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オモイデレシピ  作者: 澤中雅
レシピ2 ハジマリレシピ
31/365

ヌクモリマンマ2/3

アクセスありがとうございます!



「いや……ユースケが犬を嫌いなのは分かるけどさ」

「先ほどの言い方は……どうかと思います」


 帰りのバスを待つ間、ベンチに座る恋と愛は納得のいかない表情。

 気に入らない発言後はもう酷いものだった。

 千香子は泣いてしまい恵美は怒り任せに文句をいい、最後には『もうリコンだからねー!』と叫ぶ始末。

 それでも優介は無視を貫き帰ってしまい恋と愛、孝太も二人を宥めて慌てて追いかけたのだが。


「…………」


 何を言っても聞いても、優介は無言のまま。

 故に納得がいかなくても深くは追求できないでいた。

 普段から機嫌が悪そうで怒鳴る優介だが、本当に苛々している時は口数が少なくなる。

 そんな状態では会話が成立しないのをよく知っていた。


「でもさ、どうしてレオは食事をしないんだろね?」

「さあ……ワンワンの生態にはあまり詳しくないので何とも……」


 だがレオのことは心配で、代わりに解決方法を探りはじめる。


「フードの良し悪しか……または好みでしょうか?」

「好みねぇ……犬にも好き嫌いあるんだ。じゃあ思い出の料理とかもあったりして」

「それはさすがに……」

「いや、あるんじゃね?」


 二人の会話を聞いていた孝太が苦笑。


「なんせ見えたんだからな。レオの思い出の料理、ココロノレシピで」

「「……は?」」


 呆気にとられる恋と愛から優介に視線を移す。


「そうだろ? 鷲沢」

「……よく気づいたな」


 その問いかけに優介がようやく口を開いた。


「あの犬公が一口食った後、勝手に流れ込んできやがった。まったく、面倒な力だ」

「え? そうなの? 見えたの?」

「ワンワンにも思い出の料理があると……?」


 今だ信じられないといった恋と愛に優介はため息一つ。


「犬だろうが猫だろうが想いが強けりゃ見れる。そもそも人間にしか思い出が無いなんざ傲慢な考えだ」

「それは確かに……なら協力してあげようよ!」

「そうです優介さま。ワンワンがお嫌いなのはお察ししますが、鈴野千香子があまりにも不憫です」

「べつに嫌いでも苦手でもねぇ」

「ならなおさらだよ! 思い出の料理ならレオも食べるかもだし、あたしも手伝うからさ!」

「ふ、あなたが何を手伝うと? 優介さま、ココロノレシピが使えるのなら、私の力もきっとワンワン相手にも仕えます。私たち夫婦の愛の力でワンワンを救いましょう」

「ちょっと愛! 誰と誰が夫婦なのよっ?」

「私と優介さまですが?」


 光明にいつもの調子を取り戻した恋愛コンビだが、優介は大きく息を吐き


「俺は歩いて帰る。テメェらは先に帰ってろ」


 一人バス停を背に歩き出してしまった。


「やっぱりあいつおかしい」

「ですね」


 優介が去ると同時に恋と愛はピタリと争いをやめて、遠くなる背を見つめた。

 定食屋の優介に犬の食事を用意させるなど今回は特殊な例――お客さま。

 だが彼なら相手が誰だろうと、たとえ犬だろうと差別しない。頼まれれば、ココロノレシピが見えてしまえば、必ず料理を作る。

 なのにあの発言。

 犬が嫌いでも気に入らないという理由で断り、悲しんでいる千香子を助けようとしない。

 なぜあんな態度を取るのか、二人には分からなかった。


「とにかくさ、しばらく様子見ればいいんじゃね?」


 そんな思いをめぐらせる恋と愛に、孝太は軽い口調で言った。


「何だかんだ言っても、鷲沢は最後には動くお人よしだ。そのうち気が変わるかもしれないしよ。その前にレオの気が変わるかもしれない。どっちにしても、今は様子を見ることくらいしかできないだろ?」


