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オモイデレシピ  作者: 澤中雅
レシピ2 ハジマリレシピ
33/365

キズナプリン1/4

アクセスありがとうございます!



 一二月上旬――期末試験の初日を終えてのこと。


「「クリスマスパーティー?」」


 日々平穏の店内に隣接する居間で試験勉強をしていた恋愛コンビは同時に首をかしげた。


「……まだ一二月になったばかりだぞ。ついにボケたかジジィ」

「こりゃ優坊。人の話はちゃんと聞くもんじゃ」


 突然来訪してくるなりの発言に優介がため息を吐けば、発言者の十郎太は即座に反論。


「優坊はやめろ」

「それでな優坊? 終業式が二四日じゃろう。そこで――」

「……聞いてねぇし」


 聞く耳持たずで話し始めるので優介は諦めてペンを置く。

 撫子学園の創設者でもあり学園長の十郎太は、今年最後のイベントとして撫子学園の生徒を対象にクリスマスパーティーを開くことを決めたらしいのだが。


「でじゃ、そのパーチーの料理を優坊に作ってもらおうと思う」

「だから優坊はやめろ。なんで俺が作らなきゃならん」

「パーチーには料理が必要じゃろ?」

「そういうことじゃない。パーティー料理なら業者にでも頼め。そもそも俺は俺で仕事があるんだよ」

「え? イヴもお店開けるの?」


 途端に恋の批判の声。


「パーティーにも出席されないのですか?」


 続いて愛が恐る恐る確認するが優介はアッサリ肯定。


「二四日は定休日じゃねぇ。なら当然店を開ける、パーティにも出る気はない」

「でも……」

「ですが……」

「そんなに出たいなら交代で休みをやる。代わりに白河でも呼べばいいしな、使える使えないは別として。それでいいだろ」

「良くないから!」

「良くありません!」


「……なんなんだ」


 せっかくの心遣いを否定され優介はため息を吐く。

 だが恋愛コンビとしては優介のいないパーティーに出席しても意味がないのだが、そんな心情に気づいてもらえなかった。

 鈍感な優介にさすがの十郎太も二人を不憫に思うよりも呆れていた。


「まあ聞け。クリスマスイブの夜にお主もうちのバカ孫と二人で過ごしたくもなかろう。それにパーチー料理の材料費から代金までワシが全額出す。もちろん出張費も込みでの」

「それなら午後だけお店開けるよりも利益でるよ!」


 数学だけ得意な恋が即座に計算して援護。


「料理さえ用意してくれればパーティーを楽しめる。お主もまだ学生の身、クリスマスくらい仲間たちとイベントを楽しめばええ」

「そうです優介さま。たまには仕事を忘れ、心身を休めるのも必要です」


 更に愛も誠実な眼差しで援護。

 優介にとっても悪い話ではないし、十郎太の心遣いは素直に感謝できる。

 昼の営業をするための特別待遇を出しているのは彼であり、なにより好子と同じく逆らえないもう一人がこの十郎太なのだ。

 それに自分に付き合わせて仕事ばかりの恋と愛にも学生としての時間を楽しんでもらいたかった。


「たまにはワシの学園に貢献せい」


 悩む優介に十郎太がニヤリと笑う。

 この一言が最後の口説き文句となり――


「……いいだろう。ただし、作るからには一切の妥協はしねぇぞ」

「ふん、当然じゃ」


 両者の間で契約が結ばれ、恋愛コンビはもろ手を挙げて喜んだ。


 ◇


 二週間後の水曜日。

 定休日の放課後、日々平穏には優介と恋愛コンビ、そして孝太の四人がそろっていた。今日は中等部と高等部の生徒会長との企画会議が行われるのだ。


「しかしまあ、爺ちゃんも面白いこと考えたなぁ」

「何が面白いだ。思いつきにつき合わされるこっちの身にもなれ」

「でも儲けが出るし、鷲沢も息抜きできる。いいことじゃん」

「……面倒なだけだ」


 孝太と優介がテーブル席で待つ中、恋と愛もカウンター席に陣取っている。


「そーいえばさぁ」

「どうしました?」

「考えてみると今回の話、愛が賛成するのって意外よね」


 てっきりクリスマスは優介と二人きりを熱望すると思っていただけに、恋は拍子抜けのようだ。

 だが愛はそんな疑問も小さく息を吐き


「確かに優介さまと二人きり……というのも考えていました」

「……やっぱりね」

「ですがクリスマスパーティーというものに興味があります。去年も一昨年も私は病院で過ごしていましたし、こういったイベントに憧れていたのかもしれません」

「ふ~ん」


 その答えに恋は笑みを浮かべる。

 いつも無表情で何を考えているか分からない愛にも、こんな可愛い一面があるのだと――


「それに、優介さまとはこれから先何度でも二人で過ごせますし」


 思えなかった。


「なんであんたがユースケとクリスマス過ごすのよ?」

「夫婦ですから当然です」

「だから――!」


「……うるせぇ」


 優介がため息を吐くと同時に店の戸が開き、恋愛コンビの言い争いもピタリと止まった。


「失礼します」


 入ってくるのは撫子学園の四種類ある制服の秋制服を着た、オカッパ頭の幼い顔立ちをした小柄な女子生徒。緑色のリボンタイで中等部二年生なのがわかる。


「はじめまして。中等部生徒会長、吉本椿よしもとつばきです」


 一礼しつつ先輩相手にも動じず意思の強い瞳を向けるのは生徒会長としての風格か。


「よく来たな。恋、茶を」

「ほーい」


 だがそれ以上に風格漂う優介の対応に椿は苦笑してしまう。


「おかまいなく。遅くなってすみませんでした」

「気にするな……お前一人か?」

「はい。高等部の生徒会長は現在雑務に追われているので私一人で会議をさせていただきますが……不服でしょうか?」

「いや、問題ない。こちらこそわざわざ出向かせて悪かった」

「むしろここを使わせてもらえて助かります。中等部、高等部の生徒会室は慌しくて会議をする状況ではありませんから」


 胸を撫で下ろし椿は優介の向かいに腰をかける。彼女の言うとおり期末試験明けにクリスマスパーティーの発表があってからと言うもの、新生徒会は毎日のように企画やらアンケートの業務に追われていた。

 故に参加者の確認や時間、規模で決まるパーティー料理の話し合いがこんなギリギリになったのだが。


「まさか就任直後にこんなイベントを任されるなんて思いませんでした。学園長の思いつきも素晴らしいですが、こちらとしてはもう少し早く提案してほしかったです」

「なんかすんません……」


 椿の疲れた愚痴に身内として孝太が頭を下げる中、人数分のお茶が渡り、恋と愛もテーブル席に着いた。


「まず参加人数ですが、今のところ中高等部で三〇〇人ほど。終業式の後なので帰省する寮生もいますが、ほとんどの生徒は参加します。それとメニューの参考になればと料理の要望についてもアンケートを集めてみました」

