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オモイデレシピ  作者: 澤中雅
レシピ2 ハジマリレシピ
27/365

イジハリチャーハン1/3

アクセスありがとうございます!


 九月も終わりにさしかかり、夏の熱い風が穏やかな風と清々しい気候に変わっていく。


 しかし季節が変わろうと日々平穏は相変わらずで、今日も店主の優介を中心に恋と愛が店内を動き回っていた。

 昼のラッシュも終えて午前の営業も残りわずか。

 店内にはお客の姿はないが空いた時間も優介は仕込みのチェック、恋は備品やつり銭の確認、愛は洗い物と関係なく忙しい。


「いらっしゃいませー!」


 そんな中、店の引き戸が勢いよく開き反射的に恋が笑顔で対応。しかし薄く化粧を施しフォーマルなスーツに身を包んだ就活帰りの大学生のような女性は三人が見えていないように店内をきょろきょろ見渡している。


「懐かしい~!」


「……は?」

「……?」


 歓喜の声に恋と愛は唖然。ちなみに優介は黙々と仕込みを続けていた。


「ぜんぜん変わってない。それにこの香り……ん~! ほんと懐かし~」

「お客さま……ですよね?」


 店内に入って深呼吸をする様子におずおずと恋が疑問を向けると、女性は短く切りそろえた黒い髪を撫でながら小さく笑った。


「ごめんごめん、あんまり懐かしいからついね」

「懐かしいですか……。もしかして以前もここへ来たことがあるんですか?」

「来たことも何も高校時代はよく通ってたよ」

「では撫子学園の卒業生なのですね」


 愛の問いかけに女性は大きく頷いた。


「四年ぶりにこの島に来たから寄ったの。あなた達はアルバイトの子かな? イチ子さんは?」


「「…………」」


 嬉しげな問いかけに恋と愛は表情を曇らせるも、女性は笑顔のまま続けた。


「イチ子さんと喜三郎さんに会いたいんだけど今は休憩中?」

「それは……」

「その……」


 どうやら事情を知らない先輩に言葉を詰まらせる恋と愛の代わりに、厨房から優介が顔を出し平然と答えた。


「二人は死んだ」

「……え」


 途端、女性の表情から笑みが消えるが優介は構わず続ける。


「爺さんは去年の暮れに、婆さんは今年の初めにな」


「そう……そっか」


 信じられないといった表情が徐々に悲しみに変わり、女性は肩を落とした。


「知らなかった……学生時代ね、お二人には大変お世話になったの。美味しいご飯だけじゃなくて、色々と相談に乗ってもらったり……」


 寂しげに呟く女性に恋と愛は声をかけられずにいる中、優介は息を吐き。


「……恋、暖簾を片付けろ。少し早いが午前の営業は終わりだ」

「え? う、うん」

「愛、客を仏壇まで案内してやれ」

「わかりました」


 突然の指示に女性がキョトンとなるも、優介は背を向けた。


「せっかくだ。二人に線香でも上げていけ」


 ◇


 女性――(いし)(がき)(かえで)()は四年前に撫子学園を卒業して現在はフードコーディネーターとして働き、四季美島の観光会社が人為募集をしていたので面接の帰りに寄ったらしい。

 また先ほど言っていたように、学生時は喜三郎やイチ子とも親しく、なんでも食に携わる仕事を目指すと決めたときに応援してもらったのでお礼も兼ねて日々平穏へ訪れたと教えてくれた。


「……ありがとう」


 居間の仏壇の前で正座し、四年ぶりの再会と夢を叶えたこと、そして感謝の気持ちを報告し終えた楓子は静かに見守っていた三人に礼を言った。


「こちらこそ、わざわざ祖父母へ手を合わせていただきありがとうございます」

「そう……あなたお二人のお孫さんなのね」

「はい。上條愛です」

「そっちの子も?」


 頭を上げる愛に憂いの瞳を向けていた楓子は恋を見る。


「いえ、あたしはここの従業員の宮辺恋って言います……あたしもお爺ちゃんとお婆ちゃんには凄く良くして頂きました」

「なら私と同じね。うん、本当に二人とも優しい人だった。今の仕事を目指すって決めたときも応援してくれた。だから私も立派に成長した姿を見てもらおうと資格を取ってからずっとがむしゃらに働いてたけど、なんて言うか……ちょっと意地はり過ぎちゃったかな?」