 納得いかないようだが他の方法もなく、恋と愛は頷き孝太は笑顔を浮かべる。


「んじゃ、そういうことで。せっかくだし俺は商店街にでも寄って帰るわ」

「はいはい。じゃあね~」

「お気楽な方はいいですね。では、また明日」


 二人に手を振られ孝太は商業区に向かった。

 同時にバスが通り過ぎ、恋と愛が乗り込むのを確認して――


「…………ま、あの二人には秘密にしとくべきだよな」


 バスが走り去ると同時に立ち止まった。


「なによりたまには親友らしいことでもしないと、本当に犬以下だし」


 苦笑すると進路を鈴野家へと変えた。



 更に三日後の土曜日。



 放課後になり早足で帰宅する優介の隣には恋、そしていつもは教師の長話で遅くなるが珍しく早く終わったことで愛も一緒にいる。


「…………で? どうしてお前がついてくる」


 そんな三人の背後を歩くのは孝太。

 なぜか教室からここまで当然のようについて来ていた。


「ん~まあ、なんとなく」

「なんとなく……ねぇ。お前、なにたくらんでやがる」

「企むとは失礼な」

「そうですよ。孝太さんにそのような脳みそがあるとは思えません」

「酷いねあいかわらずっ!」


 愛の毒舌に孝太が突っこみを入れた。


「甘いよ愛、コータは女の子のことだけには頭働くんだから。実る実らないは別として」

「なるほど」

「なるほどじゃないよっ?」


 恋のフォロー(?)に愛が頷き、さらにツッコミ。

 そんな賑やかな下校の中、無視を決め込み先へと歩いていた優介だったが


「…………ふん。確かに恋の言うとおりだ」


 不意に立ち止まり面倒げに言い放つ。


「で、今回は実りそうか? ロリコン野郎」

「それが色々手ごわくてな。さて、どうなることやら」


 意味ありげな笑みを浮かべる孝太に首をかしげる恋と愛だったが、優介の視線を追って目を丸くする。

 日々平穏の前に千香子がいた。

 学園が終わってそのまま来たのか、ランドセルを背負ったまま一人で立っている。

 驚く二人をよそに千香子は優介達に気づくと僅かな躊躇の後、ゆっくりと歩いてくる。


「あ、あの……」


 そして優介の前に立ち止まると、ペコリと頭を下げた。


「この前は……ごめんなさい」

「どうして謝る」


 問いかけられ小さな肩が震える。

 以前なら泣いてしまいそうな威圧感に、しかし千香子は涙をこらえて、ちゃんと優介の目を見て言葉を紡ぐ。


「えと……レオのこと……無理にお願いしたこと……それと……」

「それと?」

「恵美ちゃんに……頼んだこと……。わたしのお願いなのに……わたし、ちゃんとお願いしてなかったから……」

「確かに、俺は恵美に頼まれたな。だが、お前が頼んだところで俺はあの犬公に飯を作る気はない」

「ちょとあんた――」


 キッパリと断りを入れて優介はそのまま歩き出し、その態度に恋が何かを言おうとするも孝太が手で制す。


 変わりに優介を止めたのは、千香子の手だった。


「…………まだ何か用か」


 制服の裾を掴まれ立ち止まる優介に千香子はコクンと頷き


「お金……持ってきたの。レオのご飯代……」


 ランドセルを下ろし中から犬の形をした粘土細工の貯金箱を取り出した。


「ゆーすけお兄ちゃんはプロの料理人だから……ちゃんとお金払わないと失礼だって……タダじゃ作ってくれないって教えてもらって……」

「なるほど……俺はそんな守銭童に思われていたのか」


 苛ただしく優介は千香子ではなく、その後ろに居る孝太を睨みつける。

 しかし孝太は笑みを浮かべたまま首を振り


「うんにゃ。でも、その貯金箱に込められたのが金じゃなかったらどうかな?」

「…………」

「なあ千香子ちゃん。そのご飯代はどうやって手に入れたの?」


 何も答えない優介の代わりに孝太は千香子に問いかける。


「えっと……お父さんとお母さんのお手伝いして……。それと、お家のこととか……時間なくて、あまり入ってないけど……」

「そっか」

「……こーたお兄ちゃんにお金払わないといけないって言われたけど、お小遣いはレオのご飯とかおもちゃ買ってなくなってて……。だからお手伝いして、自分でお願いしようって……考えたんだけど……」

