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オモイデレシピ  作者: 澤中雅
レシピ1 サンニンレシピ
23/365

ココロヲニギリ5/6

アクセスありがとうございます!



『――おお、居たよ』


 誰もいない日々平穏の店内に白河の能天気な声が響く。


『何しにきやがった』

『お前を探しにだよ。つーか勝手に抜け出してなにしてんだ?』

『さあな』

『さあなって……あのなぁ』


 白河が呆れたようにため息を吐いた。まあ無理もない。

 今日は爺さんの葬儀の日、今頃出棺されて灰にでもなってるんだろうな。

 俺は葬儀が終わるなり一人ここへ来た。

 葬式に出席すれば問題ないと思っていたが、どうやらちょっとした騒ぎになって白河がパシられたらしい。


『たく、最後くらいちゃんと看取ってやれよ』

『灰になって煙になるのを看取るというのか』

『それは……どうなんだろうな』


 頭をかきながら白河が向かいに腰を下ろした。


『…………あれだけの連中に看取られりゃ、爺さんも本望だろうよ』


 爺さんの葬儀には大勢の参列があった。


 この店の常連客、業者関係、それこそ島の連中が全員きたのかと思えるほどだ。それは言いすぎか。


『鬱陶しいんだよ。どいつもこいつも辛気臭い……爺さんが死んだだけだろ』

『……お前は悲しくないのか』

『さあな』

『あのな……』


 白河が脱力するが知ったことではない。

 誰もがいつかは居なくなる、突然、あっさりと……そんな分かりきったことで、いちいち振り回されてたまるか。

 だから今もこう思う。


 爺さんが死んだ。


 ただそれだけだ。


 最後に面倒な力を俺に押し付けて、あっさりと……無責任に……。


『お前は爺さんの料理で何が一番美味かった』


 問いかけに白河は目を丸くする。

 まあ何の脈略もなくいきなり聞かれりゃ驚くか。

 だが今は白河の心情なんぞどうでもいい。

 とにかく、託されたなら使う必要があった。

 この力をどうして俺に託したか、最後の最後に爺さんが俺になにを教えたくて、なにを願ったのか知ることが弟子の勤めであり……最後の孝行だ。


『そうだな……チャーハンかな? ほら、たまごだけ入ってるやつ。シンプルだけどめっちゃ美味かったなぁ』


 でも、もう食えないんだよな――と寂しそうにするが、それさえ聞ければ問題ない。

 白河が口にした瞬間、全てが入ってきた。


『少し待ってろ』


 立ち上がると白河がバカ面で見ているが無視してエプロンをつける。

 この能力について何も教わってないのに、不思議なことに全てを理解していた。

 相手の目を見て読もうとすれば、そのレシピが全て頭に入ってくる。

 それだけじゃない。

 その作り手が何を想っていたか、どんな気持ちで調理をしていたか全てを理解できる。

 技術も経験も関係なく、言ってしまえば食材の質まで意味なく思い出の料理、その全てを再現できる――この力は。


『ほらよ』


 その証拠に俺がテーブルに置いたチャーハンを見て白河は言葉を失っている。

 たまごのみを使った黄金チャーハンは、まるで爺さんが作ったような完璧な色合い。

 今の俺ではとうてい真似できない完成度だ。

 やがて白河はゆっくりとレンゲですくい、一口食べてまた無駄に驚いた。


『……お前こんなに料理上手かったっけ?』

『少なくともお前よりは数倍上手い』

『そりゃそうだけど……でもこれ……まんま上條の爺さんの……』

『また食えてよかったな』

『…………』


 ただ無言になる白河をほっといて俺も一口食べる。

 記憶にある味、見た目も完璧に爺さんの料理だ。

 俺が言うんだから間違いない。


 この力は本当に、完璧に再現できる。

 ならば俺の願いは叶う。

 爺さんが死んでも、爺さんの料理はここにある。

 チャーハンだけじゃない。

 この店で出していた料理の全て、それ以外でも再現できるだろう。この島の住民なら誰もが爺さんの料理を口にしているハズだ。

 後は俺がそれを読み取り、再現すれば比べることができる。

 爺さんの料理より美味い物を作れているかどうか、師を超えたかどうかわかる。

 俺のくだらない願いは叶う――


『ふざけんな……っ』


 全てを理解した瞬間、怒り任せにテーブルを殴りつけた。

 そしてようやく最後の教えを理解した。

 料理において大切なこと。

 レシピを読み取り伝わった。

 爺さんが何を想い、どんな気持ちで調理をしていたか。

 食べてもらう相手に喜んでもらいたい。

 美味しいと笑顔を見せてくれることが嬉しくて、爺さんも調理をしながら笑っていたんだ。

 そもそもどうして気づけなかった?

