スナオチョコ1/4
本日より「スナオチョコ」全四話の更新です。
アクセスありがとうございます!
冬の寒さもいよいよラストスパートになった二月。
四季美島で最も栄えている春海町は平日にもかかわらず若い女性で賑わっている。
その中に普段は下校時に寄り道せず、また余程のことがない限り春海町に来る事はない愛が制服姿で混じっていた。
「ふふ、いよいよですね」
しかも珍しく柔らかな表情で、街中に流れる音楽を口ずさみ上機嫌だ。
それも当然――週明け愛にとって最も待ち望んだイベントがやってくる。
恋する乙女の味方、モテる男に優しくモテない男には仏滅でしかないバレンタインデー。その準備に定休日を利用して材料の調達に訪れたのだ。
優介に出会ってもうすぐ一年、この日をどれほど待ち望んだろう? 一六年の人生で初めて渡す相手が出来た。
もちろん告白するつもりはない、ただ自分の愛する気持ちを込めたチョコレートを渡せれば満足だった。
「今こそ妻の力を恋に見せるときです」
それと料理の苦手な恋敵に大きく差をつけられる日でもある。恋がどれだけ高価なチョコを用意しても美味しいチョコを作れる自信があった。
だが――
「優介さまはどのようなチョコがお好きでしょうか……」
やはり日々平穏で優介に調理を許された愛だけあり、愛する人に喜んでもらいたい気持ちでいっぱいだった。
同時刻、やはり定休日を利用して恋も春海町に訪れていた。
「う~ん……」
ただ何故か本屋で、しかも愛とは違い眉間にしわを寄せた難しい顔。正直、恋する乙女とは思えない表情で雑誌を立ち読みしている。
週明けはバレンタインデー。
もちろん優介には何度も渡しているが、今年は今までのバレンタインとは訳が違う。
恋敵はきっと手作りを渡すだろう。
しかも料理上手なだけに自分では太刀打ちできないほど美味しいチョコだ。
愛には負けたくない、だがそれ以上に――
「ユースケに喜んでもらいたいしな……」
この一年日々平穏で働いて気づかされたことがある。
料理は食べてもらう相手を思う心が大切で、なによりも喜んでもらえるのだ。
今まで料理下手を理由に既製品を渡していたが、ならばと今年は自分の気持ちを込めたチョコレートを渡したくて手作りにチャレンジしようと決めた。
「それにしても……どこが簡単なのよ」
ただこうしてバレンタイン特集の雑誌を開いてはチョコの作り方を研究しても、料理の腕前は言いたくないレベルの恋にとって試験問題より難問に見えてしまう。
それに既製品を刻んで溶かして固めて完成の内容は手作りとしていまいちピンとこない。だがトリュフなど料理っぽく感じるレシピは理解不能。
「そもそもなんで溶かして固めただけで手作りなの? 別にカカオから育てろって言わないけどさ、これで料理って言える?」
ついには苛立ちのあまり根本的な部分を批判し始めてしまう。
諦めて違う雑誌に手を伸ばそうとした瞬間――
「「……あ」」
隣から伸びてきた手に声が重なった。
「花織じゃない」
「恋ちゃん?」
顔を上げれば再び声が重なる。
撫子学園の春制服に身を包む小柄で、肩ほどで切りそろえた髪に小動物を連想させる愛嬌のある顔――九重花織は恋と優介、そして孝太の中学三年時のクラスメイトだ。
「珍しいね、今日はお仕事ないの?」
「そーなのよ。おっきな休みになっちゃってね~」
実は先日から日々平穏は器具のメンテナンスや清掃が行われているので一週間の休業となっている。
もうすぐ再開して一年になるのでと十郎太が提案したのだが、急な話に反発するも衛生管理が悪いことはプライドが許さず、何より費用を全て持つと言うことで優介も渋々了承。
そのお陰で恋と愛はバレンタインに集中できると内心喜んでいたりする。
「花織は買い物?」
「え? あ、うん」
