表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
オモイデレシピ  作者: 澤中雅
レシピ2 ハジマリレシピ
32/365

ヌクモリマンマ3/3

アクセスありがとうございます!


 千香子の挑戦が始まった。


 母親の私物なのか、大きなエプロンをして踏み台の上で台所に立つ千香子と、その隣で料理指南をする優介という光景は妙なもので。

 しかし真剣に包丁の使い方や切り方、お米の研ぎ方を教える優介と、包丁で指を切ったりお米を一緒に流したりと失敗を繰り返すも、諦めずに強い気持ちで続ける千香子の姿は温かで。

 そんな光景を孝太は微笑ましく椅子に座り眺めていた。


「よし、火を消せ」


 優介の合図で千香子がコンロの摘みを回す。


「後はダマにならないようにかき混ぜろ。ゆっくりと、心を込めてな」

「はい!」


 指示に従い千香子は菜ばしで鍋の中をゆっくりとかき回す。

 最後まで、丁寧に。そしてレオを思う心と一緒に真剣な面持ちで菜ばしを回している。


「……お前の婆さんは素晴らしい料理人だ」


 ふと呟かれた優介の言葉に、かき混ぜながら千香子は首をかしげた。


「あの……お婆ちゃんは学校の先生だったって、お母さんに聞いたけど……」

「職業のことを言ってるわけじゃない。そもそも料理を職業にしている奴が料理人でもないだろ。ようは料理に対し、どんな心で向き合うか。それがなにより大切だ」


 優介は流しの淵にもたれ掛かり、大きく息を吐く。


「本来、犬に与える食事はドッグフードの方がいい。人と犬とでは必要な栄養分の量、食べてはいけない物がまったく違う。その点ドッグフードはバランスが計算されているし、なにより手軽だ」

「じゃあ……どうしてお料理してるの?」

「お前もサプリよりは本物の肉や野菜のほうがいいだろう。それと同じで、犬も本物の肉や野菜が食いたいんだよ」

「もう一つ、自分の為に作ってもらった料理、だろ?」


 これまで静聴していた孝太が付け加え、優介は頷いた。


「この料理には婆さんが犬公に喜んでもらいたい心が詰まっていた。しかも婆さんはただ自己満足で与えてない。その証拠にこの料理は犬にとって必要な栄養やバランスが考えられ、さらに食べてはいけない物が一切使われていない。しっかりと勉強をして、レシピを考えていたんだろ」

「そう……なんだ」

「俺は今までさまざまな料理を見てきた。作る相手の気持ち、込められた心。婆さんの料理はその料理人たちの心と比べても何の遜色もない。きっと婆さんにとって……レオはペットではなく家族、なんだよ」


