ケツイ
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去年以上に賑やかなバレンタインが終わると同時に、アリス・スーリールも通常営業へと戻っていた。
今日も日が落ちる頃にはショーケースのスイーツは完売、軽食スペースも閉店までお客で賑わう繁盛ぶり。
「ごっそさん。いや~美味かった美味かった」
なので労働後の食事はまた格別と、孝太は満足げにお腹をさする。
「……もう少し味わったらどうなの」
対しカナンは冷ややかな視線。
こちらはまだ半分ほど残っているのに、その倍はあったであろうパスタを平らげてしまった。加えて今日のまかないは自分ではなく椿が作っている。弟子の料理を早食いされれば不満を漏らすのも無理はない。
「いいんですカナン先輩。孝太さんも美味しいと言ってくれましたし」
「おう。マジ美味かったぜ」
「……ならいいけど」
だが当の椿が喜んでいるので気にしないことにする。料理人にとって美味しいはなによりの賛辞、早く食べるのもそれだけ夢中になったと思えば嬉しいのかもしれない。
まあ納得したところで自分は師匠、せっかく弟子が心を込めて作った料理を早食いするようなことはしない。丁寧にフォークにパスタを絡ませ、味わうようにゆっくりと咀嚼。
「中々のデキね」
元々母親に代わり食事を作っていただけあり、椿の腕はそれなりのもの。勤勉な性格も加わり、この一年で驚くほど成長している。
「これなら来年の今ごろは調理を任せられるかも」
なので素直な感想を述べるも椿は慌てて両手を振った。
「そんな……私なんてまだまだですよ!」
「あら? ワタシはお世辞なんて言わないわよ。アナタがこれからも傲らず精進を続ければ、だけど」
「それは……もちろん頑張りますけど、さすがにカナン先輩の代わりは……」
「アナタらしい料理でいいの、ワタシはアナタにワタシの代わりを求めてないわ」
「でも……それだとお客さまも満足してくれませんし」
「ワタシはそう思わないけど」
もじもじと自信なく呟く椿にカナンも嘆息。そんなやり取りを眺めていた孝太は思わず吹き出してしまう。
「なんつーか、面白いな」
「何がよ、コウタ」
「いや、師弟も色々だなって。鷲沢が厳しすぎるのか、カナンちゃんが甘すぎるのか。それともリナちゃんが自信家なのか、椿ちゃんが謙虚なのか」
含み笑いで感想を漏らす孝太にカナンは返答に困ってしまう。
確かに先ほどのやり取りは日々平穏とは真逆だ。いつもお店の調理に関わりたいと不平を漏らすリナに対し、優介は客に迷惑だと説教している。
さりとてカナンも自分が甘いとも、優介が厳しすぎるとも思っていない……リナの自信家なところや椿の謙虚なところは頷けるが。それでも結局は十人十色、師弟のあり方もそれぞれだ。
「ウチはウチ、ヨソはヨソね。それにリナよりもツバキの方が実力は上だもの」
「今のスゲー親バカ発言に聞こえた。ま、鷲沢も同じ評価しそうだけど」
「……それは鷲沢先輩だから、では」
椿の指摘が一番的に得ていると二人は顔を見合わせて笑った。
そして楽しい夕食も終えた頃――
「すみません遅くなりました」
「謝らなくていいわよ。おかえり」
厨房側から現れたソフィがいつもより遅い帰宅に申し訳なさそうに頭を下げるも、どこで何をしていたのか知っているカナンは気にせず出迎えた。
「ソフィ先輩、お帰りなさい」
「えり~」
「椿さんも孝太さんも、お疲れさまです」
続けて礼儀正しく頭を下げる椿と適当に手を振る孝太へも労いの言葉をかけて流しを一瞥。
「お食事は……もう終えてますね」
「ええ。アナタは? まだなら作るわよ」
「平気です。秋穂さんにご馳走して頂きました……心苦かったですが」
そう呟き肩を落とすソフィにカナンだけでなく椿や孝太も首を傾げてしまう。
挙式を明後日に控えた秋穂が荒川と住むマンションへ引っ越すので、女性同士で時間のある恋や愛と共にその準備を手伝いに行ったはず。なら御礼として食事をご馳走されるのは心苦しいモノではないのだが――
「いくら日々平穏が休業中でも、他所様のお宅で名物をしなくてもいいと思いませんか」
「「「ああ……」」」
そんな疑問を見透かしてかソフィがため息を吐き、三人は納得した。
「秋穂さんは気にしなくていいと仰ってくれましたが……ほとんど進まなくて。なので明日は恋さんと二人で朝から行くことにしたんですが、愛さんがいじけてしまって……手伝えない代わりに夕食を自分が用意することで上手く纏まりましたが」
「「相変わらずめんどくさいコンビ」」
