歩く優介に聞こえてしまい恋は素知らぬ顔で嘯いた。
二人は職員室からの帰りで、普段は日々平穏の営業があるからと日直や掃除をクラスメイトがしてくれる、代わりに定休日には順番関係なく必ず二人で行うようにしていた。
そして今日も放課後になると二人で日直の仕事と教室の掃除を済ませ最後に日誌を届けたのだが、やはり二人なので時間もかかり校舎内には人気がない。
だが恋はこれこそが狙いだった。
恋もまた花織と同じく今年のチョコレートはいつもと違う雰囲気で渡すつもりでいた。故に今の今まで愛や他の女子が渡そうが、優介に渡すのを我慢していたのだ。
もちろん告白するつもりはない。
だが幼なじみという気楽な関係の中に、ほんの少しでも自分が乙女なのだと意識してもらいたい。
放課後の誰もいない教室、そして初めての手作りチョコレート。
これだけ違えばさすがの優介も少しは……塩粒くらい意識してくれるかもしれない。
「ふふん、見てなさいよ」
「何を見るんだ?」
「なんでしょう」
再び決意が口に出てしまい怪訝そうにする優介だが気にしない。
むしろこれから訪れる勝負が気になって、恋自身が今までと違うシチュエーションに緊張してそれどころではなかった。
あと少し、もう少しで教室に着く、そこで手作りのチョコレートを優介に――
「……花織」
「へ?」
脳内シュミレーションをしていた恋だが、優介の声で我に返る。
そして前を見れば花織が歩いていた。足取りが重く、俯いていて
「恋ちゃん……鷲沢くん……」
二人に気づいて微笑む瞳からは涙が零れていた。
「ちょっと花織……どうしたの?」
「あ……うん。何でもないの」
慌てて駆け寄る恋に首を振るが、納得できるはずがない。
「何でもなくないよ! ちょっと……まさか……」
そして恋は一つの可能性を思いつく。
花織は今頃海里にチョコシュークリームを渡しているはず。
なのに一人で廊下を歩いて泣いている。
ならば思い当たるのは最悪な結末だ。
「渡せな……かった」
結末は断られたではなく渡せなかった。いや、渡すことが出来なかった。
放課後になり花織は屋上で海里を待っていた。
返事はなかったが、きっと来てくれると信じて待っていた。
しばらくして海里は来た。
来てくれた事が花織は嬉しくて、勇気を出してチョコシュークリームと自分の気持ちを伝えようとした。
「海ちゃんね……怒ってた。何でか分かんないんだけどね、凄く……怒ってて……」
必死に理由を問いかける花織に怒声を上げて、ついには――
「それで……ね。渡せずに……」
言葉を最後まで続けられず、泣いてしまう花織の手には可愛くラッピングされた箱。
「投げ……返され……」
海里に渡すはずだった想いの込められたチョコシュークリームの入っている箱が潰れているのが見えた瞬間。
「――――っ」
優介の何かが切れた。
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