ツヨガリ
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フランスへの一時帰国後、アリス・スーリールは大いに賑わっていた。
ただ本来夕方の午後五時半から始まる軽食店としてのお客はいないく、ショーケースに並ぶスイーツを買い求める客足も普段の半分ほどしかいない。
ではどこが賑わっているのか――それは厨房で。
「薄力粉を振るいにかけて……そう、テイネイにね」
「はい!」
「ホイップはツノが立つように。大変だけど最後まで焦らず」
「こんな……感じ?」
「とにかく基本は正確な分量とテイネイな仕事。それを心がけて」
「うん……正確に」
真剣な表情で調理する一人一人へカナンはアドバイスをして回っていた。
厨房にはカナンの他に一〇名の少女達、高等部のみならず中等部や小等部の制服と年代問わず、エプロン着用でお菓子作りに励んでいた。
これはアリス・スーリールのユニークな営業の一つ。
師――アリス・レインバッハからお菓子作りを学んだのはカナンの原点。
初心を忘れないように、料理の楽しさを知って欲しいと月に一、二度お菓子作りに興味のある子供達に料理教室を開いているのだが、この時期になると女の子の希望者が殺到するのだ。何せ世界的にもスイーツ作りで有名なカナン、バレンタインに手作りのチョコレートを贈りたいと思うなら教えを受けたくなるのも当然で。
同時にいくらそれなりに広い厨房でも入る人数は限られている。故に去年は開店したばかりで断念したが今年は前日までの一週間は軽食店を休業してスイーツのみの販売、料理教室に力を入れていた。
小さな子供にも来て欲しいと会費は取らずに材料持参という条件、しかも軽食営業分の収入は無しとお店にとってはマイナスな営業。
それでもバレンタインに向けて頑張りたい女の子の気持ちが分かるカナンは嫌な顔一つせず、むしろ喜んで開催していた。
「よいしょ、よいしょ……チョコレートって堅いよ~」
「ユックリでいいからケガだけはしないようにね。アナタがケガをしては、受け取る男の子も悲しむから」
「わかりました。カナン先生」
小等部の女の子が一生懸命チョコを刻む姿は微笑ましく、こうして慕ってくれるのは嬉しいもので――
「それにしても二人は上手だよね~」
「とうぜんよ。世界一料理上手なゆーすけのお嫁さんなんだから」
「ゆーすけお兄さんのお嫁さんになるなら、これくらいできないとダメだから」
「…………」
感慨深い気持ちになるカナンの耳に、どこぞの自称妻のお株を奪うような主張が聞こえた。
「だからもっとすごいチョコレートを教えてもらおうと来たのに、小等部は簡単な物にしなさいってなによ? これじゃ来た意味ないじゃない」
「でもここには珍しい型がいっぱいあるよ? それに、せっかく教えてくれてるのに失礼なこと言うのもどうかな」
「そうだけど……あ、もしかしてカナンお姉さんはゆーすけのことが好きで、わざとすごいチョコレートを教えないだけじゃ……」
「…………あるかも」
「ナイわよ!」
まる聞こえな内緒話にたまらずカナンがツッコンだ。
「だいたいワタシがそんなこすい理由でメニューを決めたとでも思ってるのっ?」
「だってカナンお姉さんだし」
「なにそのコウタやリナみたいな評価っ?」
「わたしは信じてますよ? ただゆーすけお兄さんのストーカーさえ止めてくれれば」
「ストーカーじゃなくてライバルよ!」
あまりな不名誉にいきり立つカナンだが
「冗談なのに本気になってる」
「カナンお姉さんかわいい」
「……もうヤダ、この小学生コンビ」
楽しそうに弄られたと分かり肩を落とした。
駒村恵美と鈴野千香子――日々平穏の常連客で互いに特別なお客さまとなった経験もあるので小等部生ながら優介らと交流が深いのでカナンもまた面識がある。そして仲間内では恋愛コンビならぬ小学生コンビと呼ばれている。
元祖と同じで優介へ好意を寄せているが、元祖と違い二人とも実に仲が良く、将来は二人で優介のお嫁さんになると約束しているらしい。
まあ一夫多妻制を認めていない日本では無理な約束、小学生の可愛いところでもあるが、コンビで仲が良い故に元祖なみに面倒だった。
ただ二人とも優介のお嫁さんを自称しているだけあり、小学五年生にしては調理技術はそれなりにある。事実これまでの小等部の子に比べて包丁を手にする際も怖がっていない。
「でも凄いチョコレートって言われても……さすがに飾り包丁を教えるわけにもいかないし……」
なにより料理教室への参加条件は材料持参、チョコレートしか用意していない二人に別のお菓子を作る材料がない。ここで厨房の材料を渡しては不公平とカナンが悩んでいると
「二人ともチョコレートが簡単ならシュークリームに挑戦しよっか」
「……カオリ?」
卒業前特別休暇として休んでいるソフィに代わり今回の料理教室の助手を買って出てくれたバイトの一人、九重花織が恵美と千香子に微笑みかける。
「シュークリーム? バレンタインにシュークリームっておかしくない?」
「わたしは一昨年のバレンタインに作ったよ? チョコクリームたっぷりのシュークリーム」
「そうなんですか? あ、でも材料が……」
「わたしが用意したのを分けてあげる。だから一緒に作ってみない?」
「じゃあ……お言葉に甘えて」
「お願いします」
花織の申し出を素直に受けて小学生コンビは指示に従い用意を始める。
「二人はわたしが見てるからカナンさんは引き続き、他のみんなをお願いします」
「助かったわ」
見事なフォローにカナンは微笑み、滞りなく料理教室は続いた。
その日の夜――
「ホントウに助かったわ」