「あ、あはは……」
カナンと孝太が同じ感想を漏らし、椿はただ空笑い。
「まあそれはいいとして。椿さん、食事を終えたのなら車で送りますよ」
「え? ですがまだ片付けが……それに孝太さんも居ますし」
「余計に危険ではないですか」
「どういう意味っ?」
満面の笑みでさらりと酷い評価を上げるソフィにすかさず孝太がツッこんだ。
「冗談です。せっかくなので二人とも送ります」
「そうね。片付けはワタシがしておくから素直に厚意を受けなさい」
「では……お言葉に甘えて」
「だな」
カナンに進められ椿と孝太は帰宅の準備を始めた。
「ソフィ、二人をお願いね」
「お疲れさまでしたカナン先輩」
「お疲れさん~」
そして裏手玄関でカナンに見送られ、ソフィと共に行ってしまう。
やがて車の発進する音が聞こえ――
「……はぁ」
同時にカナンからため息が漏れ、重い足取りで厨房へと戻っていく。その表情は安堵と疲労が滲んでいる。
今日もまた普段通りに過ごすことが出来たとの安堵、そして悟られまいと気を遣いすぎたことによる疲労。
故に片付ける気も起きず、そのまま厨房の椅子へと腰掛けた。
誰かと居れば無駄に神経質になってしまう。しかし正直なところ今は一人で居たくない。一人になると嫌でも思い出してしまう。
切っ掛けは二日前に届いたカルロスからの手紙。その内容は何となく予想していた、なのに実際に目を通したことで自分の考えが甘かったと痛感させられた。
優介の構想は面白いが、どう考えても実現することはないとカナンは答えを出した。
しかしそれは自分があり得ない未来と思い込んでいただけ。
カルロスの感想に、彼なりの返事にもしかしたら実現するかもとの可能性が見えた瞬間、その未来を想像してしまった。
想像して、身震いするほどの高揚感を覚えてしまった。
結果として本物の悩みを抱えている。
あり得ないと思い込み、目を反らしていた未来図と。
今の現実から賛同できない自分の立場に。
いや、こうして悩んでいる時点で既に答えは出ている。恐らく自分は――
「……ダメ」
行き着く先を拒絶するようにカナンは首を振った。
この答えに行き着いてはならない。
なぜなら今の立場を、大切な場所を捨てることが出来ない。
そもそも何故優介はあのような提案が出来たのか。
彼も同じなはず、今の立場も、大切な場所も、同じように捨てなければならないのに。
それが分かっているのに、どうして急に。
「ホント……ユウスケはいつもいつも、なに考えてるのか分からないわ……」
理解できない悔しさと、彼のせいにしてしまう弱い自分に思わず愚痴をこぼす。
「――鷲沢がよくわからんのは今さらだろ」
「…………へ」
同時に聞こえる返答にカナンは驚き顔を上げた。
「さっきぶり」
「どうして……」
視界に入るのは普段通り飄々とした孝太の姿。つい今しがたソフィの車で帰宅したはずなのに何故と戸惑うも
「いや~俺としたことが忘れ物を。せっかくソフィちゃんや椿ちゃんと夜のドライブを楽しめるハズだったのにな」
やはり飄々とした軽口を告げてカナンの隣りへ腰掛けてしまう。
「そしたら偶然にもカナンちゃんが悩んでるようじゃありませんか。なら紳士な俺は放っておけない」
「…………」
「あ、ちなみにナイスな助言は期待しないでくれよ。俺はおばかなところがチャームポイントの孝太くんなんで」
「…………」
「て、全然信じてないね。その目」
「……アナタがバカなのは疑ったことはないわ」
「ならよかった」
冷ややかな視線も気にせず孝太は笑い、小さく肩を竦めた。
「つーわけで、何があったん?」
「なんの話よ」
「さすが鷲沢がライバルと認めるカナンちゃん。大変な悩みを抱えても料理人として気を抜かず調理をする、でもそれ以外はまだまだかな? 普段通りに振る舞おうってのはその時点で不自然な振る舞いってな」
「だから、なんの話よ」
「俺でも気づいたんだ。ソフィちゃんが気づかないはずもない。でなきゃ、俺の不自然な忘れ物に何も聞かず信じてくれんでしょ」
「……さすがソフィね」
これ以上の抵抗は無意味とカナンは降参。
どうやらぶり返した心の不調を察してしまったらしい。そして数日前、気持ちを言葉にしても頼ろうとしないなら少なくとも自分には言えない悩み、なら同じく察することのできた孝太にならと考えたようだ。
「でも人選ミスね。よりによってコウタだなんて」
「そこはほら、藁にも縋る気持ちってことで」
「よほど心配させたのね。後で謝っておかないと」
