ココロヲニギリ3/6
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爺さんに料理を教わるようになって二年半。
学校が終わると島にある病院へ向かった。
病気でも怪我でもなく、見舞いとしてだ。
『生きてるか爺さん』
『当然じゃ。この通りビンビンに生きとるわ、バカ弟子が』
俺の嫌味にベッドで寝ていた爺さんが変わらずデカイ声で返してくる。
一週間前、爺さんが倒れた。
いつものように店の手伝いをしていたら、突然だった。
あの時は驚いた。俺と同じように店の手伝いをしてくれていた恋は心配のあまり泣いたほどだ。
そして救急車で運ばれて入院している。
医者は過労と言ってたが、この爺さんを入院させる必要はないと思う。
まあ年寄りはたまには大人しく休めということなのだろう。
『それはなによりだ。婆さんはどうした』
だから俺も特に心配していない。
むしろさっさと退院して修行の続きをしろってんだ。
『野暮用じゃよ。愛ちゃんから手紙が届いてな、返事を出しに行っとる』
『愛? ああ、本土にいる孫か』
『もうすぐ退院するそうじゃ。婆さん……嬉しそうにしとったわ』
それは良い知らせだ。
爺さんが倒れてから婆さんは元気がなかった。
会ったことはないが、孫娘の愛については良く知っている。本土に住む息子夫婦の次女で、身体が弱く入退院を繰り返しているらしい。
爺さんは元より婆さんもたいそう可愛がっていて、まさに目に入れても痛くないほどだ。
そんな孫娘が退院となれば喜んでいるだろう。
『なんじゃ……嫉妬か?』
そんなことを考えていると爺さんがニヤついた。
『まだ見ぬ愛ちゃんに婆さんを取られて寂しい……まったく、心の狭いバカ弟子じゃ』
『んなこと思ってねえよ』
『だが仕方ないこと。婆さんは愛ちゃんと境遇がにとるからのう』
『似てる?』
『婆さんも昔は体が弱くて何度も入院しとった。気持ちが分かるから心配なんじゃ。だから我慢せい』
そうなのか。いつもはこの爺さん同様、元気な婆さんだったから想像もつかないが。
『ふふん……ワシの愛の力が元気にさせとるんじゃよ』
『…………なに言ってんだ?』
突然の惚気に呆れてしまうが爺さんの自信に、少しだけ信じてしまった。
『しかし腹減ったのう……』
『なら何か食うか』
ここには見舞いに来た常連客が持ってきた果物やらが大量にある。食事制限はされてないハズだから問題ないだろう。
なにより食欲があるのはいいことだと適当に取ったりんごを剥いて皿にのせていく。
実に見事な出来栄えだと我ながら感心してしまう。
『……なんじゃこれは?』
なのに爺さんは不満顔だ。
『りんごだろ? そんなことも分からないほど耄碌したか』
『やれやれ……我がバカ弟子は病人にただのりんごを食えという』
『なに言ってんだ?』
『せめてうさぎさんにして相手を元気付ける工夫をせいといっとる』
うさぎさんて……どの面下げて言ってんだ? そもそも歳考えろ。
『そんな装飾するよりも食いやすいだろうが』
『……このバカ弟子は料理の真髄をまるでわかっとらん』
その呆れ顔がイライラする。
だいたいりんご剥くだけでなにが料理だ?
『なら食うな』
『ふん。食うわい』
下げようとした皿を奪い取り、爺さんはりんごを食べ始めた。
呆れる俺に爺さんは突然――
『にぎりめしが食いたい』
我がままを言ってきた。
*
「――目を覚ましやしたぜ」
「ほんとに? やっほー優介、久しぶり」
目を覚ませばスキンヘッドにサングラスの男と、清楚なショートの髪が似合う女性の姿。
春日井光は『ハルノヒカリ』という芸名のアイドルで、以前裏メニューのお客様として来店した繋がりから今でも恋とは交流が続いている。
「…………なぜお前らがいる」
ただ現役アイドルとそのマネージャーの坂城和美が自分の部屋にいるのかが分からない。
「恋から聞いてないの? ほら、あたしってこの島の観光イメージやってるじゃない。そのイベントで一昨日から来てたのよ」
「それはご苦労だな。だが俺はどうしてこの部屋にいると聞いてるんだ」
「さっき恋から優介が学校休んで寝込んでるってラインが来たの。だから休憩時間にお見舞いにと思って。感謝しなさいよ? 未来の大女優がお見舞いに来てあげたんだから」
「頼んでねぇよ……」
デビュー当時は清楚系のお嬢様を売りにしていたが、今では恋よりも気の強い性格をカミングアウトしていることもあり、平然と自信たっぷりの発言もしている。
「優介さん、よかったらどうぞ」
故にマネージャーの和美も注意せず、持参したらしい果物カゴのりんごを剥いていた。
「見事だな」
「和美さんってば顔に似合わず料理上手いよね」
皿に乗る見事なうさぎりんごに光は感心するが、和美は少し頬を染め
「料理と言えるほどでもありやせんよ。なにより自分よりも優介さんの方がお上手だ」
「いや……これも立派な料理だ。あんたは料理にとってもっとも大切なことを知っている、それは誇ってもいい」
装飾を施しただけのりんごでも、こうして食べる者に喜んでもらう気持ちが大切なことを優介は知っている。
故に感謝の気持ちでりんごを口にした。
「相変わらず料理に対しては誠実よね。でも、優介は働きすぎ。もうちょっと他にも目を向ければいいのに。たとえば恋愛とか」
「恋と愛がどうした?」
りんごを咀嚼しながら首を傾げる優介に、光は大きなため息ひとつ。
「はぁ……恋も大変ね」
「は?」
「こっちの話。でも恋愛はいいわよ~! あたしも前のオフに健一と会って――」
「光さん、そういう事はオフレコにしてください」
性格はカミングアウトしたとはいえ、さすがにスキャンダルに成りかねない内容にはマネージャーとして釘をさす――が、光はまったく気にしない。
「優介は知ってるんだからいいじゃない。それにこういう職業だと彼氏の話なんてできないからチャンスだし。いつもは恋にしか聞いてもらえないから他にも惚気たいのよ」
「……大変だな、あんたも」
「気遣い、感謝しやす」
自由奔放な担当アイドルに同情する優介に和美は少しだけ表情を緩めた。
「…………なにより、こうして今私が幸せなのは優介のお蔭。ありがとう、あなたの料理で私は勇気を持てた」
そう告げる光の表情はテレビに出ている時よりも魅力的な笑顔で。
「俺はなにもしてねぇよ」
まあ話くらいは聞いてやろう。
そう思えた。
のだが――
「………………テメェ、何しにきた」
さすがに三十分近くも惚気話が続けば、面倒を通り越してうざかった。
「私と健一のラブい話を聞いてもらいに」
「さっさと仕事に戻りやがれ!」
次回更新は明け方を予定しています。
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