気軽に尋ねただけなのに花織は咄嗟に持っていた本を背中に隠してしまう。
「ほうほう『バレンタインレシピ集』ですか」
だが時すでに遅く、しっかりと見ていた恋はニンマリとタイトルを読み上げる。
「そうですかそうですか。もうすぐバレンタインですからね~」
「も、もー恋ちゃん……」
意味深な独り言に耳まで赤くして俯く花織の反応で分かるように、彼女は内気で恥ずかしがり屋。仲間内で恋愛話をしても消極的で、恋の知る限り男子と会話をしているところを見たことがないほどだ。
そんな花織がバレンタインに備えてレシピ集まで購入。
他人の色恋沙汰は蜜の味、しかも恋は普段から友人らに冷やかされる立場でもある。
「花織~ちょっとお茶しようよ」
「あ……あの……」
「オゴってあげるからね。さ、レッツゴー」
思惑に気づいてか戸惑う花織の手を取り恋は近場の喫茶店に移動。
更には勝手に二人分のケーキセットを注文して、お冷を一口飲むと
「で、誰にあげるの?」
「……恋ちゃん、相変わらずの行動力だね」
早速追求してくる恋に花織は小さくため息を吐く。
「いいじゃない。花織はあたしの知ってるんだしさ」
更には自虐ネタまで披露されてはもう笑うしかない。
知っているも何も、仲間内どころか恋と優介を知る者には完全にバレバレなのだが。
「あ、でも本当に言いたくないならいいよ。別にそれが聞きたくて誘ったわけじゃないから。花織とゆっくりお喋りするの久しぶりだもんね」
そう続けて無邪気に微笑む恋に花織もつられてしまう。
「……本当に、恋ちゃんは相変わらずだね」
「そうかな? まさかあたし成長してない?」
「どうかな?」
「かーおーりー」
と、すごんで見るものの二人は同時に笑ってしまう。
世話好きで強引なところもあるが、恋は相手の気持ちを尊重し嫌がることは絶対にしない。なにより周囲を明るくする無邪気な笑顔。
人見知りな花織もこの笑顔に惹かれて仲良くなるのに時間はかからなかったのだ。
「あの……ね。絶対に誰にも言わない?」
「教えてくれるの? もちろん! 絶対秘密にする!」
故に花織は恋の言葉を信じてゆっくりと深呼吸をして――
「海ちゃんに渡したくて……」
「……かいちゃん?」
「あ、じゃなくて……海里くんに……」
慌てて言い直さた名前に恋はすぐさまピンとくる。
日向海里――学園での面識はないが日々平穏の常連客で陸上部に所属している同級生。
身長も高く二枚目だが部活仲間と食事をしている時の印象では子供っぽい性格。
そのギャップが良いのか一部の女子にも人気があった。
「日向くんねぇ……意外と言えば意外かな」
「……そうかな?」
「だって花織が日向くんと話してるの見たことないし……ていうか、花織は男子とあんまし関わらないじゃない」
だが人の好みはそれぞれ。なにより恋の意中の相手は目付きも口調も悪く俺様主義な優介なのだ。
それはさておき――
「ところでさ、花織ってもしかしなくても日向くんと仲いいの?」
「ふえ?」
「さっき日向くんのこと『海ちゃん』って呼んだじゃない」
「……あ」
その指摘に花織の顔が先ほどより二割り増しで赤くなる。無意識で口にしたのなら普段から呼んでいるのだ。
なによりこの反応、もしかして秘密の恋人だったり――
「あのね、恋ちゃん。絶対、絶対に秘密にしてね!」
「いいけど……なにを?」
脳内分析をしていると突然花織が身を乗り出すので恋は唖然となる。
まさか本当に――と、ワクワクするが。
「実はね……私と海ちゃん……幼なじみなの」
「……へ?」
思わぬ告白に恋は驚くことすら忘れてしまった。
花織と海里の家はすぐ近くで、互いの両親の仲が良かったこともあり物心付いたころかいつも一緒に遊んでいた。
