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オモイデレシピ  作者: 澤中雅
レシピ2 ハジマリレシピ
29/365

イジハリチャーハン3/3

アクセスありがとうございます!



 最初に楓子が訪れなし崩しで行われた味試しで、彼女がチャーハンを指定した時。


 ココロノレシピで彼女の思い出の料理が見えていた。

 喜三郎の料理ではない別の人物の料理、それが師の約束した料理だと予想はしていた。

 だが何故作る必要があるのか優介には分からなかった。

 同時に読み取れた作り手の優しい想いが伝わらないはずがないと思い込んでいた。

 しかし楓子の過去を、思いを知った今なら師がなにをしようとしたか理解できる。

 ならば今は亡き師に代わり、弟子として優介が伝えなければならない。

 師の想いを叶えるのもまた、弟子としての勤めだ。


「これが爺さんからの褒美だ」


 やがて店内に香ばしい香りが漂い、盛り付けを済ませると唖然としたままの楓子の前に優介は約束の料理を置く。


「え……? これって……」


 カウンターに置かれたのはチャーハン。

 ただ最初にここで作ってもらった完成度はなく、不細工に切られた具材や所々焦げた米、水気も飛びきってないベチャリとした仕上がりは同じ人物が作った物とは思えないほど酷いものだ。


 なのに楓子の心に何かが引っかかる。


 出来の悪いチャーハンが、何かを訴えかけているようで目が離せない。


「愛」


 そんな楓子を無視して優介は愛の名を呼ぶ。


「忘れちまった楓子に思い出させてやれ――この料理に刻まれた記憶をな」

「……わかりました」


 優介の考えていることは分からないが、きっと今の楓子に必要なことだと理解した愛はチャーハンに左手を添えた。


 日々平穏には一部の人間しか知らない裏メニューがある。


 相手の目から思い出の料理のレシピを読み取り、その料理に込められた想い(こころ)まで完全に再現できる優介のココロノレシピ。


「……思い出に残る料理には記憶が残ります」


 そして愛のみが使える――レシピノキオク。


「誰と食し、どのような時間を過ごしていたか」


 愛の呟きに呼応するように、左手が淡いオレンジ色の光に包まれる。


「それは過ぎ去った、温かな時間」


 光を目の当たりにしてもチャーハンから目を離さない楓子の前に愛は光に包まれた手をかざし――


「では思い出してみましょう。料理に刻まれた優しい時を」


 パチンと指を鳴らし、光は霧散した。




『――美味しくない……』



「え……っ」


 光に視界を奪われていた楓子は瞼を開けた瞬間驚愕した。

 自分は今まで日々平穏で出来の悪いチャーハンを見ていたはず。

 なのに視界に映るのは店内ではなく見覚えのある畳張りの部屋。この場所は父の会社が成功する前に住んでいた家の応接間だ。

 そこであのチャーハンを食べる小さな少女。

 その向かいには――


「お父……さん?」


 最後に会ったときよりも若い父――(いし)(がき)(りよう)(へい)の姿。


「なに……どうしてお父さんと……私がいるの?」


 突然の出来事に混乱する楓子の声は良平と少女には聞こえていない。

 良平は厳しい顔で幼い自分がチャーハンを渋々ほお張る様子を見つめて、やがて小さく息を吐いた。


『やはり俺では無理か。楓子……すまんな。俺では変わりにはなれん』


「変わり? どういうこと?」


 その言葉に聞き返す楓子だがやはり答えてくれず、幼い自分の頭に手を置いた。


『だが心配するな。飯も満足に作れん俺だが、せめてお前が不自由ない生活が出来るように頑張るさ。お前が将来したいことが出来るように……目指したい道を歩めるように……俺は働けばいい』

『おとーさん?』

『気にするな。これはお父さんの誓いだ、お前は何も心配せず健やかに育てばいい。もう俺には……お母さんを亡くした俺には、お前しか守る者はいない。楓子……お前だけが俺の生きがいだ』


