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オモイデレシピ  作者: 澤中雅
レシピ1 サンニンレシピ
20/365

ココロヲニギリ2/6

アクセスありがとうございます!



 小学六年生だった。


 詳しい日付どころか月も覚えてない、ただ雪が降っていた気がする。

 どうせ白河とくだらない遊びをして夕方にでも家に帰ったんだろう。

 家には誰もいなかった。

 父さんも母さんも、先に帰っているはずの妹の明美も。それどころか家の中にあった色々なものが無くなって、がらんとしていた。

 寒々とした光景と雪は関係のない冷え切った空気に、俺はただ呆然としていた。

 どれほど突っ立ていたのかわからない。


『今日は冷えるのぅ。優坊、ワシの家で鍋でも食おうか』


 いつの間にか隣にいた白河の爺さんがそう言ってくれた。

 言われるがまま連れられた白河家で鍋を囲んで聞かされた。

 爺さんは言葉を選んで遠まわしに手紙がどうの、両親と妹がどうの教えてくれたが、気遣いなんぞ必要なくガキの俺でも理解していた。


 家族に捨てられた。


 言ってしまえばただそれだけ。


 なのに当時の俺は情けないことにショックを受けていたらしく、それ以降の記憶がほとんどない。

 せいぜいそのまま白河家に住んで、後に島で定食屋をしている上條家に引き取られたくらいだ。

 どういった経緯でこうなったか覚えてないが、まあ白河の爺さんが色々考えてくれたんだろう。それに自暴自棄だった情けない俺は従っただけ。

 本当に我ながら情けない。

 家族に捨てられた、ただそれだけのことだろうが。


 別にテメェがどうにかなったわけでもない――なら充分だ。


 にぎりめしを食った後、俺は一階にある店の厨房に向かった。


『――おい爺さん』


 暗い面で料理をしていた爺さんに声をかけたら目をぱちくりして驚かれた。

 どうしてこんなに驚かれたのか、おそらくここへ来て初めて俺から声をかけたからかも知れないが、今はどうでもいい。


『皿を返しにきた』

『ほう……全部平らげたか。感心感心』


 皿を受け取った爺さんはもう気にした様子もなく、してやったりの顔になる。


『どうじゃ、美味かったろう』

『口ん中が痛くて味なんかわかるか』


 その面にムカついて美味いとは口にしなかった。

 実際、味は分からなかったし気のせいかもしれんしな。


『自業自得じゃ。そしてワシも自業自得……婆さんが怖かった』

『そいつは災難だったな』

『お前が言うな。ふん、仕事に戻るぞい。ワシは忙しいんじゃ』


 確かに店の中は客でいっぱいだ。

 というより、ここはこんなにも繁盛しているのか。住んで結構経つはずなのに全く気づかなかった。

 なるほど、今までの俺はそんなことにも気づかないほど腐っていたらしい。いつか白河にでも聞いてみよう、愚かな自分を知って戒めにすればいい。

 いや、今はそんなことどうでもいい。

 この繁盛ぶりにもかかわらず、ここは爺さんと婆さんが切り盛りしている。

 爺さんが料理をして婆さんが料理を運んで注文とって、レジをして……その為か使い終わった食器が山になっていた。


『ふん、少しは見えるようになったようじゃな』


 背後で観察していた俺の心を見透かすように爺さんが言ってきた。


『さあな。なんのことかさっぱりだ』

『ならワシの勘違いかの。さて、そこでボケッとしとるなら皿でも洗え』

『なんで俺がそんなことを……』

『変わりにバイト料として、ワシのとっておきを教えてやらんでもない』


 そう告げる爺さんの提案を断ろうと思ったが……止めた。


『どうせくだらねぇことだろうが、ちょうど暇だし教わってやるよ』


 せっかくこうして生き返ったんだ。

 何かを始めるのも良いだろう。


『言い寄るわい。クソ弟子が』

『うるせぇ。さっさと教えろクソ師匠』


 不敵な笑う爺さんに、俺も不敵に笑ってやった。

 そういえば俺はいつ以来笑ったんだ?