「暇な奴らが多いな」


 呆れつつ優介は渡された集計表に目を通す。


「唐揚げ、七面鳥の丸焼き、北京ダック……鳥肉料理ばっかり」

「鳥さんに呪われそうです」

「つーか満干全席とかネタだろ」


 同じく集計表に目を通した恋や愛、孝太の批評に椿は笑うしかない。


「そこはクリスマス料理の定番ということで。ところで女子生徒の多くからケーキを含めたスイーツ系が出ていますが大丈夫ですか?」


 日々平穏は他の定食屋よりはメニューも多いがやはり主食がほとんど。故の確認だったが、優介は目を細め集計表をテーブルに置いた。


「なんならここに書いてあるモノ全てを今から作ってやろうか?」

「それは……興味はありますが会議が進まないので遠慮します。ではこれを参考にメニューを決めて、明日にでも提出していただければ――」

「時間がないんだろう、今から決める。愛、書くものを」

「わかりました」


 愛からボールペンを受け取り集計表の裏にメニューを書き始める優介に、さすがの椿も唖然となる。


「まだ色々確認することがあるのですが……」

「なら話せばいい」


 手を止めず顔も上げない優介に困惑しつつ椿は別の用紙を取り出した。


「では……会場は高等部の体育館に決まりました。時間は夕方の六時から九時までを予定、会場の飾り付けや準備は生徒会を中心とした有志で行います」

「終業式の後だから生徒会だけじゃ足りないもんね」

「はい。それで調理する場所ですが学食の調理場をお借りすることになりました。体育館から近いので料理の搬入も楽になります」

「なにより、複数の料理を作るには適しています」


 恋と愛が意見を述べる中、優介は黙々とペンを動かしている。


「それと調理の手伝いですが、何人ほど回せば良いでしょうか? 及ばずながら私を含め料理経験のある人を――」


「必要ない」


 聞いているのかいないのか疑問を持つ椿だったが、キッパリと否定されて思わず視線を向けるも優介はペンを止めることなく続けた。


「こっちに人手を回す暇があるなら会場の準備に精でも出してろ」

「ですが三〇〇人以上の料理を作るんですよ? 時間も限られてるので人手は多いほうが……」

「なら前日から準備をすればいい。どうせ祝日だ、学食も空いてるから可能だろ」

「あれ? なら前日もお店休むの?」


 恋の疑問にも優介は顔を上げることなく頷いた。


「俺はジジィに一切の妥協をしないと言った。なら下拵えに時間をかける。分かったら業者にこの表通りの食材を注文しておけ。領収書の用意も忘れるな」

「ほーい」


 書き終わったメニュー表を受け取り恋が厨房に向かうと、優介は愛に目を向ける。


「愛は臨時休業の張り紙を用意しろ。終わったら恋の手伝いだ」

「わかりました」

「それと白河、ジジィに前日から調理場を使うと伝えろ。ついでに当日の終業式、俺は欠席することもな」

「ういーっす」


 次々出る指示に三人が動くのを椿が唖然として見守る中、優介は一息つき。


「後で恋からメニュー表を受け取って確認しろ。注文が間に合わないんで何か意見があれば早めにな。他に確認することはあるか」

「あの……どうして仕事を休んでまでこちらの手伝いを断るんですか?」 


 手際のよさに感心しながらも椿は不服気に眉根を潜めて意見した。


「もしかして素人に手伝われると邪魔だとか、そんな――」

「お前は仕出し業者を手伝う客を見たことがあるのか」


 徐々に語気の上がるも優介は平然と返す。


「こっちは料金貰ってやる仕事だ。ならお前たちの手を借りず仕事を完遂するのが筋だろう。だから料理に関せば俺に恋と愛、ついでに使えない白河だけでいい」