 優しく頭を撫でながら良平の瞳から雫が零れ落ちた。

 その涙に幼い自分はハッとなり慌ててチャーハンを食べ始める。


『ウソだよ。美味しいよ、だから泣かないで』


 父が作ってくれたチャーハンを美味しくないと言ったことで悲しんでいると勘違いして、幼い自分は我慢して必死に食べている。

 だが成長した楓子は良平の――父の涙の真意を理解できる。


「じゃあお父さんはずっと……ずっと私のために……?」


 妻を亡くした父が、娘の成長を妻に誓った悲しい涙。

 父は仕事で忙しくほとんど家にいなかった。

 幼い頃に母親を亡くした楓子はずっと一人で寂しい思いをした。

 だから父を嫌いになった。

 仕事ばかりにかまけて、自分には無関心だからと憎むようにもなった。


 でもそれは思い違い。

 全ては自分のために、たった一人の娘――楓子のために働いていたのだ。

 働いて働いて、母親のいない楓子に不自由ない暮らしが出来るように。

 娘の成長だけを生きがいにずっと……。


『気にするなと言ってるのに……』


 幼い楓子の気遣いに良平は涙を拭き苦笑した。


『この子は本当に――』



 瞬間、世界がオレンジの光が弾けた。



「え……?」


 辺りを見回しながら楓子は何度も目を擦った。

 一瞬どこか分からなかったが、ここは日々平穏の店内。自分は優介に出されたチャーハンを見ていて、そして――


「いい夢でも見てたのか」


 カウンター越しに立っている優介が問いかけた。


「夢……? どういうこと?」

「ずいぶん飲んでいたからな。これだから酔っ払いは困る」


 呆れる優介に楓子は納得する。

 確かに夢のような光景だ。

 あの父親が自分のために、自分を生きがいにしていたなんて思えない。


 なのに……。


「ならどうしてこのチャーハンがあるのよ? 私……知ってる……これはお母さんが死んで……それで……」


 夢のせいか徐々に記憶が蘇ってくる。

 幼すぎて忘れていたが、確かに自分はこのチャーハンを食べたことがある。

 ぼんやりとした記憶でも、あの味を思い出してしまう。


「どうして言ってくれなかったのよ……じゃあどうしてずっと……何も言わず……無関心を装ってまで……」


 せめて何か言ってくれれば、自分のために仕事を頑張っていると一言でも言ってくれたら今まで憎まなくて済んだのに。


「昔気質の男は不器用なんじゃよ」


 そんな楓子の疑問にいつの間にか店内に戻っていた十郎太が答えてくれた。


「テメェの気持ちを上手く口に出来ん……ゆえに背中で語ることしか出来んのよ。伝わらんと分かっておっても、他に手段を知らんのじゃ」

「だからって! じゃあ私は……私の……」

「そして、そんな男が人前で頭を下げる理由は一つしかない。何よりも大切な者を守るため……それだけじゃ」


 十郎太の歯がゆいながらも優しい答えに、強がっていた楓子の気持ちが切れた。


「お父さん……っ」


 そして心のまま泣いた。


 ◇


 しばらくして十郎太の呼んだ車に楓子は乗っていた。

 父に会いに行くために、色々と言ってやりたいことがあるからと何故かケンカ腰で、しかし表情は晴れやかだった。


「ワシもついて行こう」

「ありがとうございます……学園長」

「気にせんでええ。喜三郎の悪友として、最後まで見届けたくなったまでよ」


 優介と恋愛コンビが店先で見送る中、十郎太も車に乗り


「一つ言い忘れていた」


 発車寸前、後部座席に座る楓子に優介が思い出したように告げた。


「爺さんとの約束はまだ果たせていない」

「約束……? でもそれは――」

「特別な料理を食わせてくれるんだろう? 師に代わって俺が叶えてやるさ」


 微笑する優介に楓子は理解した。

 楓子が食の道に携わり、特別な料理の――父のチャーハンに込められた心を知ったその時、自分が食べてみたいと喜三郎と約束した。

 もうこの世に喜三郎はいない。

 だから弟子である、師の代わりに約束を遂げた優介が食したいと言っているのだ。


「でも私はレシピを知らなくて……それにどうして優介くんがあのチャーハンのことを知って――」

「なら本当のレシピを父親に聞いてこい」


 疑問を遮るように優介から面倒げに告げられ、楓子は小さくかぶりを振り。


「私も約束を果たすから、楽しみにしててね」


 新たな約束を交わし、楓子を乗せた車が出発した。



 時間は少し進み、本土にある病院では――



「ほんと信じらんない!」


 楓子はベッドで横になる父親と数年ぶりに再会したのだが……何故か怒っていた。

 無理もない。

 連絡を受けたときの悲壮感とは裏腹に良平は過労で倒れただけで命に別状はなく、久しぶりに再会した娘に対しての第一声が。


『病院だぞ、静かにしろ』


 つまり憎まれ口を吐くほど元気だった。


「静かにしろと言ったはずだ。図体ばかりでかくなって頭はお子様か」

「この人は本当に……心配して駆けつけた娘に対してもっと言うことないのっ?」

「俺は頼んでない」


 ふんとそっぽを向く良平に楓子は苛立ちを募らせる。


「まったく……どうして素直に喜んでくれないかな」


 しかし不思議と冷静になれている。あれほど嫌いだった良平と対峙しても、怒りや憎しみが込みあがってこない。