 悲しげに微笑む楓子に恋と愛は何も言えない。

 恐らく夢を掴むだけでなく、もっと成長して二人と再会したかったのだろう。それほど楓子にとって喜三郎とイチ子は尊敬していて、喜ばせたい相手だったのだ。

 しんみりとした空気の中、慌てて笑顔を作り楓子は話題を変えようと、恋と愛に挟まれて胡坐をかく優介に視線を向けた。


「あなたはお孫さんよね? えっと……」

「鷲沢優介だ。ついでに言うと俺は孫でもねぇ」


「……は?」


 三人の中で一番偉そうで、更には仏壇に線香を上げる許可を出したりしていただけに身内だと思っていたが、違うと分かり楓子は目を丸くする。


「縁あって爺さんと婆さんとは共に暮らしていたがな。まあ、そんな事はどうでもいいだろう」

「はぁ……。あの、つかぬ事をお聞きしますが……」

「なんだ?」

「今更だけど……その格好をしてるってことは、今はあなたがこのお店の料理人ですよね?」

「本当に今更だがその通りだ。今は俺がここの店主をしている」

「ずいぶん若く見えるけど……お歳は?」


 歯切れの悪い問いかけが続き若干苛つきつつ優介はハッキリと答えた。


「一六だ」

「じゅうろくっ?」


 同時に楓子が驚きのけぞった。


「てことは調理学校とかにも行ってないの?」

「高校には通っている。お前と同じ撫子学園だ」

「はぁっ? 学生しながらお店やってんの?」

「……悪いか」

「悪くはないけどさ……はぁ」


 睨み付ける優介に楓子は脱力し


「調理学校も通ってない学生に喜三郎さんの代わりが務まるの?」


 思わず漏れた呟きに優介は目を見開き――


「務まるに決まってんでしょ!」

「務まるに決まっています!」


 ……口を開く前に何故か恋と愛が同時に叫んだ。


「だいたいユースケ以外の誰がこのお店の店主できるのよ!」

「今回ばかりは恋に同意です! 優介さま以外の誰がお爺様の後を継げるというのですか!」

「い、いや……でも素人でしょ? 調理師免許もない学生にお客を満足させられる料理が作れるわけ……」


 あまりの剣幕に怯えながらも思わず本音を漏らす楓子だったが――


「ならユースケの料理を食べてみなさいよ!」

「ならば優介さまの料理を食してみなさい!」


 火に油を注がれた恋愛コンビは同時に宣戦布告。


「フードなんたらがどんだけ偉いか知んないけどさっ?」

「あなたよりも素晴らしい料理人だと思い知りなさい!」


 更には協力挑発に、プロの調理師として楓子のプライドに火がついた。


「面白いじゃない……そこまで言うなら食べてあげるわ! 私よりも素晴らしい料理人の料理をさぁ!」


「……勝手に決めんじゃねぇ」


 恋愛コンビと楓子が睨み合う中、優介は大きくため息を吐く。


「で、俺は何を作ればいい」


 だが優介としても引き下がれる話ではなく、お題を尋ねると楓子は人差し指を顎に当て思案した。


「そうね……チャーハンなんてどうかしら」

「…………ほう?」


 メニューを聴いた瞬間、優介が感心した声を漏らすが楓子は気づかず両手を合わせて語っていた。


「喜三郎さんの料理で一番思い出に残ってるの。それまで食べたチャーハンは何ていうか……美味しくなくて。でも喜三郎さんの黄金チャーハンは凄く美味しくて、チャーハンってこんなに美味しい料理なんだって感動したわ」