「大丈夫だよ。うんうん、レオのために頑張ったんだね」


 自信なさげにたどたどしく話す千香子の頭を孝太は優しく撫でた。

 そんな二人を見つめ、恋と愛は理解する。

 これまでの千香子は友人の恵美を通じて頼みごとをしていた。

 そして恵美はただ作れとお願いしていた。


 だが今は違う。


 こうして一人で優介の前に立ち、ちゃんと自分の口で頼んでいる。

 なにより気持ちがこもった貯金箱を持ってきた。

 それはお金ではなく、レオを助けたいという想いがこめられている。

 まさに優介が料理をするに相応しい千香子の心の御代だ。


「……まったく、自分は様子みればって言ったくせに」

「本当に、女の子のことには悪知恵の働きます」


 抜け駆けされたことは面白くない。

 それでも恋と愛は笑顔になる。

 優介は千香子から貯金箱を受け取り底蓋を空けた。

 出てくるのは小銭ばかりが千円ほど。僅かな時間で小学生がお手伝いで稼いだなら十分な額だ。


「……ひとつ、質問する」


 小銭を戻しながら優介が静かに口を開く。


「犬の寿命は短い。たとえ今あの犬が元気になったところで、いつか必ず別れが来る」


 それは残酷な忠告。誰もが理解していて、口に出さない死別という別れ。

 千香子は事実を突きつけられ肩を震わせた。

 それでも優介は続ける。


「待っているのは別れだ。婆さんと同じように、お前を置いてあの犬は死ぬ。それでも助けたいと思えるか」


 小学生に対してあまりにも辛い質問だが、千香子は思案し――


「レオが死んじゃったら……きっと悲しいです。いっぱいいっぱい、悲しい。でも……わたしはレオとの思い出がたくさん、欲しい……」


 震える声で、しかし精一杯の気持ちを込めて。


「それに……レオ、今すごく悲しい顔してるから。元気になって……わたしと一緒にいて楽しいなって……笑ってほしい……」


 自身の気持ちを、想いを。


「だから……レオが最後まで楽しいなって思ってくれるなら……悲しくても、わたしはがまんしてレオと……バイバイします」


 悲しい笑顔で、優介に告げた。


「……悪かった、くだらない質問だ」


 そんな千香子の頭を、優介は優しく撫でた。


「協力してやるよ。お前とあの犬の思い出作りにな」

「あ……ありがとうございます!」

「恋、愛、俺が戻るまで任せる」

「りょーかい」

「分かりました」


 もちろん恋と愛は笑顔で了承。


「それとバカ弟子でも呼んでおけ。色ボケしてるがそれなりに役に立つだろ」

「あれ? 俺が手伝わなくていいのか?」


 てっきりいつものようにシフトに入れられると思っていた孝太は首をかしげた。

 実際、こうなることは予想していたので責任を取るつもりでついて来ていたのだが。


「どうせ使えねぇんだ。なら実るかどうか最後まで付き合え、ロリコン野郎」

「へいへい。でもな鷲沢、俺はロリコンじゃなくてかわいい女の子が好きなだけだ」

「威張って言うことか……。おい、さっさと行くぞ」


 優介を先頭に孝太と千香子が続き、日々平穏の前には恋と愛が残された。


「やれやれ、これにて一件落着……かな?」

「当然です。優介さまの料理で幸せにならない者などいません。それが例えワンワンでも……それより困りました」

「なにが?」

「リナのことです。ヘルプを頼むよう申されましたが、今日は綿引琢磨の部活が休みなので、放課後デートをすると楽しみにしていました」

「あらら……それはさすがに頼み辛い」

「困りました……」


 なんて言いつつ愛はポケットからスマホを取り出し、迷うことなくプッシュ。


『愛ちゃん? どうしたの?』

「リナ、今どこに居ます?」

『今は学園出るところだよ。琢磨さんが部室に寄りたいからって着いてった。で、これからデートなのだ!』

「そうですか。では今すぐ店に来なさい」

『へ? いや、だからリナ達今からデートで……』

「その前に食事でもどうですか? 無料で食べさせてあげますよ」

『ほんと? 琢磨さん、愛ちゃんがね、ご飯食べにこいって。おごってくれるんだって』

『マジでっ? 行く、ぜってー行く!』

『すぐに行くから待っててね!』


 通話終了。


「ヘルプ二人、確保です」