 その言葉に静まり返る。

 なにより孝太にとって優介から発せられた家族の言葉が重かった。

 両親に捨てられて、新たに家族となった二人はこの世にはもう居ない。

 どんな気持ちで口にしたのか、孝太には分からなかった。


「さて、そろそろ食べごろだ」


 だが優介は何も気にした様子もなく千香子の頭に手を置き。


「羨ましい犬公だ。こんなに美味そうな手料理を毎日食えるんだからな」


 微かに笑った。


 ◇


 花壇から少し奥に離れた場所に真新しい犬小屋と、リールに繋がれた柴犬、レオは三日前と変わらず寝そべっている。

 縁側に座る孝太の隣に立つ優介が見守る中、赤い器を手に千香子はゆっくりと近づいていく。

 器の中には柔らかく煮込まれたお米に小さく刻まれたほうれん草と春菊、少量のささみが入ったレオの思い出の特製雑炊。

 そして彼女の初めての手料理。


「レオ、ご飯だよ」


 千香子が器を置くと、レオはのそりと起き上がり器の中を除いた。


「食う……よな」

「…………」


 期待する孝太に対し、優介はただレオを見つめている。


「…………あ」


 千香子から弱々しい呟きが漏れた。

 レオは食べなかった。

 器を見下ろしたが結局、一口も口にすることなく再び寝そべってしまった。


「やっぱり……わたしのお料理が下手だから……?」

「そんなことないって! 千香子ちゃんは頑張った。レオの為にお金貯めて、一生懸料理したってのに……なんで食わないんだよ」


 泣き出してしまう千香子を抱きしめ、孝太は悔しげに吐き捨てた。

 それでもレオは動かない。

 興味をなくしたように器には目もくれず、ただ体を丸めて寝そべったまま。

 やはり優介が調理しないと完全な再現は出来ない。

 しかし千香子だって負けない気持ちで作り上げたのだ。

 心を込めて、レオに元気になってもらいたくて。

 レオにとって祖母は家族だったのだろう。

 でも、新しく家族になろうと頑張っている千香子の想いが報われないのは間違って――


「ああ……そうか」


 憤りを感じていた孝太はようやく全てを理解し。


「……いい加減、スネてるんじゃねぇよ」


 間違っていないと訴えるように優介が一歩踏み出した。


「いつまでもそうやって拒絶して、何もせず、ただ死んだように生きてくのがテメェの願いか」

「ゆーすけ……お兄ちゃん?」


 怒りをあらわに通り過ぎる優介に千香子は怯えてしまう。


「イラつくんだよ。いつまでも過去に縛られて、前を……差し伸べてくれる手を拒絶する姿にな」

「千香子ちゃん、こっちに」


 しかし優介は無視してレオに語り続ける。

 故に孝太は千香子を連れて距離をとった。

 これは最後の味付けだ。

 なら、優介とレオだけにしておく方がいい。


「なら教えてやるよ。テメェの愛する婆さんが何を想い、料理をしていたかをな」

「…………」


 やがて優介はレオを見下ろす。

 レオはゆっくりと顔を上げる。

 その行動は孝太には、まるでレオが知りたがっているように見えた。


 ――いつまでも元気に生きろ


 一人と一匹の視線が交わる中、優介はハッキリと告げた。


「……分かったら、スネるのは止めて、さっさと食え」


 最初にレオを見た時、なぜか孝太は昔の優介を思い出していた。

 孝太は知っている。

 恋や愛、好子すら知らない優介。

 家族を失った頃の優介は見ていられなかった。

 自分の殻に閉じこもって祖父に従うまま学校へ行き、食事をして寝る。

 こちらが話しかけても頷くことすらしない、何も聞こえてない。

 それは祖母を失ったレオととてもよく似ていて。

 故に優介がレオを嫌悪していることに気づいた。

 きっと自分を重ねていて、そんな自分が嫌で、気に入らなかった。


「お前の愛した婆さんと変わらない、温かな心がいっぱいの……千香子の飯が冷めちまうだろ」


 だから恋と愛には様子を見ようと提案し、一人で動くと決めた。

 きっと優介はあの二人にそんな自分を知られたくないから。

 唯一側にいて――なにもしてやれなかった情けない親友の、せめてもの心遣いだった。


「食って千香子を……婆さんを喜ばせてやれ」


 誰かが見たら可笑しいと思うかもしれない。

 犬に話しかけたところで、伝わるわけがない。

 でも孝太は笑わない。

 優介の言葉はきっとレオに伝わっていると信じている。