いつものように自身を貶めることを平気で口にする孝太にカナンは内心呆れてしまう。
孝太だからこそソフィは頼ったのだ。自分が優介の何かで悩んでいるのなら、彼以外の人選はあり得ないと。
孝太をピエロ役と呼ぶ者は多い。嘲として、純粋な愛称として滑稽な仕草や言動を表現するように。そして本人も良く口にしている、実際そんな自分を哀れんでいるのかもしれない。
しかし仲間内で孝太の信頼は高い。ピエロの仕事は狂言回し、主役にならず陰で物事を見守る重要な役目だ。
孝太もまた同じ。道化を演じ、不満をぶつける対象となったり、挑発紛いな行動で相手を奮起させたり、物事をよく見ているから心に迷いを抱いていれば気づかれてしまう。
主役にならなくても、弄られつつも、陰ながらみんなの幸せを第一に考えてくれている。故に優介を中心に個性的なメンバーがこれまで上手く纏まっていた。
なによりその優介が誰よりも、恋や愛やソフィ、恐らく師――上條喜三郎よりも孝太に絶対的な信頼を置いている。生涯唯一の親友として。
ならソフィが縋りたくなるのも理解できる。ここぞと言う時、孝太ほど頼りになる存在はいないのだから。
カナンも理解しているからこそ、甘えるわけにはいかない。
「でもワザワザ藁になってもらってるところ悪いけど、話すことはないわ」
この悩みは、迷いは、自分の力で答えを出さなければならない。
でなければ恥ずかしくてもうライバルと口に出来なくなる。
「これはワタシの問題よ」
優介がいつも自分の問題と、誰にも言わず、解決しているのだから。ライバルとして認められた自分が出来なくてなにがライバルか。
「ふ~ん。で?」
「………………で?」
だがカナンの耳に、そんな真剣な拘りなんぞ知ったことかと言わんばかりの間抜けな相づちと切り返しが聞こえた。
「カナンちゃんの問題は知ってるから。俺はその問題がなんなのか聞いてんだけど」
「アナタこそ聞こえたの? これはワタシの問題で――」
「だから知ってるって。あ、もしかしてカナンちゃんが自分のことで悩んでるのすら分からないおばかさんとでも思われてる?」
「ワタシの問題だからほっといてって言ってるの!」
惚けた顔を向ける孝太に我慢できずカナンは立ち上がって拒絶。
「だいたいアナタ、ユウスケには自分の問題って言われたら素直に引き下がるのにどうしてワタシにはしないのよ!」
「いや、鷲沢とカナンちゃんじゃ意味合い全然違うし」
苛立ちを露わに叫ぶも孝太は平然としたモノで。
「あいつの『俺の問題だ』っての、あれって別に悩んでもなければもう自分なりに解決してんだから余計な話をさせんなって意味だろ? なら外野がいちいち口出しすることでもないし。俺も面倒だし。なにより知らない方があいつがしでかすバカみたいなオチを面白く見物できる」
「…………」
「でもさ、カナンちゃんの場合は現在進行形で悩んでるし、自分なりに解決できてないって意味だよな? でなきゃ困ってないし」
「…………」
「なら友達として放っておけないだろ? なにより紳士な俺が可愛い女の子が困ってるのを見過ごすはずもない。あ、さっきも言ったけど、ナイスな助言は無理ね。俺にできる事っていえばせいぜい話を聞いて、ちょっと楽になったかなって気休めか」
「…………」
「そもそもさ、自分の問題って一人で悩んでる奴いるけどあれってどうなんかね? だって誰かに話を聞いてもらって、助言してもらって、その助言からどんな答えを導き出すかってのもそいつの力じゃん。誰かに助言してもらった、イコール、自分だけの力じゃないって卑下するのもどうかと思わね?」
「…………」
「あ~んじゃ、こういうのはどうだ? 実は荒川さんって俺や鷲沢にとって兄貴みたいな存在でさ、ならみんな笑顔で祝福したいじゃん。なのにカナンちゃんが悩んでて心から笑えない状況なのに、知ってて何もしませんでしたって鷲沢に知られると俺がぶっ飛ばされる。だからここは免罪符に協力するってことで一つ頼むわ」
平然とライバルとの違いを論破され、友人として助けになりたいとの純粋な気持ちを告げられ、甘えても恥ずかしくない理由まで挙げられ、挙げ句これは自分の保身の為と頭を下げられては――
「……アナタって、バカじゃないの?」
「それ、何度も自己申告してますけどね……」
これほどの考えを持ち、これほどの心遣いが出来てなお道化を演じる孝太の信念が理解できないと呆れるも、やはりいつものように惚けてみせる。
どうやら自分はまだ孝太を過小評価していたらしい。ここまで状況を作られては、もう意地を張る方が滑稽だ。
「ベツに……たいした悩みじゃないの」
