表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
オモイデレシピ  作者: 澤中雅
レシピ1 サンニンレシピ
2/365

ネガイカレー 1/3

本編開始です!

アクセスありがとうございます!



 HRが終わり放課後の予定を友達と話したり部活へと急ぐ生徒がいる中、誰よりも教室を出る二人の生徒。


「くだらねぇ話をグダグダしやがって。間に合わなかったら慰謝料請求してやる」


 青いブレザーに身を包んだ一七〇センチ台中盤の身長に整った顔立ちをした男子生徒。

 視線が合えば即座に反らしてしまう目付きの悪さと怒気のこもった悪態が更に人を他所つけない雰囲気をむき出していた。

 彼――鷲沢優介は撫子学園高等部一年一組の生徒でありながら小さな定食屋を経営している勤労学生でもある。担任の長話で夕方の開店時間に遅れそうなことで機嫌は最悪だ。

 誰もが道を開けてしまいそうなオーラを出す優介の右隣で、女性にしては長身で腰まで伸ばした黒い髪を揺らし、八重歯と大きな瞳が犬っぽい顔立ちをした女子生徒が歩きながら全く動じず肩をポンポン叩いた。


「先生も仕事なんだから仕方ないでしょ。ほら、ムスッとしない」

「うるせぇ」


 注意するも不機嫌な態度は変わらない。

 共に急ぐ彼女――宮辺恋も定食屋の正従業員として雇われている勤労学生なのだが、どれだけ強面だろうと気さくな態度が取れるのは二人が幼なじみの間柄由縁だろう。といっても小学校六年の時に恋が一度本土に引っ越し、再び帰ってくるまで二年のブランクはある。

 しかし同じ店で働いている濃密な時間の前ではあまり関係なく、店主である優介に平気で注意できるのがその証拠だ。

 昇降口で靴を履き替えると速度そのままに校門へ向かう。 


「やっぱり待ってないか」

「むしろ待ってたら減給ものだ。俺たちも急ぐぞ」


 待ち人がいないのを確認して優介が恋の左手をとって早足になる。

 下校中の生徒から注目を浴びるが気にしない――のは優介のみで、恋は俯きながらも後に続いた。


「やっぱり……恥ずかしいかな」

「そんなもの気にしてる場合か」


 手を繋いだまま徒歩五分の距離を一分短縮して二人が働く定食屋、日々平穏に到着した。

本来は裏の玄関から入るのだが時間が押している為、正面にある店の出入り口から店内へ。


「おかえりなさい。優介さま」


 同時にL字カウンター席の奥の厨房で作業をしていた少女が頭を下げる。

 ショートにした黒髪の左側を白い鈴の付いたゴムでひと束にしている、目じりの下がった猫っぽい美少女。彼女もまた恋と同じでこの定食屋の正従業員、更にはここに住んでいる上條愛。同じく撫子学園に通う生徒だが、中等部三年生なので二人よりも早く下校していたようだ。

 優介の帰りに普段は変化の乏しい表情に微笑が浮かぶが、彼の手が恋の手と繋がっているのを見て、徐々に冷ややかなものへと変わっていく。


「……どうして仲良く手を繋ぎルンルンなのですか?」

「なっ!」


 その指摘に慌てて手を放した恋はズカズカと愛に歩み寄り


「ば、バカじゃないの! 誰がユースケと仲良くしてるって!」

「そうですね。あなたのような(どろ)(ぼう)(けん)が王子さまとルンルンなど、私の思い違いでした」

「……えらく目付きの悪い王子さまもいたもんね」


 冷ややかな愛の、敵意むき出しの恋の視線が交差する中、優介はため息を吐く。


「愛、仕込みは終わったか」

「はい。問題はないと思います」


 どこか得意気に愛が両手を広げる厨房内は、包丁などの器具も洗われていつでも調理が出来る状態になっていた。

 手早く確認した優介も満足したらしく愛の頭を撫でた。


「さすがだ。褒めてやろう」

「ありがとうございます。ふふふ」


 とろけるような微笑みに加え、どうだと言わんばかりの目に恋のこめかみがヒクつく。


「……時間ないんじゃないの」

「だな。俺は着替えてくるからお前らもさっさと準備しろ」


 三人で厨房奥にある六畳の居間に入り、優介は更に左手の引き戸から廊下に出た。

 一階には居間の他に家庭用の台所、風呂とトイレがあるのみで優介は自室のある二階で着替え、ここで恋は青を基調としたブレザーの制服から浴衣のような赤い和服、愛は白いワンピースの制服から藍色のエプロンドレスに着替えるようになっていた。

