イジハリチャーハン2/3
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楓子から連絡があった二週間後――やはり観光シーズンとなれば忙しさも増し、集客数も増えて嬉しい悲鳴。
その為休日は助っ人に孝太を加えて目の回るような忙しい午前の営業を終えた。
「やれやれ、ようやく昼飯か」
久しぶりのバイトに昼のラッシュはこたえたのか、エプロンを外して孝太は大きく伸びをする。
「なあ鷲沢、俺のまかない大盛りで頼むぜ」
「使えないくせに贅沢言うんじゃねぇ」
「だよねー。もうちょっと要領よく動いてほしい」
「これでは助っ人ではなく足手まといです」
「いきなりシフト入れられた俺に酷くないですかねぇっ?」
優介だけでなく暖簾を片付ける恋とテーブルを拭く愛からの厳しい言葉に思わず突っ込んでしまう。
だがいつもの扱いなのですぐさま表情を緩めて厨房に立つ優介に再び声をかける。
「それでメニューはなんですかね」
「サンマ定食にでもするか」
「そういえば常連のお客さまよりたくさん頂きましたね」
「お、いいねぇ。まさに秋の味覚だ」
「シシャモもいっぱい貰ったんだよねー」
「なあ宮辺、それは今加える情報か?」
などと賑やかに昼食の準備を始める中、人数分のサンマを下ろし終えると同時に背後の居間から携帯の着信音が鳴り響く。
「誰のだ……って、着メロでもなんでもねぇのなんか鷲沢くらいか」
「そうらしいな。愛、代われ」
「……はい」
手を拭き居間へ入る優介に指示されたように愛が厨房に立つ――が、その表情が何処となく不機嫌で。
「しっかし鷲沢に電話なんて珍しい」
「…………」
「あいつに連絡すんのなんかここにいる三人くらい…………なにこの重っ苦しい空気」
同じく不機嫌オーラ丸出しの恋に気づき孝太は困惑してしまう。
「それがいんのよ」
「ええ……年増女狐が一匹」
「どゆこと?」
「コータには話してなかったけどさ、今月の初めに――」
ますます首をかしげる孝太に恋が盛大なため息きと共に説明を始める。
憶測ではあるが電話の相手は楓子で、彼女は四季美島観光に就職してから何度か来店し連絡先の交換をしてからというもの度々連絡を取り合っていた。
まあ優介から掛けることはないようだが、面倒げにしながらも楓子との会話を楽しんでいるようだった。
「ふーん。そんな人がねぇ」
「この前も思索メニューがどうのって来てさ、ユースケに意見聞いてんの。プロなら自分で考えなさいよ」
「優介さまも優介さまです。先日の定休日はわざわざ出向いてお手伝いをしたりして……」
「あたし送ってるときにも電話かかってきて最後までほったらかしだったんだから!」
「昨夜も……勉強を見て頂いていたときに……中断されて……」
「なるほど。それでこの空気なワケね」
これまでの不満が爆発したように恋愛コンビが思いのたけをぶちまける。
「でもまあ、仕方ないんじゃね? 今まで鷲沢と料理のことで対等に話し合える相手なんかいなかったし。同胞が出来て嬉しいんだよ」
「わかってるから文句言えないの!」
「理解しているから口答えできないのです!」
「まさに今言ってたけどね……」
悔しげな恋愛コンビに孝太は苦笑した。
優介の料理に対する知識や技術はこうして定食屋の店主をしているだけあり同年代に比べてはるかに高く、故に対等に語り合える相手がいなかった。
しかも歳が近いこともあり楓子は貴重な存在だ。日々平穏を再開させて仕事一筋だった彼の楽しめる時間を誰が邪魔できよう。
「ほんと……健気だねぇ」
孝太も同じで、しかし恋愛コンビの気持ちを察して心から同情してしまう。
「それにユースケも趣味仲間みたいなモノだって言ってたから別に気にしてないし!」
「当然です。優介さまには私という妻がいるのです。他の女に浮気などありえません」