だが小学校に入って間もなく、誰かがいると海里が一方的に花織を避け始め、内気な彼女も声をかけられなければ何も出来ず、自然と話す機会がなくなり二人が幼なじみなのを周囲に知られなくなったという。
それでも全く疎遠と言うわけでもなく、どちらかの両親が留守のときは相手の家で食事をしたりテスト勉強は一緒にしたりと、つまり第三者の存在がなければ海里も自然に接してくれるらしい。
「……だから、いつも恋ちゃんと鷲沢くんが仲良くしてるの見てると……羨ましいなって思ってたんだ」
「仲良くねぇ……まあ幼なじみといっても、あたしとユースケは特殊だから」
話を聞いている間に届いたケーキセットにも手をつけず寂しそうに俯く花織に勤めて明るく返しながら恋は紅茶をすする。
恐らく海里は花織の知らないところで同性の友達に冷やかしを受け、避けるようになった。異性の幼なじみ特有の理由で、海里の子供っぽい性格を考えれば間違いない。
対し恋の場合は優介だけでなく孝太も幼なじみであり、なにより恋が一度引っ越して島を離れている。
それから二年後、再び島へ戻ってきたので思春期の冷やかしを受けていない。
更には現在同じ店で働いているので一緒にいて当然。
「なるほどね。だからバレンタインに告白して、昔みたいに周囲の目を気にせず仲良くなりたいと頑張ってるわけか」
「こ、告白なんて……私はただ、毎年手作りしてたけど、今度のは特別なチョコが作りたくて。でも、お料理苦手で悩んでて……」
「まあ花織がそれでいいなら良いけどさ」
とは言うものの、どこまでも内気な花織に恋はもどかしく思う。
幼なじみが好きでもっと仲良くなりたくて、でも料理が苦手で悩んでいる姿が他人事に思えない。
なにより友人として、花織の恋を応援したい。
だが料理になると自分は全く戦力になら――
「…………いるじゃない。とびっきりの戦力が」
ふと思いつき恋は微笑む。
目付きも口調も悪く俺様主義だが、義理堅く秘密を守れる、料理において誰よりも強力な助っ人がいた。
「ねぇ花織。悩んでてもしょうがないからさ、ちょっとだけ勇気出してみよ」
「ふえ?」
「あたしに提案があるんだけど――」
首をかしげる花織に恋は自信満々に伝えた。
◇
翌日の昼休み。
相変わらず冬の寒さが厳しい日にも関わらず、恋と花織は人気のない校舎裏にいた。
そしてもう一人、昼休みになるなり恋が無理矢理連れ出した優介の姿。
恋の提案とは優介に料理を教わることだった。
突然連れ出され不機嫌丸出しの優介だが恋は当然ながら臆してない。
もちろん昨日のうちに花織から許可をもらっているので遠慮なく海里のことを含めた事情を説明した。
「――だからね、花織に凄いチョコの作り方教えてあげてよ」
優介なら秘密を漏らすことはないし、何より今は仕事もない。きっと花織の力になってくれると恋は確信していた。
「断る」
即答だった。
清々しいまでの拒否だった。
「なんでよっ? あんたならなんか聞いたことないチョコのお菓子とかも作れるし、仕事も休みなんだから教える時間もあるじゃない!」
「まあな。様々な料理を覚えるのも修行と爺さんに教わっている。それに不服ではあるが時間もある」
「なら花織に――」
「断る」
「むきー!」
「恋ちゃん……落ち着いて」
再び拒否され血圧上昇の恋を落ち着かせるのに必死で、花織は断られたショックどころではなかった。
「話が終わったなら戻るぞ。まだ飯を食ってないんだ」
「終わってない! ていうか、断るなら断るなりの理由くらい言いなさいよ!」
「うるせぇ……」
背後から叫ぶ恋にぼやきながらも優介は教室に向かうのを止めて戻ってくる。
そして恋の隣りでオロオロするだけの花織の前で立ち止まり
「美味い物を食わせたい、その向上心は評価しよう」
「あ、ありがとう……」
予想外の褒め言葉にペコリと花織が頭を下げた。