「黄金チャーハン? なにそれ、金粉でも塗してんの?」

「恋……少しは料理を勉強なさい」


 同じ定食屋の従業員として知識の乏しい恋に愛は呆れてため息を吐いた。


「金粉ではなく卵のみを使うのです。パラパラに炒めたお米に卵が満遍なく行き渡ることで出来上がりの際、黄身により金色に見えるので黄金チャーハンと呼ばれています」

「そのとーり! シンプルだけど、それだけに料理人の腕が問われる難しいモノ。生半可な腕前じゃ焦がしたり卵が固まってしまうけど、果たしてこの挑戦受けるかしら?」


 調理師としてその難易度が高いことを理解している楓子は挑発的に笑う。


「いいだろう」

「いいの?」


 しかし平然と頷かれてしまい唖然となるが優介は無視して立ち上がった。


「昼飯もまだだったからな。恋、愛、ついでにお前らの分も作ってやる」

「ほーい」

「ではお茶の用意をしています」


「……あれ?」


 そして――


「…………」


 テーブル席で一口食した楓子は硬直していた。


「へぇ、卵だけしか入ってないのに美味しー」

「見た目の美しさだけでなく、味も見事な黄金配合……とても美味しいです」


 向かいに座り同じくチャーハンを口にした恋愛コンビも舌鼓を打つ中。


「やはり調理免許のない俺の飯では、満足できそうにないか」


 楓子の隣りで特に感動した様子もなく食べていた優介は平然と問いかける。


「…………メッチャ美味しいです」

「それは結構」


 やはり平然と答えて静かに食す優介を横目に楓子は悔しげにレンゲを噛んでいた。

 正直な話、テーブル席に置かれた焦げ目一つない見事な色合いのチャーハンを見た時から既に負けを予感していた。

 しかし見た目だけではなくその味も申し分どころか自分の作ったモノよりも美味しく、食のプロとして悔しくなってしまう。


「まあ当然よね」

「同感です」


 そんな楓子に対し、何故か恋愛コンビが自分の勝利のように勝ち誇る。


「だいたい調理師免許がないと美味しいモノ作れないって発想がおかしいのよ」

「資格よりも料理に対する心と姿勢が大切ということですね」

「ぐぬぅ……」

「そうそう。フードプロフェッサーなんて肩書きよりも、日々の精進が美味しいモノを作るの」

「フードコーディネーターですよ恋。これで優介さまがあなたよりも数段上だと理解したでしょう」

「ふ、ふん! でも喜三郎さんの味には遠く及ばないわ!」


 更に続く得意げな台詞にさすがの楓子もプロとしてのプライドが黙っていられず、つい子供じみた負け惜しみが出てしまった。


「どうしてお爺さまが出てくるのです!」

「いま比較するところじゃないでしょ!」

「なに言ってんの? これは優介くんが日々平穏を立派に継げるかの味比べ、先代の喜三郎さんと比べるのは当然のことよ」

「じゃあユースケはこのお店の店主にふさわしくないってのっ?」

「そうは言わないけど、ただ自惚れちゃいけないって料理の道の先輩として――!」

「この年増……優介さまに対する無礼は私が許しません!」

「誰が年増よ! 私はまだ二二で――!」


 対には恋愛コンビと楓子は立ち上がり言い争いを始めてしまう。

 賑やかなテーブルで一人黙々と食事を続けていた優介は、一人手を合わせてごちそうさまを終えると――


「遠く及ばなくて当然だ」


「「「……え?」」」


 小さく、しかし存在感ある声に同時に視線を向ける三人に、優介は小さく息を吐き続けた。


「楓子の評価は当然だと言ったんだ」

「あの……私は先輩なんだけど……呼び捨てって……」

「知るか。とにかく、爺さんは俺にとって生涯ただ一人の師。俺程度に超えられては弟子の俺が迷惑なんだよ」


 ふてぶてしい物言いに唖然となる楓子だが、優介の言葉の中に感じ取れる尊敬の念に言葉が出ない。


「もちろんいつまでも足元に及ばぬままでいるつもりはない。なにより高い壁だからこそ挑みがいがあり、驕ることなく精進の心を忘れずにいられる。そう言った意味では料理の道を教えてくれた爺さんには感謝している」