「ちょっと愛! なに妻なのってんのよ!」
「事実です。それよりも料理が出来たので運んでください」
「たく……だいたい愛は――」
「これだから恋は――」
文句を言い合いながらも恋愛コンビが協力して料理を運ぶ様子に孝太は少し感動していた。
やはり共通のライバルがいると協力し合う、いがみ合ってばかりだが仲のいい名コンビだ。
「やはり優介さまを待つべきでしょうか?」
「先に食べてもいいんじゃない。食事前に長電話するほうが悪い」
「……ですね」
「「いただきます」」
「はいいただきますちょっと待ってー」
両手を合わせる恋愛コンビに孝太から待ったが入る。
なにを急にと首をかしげる二人に孝太は肩をすくめた。
「俺もさ、さっき宮辺の前振りで予感はしてたよ? サンマじゃなくてシシャモかよ的な、そんな予感がさ」
悲しい予感を得意げに語り――叫んだ。
「なにさこれっ?」
「モヤシ定食です」
「どうしてモヤシっ?」
「モヤシもいっぱい貰っててね~」
「ならちゃんと前振りしろよ!」
「ヒントは与えてた」
「ヒント……? シシャモとモヤシ、シシャモモヤシ……なるほどしりとりかって分かるか! 予感も覚悟も出来ねーよ! ていうか……これは定食とはいえないよねっ?」
突っこみを入れる孝太の前にはドンブリいっぱいのモヤシ。ご飯も味噌汁もなければお新香すらない、言うなればモヤシだけドンブリだった。
「モヤシもいっぱい貰ったからね~」
「それさっき聞いたよっ?」
「労働に見合ったお昼ご飯です」
「俺の労働力モヤシ! せめてご飯が欲しかったよ!」
「「なら自分でよそって(ください)」」
同時に言うなり恋愛コンビは食事を始めてしまった。
二人のストレスも理解できる、こうして捌け口になるのも優介の親友としての務めとある意味恋愛コンビより健気な孝太は納得して厨房へ向かい――
「納得できねぇ!」
厨房に用意してあったストレスの現況である優介の昼食(サンマ二匹定食)に理不尽さを覚えた。
「白河うるせぇ……」
同時に電話を終えた優介が居間から出てくると孝太は呆れたようにため息一つ。
「頼むからこれ以上恋愛コンビを怒らせないでくれ……」
「なんの話だ」
「……つーかさ、いくら料理のプロが相手だからって少し入れ込みすぎじゃね?」
「楓子のことか。なぜお前が知ってるかはどうでもいいが、別に入れ込んでねぇ」
「にしては宮辺や愛ちゃんほったらかしみたいじゃんか」
「別にほおってない。ただ一つ……気になることがあってな」
面倒げに答えながら優介は少し考え込み
「白河、爺さんと楓子がどういった関係だったか知ってるか」
「知らね。その楓子さんって人に会ったこともねぇし。でも爺ちゃんなら知ってるんじゃね?」
孝太の祖父、白河十郎太は喜三郎とは古くからの友人で楓子の通っていた撫子学園の学園長でもある。
故に両方と面識があるだろうし、喜三郎から何か聞いている可能性があった。
「んで、なにが気になってんだ」
「さあな。お前は爺さんに時間があったらここへ来いと伝えておけばいい」
「へいへい」
説明なしに伝言を頼まれた孝太は苦笑した。
相変わらず自分のこと以外に忙しい親友だと。
◇
数日後。
「はぁ~仕事の後はやっぱこれよねぇ」
午後の営業も僅かの日々平穏、カウンター席でジョッキ片手に楓子が晴れやかな表情をしていた。
四季美島に帰って最初の大きな仕事を終えて、満足のいく結果となり上機嫌に祝杯をしていたのだが。
「優介くんも付き合いなさいよ。もうすぐお店終わるんでしょ?」
「未成年に酒勧めんじゃねぇ」
「むー……ヤンキー顔なのにお固いなぁ」
「「この酔っ払いは……っ」」
アルコールによりハイな楓子の絡み酒に恋愛コンビは苛立ちを募らせていた。
「……ヤンキー顔」
何処となくショックを受けていた優介だったが大きく息を吐く。