 ちなみに二人が同じ学園に通いながらデザインが異なる制服を着ているのは、撫子学園女子の制服が島をイメージした四種類の制服がある為だ。

 中高等部の入学式前に好きなデザインを選択できるので恋は夏をイメージした制服を、愛は冬をイメージした制服を選んでいる。

 他に春をイメージしたチェリーピンクのワンピースと秋をイメージした山吹色と赤のブレザーがあり中等部はリボン、高等部はネクタイとしか違いはない。

 そして同じ店で働く二人の制服のデザインが違うのは、ただ互いが同じデザインの服を着ることを嫌がってそれぞれ好きにデザインした特注品なだけだったりする。

 開店まで一分前、既に着替えて開店準備をしている二人の前に調理服の優介が現れた。


「準備はいいか」

「オーケー」

「問題ありません」

「んじゃ、今日も稼ぐぞ」



 優介の一声に恋が暖簾を掛けて表の札を開店中に変えると、日々平穏の夕方営業が始まった。


 ◇


「ありがとうございましたー」


 閉店まで残り五分、最後のお客を恋が見送った。

 平日の夕方は学園で部活に所属する生徒や仕事帰りの島民で賑わうがこの時間になると静かなもの。学生だけの運営なので時間通り閉店できるようにと、住民の間では暗黙の了解になっているからだろう。


 故にこんな時間に来店する者は珍しかった。


「あ、いらっしゃいませー」


 引き戸が開く音に恋が反射的にあいさつを返す。来客はスーツを着たふくよかな体格の中年男性と、栗毛の天然パーマの髪を二つに分けた小学生くらいの女の子。


「あの……まだ大丈夫ですか」


 がらんとした店内で片付けを始めている様子に男性が申し訳なさげに訊ねると、恋は視線で優介に確認。


「まだ営業時間だ」

「はい。ではこちらの席にどうぞ」


 了承を得て二人をテーブル席に案内する恋、その間に愛がお冷を運ぶ。


「ご注文は」

「僕は野菜炒め定食を。()()はなんにする?」


 向かいに座る男性が問いかけるが、恵美と呼ばれた少女はメニューを見ようともしない。


「えっと……なんでも注文していいんだぞ?」

「……カレー」


 困ったような笑みで再度確認すると備え付けメニューをチラリと覗き、なんとか聞き取れる小さな声で呟いた。


「かしこまりました。野菜炒め定食とカレーライス、少々お待ちください」


 愛が一礼して厨房へメニューを伝えに行く。


「野菜炒め定食とカレーライスです」

「了解だ。愛はもう上がれ」


 優介はガスに火をつけながら時計を確認する。時間が閉店の八時になればまだ客がいようと愛は働いてはならない。

 これは彼女の姉との約束していることなので不服気な表情ながらも素直に頷いた。


「まかないの時間まで休ませていただきます。恋、せいぜい優介さまの足を引っぱらないよう馬車馬のように働きなさい」

「誰が馬か!」

「では豚ですね。ふ、醜いお顔だこと」

「キー!」

「うるせぇ……」


 言い争いをする二人の従業員に苛立ちながら優介は調理を始めた。学生でありながらも一店主だけあって手際のよさは見事。

 その間に恋が茶碗とカレー皿にご飯を盛り付け、味噌汁と福新漬けの準備をしておく。


「野菜炒め、上がりだ」


 綺麗に盛り付けされた野菜炒めの皿とご飯、味噌汁を恋が一度で持ち運ぶ間に今度はカレーの盛り付けをしておく。レトルトではない作り置きしてあるカレー鍋には既に火を通しているのでスパイスの香りが厨房に広がる。