 特訓の時も、恋にオムライスを食わせるために練習してた時も言っていた。

 料理は心だと……何度も教えられたのに、俺は気づけなかった。

 だが今更どうすればいい?

 爺さんよりも美味いものを作って、超えたその時に――


『テメェがいなけりゃ……意味ないだろうが』


 一番に食べてもらいたい相手がいない俺はどうすればいい?

 俺の料理で喜んでほしいテメェはもう……いねぇだろうが。


『…………なんつーかさ、安心した』

『なにがだ……』

『今も昔も鷲沢はずっとあんなだったから……忘れたんじゃないかって思ってた』

『だからなにがだ』

『その感情、忘れてなかったんだな』

『…………ふん』


 満足そうに笑う白河をにらみ付け、指で目の端をぬぐった。


『感情が……心があれば、悔しいときは泣くもんだ』


 俺は何年かぶりに泣いていた。



 *


「よう。体調はどうだ?」


 目を覚ますとそこには変な生き物がいた。

 故に優介は気にせず再び夢の中へ――


「俺だけノーリアクションっ?」


 いこうとしたのだが、変な生き物こと白河孝太がうるさいので仕方なく体を起こした。


「うるせぇ白河の分際で」

「酷い! でも構ってくれて嬉しい」

「…………で、お前も見舞いか。にしては早いな」


 本気で喜ぶのを無視して時計を見ればまだ六時間目が終わったぐらい。


「HRサボった。恋愛コンビが帰ってくるとゆっくり見舞いも出来そうにないからな」

「帰れ。悪化する。病原菌が」

「せめて人としてかまって! …………ま、そんだけ悪態つけりゃ大丈夫か」


 あまりの扱いにツッコミを入れ、孝太は嘆息する。


「にしても過労で学校休むとは、鷲沢もまだまだか」

「ケンカ売りにきたのか」

「うんにゃ、普通に心配するよりは堪えると思っただけ」


 自信に満ちた孝太に優介は言い返さない。


「とにかく鷲沢が倒れりゃ、色んな奴が心配するのが分かったろ」


 机の上に飾られた三輪の花や果物かご、食べることのなかったにぎりめしの皿は優介を心配した人々の心が詰まった贈り物だ。

 他にもクラスのみんなや十郎太を始めとした学園関係者、常連客たちが寝ている間に色々と持ってきたらしいお見舞いの品が庭の軒下に置いてあったと孝太は続けた。

 これは島の住民がただ気のいい者ばかりだとは言えないだろう。


「だからま、これからは無理しないように無理しろよ」

「…………そうだな」


 微笑する優介に孝太の脳裏に懐かしい記憶が蘇る。

 孝太は知っている。

 恋や愛、好子すら知らない優介。

 家族を失った頃の優介は見ていられなかった。

 死んだような目というのはあの時の優介を示すのだろう。

 ただ祖父に従うまま学校へ行き、食事をして寝るだけ。

 まさに生きている意味のない、死んだような時間。

 島の住民はそれでも優しく接していたが喜びも悲しみも、何も考えず、何も感じず生きるだけの人形だった。


 そんな優介がある日突然変わった。


 白河家と古くから交流のあった上條家に引き取られて間もなくだった。

 なぜかは知らない。

 でもそれでいい。

 今こうして優介は笑っている。

 だからそれでいい。

 何もしてやれなかった孝太は、ここに居た二人の恩人に親友として感謝するだけ。

 それでいい。


「……ま、これは親友だけの特権ってことで」

「どうした?」

「うんにゃ、なんも」


 そんな優介を知らない、名の通り恋愛に忙しい二人に優越感を感じつつ孝太も笑った。


 同時に階段を駆け上がる音が響き――



次回更新は夕方頃を予定しています。

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読んでいただき、ありがとうございました!


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