「だが、その向上心が今回に限り間違っている。お前は特別なチョコレートを作りたいらしいな」
「うん……」
「なら今年も同じように手作りすればいい。バレンタインのチョコレートは充分特別なチョコレートだ」
「で、でもお店で買ってきたチョコレートを溶かして固めてるだけだし……毎年やってるけど形とか、きれいに出来ないし……」
「それの何が悪い? 溶かして固めただけでも、不恰好な形になっても、それが今のお前の精一杯だ。特別な想いの込められた、立派なチョコレートだろ」
「でも……」
「現時点で作れる最高のモノを、お前は特別じゃないと思っている。体裁を気にして無理に背伸びをしようとしているなら、それはただの見栄でしかない」
立て続けに述べられとうとう花織は言葉なく俯いてしまう。
「……あんたさ、もう少し優しく言えないの?」
恋も正論と感じているのか怒りはない。
だが余りに厳しい言い分に花織の同情をしてしまう。
「断る理由を聞いかれたから答えたまでだ。とにかく、俺は協力する気はない」
「はいはい……」
それでも素知らぬ顔の優介に呆れながらも恋は諦めてしまった。
優介は料理において誠実だ。
好きな人にもっと美味しいチョコレートを贈りたいから特訓してほしいという理由なら渋々でも協力してくれるが、ただ特別なモノを作りたいからレシピを教えてほしい――言い方は悪いがやはり見栄でしかない。そんな料理に協力などしないだろう。
ではどうすればいい? ここまで関わってしまったのだから花織に最後まで協力したい。
こうなったら愛に協力してもらうしかない……不服ではあるが。
「……別に見栄とか、きれいに作れないから悩んでるわけじゃないんです」
などと葛藤していると、俯いたまま花織が反論した。
「私は海ちゃんにチョコレートを渡せれば満足なんだけど……でも、今のままじゃ喜んでくれないから……」
「どいうこと?」
「…………」
何か別の理由があるようで恋が問いかけ、優介は静かに耳を傾ける。
「実は……ね――」
二人の見守る中、花織がぽつぽつと話し始めた。
三日前、海里が花織の家へ食事にきた時のことだ。
何気ない会話からバレンタインの話になり、花織は今年も手作りしてバレンタインにチョコレートを渡すと張り切っていた。
『手作りって言っても、溶かして固めただけだろ? そんな気合入れなくても、コンビニで買ったヤツでいいって。下手に手加えられるよりその方が美味そうだし』
だがそのやる気を海里に笑われたらしい。
「なによそれっ?」
花織の話が終わるより早く恋が怒りをあらわに叫んだ。
「溶かして固めただけ? それでも充分大変なのになに言っちゃってんだか! だいたい花織の手作りよりコンビニのチョコが美味しいって発言が気に入らない!」
「で、でも海ちゃんの言うとおりで……」
「花織も花織! そんな奴に言われて悩んでんじゃない! 乙女心のわかんないバカはどついてやればいいのよ!」
「暴力はダメだと……」
「ああもう! そんなだから舐められんのよ! ねぇ、ユースケも――」
どこまでも消極的な花織に対しても怒りが収まらず恋は同意を求め――息を呑む。
「なるほど……そんな理由があったのか」
ぼそりと呟く優介の笑みが怖い。
「花織の心がこもったチョコレートよりもコンビニのがマシ……料理人の心、食すもの知らずといったところか」
淡々と、しかし全身が震えてしまう声音に勝気な恋も恐怖し、花織にいたっては涙まで零していた。
そんな二人の怯えも無視して、優介はゆっくりと頷いた。
「いいだろう、協力してやる。心の料理を愚弄する愚か者の目を、お前が覚まさせてやれ」
説得に成功したにも関わらず二人は素直に喜べず、震えるばかりだった。
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