ネガイカレー 2/3
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翌日の放課後。
普段なら恋を連れ立って誰よりも早く教室を出る優介だが、今日に限っては恋の隣の席に座る男子生徒に声をかけた。
「白河、今日入れ」
なんの説明もなく命令されても、白河と呼ばれた男子生徒は理解したのか苦笑する。
「なんだ? 恋愛コンビのどっちか休むのか」
「あたしは入るよ。ていうか、恋愛コンビ言うな!」
日々平穏で働く二枚看板娘、恋と愛はその名前から常連客どころか島中の住民に『恋愛コンビ』と呼ばれているが、本人は不服なのでしっかりとツッコミを入れた。
「俺が休む……いや、遅刻するか」
「遅刻? お前が? 珍しいな」
「なんでもいいだろ。厨房は愛に任せる、じゃあな」
了解も得ずに優介は教室を出て行ってしまった。
彼、白河孝太は優介と恋の幼なじみで、二年のブランクがある恋よりも付き合いは長い。その為、誰よりも優介の境遇を理解しているので現在も日々平穏のバイトとしてヘルプに入ることも多く、半ば強制だったりする。
「やっぱり気にしてるか」
故にそんな扱いにも慣れている恋は注意することなく、ただ優介の行動に微笑んでいた。
◇
優介は隣りの敷地にある小中等部の校舎に居た。
先月まで通っていた校舎で、日々平穏の店主としても有名な優介が校舎内をうろうろしていても注意する者はいない。
「……いねぇ」
高校に比べて下校時間が早いので生徒は少なく、何人かの教員に声をかけられながら目当ての人物を探すが見つからない。
仕方なく住居区と商業区を歩き続けること一時間――ようやく見つけた。
古ぼけた児童公園のブランコに、漕ぐでもなくただ座っている。ランドセルを背負ったままなのは家に帰っていないことを物語っていた。
優介は声もかけず道路から少女の様子を窺がう。
やはり遊んでいるわけでもなく視線を伏せるだけで、たまに顔を上げては下げるだけ。そのタイミングは決まって公園前を若い女性が通り過ぎる瞬間だった。
待っているのだ。
こんな今時誰も遊ばないような小さな公園で。
もう来ることはない母の迎えを――
「……ちっ」
これ以上見ていられなかった。
優介には少女の姿が信じられないほどイライラする。
恵美を見つけるまでどうしたいのか分からなかったがようやく確信した。きっと恋や愛は勘違いしている。だがハッキリと言ってやりたかった。
自分は目障りなんだと。
「おい」
気づけば恵美の前で声をかけていた。
恵美は期待を滲ませた顔を上げたが、すぐに警戒心をあらわにする。
「だれ……?」
物騒な世の中知らない男、しかも優介のような人相の悪い人に声をかけられては脅えるはずだが、恵美は気丈にも睨みつける。
その態度に優介は好感をもった。
「先週、不味いカレーを出した店の料理人だ」
「え……あの……」
一瞬だけ気まずげな表情になるのを見逃さない。食べ物を粗末にしたことを反省していたのだろう、父親の言うように根は素直な子のようだ。
「なによ、食べ物は大事にしなさいって怒りにきたの」
「確かに大事なことだが、今はどうでもいい。ママのカレーが食べたくないか」
「ママの……?」
「そうだ。食べたいんだろ」
「食べれるわけないじゃない……」
悲しげに視線を落とす恵美に優介は平然と言った。
「俺が食わせてやる」
「お兄ちゃんが?」
「ああ」
「……むりだよ」
「無理じゃない」
「むり! むりむりむりむりっ! ママのカレーはママじゃないと作れないもん!」
ついにはブランコから腰を上げ優介を睨みつける。
だが恵美の目から必要な情報は手に入った。
あとは約束を取り付けるのみ。
「出来なかったらお前の言うことを何でも聞いてやる。楽しみにしてろ」
恵美の髪をクシャクシャ撫でると優介は去っていく。
背後では恵美がまだ何か叫んでいるが振り返りもせず、今度はバスで観光区へ。
場所は知っているので迷うことなく四季美島観光代理店へ。
「店長はいるか」
自動ドアを潜るなり受付をしている女性に声をかけた。
突然の来訪も有名な優介に快く対応してくれて待つこと五分、駒村祐樹が相変わらず人の良さそうな笑顔で現れた。
