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オモイデレシピ  作者: 澤中雅
レシピ2 ハジマリレシピ
35/365

キズナプリン3/4

アクセスありがとうございます!


 一二月二四日――クリスマスイブ。


 早朝にもかかわらずどんよりとした雲に覆われた空の下、撫子学園では二学期の終業式が行われ、後は大掃除を済ませれば終わり。


「予定通りここからは俺と愛が調理、恋と白河が盛り付けを担当する。生徒会の連中が料理の搬入を始めたら、白河が会場の指揮を取れ」


 大掃除を免除された恋愛コンビと孝太は終業式を欠席して先に学食で調理をしていた優介と合流し、打ち合わせに入っている。

 ホワイトボードには優介が書き記したメニューや料理手順のスケジュール表が貼り付けられている。

 昨日の休日に前もって仕込みを済ませたとはいえ夕方までに三〇〇人分の料理を四人で仕上げるのだから準備にも抜かりはなかった。


「進行状況によっては休憩を削るから覚悟して仕事しろ。じゃあ早速――」

「あのさ」


 気を引き締めていざ行動開始と言ったところで恋が挙手。


「なんだ」

「いや……なんであんたらだけそんな格好なの?」


 恋が指摘するように、優介と愛はサンタ服姿。しかも愛はミニスカサンタと実にイブらしい格好なのだが、なぜ二人だけと疑問に思う。


「今日はイブですよ? サンタさんがサンタさんの格好をして何かおかしいことがありますか?」


 その疑問に平然と愛が答えた。

 ちなみに優介は聞くなと知らん顔。


「私と優介さまは美味しい料理をプレゼントするサンタさん……優介さま、とてもお似合いです」

「……ならあたしたちも着替えるべきじゃない? 盛り付けだけでも、一緒に仕事するんだし」

「ペアルックがうらやましいですか?」

「べ、別にうらやましいとかじゃなくて――!」

「やれやれ、さみしんぼの恋にも困ったものです」

「誰がさみしんぼか!」

「つーか、鷲沢がそんな服着るのも珍しいよな」


 イブだろうと相変わらず言い争う恋愛コンビを無視して孝太が愉快げに尋ねれば、優介は重いため息を吐いた。


「……俺が言い出したことだからな。まあ、たまにはこんな趣向もいいだろう」

「ふ~ん。ま、この時期なら飲食店でもそんな格好の調理師もいるもんな」

「それに袖をまくれば調理に支障もねぇ」

「……情緒もへったくれもないね」


 雰囲気より機能性重視の優介に孝太は呆れてしまう。


「――仕方ありません。それで手を打ちましょう」

「イブだし当然よ。さ、コータ着替えるわよ」

「……は?」


 一時間後。


「差し入れをお持ちしまし……た?」


 大掃除も終わり、一度帰宅する生徒がグラウンドにちらほらと見え始め、学食に様子見に訪れた椿は目を丸くした。

 普段生徒が食事をするテーブルに並べられた色とりどりな料理、そして調理場で料理をするエプロンをしたサンタクロースが二人。

 イブなので分からなくもないが腕まくりとエプロンが実に雰囲気をぶち壊している。

 更にカウンターからテーブルへと忙しなく移動しながら盛り付けをするサンタクロースとトナカイ。しかもトナカイの赤い鼻が時折ピコピコ点滅していれば、料理の出来栄えに感動するよりもただ唖然とするしかなかった。