 父の本心を知ったからか、それとも父とよく似た口調の優介とコミュニケーションを取る内に態勢が出来たのか。


「……教えて欲しいことがあるんだけど」


 理由は分からないが、お陰で心のまま良平に尋ねることができた。


「お母さんが亡くなった頃、私にチャーハン作ってくれたよね。あれって何か特別な料理なの?」

「覚えているのか……?」


 問いかけに顔を向けた良平は目を丸くしている。

 それほど昔のことで、覚えているハズがないと思っていたのだろう。


「でもあれってチャーハンと言うより焼き飯じゃない? まあ仕方ないか。料理できない人が作ったモノだし」


 しかし楓子はどう答えていいかわからず、代わりに憎まれ口を吐いてしまう。


「ちなみにチャーハンと焼き飯は同じようで違うのよ。知ってる……わけないか」

「ふん……フードなんたらか知らんが、しばらく見ないうちに偉そうになりやがって」


 得意げに話す楓子に良平は布団をかぶり無視を決め込んでしまった。

 少し言い過ぎたかと反省する楓子だったが


「……あれは立派なチャーハンだ」


 布団の中から良平が微かに聞こえる声で呟いた。


「お前の母親が得意だった……俺の好物の、チャーハンなんだよ」

「……そっか」


 負け惜しみのような反論に、楓子は微笑する。

 きっと良平は母の味を知らない自分のために教えようとしてくれたのだ。

 母に代わり料理を知らない父が見よう見真似で、娘のために一生懸命作ってくれた。

 喜三郎と優介が特別な料理と言った意味が、父の言葉でようやくわかった。


「今度レシピ教えてよ。お母さんのチャーハンを食べさせてあげる約束しちゃったのよね」


 なら今度は自分の番。

 喜三郎の代わりに約束を果たしてくれた優介と――


「ついでに……お父さんにも食べさせてあげたいから」


 母の代わりにご馳走してあげたい。今まで大切に育ててくれた父の為に、感謝の気持ちを込めて。


「……俺はついでか」

「不満?」

「当然……だ」

「そう、良かった」


 でも楓子は聞こえない振りをして微笑む。


 布団越しから微かに洩れる良平の涙する嗚咽も、聞こえない振りをして、夜が明けるまで親と子だけで過ごした。


 ◇


「愛、ご苦労だったな」

「いえ……問題、ありません……」


 言葉とは裏腹に愛は今にも倒れそうで、恋に支えられて何とか立っている状態だ。


「もう休んでいいぞ」


 店内に戻った優介は愛の身体を抱きかかえた。


「部屋まで運んでやる」

「ありがとう……ございます」

「恋。後は俺に任せて今日はもう上がっていいぞ」

「そーしよっかな」


 了承を得ると優介は二階へ向かう。住居となっている二階の四部屋の内、左奥が愛の部屋になっていた。

 器用に足で襖を開けると右側に部屋が広がる。勉強机にテーブル、除加湿器と大きな本棚が一つ。

 全体的にファンシーなデザインで統一された私室に入り、ベッドに愛を寝かせて除加湿器のスイッチを押した。


「大丈夫か?」

「はい……あの、優介さま」

「なんだ」

「……どうして途中で?」


 愛が困惑するように先ほどレシピノキオクデ呼び起こした料理の記憶で、父の心が言葉になる寸前で優介は使用を止めさせた。

 中途半端な裏メニューを提供した理由が愛には分からない。


「二度と会えない相手でもないんだ。幻ではなく本人から聞けばいい」


 そんな疑問を優介は面倒げに答えながら。


「おそらく、爺さんも同じことをするだろうからな」

「なるほど……そうでしたか」


 心を大切にする優介らしい拘りに愛は嬉しくなる。

 楓子の父は生きている、なら大切な言葉は本人から聞くべきと。


「分かったなら寝ろ」

「……はい」


 納得し、愛は間もなく寝息を立ててしまった。

 起こさないように優介は部屋を後にし、片付ける為に一階へと向かい――


「……何故まだいる?」


 厨房から店内を見ると既に弊店作業は終わっていて、しかもカウンターで先ほどのチャーハンを食べている恋の姿。


「まかないがないとあたしの夕食ないでしょ」

「確かに。なら別のまかないを作ってやる」

「いいよ。もったいないし……これも、ユースケの作った料理だし」

「物好きな奴だ」

「でもこのチャーハン、あんまり美味しくない。ほら」


 左隣に座る優介に向けて恋は一口分掬い優介の口元へ差し出した。


「……行儀悪い」


 ブツブツ言いながら優はそのまま一口。

 コショウが利きすぎてべっちゃりとした食感が広がるも、ゆっくりと咀嚼して飲み込んだ。


「俺たちにとっては、そうだろうな」

「そっか……これは楓子さんの為の料理だもんね」


 優介の姿に胸を痛めながら、恋は勤めて明るく振る舞いチャーハンを食した。


次回から『ヌクモリマンマ』全三話の更新です。

これまでと違うお客さまなのでお楽しみに。

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読んでいただき、ありがとうございました!

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