 戻ってくる恋にカレー皿と漬物小鉢を手渡して優介の作業は完了した。


「カレーライスお待たせしました。定食のご飯はおかわり自由です。ではごゆっくり」

「これは美味しそうだ。な、恵美」

「…………」


 テーブルに出された料理に満足そうな男性に対し、恵美はカレーライスをじっと見詰めたまま動かない。


「……なんか変なお客さんだね」

「なにがだ」


 厨房に帰ってきた恋に話しかけられ、鍋を洗っていた優介が興味なさげに聞き返す。


「だって親子みたいなのにお父さんが女の子に遠慮してるみたいじゃない」

「親子なんざそれぞれだろ」


 神妙な顔立ちでテーブル席を見詰める恋を他所に、優介は黙々と片付けを続ける。

 今の客が帰れば閉店なのだが――


 ガシャン


「こんなのいらない!」


 食器の割れる音と少女の叫びに優介が顔を上げた。

 ノリウムの床に散乱した食器の破片と食材、先ほど運んだカレーライスが無残な形へと変貌している。しかも事故ではなく故意だと恵美の手が訴えかけていた。


「大丈夫ですか!」


 だが冷静に分析する優介と違って、恋は慌てて駆け寄るも恵美の癇癪は続いていた。


「美味しくないもん! いらない!」

「なんてこというんだ。こんなに――」

「ママのカレーが食べたい! じゃなきゃいらない!」

「恵美!」


 父親の制止を無視して恵美は店を飛び出してしまった。


「……どうもすみません。せっかくの料理をこんなにしてしまって」


 静まり返る店内で最初に声を発したのは父親だった。深々と頭を下げて割れた食器を拾い始めると、唖然としていた恋もようやく動き出す。


「あ、危ないですから」

「ですが……」


「――おい」


 しゃがみ込んで互いに向き合う父親と恋を、いつの間にか優介が見下ろしていた。


「なにしてんだ?」


 低く迫力のある声が父親に向けられ向けられ、その態度に更に恐縮してしまいぺこぺこと頭を下げた。


「本当に申し訳ない。食器は弁償しますので……」

「そんなことはどうでもいい」

「は……?」

「テメェは父親だろ。ならさっさと追いかけろ」

「ですが……」

「二度も言わせるな」

「……ではこちらを置いていきます。弁償は後日必ず」


 その迫力に負けたのか父親は名詞をテーブルに置くなり慌てて店を出た。 


「暖簾は俺が片付ける。恋はそいつを頼む」

「うん……」


 ◇


 閉店して一時間後、帰宅する恋を優介が送っていた。

 時間はまだ九時過ぎでも女性一人は危険なので、こうして家まで送るのがお店を再開してからの日課になっていた。


「四季美島観光代理店店長、(こま)(むら)(ゆう)()……ねぇ」


 優介の右側を歩きながら恋が名刺を手に呟く。空気が綺麗な四季美島は夜でも月や星の輝きで字が読める程度には明るく、やはり最後の来客が気になっていた。


「あそこの店長は女だったろ」

「出世したんじゃないの。なんかやり手って感じだったし」

「代わりに派遣されたのか。どうりで見たことないおっさんなわけだ」


 仕事柄多くの住民とは顔見知りなので、知らない来客の場合は観光客か新しく引っ越してきた住人となるのだが、二人が気になったのはそこではない。


「でもユースケよく怒鳴らなかったね。せっかく作った料理台無しにされたのに」

「客が気にいらない料理を出した俺が悪い。よって怒る必要もない」

「そーゆーとこはプロだよね」

「当然だ。それより……」


 と、そこで優介の言葉が止まり小さく首を振った。


「いや、なんでもない」


 間違いなく何かあるのだが、付き合いの長さであえて追求しない。故に無言になっても嫌な空気にはならなかった。

 結局無言のまま恋の住むアパートの前に到着した。


「あの、お茶でも飲んでく?」


 気軽に誘っているつもりの恋だが、明らかに強ばった笑顔に優介は苦笑した。


「変な気を使うな。なんとも思ってねぇ」

「そんなつもりないけど……ならいいや。また明日」