「……いや、困ったって近くにいるかどうかの心配だったの?」

「そうですが?」

「あんた……よく平気で友達だませるね」

「騙すとは心外な。働けばまかないで無料で食事が出来ます。それに……」

「ん?」


「……リナは友達ではなく……親友です」


 ◇


 リナと琢磨が日々平穏で絶叫を上げているとも知らず三人はバスで商業区へ向かい、途中食材の調達をすると優介が言い出し、商店街を何件か回った。

 材料は優介自身が吟味したのだが――


「お金……どうして?」


 鈴野家に到着し、台所で一息ついたところで、千香子が恐る恐るテーブルに置いている貯金箱を指差した。

 買い物中、全ての支払いは貯金箱から払われていた。これは優介に料理を作ってもらう為の代金なのに、レオの食材に使われたのが不思議のようだ。


「あの犬公が食う食材をここから払って何がおかしい」


 だが優介は椅子に腰掛けると平然と答え、貯金箱の裏蓋を開けた。

 向かいに千香子と孝太が座る中、ジャラジャラと小銭がテーブルに落ちていく。


「ずいぶん余ったな。千香子、返すぞ」

「え?」


 その小銭全てを千香子の前に重ねていく。


「小遣いないんだろ。これで恵美にジュースでもおごってやれ」

「どうして恵美ちゃんに……?」

「今回の件、あいつにも世話になっただろ。礼をするのは当然だ」

「で、でも……それじゃあゆーすけお兄ちゃんは……」

「俺には必要ない」


 キッパリ言われて千香子は困惑する。

 確かに恵美にはお世話になったが、今回の功労者は間違いなく優介になる。

 なのにお礼は必要ないと言われてしまった。


「そもそも今から料理をするのは俺じゃねぇ、お前だ」


 更に続けられた言葉には千香子だけでなく孝太までも目を丸くした。


「あの……わたし、お料理したことないし……」

「つーか……いや……あの、鷲沢?」

「俺は協力すると言ったが、料理をするとは言ってない」


 なぜかふんぞり返る優介に孝太は口ごもる。

 ココロノレシピは優介にしか使えない。

 つまりレオの思い出の料理は優介にしか作れない。

 なのに料理をするのは千香子、これではたとえ彼女の腕前が高くてもその料理に想いの心は込められない不完全な物になってしまう。

 だがココロノレシピは秘密にされているので、問いかけたくてもオロオロしている千香子が居ては出来なかった。

 そんな孝太のジレンマと、千香子の不安に優介はため息ひとつ。


「……もちろんレシピは教える。包丁の使い方から味付け、火加減の調整まで横で指導してやる。なにより、それほど難しい料理じゃない」

「でも……わたしのお料理でレオ、食べてくれるか……」

「そんな心配する暇があるなら、前を見てろ。あの犬との先の、楽しい時間をな」


 力強い言葉に千香子の瞳から不安が消えていく。

 食べてもらえるかの不安よりも、未来の期待が勝ったようだ。


「じゃ、じゃあやっぱりこれはゆーすけお兄ちゃんに……! 作り方、教えてくれるならその……授業料で!」

「……その言葉、どこぞのバカ弟子に聞かせたいものだ」


 詰まれた小銭を押し出す千香子に優介は苦笑し、空になった貯金箱を手に取った。


「なら俺はこれをもらう」

「え? そ、そんなので……いいの?」

「ちょうど貯金箱が欲しいと思っていた。なにより、俺には金よりもよほど価値がある」


 優しい声に千香子は自然と笑みを浮かべる。

 授業で作った粘土細工の貯金箱。

 だがレオを真似て一生懸命作った物を喜んでもらえると嬉しかった。


「分かったらさっさとエプロンしろ。エプロン無しで料理をするなんざ、俺のプライドが許さん」

「はい!」


 頷き、千香子が慌ててエプロンを準備する為に台所を出て行き、その間に孝太は問いかける。


「ココロノレシピで見た料理を作るんだよな?」

「ああ」

「ならさ、お前じゃないと作れないだろ? それじゃあレオは食べないかもだろ」

「ふん」


 孝太の心配を他所に優介は貯金箱をバッグに入れながら呟いた。


「あんな能力、必要ないんだよ。千香子と……あの犬公にはな」


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