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オモイデレシピ  作者: 澤中雅
レシピ1 サンニンレシピ
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ココロヲニギリ4/6

アクセスありがとうございます!


 俺は病院の調理場にいた。


 爺さんの我がままに言い争っていたが、止めに入った看護士に調理場を貸してほしいと頼めば二つ返事で許可が出た。

 上條さんにはいつも美味しいご飯を食べさせてもらってますから――と言っていたが、部外者に調理場を平気で使わせるのはこの島の住民がお人好しなのか、爺さんの人柄……いや、まあいい。

 とにかくありがた迷惑な気遣いで爺さんの我がままに従うことになった。

 料理を始めて二年半、包丁の技術から味付け、毎日のように繰り返された特訓で腕前はずいぶんと上がった。

 おそらく同年代で俺以上のレベルを持つ奴はいないだろう。

 強いて言うなら態度のでかい師匠が目障りだがな……手を添えるときはにゃんこの手だとか、どの面下げて言いやがるんだあいつは。

 故ににぎりめしくらいわけない。


『まだまだじゃのう』


 だが爺さんはにぎりめしを一口頬張るなり渋い顔をしやがった。


『たかがにぎりめし、されどにぎりめしというのに、このバカ弟子は何もわかっとらん』

『文句があるなら食うな』


 そもそもにぎりめし程度の料理でなにがまだまだだ。出来る工夫といえば塩加減と形くらいだろ。

 なのに爺さんは満足していない。


『情けない。ほんに情けない……』


 ……そのワリには食うのを止めない。

 もしかして俺をいびりたいだけか?