ゆっくりと腰を下ろし、カナンは観念したように口を開く。
それは十秒も満たない簡潔な、しかし充分に伝わる内容で。
「つまりカナンちゃんは自分の立場や、この店が大切だからこそ鷲沢の悪巧みに乗れないと」
その証拠に孝太は全てを理解して苦笑を浮かべる。
「まあ……そうなるわね」
「なるほどな。そりゃ悩むわ」
納得してくれたようで腕を組む孝太を尻目にカナンは少しだけ肩の力が抜けていた。一人で悩んでいたことを口にすることで、気持ちが楽になったのかもしれない。
だからといって解決したわけでもなく、元より自分の答えは――
「でもさ、鷲沢も同じじゃね?」
決意を固める寸前、孝太の楽しげな指摘が。
それはカナンも分かっていることで、先ほど気にしていたモノで。
「その反応から察するに、カナンちゃんも分かってるってことか。なら俺が出来る助言は一つだ」
思わず視線を向ければ孝太はしてやったりの笑みを浮かべて立ち上がった。
「鷲沢は何も失わねーよ。どちらかじゃなくて、両方を手にする欲張りさんだし、なによりあいつらが失わせない」
優介を知る者だからこそ言える無茶苦茶な信念を教え、もうすべき事はないと背を向けてしまう。
「成したいことがあるなら、大切な物、大切な誰かさんらを理由にして目を反らさない。そういった大切な心を疎かにしないから突き進めるんだよ……鷲沢って奴は」
更に振り返ることなく誇らしげに告げ、今度こそ厨房を後にした。
微かに聞こえる玄関の閉まる音、完全に一人になったカナンと言えば微動だにせず孝太の座っていた場所を忌々しく見詰めていた。
助言は一つ? 二つ残したじゃないか。
出来ることは話を聞くこと? なら助言なんかするな。
そもそも良い助言は出来ない? これ以上ない助言をした口がよく言う。
何より腹正しいのはこの助言がカナンを思うからではなく、焚きつけた方が孝太にとって面白い展開になると楽しんでのこと。
そして自分は焚きつけられてしまった。
もう悩む理由が見付からない。
完全に術中にはまっている。
本当に腹正しい。
「……ピエロのくせに」
なのに、カナンの表情には晴れやかな笑顔が浮かんでいて。
改めて孝太の評価を修正しなければならない。
ユウスケが居なかったら……ワタシの初恋は――
◇
片付けを終えて二階へ向かおうと厨房から出たカナンは、ちょうど帰宅したソフィと出くわした。
「おかえりなさい」
「ただいまかえりました」
孝太の真意に気づいて尚、ソフィは何も聞かない。表情のみで察してくれたのは彼女の微笑みで理解できた。
「心配かけたようね。ごめんなさい」
だから意地を張る必要もなく、カナンは謝罪する。
「今度こそ本当に大丈夫。だから安心して」
「それはなによりです」
「でも、もう少しだけ待ってて」
「待つ……ですか?」
「その時が来れば必ず話すわ。というか、アナタの力がどうしても必要なのだから、話さないといけないのだけど」
「なかなか焦らしますね。ですが、頼ってくれるのは嬉しく思います」
「気が早いわ。まだ力を借りることになるかどうか、ワタシにも分からないのに」
喜ぶソフィに水を差し、カナンは先に二階へと向かった。
◇
迷いはない。
でも疑問はある。
ユウスケの描いた思想が。
カルロスが共感した未来図が。
本当に必要なのかどうか。
ワタシは見定めることにした。
なんて、杞憂に終わるけど。
でも癪じゃない? コウタの術中に素直に従うのなんて。
だってワタシは意地っ張りなカナン・カートレットだもの。
最後はワタシの意思で決断したい。
だからワタシは――ここへ来た。
「……何してんだ? お前」
「見定めかしら」
「あん?」
「ワタシたちの戦績は一勝五敗の一引き分け。しかも唯一の白星は、ワタシの得意分野だったから。それも次には五分にされた。悔しいけど今はアナタが上よ」
「…………」
「ならこの状況は見定める為にもってこいの場所。モチロン一切の妥協はしない、むしろアナタを喰らいつくすつもりでやらせてもらうわ。それでも不満?」
「上等だ。思う存分見定めろ」
「そうこなくっちゃ」
カルロスと違ってすんなり答えを出さないのがカナンです。
優介の二人に対するお土産は後ほどとして、次回は結婚式がメインの内容となります。
みなさまにお願いと感謝を。
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また感想もぜひ!
作者のテンションがめちゃ上がります!
読んでいただき、ありがとうございました!