 優介は言った――人間にしか思い出がないなんて傲慢な考えだと。

 それと同じだ、相手が犬だろうと伝わらないわけがないのだ。

 同じ境遇を経験した者の心の言葉は、伝わるのだ。

 優しくレオの背を撫でながら優介は微笑する。


 そして優介の表情を見つめていたレオは体を起こし――器へ口をつけた。


「レオ……っ」


 千香子が歓喜する間も、レオはゆっくり一口、二口と味わうように食べ続けている。

 ついに器が空になり、一滴の味も残さないと舐めていたレオは顔を上げ千香子に視線を向けて歩き出した。


「ほら、レオがごちそうさまって言ってるよ」


 孝太も千香子の背中を押すと、彼女は笑顔で頷きレオに駆け寄った。


「レオ……! ありがとう、食べてくれて!」

「くぅん」

「うん……うん! これからもお料理がんばるね? だから思い出いっぱい作ろうね?」


 レオに顔を舐められながら千香子は笑顔で、言葉をかける。

 これから始まる家族の未来を、レオに話しかける。


「なるほどね。確かに必要ないか……お前がそうだったように」


 そんな光景に、孝太は最後の疑問を理解した。

 ココロノレシピで完全に再現せずに、千香子に作らせた疑問。

 優介がそうだったように、レオにも必要なかった。

 祖母の味ではなく、これから家族になる千香子の心の料理こそ、この先も生きていくレオには必要だった。


「いい夢、見てるもんな」


 静かにこの場を去っていく優介に変わりお約束の台詞を残し、孝太も後に続いた。




 翌日の日曜日。



「やれやれ、ようやく一息つける」


 午前の営業が終わり、優介はカウンター席に腰掛ける。


「お疲れ様でした」


 優介に愛がお冷を差し出し隣の席に。


「忙しかったね。観光シーズンだし、午後はもっと忙しいかも」

「結構なことだ。昨日はバカ弟子だけじゃなく綿引も使ったんだ、その分稼げる」


 逆隣に腰掛け伸びをする恋に優介は上機嫌に呟き。


「そういう訳なんでな、しっかり働けよ。使える使えないは別として」

「……へいへい」


 背後に声をかければ孝太の力ない声が返ってくる。

 今日は午前から通しでバイトに出ているのだが、昨日の二人分の給料を立て替える為に働いているので無給――つまりタダ働きだ。

 なぜ孝太が責任を取っているかと言うと『テメェのお節介で余計な人件費がかかった』らしい。


「でもまあ、仕方ないか」


 しかし孝太は文句を言わない。

 恋と愛が知らない優介の一面を理解している親友として、二人に対する申し訳なさと、少しの優越感が苦笑に変えてしまう。


「さて、昼飯にするか」

「そだねー」

「お手伝いします」

「早く頼むなー。腹へって死にそうだ」


 各々が立ち上がると同時に店の戸が開いた。


「…………またうるせぇのが来た」


 げんなりする優介の視線の先には恵美と千香子が。


「チカちゃんから聞いたよ! レオのご飯作ってくれたんだってね!」

「作ったのは千香子だ」

「でもお礼を言おうとしたらゆーすけ居なくなってたってしょんぼりしてたよ? ちゃんとおじゃましましたって帰らないとメッなんだからね」

「もちろん聞いてねぇ、と」

「だから今日は一緒にお礼を言いにきたんだ。ね、チカちゃん?」

「はい」


 相変わらずマイペースな恵美につられて、千香子が笑顔で頷き――


「あの、昨日はありがとうございました。ほら、レオもお礼言おうね?」


 頭を下げ、手にしていたリードを引くと戸影からレオの顔がひょっこり現れた。


「わん!」

「飯食うところに犬公つれてくるんじゃねぇ!」


 すかさず優介が突っこむも、レオは気にした様子もなく千香子と共に店内に入ってくる。

 ちゃんと食事を取ったからか、それとも過去に負けない温かさを手に入れたからか足取りも良く恋と愛は表情をほころばせてしまう。


「レオ、元気そうじゃない」

「良かったですね、レオ」

「テメェらも和んでんじゃねぇよ! ああもういい!」


 衛生面を気にしない従業員にキレた優介は千香子からリードを奪い外へ連れ出してしまった。


「たく……いいか、礼をしにくるのは勝手だが犬公つれて来るな。ここは飯を食うところだ」

「……ごめんなさい。でも、レオもちゃんとお礼したいかなって……」


 注意されて目を伏せる千香子に優介はため息を吐いた。