『料理は楽しいか、バカ弟子』


 そんな疑心を感じていると爺さんがいきなり質問。


『どうした、いきなり』

『ワシも老い先短い身、少しでも弟子のことを知ろうと思ってのぉ……ごほげほ』


 ワザとらしく咳をする爺さんに俺はため息で返した。


『それなりにな……だが、今は楽しんでる暇はねぇ』

『楽しむ暇がない……じゃと?』


 食うのを止めて視線を送る爺さんに頷いた。

 キッカケは勘違いだ。

 始めてみれば指を包丁で何度も切った。

 火傷もした。

 冬場の水仕事は地獄だ、あかぎれで苦労した。

 爺さんに何度も怒鳴られたのはムカついた。

 正直いいことなんてほとんどない。

 それでも今まで続けていたのは、俺が料理をすることを楽しいと思えたからだ。

 千切りが上手くできたこと。

 味付けが絶妙にできた充実感。


 そして褒めてくれて、結局まだまだだと苦笑する師の姿。


 俺はその度に喜びと、同時に悔しさを知った。


『師は弟子にいつか越えられるものだろ』


 だから今は楽しむよりもまず、覚えなければならないことはたくさんある。


『爺さんがいつか泣いて謝るくらい美味いものを作れるまで、楽しむ余裕はねぇ』


 そう――爺さんは俺の師であり、目標だ。


『だから俺に超えられるまでくたばるんじゃねぇぞ』

『ならばこのにぎりめしにも、ワシを超えたいという思いでもこめおったか』

『まあな』

『……ふん』


 俺の言葉に爺さんは鼻で笑い、再びにぎりめしを口にする。

 一つ、また一つと減っていくにぎりめし。


『ほんに……情けない』


 そして、最後の一口を終えると爺さんは目を伏せた。


『最後まで……情けない師じゃった。ワシは……」

『あん?』

『すまんな、バカ弟子』


 いきなり爺さんが頭を下げるので俺は言葉を失った。


『料理において大切なことを最後まで教えれなんだ、情けない師を許せ』

『料理において……大切なこと?』

『ならせめてこの力が、我が料理道において生涯唯一の弟子を……成長させてくれることを願うまで』

『力……? おい、なに言って――』


 突然意味不明なことを言い出す爺さんに戸惑っていると不意に手を掴まれた。

 なぜ爺さんが辛そうにしているかわからない。

 ただ、右手を握る爺さんの手から伝わる温もりが、強く悲しい気持ちにさせた。


『最後の教えとして受け取れ……我が弟子よ』

『爺さん……?』



『言い忘れとった。ごちそうさまじゃ――優介』



 その言葉を最後に視界がオレンジ色の輝きに包まれ、俺は意識を失った。


 目を覚ませば婆さんがいた。


 室内に響く何人かのすすり泣く声。


 そして――


『ありがとう、優ちゃん』


 無条件で何でも許せてしまいそうな微笑で礼を言われて、不思議と理解した。


 ああ……そうか。


 爺さんはもうこの世にいないのか。



 *


「おっす鷲沢」

「おっす師匠」


「…………いい加減飽きた」


 目を覚ませばクラスメイトの綿引琢磨と、料理を教えている弟子の鳥越リナがいた。


「で、なぜバカップルがいやがる」

「そう褒めるなよ」

「褒めてねぇ」

「師匠が愛ちゃんに学校抜け出したら解雇だって言ったんだよね。だから愛ちゃんに師匠の様子を見に行くよう頼まれたの」


 愛とはクラスメイトでこの島で最初の友達のリナが呆れたように告げると、隣にいる琢磨も頷いた。


「宮辺にも言ったんだって? 別にいいじゃん、心配されてんだよ」

「そういえば言ったような言ってないような、どうでもいいような……」


 体調不良のせいかいまいち頭が働かず額に手を当てていたが、ため息と共に考えるのを止めた。


「まあ話は分かった。じゃあどうしてお前らは俺の部屋で弁当広げてんだ?」


 それよりもお見舞いに来たはずの二人が寝ている隣で弁当を広げていることを指摘すれば、リナはキョトンとなり


「今日は琢磨さんと一緒にお昼約束してたから」

「そいつは悪かったな。俺は問題ない、さっさと帰れ」

「ダメなんだよ~自分の代わりに師匠の看病するよう愛ちゃんに言われたの~!」

「俺には弁当食ってるようにしか見えねぇよ」

「そうだった! しっかり看病しないとリナ、マッパで授業受けさせられるんだった!」

「なに言ってやがるんだ、愛は……」


 妙な脅しをする従業員と、そんな脅しに怯える弟子に優介は頭を抱えた。

 まあ愛なら本当にしかねないのが問題だが……。


「でもリナちゃんの裸は見てみたいな」

「も~琢磨さんのエッチ!」

「…………さて、バカ弟子の看病ぶりを愛に教えてやるか」


 あまりにバカな会話を聞かされ、優介はガラケーを手に取る。


「あ~! それだけはご勘弁を! そうだ、師匠お腹空いてるよね? リナがお粥さん作ってあげる」


 慌てて提案するリナに呆れながらもガラケーを置いた優介はふと思いつく。


「……にぎりめしが食いたい」

「にぎりめし……? おむすびのこと?」

「どっちも同じだ」


 にぎりめし、おにぎり、おむすびと呼び名はさまざまあり理由もあるが、今は説明する気もおきず優介はため息を吐くのみ。

 夢のせいか、優介は弟子が作るにぎりめしを食べてみたかった。


「まあいいけど。じゃあ師匠、お台所借りるね~」


 そんな心情も知らずリナは部屋を出てしまい、その姿に琢磨が苦笑した。


「それにしても、リナちゃんはここに馴染んでるな」

「まあな」

「ありがとうな、鷲沢」


 突然のお礼に優介が視線を向けると、琢磨は人懐っこい笑みを浮かべて。


「いつも美味い飯食わせてくれて。倒れるまで苦労して、俺や島のみんなのために飯作ってくれて、ありがとう」

「……俺が勝手にやってることだ」

「でもさ、お礼が言いたいんだ。飯のことやリナちゃんのこと、お前のお蔭で俺たちが今幸せだから」

「バカ弟子のことも礼を言われることはしてねぇ。あいつの心がお前をつかんだ……いや、胃袋をつかんだのか」

「言い得てその通りだ。でもさ、なんで俺がリナちゃんのこと好きだって知ってたんだ? あの演出は俺の気持ちを知ってないと成り立たないだろ」


 琢磨はココロノレシピについて知らないが、弁当の食べ比べを思いついたのが優介だと知っている。

 自分と同じ過ちをしないよう、弟子に料理にとって大切な心を教えるために考えたことだが、琢磨がリナに好意が無かったら目も当てられない演出。

 しかし優介は至極真面目な顔で。


「お前はバカ弟子とデートをしただろ。デートとは好きな相手としかしないハズだ」

「おおう……鷲沢はピュアボーイだったか」

「?」


 首をかしげる優介だが琢磨の驚きも仕方ない。

 最近では仲のいい男女でも普通に二人で出かけるし、それをデートと呼んだりもする。

 世間の認識と少しずれた、古風な考えを持つ優介の一面を知れたことに琢磨は嬉しくて追求しなかった。


「まあ気にするな。にしても、やっぱ倒れるまで仕事するってのもどうかと思うぞ? そりゃあ鷲沢の飯が食えるのは嬉しいけどさ」


「そうだよ~みんな心配してるんだからね」


 と、琢磨の言葉にお皿を手に戻ってきたリナが同意する。


「うちのクラスの何人かもね、師匠のお見舞い行こうって話してたよ。……その後愛ちゃんが怖かった」


 どうやら優介の病欠は学園中に広まっているらしい。

 そのチャンスにお近づきになりたがっていたクラスメイトを愛が威嚇してちょっとした騒ぎになっていたとのこと。


「愛は上手くやってるようだな」


 だがこの島へ来て半年、それまでクラスメイトと溶け込もうとせず、我関せずだった愛がどんな形とはいえ、クラスに馴染んでいることに優介は満足する。


「これも師匠のお蔭だね、愛ちゃんのお友達としてありがとうございます」

「彼氏が彼氏なら彼女も彼女か……。むしろ愛のことに関せば、俺がお前に礼を言うべきだ。バカ弟子に礼なんざ屈辱的で不本意ではあるが」

「最後のが無かったらいい話だったのに!」

「そんなことよりにぎりめしはどうした」

「そうだった! ほら、美味しそうでしょ?」


 どうだと言わんばかりにリナがお皿を差し出す。

 形は悪くともおそらくこの弟子は過去の自分よりもマシな気持ちで作っただろう、と内心楽しみにしていた優介だが――


「…………なにがだ?」


 それはただのお皿で、米一粒のってない。


「いや~やっぱリナちゃん料理上手くなってるな。美味かったぞ」


 どうやら二人が話している最中に琢磨がつまみ食いをしていたらしく……というより、全て平らげてしまっていた。


 彼氏の所業にさすがのリナも怒る――わけもないのがこのバカップル。


「ほんとに? じゃあ琢磨さんが病気になったら作ってあげるね。あ、でも病気にはなってほしくないな……」

「俺のにぎりめし……」

「もしでいいよ。このおむすびなら一発で元気になりそうだ」

「うん! リナ頑張るからね」


「出て行きやがれバカップルが!」



次回更新はお昼頃を予定しています。

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