「なんで俺だけ使えない扱い!」


 祖父と電話していた孝太が律儀にツッコむが優介は無視。


「もちろん万が一にでも間に合わない場合は……最悪、色ぼけバカ弟子を呼ぶか、そちらの手を借りるつもりだ。当然、その時はバイト代を払う。何か文句があるか?」

「…………」


 その説明に椿は言葉を失う。確かに学園行事の仕事をする生徒会に対し、優介らの仕事には報酬がある。ならば学生は職人に口を挟めない。


「もしお前が足手まといだと聞こえたのなら謝罪しよう。だが俺はあくまで金を貰って仕事をする側としての意見を述べただけだということは分かっておけ」

「……わかりました」


 続くフォローに椿も肩から力が抜け、表情に笑みが浮かんだ。


「さすが学生でありながら一店主もなさっている鷲沢先輩です。仕事に対する意識、手際、そして私たちに対する配慮……しっかりしていますね」

「お世辞を言う暇があるなら仕事をしろ。他に何か確認することはあるかと俺は聞いた」

「えっと、個人的な要望なのですが……」

「なんだ?」


 聞き返せば椿は恥ずかしそうに続けた。


「パーティー料理に……その、プリンはどうでしょう」

「プリン? 集計表には書いてなかったぞ」

「はい……失礼ながら、鷲沢先輩がスイーツの類は作れないと書かなくて……」

「俺もなめられたものだ」

「すみません。ですが作れるならぜひ、先輩が作るプリンを食べてみたくて……」

「客の要望なら検討しておこう」

「ありがとうございます!」


 椿の表情が華やぎ大きく頭を下げる様子に、電話を終えた孝太から小さな笑いが漏れた。


「生徒会長とは成長した、なんて思ってたけど椿ちゃんもまだまだ子供か」

「……そうやってからかう孝太さんも、まだまだ子供です」

「なるほど、これは一本とられた」

「白河、知り合いか」


 先ほどの会議とは違い、フランクな会話をする二人に優介が訝しげに問いかける。


「知り合い、つーか爺ちゃんが学園長だかんな。椿ちゃんだけじゃなくて学園の生徒なら大体顔見知り」

「なるほどな」

「そういやさ、兄貴は元気にしてる? 最近一緒に――」


「私の前であの人のことを出さないでください!」


 孝太が尋ねた瞬間、突然椿が叫んだ。


「椿ちゃん……?」


 焦燥感ある叫びに孝太が唖然となり


「……すみません。急用を思い出したので、私は失礼します」


 更に優介の視線に気づいた椿は居心地悪そうに鞄を掴んで出て行ってしまう。


「……あれはなんだ?」


 静まり返る店内で優介が眉間にしわを寄せると、孝太も嘆息する。


「さあ……? わかんねーけど、もしかするとケンカでもしたのかな?」

「ケンカ……にしては異常な反応だ」

「だよなぁ……。ガキのころはお兄ちゃん子な甘えん坊で、大和(やまと)せんぱ……あ、椿ちゃんの兄貴な。その大和先輩もねこっ可愛がりしてた印象あったけど……」


 だが椿が中学に進学してから徐々に二人でいる姿を見なくなったと孝太は続け


「俺には兄弟がいないから良く分からないけど、年頃になるとそういうモノなんじゃないか? でも……まさか話題に出すだけであんなに嫌がるなんて思わなかった」


「――あれ? もう会議終わったの?」

「私としたことが、お客様をお見送りできませんでした」


 戻ってきた恋愛コンビに孝太が苦笑する中


「あの人……か」


 優介は小さく呟いた。 


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