「テメェの仕事が上手くいったのは結構。だが人様の仕事を邪魔するんじゃねぇ」
「心外だなぁ、邪魔する気なんてないよ? ただ色々相談に乗ってくれた優介くんに感謝したかっただけ」
「なら飯食ってさっさと帰れ」
「でも未成年にお酒は違うよね。そうだなー」
「聞きやしねぇ……」
「ここは一つ、大人の女性として色々なレッスンを――」
「「………………っ!」」
「……な、なーんてね。酔っ払いの冗談だから……うん、だから酔い冷めるほどの殺気を向けないでくれるかな」
背後から感じる威圧感に調子に乗りすぎたと楓子は深く反省。鼻息荒く恋愛コンビが片づけを再開するとそのままカウンターにつっぶした。
「怖かったぁ……人生でいちばん怖かった……」
「なにぶつくさ言ってるか知らねぇが注文しねぇなら帰れ」
「……どーして優介くんは気づかないのかなぁ? ほんと、ここって変なお店」
「なるほど、注文ではなくケンカを売りに来たのか」
その呟きに優介がイラつけば楓子はクスクスと笑い首を振った。
「やっぱり素敵なお店だなって実感しただけ。お客さんに平然と文句を言える店主とお客さんの前でも自分の気持ちに正直な二人の可愛い従業員。喜三郎さんやイチ子さんとはぜんぜん違うカラーなのに、日々平穏の……ここの雰囲気は同じで温かい」
しみじみと語る楓子に優介らは作業を止めた。
「私も初めてここを訪れたとき凄く驚いた。今まで入ったどんなお店よりもここで食事をするお客さん、お話をするお客さんは自然体で、まるで他人って感じがしなかった。従業員とお客さんが一つの家族……に見えたの」
身体を起こし楓子は店内を見回す。
今は優介と恋愛コンビのみだが、目を閉じると鮮明に思い出せる。
豪快に笑う喜三郎、優しく微笑むイチ子、そして笑顔で食事をするお客さま。
今は不機嫌そうに文句を言う優介、いがみ合う恋愛コンビ、でもやはりお客さまは楽しそうに笑顔を浮かべている。
本当に変わらない、温かな場所。
「私は日々平穏で誰かと食事をする温かさ、たとえ他人でも家族のように食事を楽しめる場所を知った。だから私も料理の素晴らしさ、食事を楽しめる場所を提供できるようになりたいと思うようになったのよ」
楓子の告白に不機嫌だった恋と愛は表情を和らげる。
先代と変わらないと言われた嬉しさが、こうしてお客さまに大きな影響を与えた偉大さが、二人に自信と誇らしさを与えてくれた。
「――天晴れじゃ!」
そんな優しい空気は突然の来訪者によってぶち壊されてしまった。
「え? ……え?」
「あれ?」
「珍しいですね」
楓子と恋愛コンビが驚く中、額に手を当て優介が大きくため息を吐く。
「……何しにきやがったジジィ」
「ずいぶんなご挨拶じゃのう。お主が用があるからと忙しい時間を割いて来てやったというのに」
「ならもっと大人しく来い」
呆れる優介に来訪者――白河十郎太は不適に笑う。
撫子学園の創設者でもあり学園長、加えて四季美島最大権力者として大物政治家に太いパイプラインを持つだけあり着流し姿は威風堂々としたものだ。
「石垣楓子ちゃんじゃな。うむうむ、よう覚えとるよ。久しいのう」
だが風格に似合わず撫子学園の卒業生として面識があった楓子に対し、フランクな笑みを浮かべて問いかけた。
「あ……学園長。お久しぶりです、その……ご挨拶に伺わずにすみませんでした……」
「構わん。しかし在学しとった時は料理なんぞに興味がなかったお主が、調理学校を志望した背景にはそのような理由があったんじゃのう」
「老いぼれのくせにたいそうな地獄耳だ」
先ほどの話を店先で聞いていたようで呆れる優介を無視し、十郎太は懐かしむように天井を見上げた。
「噂にきいとるよ、立派に夢を掴んだようじゃな。喜三郎の阿呆もさぞ喜んでおるわ」
「いえ、私なんてまだまだで……」
照れくさそうに両手を振る楓子だが尊敬する喜三郎の親友から褒めてもらい嬉しそうに微笑んだが――