「もうそんな時間か。恋、愛、休憩に入るぞ」

「ほーい」

「わかりました」


 椿に気づいた優介が時計を確認して指示すると恋愛コンビは手を止め、空いているテーブルで一息つく。


「こちらは順調に進んでいる」


 エプロン着用でサンタ服腕まくり姿の優介が椿に歩み寄り経過報告。


「視察する暇があるなら仕事しろ」

「あの……トナカイさんは大丈夫ですか?」


 だが椿は今だ優介の背後で動き回るトナカイ――のキグルミを着た孝太から視線が離せなかった。


「ほおっておけ。あいつだけノルマに到達していない」


「こんなキグルミ着てりゃ遅れるに決まってんだろ!」


 呆れたようにため息を吐く優介にすかさず孝太が突っこんだ。


「つーかよくこんなキグルミ用意できたな!」

「お姉さまからお借りしました。なんでも友人が宴会時に着ていたらしく、譲ってもらったそうです」

「そもそもなんで俺だけトナカイっ?」

「だってコータとお揃いなんて嫌だし」


 続く突っこみに愛と恋がしれっと答え、トナカイ孝太は項垂れるしかない。


「……とまあ、使えないトナカイは別として、こちらは問題ない」

「ははは……楽しそうでなによりです。では、予定通りに四時から料理の搬入を始めます。他に何か要請があればいつでも言ってください」


 汗だくの孝太に同情しつつ椿が告げると、優介は一度椿に視線を移し――


「……そうしよう」

「…………? はい」


 意味深な視線に椿は首を傾げつつ学食を後にした。

 ちなみにトナカイ孝太は一人忙しなく働いていた。


 ◇


 それは突然だった。


 会場の準備に追われながら時計を確認して、そろそろ搬入準備に取り掛かろうとした椿に学食にいるはずの恋が声をかけてきた。


「椿ちゃんって料理できるんだよね?」


 愛とは違い普通のサンタ服とはいえ、恥ずかしげもなく堂々と体育館に入ってくる恋に戸惑いつつも頷けば、いきなり手を掴まれてしまう。


「んじゃ、手伝って」

「それは構いませんが……何かありましたか?」

「うん、ちょっと体調不良で一人抜けちゃってね。だから人手不足なの」

「当然だと思います……」


 手を引かれ学食に向かう椿は呆れてしまう。キグルミを着て仕事をさせるなど拷問以外のなんでもない。


「そうだけどね。でも勘弁して、愛はもともと身体弱いのにここまで頑張ったんだから」

「上條先輩……ですか?」


 てっきり孝太と思っていた椿は唖然となる。

 恋の言うように学食に入れば汗だくながらも孝太はわりと元気そうに動き回り、調理場には優介しかいなかった。


「それじゃあユースケの指示に従って頑張って」

「はあ……」


「……お手伝いが出来る良い子には、きっとサンタさんが来るからね」


 最後に呟かれた言葉に首を傾げつつ、背中を押されるまま椿はエプロンを付けて調理場へ。

 ケーキ作りに入っているのかホイップ作業をしている優介は手を止めることなく椿へ早速指示を出す。


「そこに置いてあるレシピ通りにすれば問題ない。何かあったら俺に確認しろ」

「上條先輩が体調を崩したと聞きましたが大丈夫ですか?」

「問題ない。少し顔色が悪かったから休ませているだけだ。それよりも自分の心配をしろ、愛の代役は大変だぞ」

「……わかりました」


 厳しく挑発的な物言いに椿は頬を叩き気合を入れる。

 隣で作業をする優介の手さばきは素人目から見ても手際よく惚れ惚れしてしまう。

 そんな人と同じ調理場に立つことを指名してもらったからには失敗は許されない。

 レシピを見れば作業手順が細かく記入され、多少料理の心得があれば充分対処できるレシピ表だ。

 さすがは鷲沢先輩、万が一に備えて誰かを応援に呼んでも支障がないように準備をしている。

 どこまでも抜かりのない優介に敬意を感じながら椿も調理を始めた。


「ほう、なかなかの腕前だ」

「ありがとうございます」


 しばらくして、今まで黙々と調理に集中していた優介から褒められて椿は誇らしくなった。


「母が留守にすることが多いので、昔から自分で食事を用意していますから。でも、鷲沢先輩に褒められると自信になります」


 幼少の頃から共働きの両親に代わって食事の準備をしていただけに、それなりに自信はあったが優介のような料理人に褒められると嬉しいものだ。


「だから粗相があれば厳しく指導してください」

「そうか……なら少し、料理について教えてやろう」

「はい!」

「ただし料理に集中しろ」

「……はい」


 早速指導されて椿は調理に集中する。

 しかし思わぬサプライズに意識が乱れるのは仕方のないこと。

 学生の身でありながら一店主を務める優介はいったいどんなことを教えてくれるのか、楽しみに耳を傾ける。


「料理においてもっとも大切なものは何だ」

「大切なもの……ですか? えっと……やはり新鮮な食材ですか」

「違うな」

「では技術ですね」

「ハズレだ」

「……なんでしょうか?」


 他に思いつかず降参する椿に優介は静かな口調で答えた。


「心を込めることだ」

「心……ですか?」

「どんなにいい食材でも、素晴らしい技術をもってしても、そこに料理をする者の心がなければ意味はない。少なくとも、俺たちのような料理人は必要ない」


 抽象的な内容に首を傾げるが、優介は真剣な表情を崩さない。


「だから俺は食材と向き合う時、料理をする時は心を重きにする。今も、俺の料理がパーティーに参加する者の思い出の一つになればいい、なれなくとも共に食す者同士の思い出の手助けになればいいと心がけて、料理をしている」


