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オモイデレシピ  作者: 澤中雅
レシピ1 サンニンレシピ
24/365

ココロヲニギリ6/6

アクセスありがとうございます!



 婆さんの葬儀から一週間。


 これからのことを部屋で考えていると、好子が勝手に入ってきた。


『優介、この店が欲しいなら私から買いな』


 目の前にはこの土地の権利書と、好子が作った契約書。

 どうやら婆さんが遺言を残していたらしい。

 俺には大学卒業までの充分な資金と、白河の爺さんにその後の面倒を見てもらう内容。

 そしてこの家……日々平穏を含めた土地全ては息子、好子の父親に相続すると。


 つまり俺には日々平穏を継がせる気はない――そう意味合いを含めた遺言だったらしい。


『ただし借金返済までは私を住ませな。保護者代わりとしていてやるさ。それと店を続けるのは勝手だが高校は卒業しろ、んでしっかりと青春すること。それが無利子無担保で売る条件だ』


 そして好子は売りに出そうとした親父からこの土地を買い取った。

 それを今度は俺に一千万円の借金をして買い取れと言う。

 まだ中学三年生の俺には到底払える金額ではない。

 店を再開させたとしても返せる保証もない多額の借金だ。


『正直これは婆さんの意思に背く行為だ。でもね、私は納得がいかない。婆さんとしては優介にその能力に囚われず、自由に生きてほかったんだろうね』


 言われなくても分かっていた。

 婆さんは決して俺を見放してない。

 最後まで愛してくれたからこその決断だろう。


『でもね、やっぱり私は納得いかない。自由に生きてほしいなら、優介にも選ぶ権利を与えるべきだ』


 ああそうだ。

 そんな自由は間違ってる。

 料理を教える時の爺さんといい、婆さんもありがた迷惑な勘違いをしてくれた。


『だから私が作ってやった。あんたにこの店を――日々平穏を継ぐ権利をね』


 なら俺は好子に感謝をする。

 婆さんの勘違いで閉ざされた、この場所を……。


 俺の大切な場所を残す道を作ってくれたのだから。


『あとはあんた次第だ。どうする?』

『決まってる』


 迷うことはない。


『くだらねぇ条件出しやがって。借金返済したら絶対にテメェを追い出すからな』


 サインをしながらそう口にすると、好子はようやくいつものようにケラケラと笑った。


『楽しみにしてるよん』


 俺たちの契約は成立した。



 *


「おはようさん」


 目を開ければ好子がいた。


「…………おい、ここにいた変な生き物はどうした」


 先ほどまでは孝太がいたはずなのにと優介は体を起こす。


「孝太のことかい? あの子ならとっくに帰ったよん」

「帰った……?」

「ありゃまあ、そんなことも覚えてないのかい? ほい優介、今何時でしょう」


 変な生き物で理解する好子に言われるまま時計を見ると、時計の針は最後に確認したときと変わってない。

 不思議に思う優介に好子はケラケラと笑った。


「ビックリしたねぇ。帰ってみれば恋愛コンビが仲良くあんたの看病してるじゃない」

「恋と愛が?」

「そ。あんた気を失ってたの、半日もね」


 好子が言うには孝太が来て間もなく、帰ってきた恋愛コンビが再び優介の看病をどちらがするかで言い争い、それにキレた優介が叫んだ瞬間――意識も切れた。

 どうやら度重なる来訪でろくに睡眠もとれず、何度も怒鳴ったことで限界が来たらしい。

 さすがの孝太も恋愛コンビを諭し、二人は反省して協力体制で看病をすることになった。

 その後仕事から好子が帰ってきたという。


「二人はどうした」

「愛の部屋で仲良くお休み中、心配しすぎで疲れちゃったのかね。だから私が代わって看病してたのさ」

「…………そうか」

「んで、その二人から優介にプレゼントがあるさね」


 やはり記憶に無い様子の優介に、好子は机に置いていたお盆を手に取る。


「起きたら食べるようにって、二人で一緒ににぎったんだよ。あの恋愛コンビがね」


 恐らくリナに食べたがっていたと聞いたのだろう。

 お盆の上に乗っていたお皿にはにぎりめしが二つ。

 一つは完璧な三角形の、もう一つは歪な球体がそれぞれ乗っていた。

 それは夢で見た、優介の思い出の中にある喜三郎のにぎりめしとは全く違う、しかし作り手の性格が形になったにぎりめし。

 いつもいがみ合うばかりの二人が優介のために心を込めて作った料理。


「…………冷めてるな」

「どうかにゃ~? なんせあの二人のあつ~い気持ちが入ってんだから」

「ふん」


 優介はそれぞれを一口ずつ口にする。

 恋のは塩が効きすぎて、愛のは少し薄い味。


「……なあ優介」


 順番に、少しずつ口にする優介を見つめていた好子が不意に告げた。


「あんたはどうしてこの店を継いだんだい? 私から借金してまでさ」

「いきなりどうした」

「ん~……何となくね。ちょいと昔に、ここで契約したことを思い出したからかな?」

「さあな」

「もしかして……爺さんと婆さんへの恩返しかい? あの二人が愛したこの場所を守るための――」

「どいつもこいつも、バカな勘違いするんじゃねえよ」

「…………そっか」


 キッパリと否定する優介に好子は微笑んだ。


「でもま、どういう理由か知らないけど忘れないようにな。私はあんたにただ仕事をさせるためにこの店を売ったんじゃない。だからもう……あの二人を心配させんなよ」

「恋も愛も……俺も、まだまだ未熟だ」


 優しく問う好子に答えることなく優介はにぎりめしの感想を口にする。


 それでも好子は満足だった。


 ◇


 この店が必要だった。

 もう俺の料理で爺さんを喜ばすことは出来ない。

 だが、俺が料理を作ることで爺さんを喜ばすことが出来る。

 この店に来る全ての客を笑顔にすることが爺さんと、婆さんの喜びだからな。

 それが契約した理由。

 しかし、少しばかり焦っていたのかもしれない。

 ココロノレシピを使えない二人が再現してくれた。

 懐かしい味が気づかせてくれた。

 だからもう心配せず、天国であの世の住人相手に定食屋でも開いてのんびりしてろ。

 俺はここで、喜びが詰まったこの場所で。

 大切なことに気づかせてくれた二人と共に。


 ゆっくりと、日々精進するさ。


次の更新は夜を予定しています。

少しでも面白そう、続きが気になると思われたらブックマークへの登録、評価、感想などをお願いします。

読んでいただき、ありがとうございました!

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