 まあいい、家族に捨てられたと同じ。

 俺が久しぶりに笑った。


 ただそれだけのことだ。



 *


「……………………」


 何ともいえない気分で優介はしばらく自室の天井を見詰めていた。

 元々古い家なので数年程度では対して変わらない天井故に夢との境界が曖昧になり、いまいちここに居る自分が自分であるか自信がない。


「にぎりめし……か」


 あえて声を出すことで自分を認識する。やはりアレは夢の話で、もうここには喜三郎とイチ子はいないのだ。

 家族に捨てられて、一人になった優介を迎え入れてくれた老夫婦。

 血は繋がっていない。

 だが関係ない。


 あの二人は心で繋がった家族。


「だから……なんだってんだ」


 胸に生まれた虚無感を疎ましげに吐き捨て時計を見る。

 恋愛コンビを追い出してから二時間ほど経過してる。

 いつの間にか眠っていたらしい。

 しかし珍しい夢を見た。

 もともと普段は夢を見ない方なのに、昔のことを思い出すなどやはり病気のせいで心が弱っているのかもしれない。


「いつまでたっても……情けない」


 優介が舌打ちすると階段を上ってくる音が聴こえ――


「ゆーすけ起きてる~?」


 部屋の引き戸が引かれ明るい声が響き、撫子学園小等部の制服を着た少女――駒村恵美が何故かスケッチブックを手に入ってきた。


「…………なぜお前がいる」

「いま校外スケッチ中なの。それよりゆーすけ病気なんだよね? だいじょーぶ?」

「……問題ない」

「そっか。よかった」


 安堵の笑顔を浮かべた恵美は枕元へ腰を下ろした。


「それよりどうして俺が休んでるのを知ってるんだ」

「ん? えっとね、学校行くときに恋愛コンビのおねーちゃん達が叫んでたから。妻の私が看病をーとか、愛のせいで怒られたーとかね。だからお見舞いに来たのー」

「あいつら……バカか」

「ほんとだよねー。ゆーすけのお嫁さんは恵美なのに」

「…………」


 恋愛コンビの様子と恵美の言葉に優介は頭を抱えてしまう。


「ゆーすけ大丈夫? 頭いたいの?」

「いや……大丈夫だ」

「そうだ! ゆーすけにお見舞い持ってきたんだ。えっと……はい、きれいでしょ」


 無邪気な笑顔とともに差し出されたのは小さな花が三輪。

 恵美の手が土で汚れているのはここへ来る途中で摘んだのだろう。


「…………ああ」


 自然の多い四季美島では野花は特別な物ではない。

 だが心遣いが加われば特別な花になる。

 感謝の心で優介は受け取り、恵美の手をタオルで拭いた。


「ほんとはおかゆさんとか作ってあげたほうがいいんだけどね。恵美もね、風邪引いちゃったとき……ママにおかゆさん作ってもらってたんだ」


 そう呟く恵美の表情から明るさが消えていく。

 母の死で恵美は塞ぎこんだ。

 だが母のカレーライスに込められた心を知り、明るさを取り戻した。

 それでもやはりまだ子供の恵美には完全に乗り越えられない事実。


「相変わらず、ママがいないのは寂しいか」

「うん……」


 だから情けないと思わない。

 むしろ受け入れて、それでも明るく振舞おうとする強い子供だと感心していたが――


「でもね、もう泣かないよ。だって恵美が元気でいることはママの幸せだもん! だからもう泣かない。恵美は元気だねって、ママにも幸せになってもらいたいから」


 恵美は予想をはるかに超える強い子供だった。

 まるで誓いを立てるように口にする表情には曇りの無い眩しい笑顔。

 きっと母も天国で喜んでいると思える、明るく元気で、自分よりもはるかに強い子供だ。


「そうか……ならママも幸せだろうよ」

「えへへ。だから、ゆーすけも元気になってね? これからもバリバリ働いてくれないと恵美と幸せな家庭をきづけないんだから」

「あのな……いい加減そのワケのわからん妄想はやめろ」

「あ、そろそろ戻らないと」

「やっぱり聞いてねぇし」

「恵美がいないからって泣いちゃダメだよ? また来てあげるからね、いい子いい子」


「頭撫でるんじゃねぇ!」


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