「ユースケ……」

「優介さま……」


 珍しく喜三郎に対する思いを口にする、なにより素直な心を言葉にする優介に恋と愛の涙腺が緩んでしまう。

 そして楓子もこれまでの俺様主義な態度や言動をしていた優介の料理に対する真意な気持ちに心を打たれて。


「ふふふ……あはははっ!」

「……何がおかしい」


 思わず笑ってしまい優介に睨まれてしまうが仕方のないこと。

 これほどまで料理人としての、人としての器の違いを見せつけられてはプロだの資格だのに拘っていた自分がちっぽけ過ぎて笑うしかなかった。


「ごめんごめん……でもさすが喜三郎さんの生涯ただ一人の弟子ね。この二人がこんなに自慢したくなるのも分かる、あなたなら立派に日々平穏を続けていけるわ」

「お前に認められるまでもない」


 ため息混じりに呟く優介だが楓子はまったく悪い気分にならなかった。


 それから自然と料理談義をしていた優介と楓子だったが――


「あのさユースケ……」

「そろそろ午後の準備を始める時間ですが……」


 恋愛コンビの指摘に二人は時計を確認。


「……もうそんな時間か」

「いやいや、時間が経つのも早いね」


 普段は雑談で時間を忘れるタイプではない優介だが、調理学校に通いプロとして料理の仕事をする楓子とは通じるものがあり、料理について深く話し合える相手なのでどことなくご満悦な表情。

 楓子も尊敬する喜三郎の弟子である優介の調理における見解は興味深く、刺激を受けて充実感に満ちていた。


「「そうですねー」」


 故に恋愛コンビは会話に置いてけぼりで、また優介が異性と楽しく(顔はいつものように不機嫌そうだったが)お喋りしていることが実に面白くなかった。


「恋、愛、さっさと準備を始めるぞ」

「「はーい」」

「……なぜ睨む」


 嫉妬心丸出しの恋愛コンビに首を傾げのみでまったく気づかない優介を横目に、楓子も荷物をまとめて立ち上がった。


「んじゃ、私もおいとましますか」

「「ありがとうございましたー(さっさと帰れ)」」

「…………二人の心の声が痛いね。えっと、いくら払えばいい?」

「まかないついでの料理だ、必要ない」

「「…………っ」」

「うん……だから笑顔で恐怖心与えるのやめてくれるかな? でも、お言葉に甘えます。じゃあ優介くん、また来るから……て、だから普通にお客として来るだけだって。就職決まればまた私もこの島に住むことになるし」


 恋愛コンビを宥めながら楓子は苦笑し引き戸を開けた。

「……あ、そう言えばさ」


 だが不意に立ち止まり準備を始める優介へと顔を向けた。


「この島を出るときに喜三郎さんと約束してたことがあったんだ」

「爺さんと?」

「うん。もし私が立派に夢を叶えたら、その時はお祝いに特別な料理をご馳走してくれるって……弟子の優介くんは何か聞いてない?」

「特別な料理か……」


 厨房で手を止め考え込む優介だったがすぐさま首を振った。


「さあな。でもまあ、立派になったらの話だ。今の楓子には関係ないだろ」

「……だよね」


 あまりの物言いだが納得してしまう。

 楓子は目標にしていた職についたが、料理人としても人としてもまだまだ未熟。


「ただ変な約束だったのよね。私が食に携わることで、自らそのレシピを覚えて、自分がご馳走してもらいたいとかなんとか……でも関係ないか」


 なにより喜三郎がいない今、もう果たすことの出来ない約束。

 しみじみと呟く楓子だったが


「じゃあまたね」


 最後は彼女らしい笑顔で店を後にした。


「爺さんもワケのわからんことを」

「でも気になるね。どんな料理だったのかな?」

「お爺さまがご馳走してもらいたいという言葉も気になります。どういった意味なのでしょう?」

「…………で、お前らは準備もせずなにしてやがる」

「塩まいてる」

「塩をまいています」


「さっさと仕事しやがれ!」


 ちなみに午後の営業は一〇分遅れで始まることとなる。

 

 しばらくして楓子から四季美島観光に就職が決まったと連絡が入った。


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