「分かったらいい。テメェも、礼をするのは殊勝な心がけだが店には入るな。いいな?」

「わん!」

「……ふん」


 理解したのかしてないのか、尻尾を振りながら顔を上げるレオの頭を優介は面倒げに撫でた。


 のだが――


「ねぇ、ゆーすけってワンちゃん苦手じゃなかったっけ?」


 その光景を不思議そうに見詰めていた恵美が一言。


「だったよね……?」

「はい……ですが……」


 恋と愛も平然とレオに触れる優介に疑問が生まれる。


「つーかさ、昨日も普通に撫でてたけど鷲沢って犬苦手じゃないのか?」

「だから苦手じゃねぇって言っただろ」


 代表して問いかける孝太に答える優介はレオを撫でるのを止めない。


「じゃあ何で最初あんなに避けてたんだ」

「……情が移るだろうが」


『は?』


「犬公の寿命は短い。いつか先に死んじまう。なのに……触っちまうと……チッ」


 一同が目を丸くする中、言葉を続けていた優介だったが舌打ちをするとしゃがみ込み。


 レオをモフモフし始めてしまった。


「この犬公が、テメェのせいで服着替えなきゃいけねぇだろうが。ああ面倒くせぇ」

「わん! くぅん、くぅん」

「さんざん人を心配させといてなんだその気持ちよさそうな面は? ここか? ここがいいのか? 単純な犬公が」


「えっと……つまり」

「ユースケは犬が苦手じゃなくて……」

「好き……すぎて、避けていたと?」

「あはは! ゆーすけって変なの!」


 唖然とする孝太と恋愛コンビに対し、恵美は指を刺して笑う始末。

 それでも優介は全く気にした様子もなく、じゃれ付いてくるレオを面倒げにモフモフしている。

 眉間にシワを寄せているのにその表情はとても幸せに満ち溢れていて――


「……羨ましいレオ。私もワンワンになりたい」

「いや愛、その首輪どっから出したの?」

「ふ……愚かな恋。こんなこともあろうかと常備しているに決まっています」

「どんなことよ! ていうか、なにいそいそ首輪してんのっ? 止めなさいって!」

「なぜ止めるのです? は、まさか恋も優介さまに飼われたい願望が……!」

「それはちょっと……じゃなくて! なんであたしが飼われなきゃいけないのよ!」

「恥ずかしがる必要はありません。気にいりませんがそういった願望があるのは仕方ないこと」

「だから違うって!」


「……また始まった」


 恋愛コンビの言い争いに孝太がいつものこととため息を吐く。


 だが――今回ばかりはいつものことではなかった。


「よかった……ゆーすけお兄ちゃん、レオのこと嫌いじゃなかったんだ」

「そーだね。これならまたレオと一緒に遊びにこれるよ」

「うん……これなら一緒に暮らしても、平気だね」

「へ? 暮らす? なんでチカちゃんとゆーすけが暮らすの?」

「だってゆーすけお兄ちゃんは……私とレオの家族になるもん」


「「…………へ?」」


 頬を染めた千香子の爆弾発言に恵美と孝太は目を丸くする。


「ゆーすけお兄ちゃん、私の作った料理を毎日食べれるレオが羨ましいって……言ってくれたから。なら、私がお嫁さんになれば……」

「違うよっ? ゆーすけのお嫁さんは恵美で……!」

「恵美ちゃん、離婚だって言ってたよ? なら問題ないよね」

「なしっ! それなしだもん!」

「なしはできません」


 慌てふためく恵美と余裕の笑みで交わす千香子。

 店の前にも関わらず恋愛コンビと小学生コンビの衝突は実に賑やかで。


「わん! わん!」

「テメェ舐めるんじゃねぇよ。着替えるだけじゃなく風呂にまで入るはめになったじゃねぇか」


 いつもなら怒声を上げて止める優介は相変わらずレオにご執心で。


「いつになったら飯……食えるんだ?」


 何事かと集まる野次馬の視線を浴びながら、取り残された孝太はがっくりうな垂れた。



 日々平穏。

 四季美島にある小さな定食屋は美味しい料理と楽しい時間、そして温かな思い出を提供する不思議なお店。


 いろんな意味で仕事にならない為、ペット同伴は固くお断りします。


ヌクモリマンマ完結!

次回更新から『キズナプリン』全四話が始まります。

少しでも面白そう、続きが気になると思われたらブックマークへの登録、評価の☆を★へお願いします!

また感想もぜひ!

読んでいただき、ありがとうございました!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