 今度は自然な笑顔で手を振る恋だったが


「ほんと、バカなんだから」


 遠くなる優介の背に寂しげに呟いた。


 一日空いて日曜日。


 一一時から一五時までの昼営業を終え、一時間の休憩をとっている日々平穏に来客があった。


「あの……先日は本当に申し訳ありませんでした」


 休日にもかかわらずスーツ姿の駒村祐樹は来店してから何度も頭を下げている。

 店内のテーブルに座る駒村の前には優介が座り、恋と愛はカウンター席で遅い昼食をとりながら聞き耳を立てていた。


「それで、その……弁償の方を」


 面倒げに封筒を受け取る優介の表情が中身を確認するなり険しくなる。


「恋」

「なーに?」


 隣りに立つ恋に優介はその封筒を渡した。


「割れた食器代だけ抜いて、必要なら釣り入れて返しとけ」

「りょーかい」

「それではお詫びになりません。なにより食事代も――」


 一連の行動に戸惑う祐樹の言葉を、優介は不機嫌をあらわに遮った。


「詫びなんざいらねぇよ。こっちは食器代だけでいい」

「ですが……」

「客が満足いかない料理を出した俺の責任だ。故に代金もいらねぇ。俺がそう言ってるんだから問題ない。以上」


 ピシャリと言い切られてしまい祐樹は口を閉じてしまう。


「あの、ユースケは本当に怒ってないんです。だから気にしないでください」


 レジで差し引き計算していた恋がフォローをいれると、祐樹の表情から緊張が抜けてようやく笑みが浮かんだ。


「本当に申し訳ない。ですが、貴方の料理もとても美味しかったですよ。()(さぶ)(ろう)さんと変わらず、本当に美味しかった」

「……爺さんを知ってるのか?」

「もう十年は前ですか……妻と新婚旅行で島へ訪れた時に寄らせて頂き、楽しい時間を過ごさせていただきました。そういえば喜三郎さんとイチ子さんは隠居なされたのですか?」

「死んだ。去年二人ともな」

「……そうですか」


 途端にばつの悪い表情になる祐樹だが、気にした様子もなく優介は話題を変えた。


「それより訊きたい。ガキが言っていたママのカレーってのはどういうことだ」

「ああ……。その、なんと言いますか……」


 言いにくそうに顔を伏せる祐樹だが、何があったかおおよその検討がついている優介はあえて相手の言葉を待つ。


「僕の妻も、今年の初め交通事故で……」


 予想通りの返答なのか特に驚いた様子もなく耳を傾ける。


 祐樹の娘、恵美は本来素直で明るい子だったが、母の()()()が亡くなってから反発するようになったらしい。その後ここ四季美島に転勤となり父娘で引っ越し、美奈代が気に入っていた日々平穏に連れてきたのだが、効果はなく悩んでいると祐樹の口からポツポツと続けられた。


「……正直、あまり食事もとらなくなり、学校でも友達が出来ないようで心配で……。やはり父親に母親の代わりは出来ないのでしょうか」

「べつに代わりになる必要はないだろ。で、どうしてカレーなんだ?」

「カレーは恵美の大好物なんです。特に美奈代が作るカレーが大好きで……」

「なるほどな。立ち入ったことを訊いてすまなかった」

「いえ、こちらもこのような話しをしてしまって申し訳ない。あの、もし恵美に会っても怒らないでやってくれませんか」

「余計な心配だ」


 その後、何度も謝罪を入れる祐樹を見送ると、今まで我冠せずを貫いていた愛がようやく口を開いた。


「優介さま。あの人は裏メニューのお客様になりますか?」

「そのつもりだから色々訊いたんでしょ」


 恋も参加するが、優介はため息一つ。


「……さあな」


 いまいちのり気ではない答えだったが恋も愛も追求はしなかった。


今作は一話完結だったり長編ありと色々な構成で物語を進める予定なのでタイトルの数字は物語の話数、つまり『ネガイカレー』は三話で一話完結との形……と、一応説明をさせて頂きました。

読んで頂きありがとうございました!


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