「そしてお主の父親ものう」
瞬間、楓子の表情から笑みが消えた。
「男手一つで育て上げた娘が立派になって、さぞ喜んでおるじゃろう」
「…………さぁ? どうかしら。もうずいぶん会ってないし」
そして嘲笑へ変わり、訝しむ十郎太に変わり恋が問いかけた。
「お父さんに会ってないって……やっぱり仕事が忙しいからですか?」
「私もあっちもね。昔からそう、自分の会社が一番大事で他の事なんか……私のことなんかどうでもいいって人よ」
「…………」
楓子は寂しげに吐き捨てると、勢いのまま教えてくれた。
なんでも父親は小さな会社を経営していたが小学校に上がる頃に業績を上げて忙しくなりほとんど家を空けるようになり、幼い頃に母親を亡くした楓子はずっと一人だった。
ただでさえ寂しい思いをしていたのにたまに帰ってくる父親は厳しく、そのくせ外では会社を守るために頭を下げる内弁慶。
父の存在が徐々に嫌になり高校進学を機に地元から離れた撫子学園を受験を決めた。
勝手に決めたにもかかわらず父親は無関心で、ただ好きにしろと告げたという。
「お金さえ出してりゃ父親の責任は果たせてるって思ってたんでしょうね。そして私はそれに甘えることしか出来なかった。だから専門学校の学費は自分で稼いだ。出来るだけ父の手を借りないようにってバイトと両立して必死だった……それも全部、いつか私を育てたお金を返済して縁を切りたいから……」
言葉に滲んだ憎しみに恋と愛は口を開くことも出来ない。
十郎太もまた、楓子の決意に言葉を挟むことなく寂しげな瞳を向けている。
「さて……どうしたものか」
ただ優介だけは特に気にした様子もなく何かに悩んでいた。
「急にこんな話しちゃって……あ、ちょっとごめん」
重い空気を払拭しようと努めて微笑む楓子のスマホが鳴った。
「ほんと、タイミングの悪い家。もしもし………………え」
最初は不快な様子で電話に出た楓子の表情が凍りつく。
「ええ……そう。分かったわ……」
「何かあったのか?」
力なくスマホを下げる様子にただ事ではないと十郎太が問いかければ、躊躇していた楓子はゆっくりと、唇を震わせ答えた。
「…………父が倒れたって」
「お父さんが……?」
「容態はいかがなのですか?」
慌てて詰め寄る恋と愛に楓子は小さく首を振る。
「わかんない……父の秘書からだったんだけど……慌てて……要領得なくて……」
「じゃあ早く会いに行かないと!」
「運ばれた病院はわかりますか? いえ、そんなことは帰れば分かります」
「じゃな。ワシの車を呼ぼう。しばし待て」
緊急事態に店を出る十郎太の姿を楓子はなぜか人事のように眺めていた。
「いやよっ!」
そして気づけば叫んでいた。
「なんで今更会いに行かなきゃいけないの!」
「そんなこと言ってる場合じゃないよ!」
「恋の言うとおりです。過去のことを水に流せとは言いません。ですが――」
「嫌よ! 絶対に嫌! 私のことほったらかしで……仕事にしか興味なくて……っ」
恋と愛の説得に何度も首を振り楓子は憎しみを口にする。
「どれだけ私が寂しい思いしたかも知らずに……今更……あんな冷血な人なんか死――」
「そこまでにしておけ」
だが最後の一線を超えようとした楓子を、今まで傍観していた優介が止めた。
厳しい瞳を真っ直ぐ楓子に向けて、静かな口調で続ける。
「それを口にした瞬間、テメェは本当に一人になる。たった一人の肉親を失うぞ」
「優介くん……」
「なにより思い知らずは楓子、テメェも同じだ」
「私が……同じ?」
「爺さんの意思を尊重しようとしたが……しかたねぇ」
意味が分からず混乱する楓子を余所に、優介は面倒げに息を吐き厨房の火をつけた。
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