 ただ優介の言葉は優しく重く――まさに椿の心に響いている。


「椿、お前は言ったな。プリンが好きだからといって、美味しい以外に理由があるかと」

「……はい」

「確かにその通りかもしれない。だが、それだけじゃない。心が込められた料理は食す者の心にいつまでも残る。その作り手の温かな気持ちが味に加わり、好きになるんだ」


 そして椿の大切な想いを呼び起こす温かな言葉だった。


「お喋りはこれまでだ。最後まで気を抜くなよ」

「はい!」


 気づけば椿の手つきが代わっていた。

 失敗しないように、ただレシピ通りに作業をするのではなく、参加するみんなに喜んでもらえるようにとの気持ちを料理に込めて。

 終了予定の五時になったところで、学食内には中高生徒会も揃い、最後の工程を見守っている。


「よし……完成だ」


 視線が集まる中でも最後まで集中し、三段重ねのケーキの上に砂糖菓子のサンタクロースを乗せた優介が呟くと拍手が起こった。

 三〇〇人分ものパーティー料理を完成させた労いと、ここまでの準備に一つの達成感でみな笑顔が浮かぶ。


「白河、ヘマするんじゃねぇぞ」

「はいはい」


 しかし優介は最後まで厳しい顔を崩さず孝太と搬入係に指示を出す。


「会長、お疲れ様でした」

「ありがとう」


 テーブル席で休んでいた椿は生徒会の仲間に声をかけられ、疲労感の滲んだ笑顔を返す。


「欠員が出たとはいえ、本当に四人で終わらせるなんて凄いです」

「そうですね。私たちも見習わないと」


 自分が関わったのは一時間ほどなのにかなり疲労している。

 体力的にではなく精神的なのは心を込めて料理をするからかもしれない。

 なのに優介は疲れた様子もなく調理器具の片づけをしている。

 自分とは違い朝から調理をし続け、常に中心になって仕事をしていたのにだ。

 本当に尊敬すべき先輩だ――と、椿も手伝おうと腰を上げたが。


「そうそう、椿ちゃんはパーティー始まるまで自由にしていいからね」


 不意にトナカイ孝太に告げられてキョトンとなる。


「ですが会場の最終チェックや役割が……」

「頑張った椿ちゃんにクリスマスプレゼント。高等部の会長にも話をつけてるから安心して行っておいで」


 微笑する孝太に背中を押されると、いつの間にか優介が立っていた。


「しくじるなよ」

「心配すんなって」

「だといいがな……行くぞ」

「……え?」


 孝太と何かを確認した優介は唖然とする椿の手を掴み学食を出て行ってしまう。


「さてと、トナカイはプレゼントを運ばなきゃな」


 二人を見送り、孝太は苦笑しつつスマホを取り出した。


 ◇


「あの……鷲沢先輩?」


 既に暗くなった夜空の下、引かれるまま学園を後にした椿は先を行く優介に問いかける。


「心配するな。パーティーには間に合わせる」

「いえ、そのような心配はしてなくてですね……」

「今日はご苦労だったな。感謝する」

「どういたしまして。こちらも色々と勉強になりました」

「それはなにより」


 振り返った優介の微笑に椿の顔が熱くなっていく。

 クリスマスイブに二人で手をつなぎ夜道を歩く。シチュエーションに酔いしれドキドキと少しの期待に胸が膨らんで――


「バイト代は後日渡す」


 こなかった。

 いっきに現実へ引き戻す無粋な言葉に椿からため息が漏れた。


「そうですよね……鷲沢先輩が私みたいな子供に……」

「どうした?」

「いいえなにも。それとバイト代は結構です。私は私の仕事をしたまでで――」

「俺も仕事としてお前にはバイト代を払う義務がある。よって受け取れ」

「……鷲沢先輩はどこまでも強引ですね」

「まあな」


 平然と肯定されて椿はクスリと笑った。


「それで、強引な先輩は私をどこへ連れて行くつもりですか?」

「プレゼントを用意している」

「プレゼント……ですか?」

「手伝いが出来る良い子にはサンタが来るだろう。だが今年のサンタは少し強引でな、直接足を運ばないと渡さない」


 立ち止まったのは日々平穏。

 定休日のはずなのに明かりが漏れているのに不思議がる椿をよそに、優介は戸を開けた。


「おかえり~」

「おかえりなさいませ」


 中ではカウンター席に恋と愛が席を一つ空けて座っている。


「宮辺先輩に上條先輩……? あ、上條先輩、体調を崩したと聞きましたが――」

「嘘です」

「へ?」


 即答され呆気に取られる椿の手を離し優介は厨房へ入ってしまう。

 代わりに恋が歩み寄り一礼。


「いらっしゃいませ。本日ご予約していただいた吉本椿さまですね」

「予約?」

「外は寒かったでしょ。さ、中に入って温まろっか」


 混乱する椿を無視して恋は店内に引き入れ、テーブル席に座ると同時に愛がティーカップを前に置く見事な連携。

 にも関わらず二人は当然のように一つ空けてカウンター席に着いた。


「……あの」


 だが椿はどうしてこんな事になっているのか分からない。

 優介はプレゼントを用意していると言った。

 恋はお客さまとして扱った。


「なるほど、ご馳走してくれるんですね」

「半分正解」


 納得しかけたのに愛から半否定の言葉が。


「サンタさんからのプレゼントは温かな思い出、そしてもう一人のお客さまの貴女を大切に思う優しい心」

「思い出? もう一人のお客?」


 瞳を閉じて優しく言葉をつむぐ愛に椿はただ首を傾げるしかない。


 そんな時――


「鷲沢ぁぁぁぁ――っ!」


 静寂する店内は突然の来訪者によって破られた。


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