一日を締めくくる日課のティータイムで料理教室の話題を語りつつカナンは苦笑。
恵美や千香子の相手だけでなく、他にも細かなところを気遣ってくれたお陰で本日も無事終了との称賛をソフィもダージリンを楽しみつつ聞いていた。
「そうですか。小学生コンビも相変わらず夢見がちで微笑ましいですね」
「……ソフィ、表情と空気が合ってないわ」
が、大人げなく笑顔で苛立つソフィに呆れてしまう。
「とにかく、さすがは一番弟子よ。このまま退職されるのは痛手だわ」
「こればかりは仕方ありません。花織さんにも進路がありますから」
カップに口を付けて二人が寂しさを噛みしめるように、今月いっぱいで花織はアリス・スーリールを退職することになっていた。卒業後に島を離れて進学する為だ。
花織は趣味だったお菓子作りを夢へと変えて、パティシエになるべく本土の専門学校への入学を決めた。
この一年、バイトをしつつカナンからいろはを学び、今では調理の手伝いも任せられるようになるほど成長して、一番弟子と称するまでになっている。もちろんソフィや愛に比べれば見劣りするが(というよりこの二人が異常なのだ)素直で真面目な彼女ならきっと素敵なパティシエになれるだろうとカナンも応援している。
ただ、手塩にかけてきた弟子が島を離れてしまうのはやはり寂しいもので。
「……いつかはツバキも辞めるんでしょうね」
「まあ……こればかりは」
同時に待ち受ける別れにしみじみとカナンが呟き、ソフィも頷くことしか出来ない。
今日店番をしていた吉本椿もまた花織と同じくアリス・スーリールが開始する前に働きたいと申し出てくれて、カナンにとっては二番弟子のようなもの。まだ一年生で島には残るが彼女も将来は食に携わる職に就きたいと話している。なら花織と同じように卒業後は本土の専門学校へ通うことになるだろう。
自分を目標にしてくれて、料理人を志してくれるのは本当に嬉しいが、愛弟子だからこそ旅立つ日は寂しい。
改めて卒業という別れを実感してしまいカナンの気持ちが沈んでいく。
「ダメね……先の話をして俯いてちゃ」
「はい。喜ばしい未来なんですから」
それでも師匠として情けない姿を見せたくないとカナンは気丈に振る舞い、ソフィも笑顔で同意。
「じゃあ湿っぽい話はお終い。ソフィは楽しめた?」
「ええ。今日はクラスメイトのみなさんとカラオケに行きました。とっても楽しかったですよ」
「それはなにより。でも残念ね、せっかくユウスケとの時間をって休ませてあげたのに、肝心のアイツが忙しそうで」
「事情が事情なので構いません」
ソフィは別段強がっていないようでカナンも安堵する。
優介と残された学生時間を楽しめるようにと自由登校中はソフィを休暇にしているが、フランスから帰国後、その優介が時間を取れなかったりする。
二月一八日、荒川直樹と一之瀬秋穂の挙式が執り行われるのだがその披露宴で料理を提供するためだ。
なので会場側やフードコーディネーターの石垣楓子との打ち合わせ、コース料理のレシピ作成と登校時間以外全てを利用して走り回っている。
ちなみにソフィや恋愛コンビが手伝いを申し出たが『これは俺個人への依頼だ』と断られていた。彼からすればソフィや恋は学生として残された僅かな時間を友人らと過ごして欲しく、愛へは普通に授業があるので負担をかけさせまいとの配慮だろうが、相変わらず妙なところで鈍感だった。
「それにクラスメイトのみなさんと過ごす時間も貴重ですし。明日は恋さんと放課後デートの約束をしてますから」
「……楽しそうでなによりね」
まあその本人らが有意義に過ごしているならいいのだろうと、カナンはカップを手に取り――
「あなたも、楽しそうで安心しました」
口に付けようとした寸前、ソフィが安堵するのでキョトンとなる。
「まあね。料理を教えることは苦にならないもの」
「そうではありません。フランスから帰国した後、ずっと思い詰めたような顔をしていたでしょう」
「…………」
「ですがここ数日は吹っ切れたような感じです。だから、安心しました」
微笑みを向けるソフィを見詰めていたカナンは、結局カップに口を付けることなくテーブルへ。
「どうやら心配かけたようね。ごめんなさい」
「いえいえ。それで、何を悩んでいたんですか? まあ優介さんの刺激的なお話しとやらでしょうけど」
「……ええ。アイツらしい、バカバカしい話。あまりにバカバカしいから考えるのを止めたわ」
「どのような話か、聞いてもいいですか」
「申し訳ないけど……これは――」
「ライバルとしての問題、ですね。なら聞かないでおきましょう」
カナンの言葉を先読みしてソフィはため息をダージリンと共に飲み込んだ。
「ただもし私の力が必要なら、いつでも頼ってくださいね。私はいつもカナンの味方ですから」
「ワタシとユウスケ、の間違いでしょう」
「はい」
嘆息しつつ訂正すれば蕩けるような笑みでソフィは肯定。
そんな姉の心遣いに感謝しつつ、カナンも笑った。
話す必要はない。なぜならライバルの問題以前にもう自分の中では終わったこと。
優介の構想は面白いが、やはり賛同できないと答えは出ている。
だからわざわざ彼へ感想を述べる必要もないだろう。
どう考えても実現することのない構想だ。
既に答えを出していたカナンだったが――わずか数日でその答えが揺らぐことになってしまった。
カルロスから手紙が届く前のカナンの心情でした。
次回はカナンが答えを、な内容です。お楽しみに!
みなさまにお願いと感謝を。
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作者のテンションがめちゃ上がります!
読んでいただき、ありがとうございました!