「これは優介くん。どうかしましたか?」
「急にすまない。忙しそうだな」
「ええまあ。今年の観光イメージとしてアイドルのハルノヒカリさんが選ばれまして、スケジュール調整で大忙しですよ」
「そんな忙しい時期に悪いが明日店に来てくれ」
「は? お店に……ですか?」
突然の申し出に戸惑う祐樹だが、構わず約束を取り付ける。
「もちろん娘と一緒にな。時間はそうだな……夕方の六時くらいがいいだろう」
「ですがその時間は仕事が……」
「娘のためだ」
「恵美の?」
「料理人のプライドにかけて何とかしてやる。それでも無理か」
これが最後の審判。
ここで祐樹が断ればもう関わらないと心に決めていた。
これからすることで何かが変わろうと、結局は娘に対する父親の気持ちが全てが故に。
しばしの沈黙の後、祐樹は頷いた。
「恵美の為になるのなら、何とか時間を作ります」
「……それでいい」
「どうかお願いします」
深く頭を下げる祐樹の姿を目に焼きつけ、決意を新たに日々平穏へ。
既に夕食時だけあって賑わう店内で恋と孝太が忙しそうに料理を運んでいる。
「ユースケお帰り~」
「ゆうちゃん、今日は遅いねぇ」
「野暮用だ」
恋や馴染みの客と言葉を交わしながら厨房に入ると、時間が惜しいのか制服の上着を脱いでエプロンを身に着けた。
「愛。代われ」
「わかりました」
「それと今日はもういい。上がる前に外に張り紙をしておけ」
注文表の引継ぎをしながらの端的な発言でも、愛は全て理解して奥の部屋に入っていく。
優介は残りの注文を済ませる前に、店内にいる全ての人間に聞こえるように声を上げた。
「悪いが明日は休みにする。他のみんなにも伝えられるだけ伝えてくれ。ワビといってはなんだが今日の注文は全て一〇〇円引きだ」
「――なんだか知らんが気前がいいねぇ!」
「さすがゆうちゃんだ!」
「ならあと一品くらい注文しようかしら」
その宣言に一瞬キョトンとしていた面々も、続けて発表されたサービスに盛り上がる。
「お前が値引きするなんて珍しいな」
そんな中、厨房に入った孝太が小声で話しかけてくると優介はほくそ笑んだ。
「その分お前の給料を減らす。問題ない」
「ちょっと待て! ただでさえ安月給でなぜ?」
「うるせぇ。シャキシャキ働いて元取るぞ」
言い争う中、次々とくる追加注文の対応を受ける恋はどこか嬉しそうだった。
◇
値引きセールの話が広まり怒涛の忙しさに追われ、二〇分遅れで閉店となった。
『今日の片付けはいい。もう上がれ』
まかないも作らず優介は厨房にこもってしまい、本日は孝太が恋を送っている。
「結局これだけか……」
帰宅途中、孝太は手の平にある五〇〇円玉を見つめながらため息を吐く。
正規の従業員ではないバイトには日払いで給料が出るので、この五〇〇円が孝太の本日の給料だった。
「まあ貰えただけよしとすれば?」
「そう考えるしかないのか……はぁ」
再びため息を吐く孝太の右隣を歩く恋は笑っている。
この扱いは酷いが割引き分を引くとむしろマイナスなのだ。この五〇〇円は優介にとって感謝の印でもある。
まあ本当に値引き分減らすあたりを酷いと言われては否定できないのだが。
しかし愚痴りながらも納得してしまう孝太と、遠慮のない優介の対応は二年という空白のある恋は深い信頼関係を感じて羨ましく思う。
「んで、明日急に休みになった宮辺はどうすんの?」
五〇〇円玉をポケットに入れながら訊ねる孝太に恋は笑顔で返す。
「出勤するよ。明日は特別なお客さまがくるからね」
「やっぱり使うのか……。んじゃ、明日は鷲沢も愛ちゃんも大変だねぇ」
「あたしを忘れてるから! 確かに……なにもすることないけどさ」
小さく呟いた恋の言葉を最後に会話は止まる。
優介と同じく孝太も付き合いの長さであえて追求しない。故に無言になっても嫌な空気にはならなかった。
「ここでいいから。今日はありがと」
「いえいえ、鷲沢の頼みですから。……明日、鷲沢のこと頼むな」
アパートへ向かう恋だが、背後から聞こえた言葉に足を止めた。
「そんなのコータに言われるまでもないよーだ!」
振り返り小さくアカンベーをする恋の姿が、孝太には寂しく映った。
次回でネガイカレーが完結します。
読んでくださり、ありがとうございました!