ココロヲニギリ1/6
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正直、当時の記憶はほとんどない。
それほど意味のない生き方をしていた故、この家での最初の記憶はここから始まる。
平日か休日か、そんなこともわからない日、俺は自室にあてがわれた何もない部屋で一人過ごしていた。
そんな俺に爺さんがムカつく笑い面で勝手に入ってくるなり『腹が減ってるなら食え』とにぎりめしを差し出した。
これまで色々な料理を出されては適当に食って適当に残していた気がするが、部屋にまで押しかけられたことにムカついて食べることなく皿ごと床に撒き散らした。
同時に目の前が真っ黒になるほどの衝撃を受け、大の字で倒れていた。
『一口食って気にいらんのなら料理人が悪い。だがな……食う前から粗末にするのはただの冒涜に過ぎん。このバカモノが!』
爺さんは激怒しそのまま部屋を出て行く。
『ごめんね優ちゃん。お爺さんが乱暴して』
気づけば代わって婆さんが部屋にいた。
『料理人にとって心を込めて作った料理を粗末にされるのは辛いんだね。分かるけど、暴力はいけないねぇ』
まるで独り言のように呟きながらにぎりめしを手に取り、一つ一つホコリを払いながら皿に戻していく。
『だからケンカ両成敗。わたしがお爺ちゃんを懲らしめといてあげるよ』
最後に、やっぱり笑顔で言い残し部屋を出て行った。
心を込めた料理、ただのにぎりめしになんの心がこもってるんだ。
ムカつく。
なにが心だ。
こんなのただのにぎりめしだろうが。
あざけ笑うつもりでにぎりめしを手に取り一口食った。
ホコリが残っていたのか口の中でじゃりじゃりとした感触で。
殴られた痛みで味なんか分からない。
もちろん料理人の心なんて分かるわけもない。
なのに……美味かった。
*
夏休みが明けた最初の水曜日。
「少しは落ち着きなさいよ」
「優介さま……優介さまぁ……」
日々平穏の二階にある優介の部屋で、正座して涙をぼろぼろ流す愛の背中を撫でながら恋が宥めるも効果はない。
「優介さまぁ……私を残して、死なないでください……」
「いや、死なないから。ね、ユースケ?」
「…………当然だ」
恋愛コンビに向けてドスの効いた声が返る。
「むしろもう治った。だからこんな大げさなことをするんじゃねぇよ」
「いやいや、あんた間違いなく、完璧に、病人だから」
恋が呆れるように優介は起き上がろうとしてふらつき、再び床に伏せてしまう。
発端はいつものごとく登校前に恋がここへ来てから。
『助けてください恋!』
玄関戸を開けるなり愛が泣きながら抱きついてきた。
あまりの錯乱状態に戸惑いつつも事情を聞けば、いつもなら一番に起きている優介の姿が居間にも庭にもなく、心配して部屋を訪ねれば布団から出てグッタリとしていたらしい。
声をかけても返事はなく、荒い息を吐くばかりの優介にパニックになっていたところに恋が来たので助けを求めたというわけだ。
それを知った恋は泣きじゃくる愛に渇を入れてすぐさま行動。日々平穏を飛び出し近くに住む医者を連れてきた。
診察の結果――過労だった。
まあ当然の結果だろう。
学生の身でありながら一定食屋の店主を務めほとんど休みを取らず、数少ない休暇は学業や料理修行に当てる過密スケジュールをこなしているのだ。加えて夏休みという長期観光シーズンを乗り切った気の緩みがあったのかもしれない。
医者の診断ではむしろ今まで倒れなかったのが奇跡だと言っていた。だが、その珍しい状況に愛はパニックを起こしてしまった。
冷静に落ち着いた対応をした恋も飛び出した際何度も転んだり、寝ていた医者を力ずくで連れてきたりする。ここへ到着した医者がパジャマ姿だったのがその証拠だ。
「とにかく学校はダメね。いい機会だからゆっくり休みなさい」
「…………仕方ない。まあ今日は定休日だしちょうどいい」
「あんたねぇ……こんな時くらいは仕事のこと忘れなさいよ」
「断る」
「はぁ……でも、こんな時に限って好子さんが留守なのも困ったわ」
今は点滴を打ってもらい落ち着いているが一人にするのは心配だ。
なのにここに住む唯一の大人で専業作家の好子は昨日から仕事で本土に出かけていて、帰るのは早くとも今夜の予定。
もし居てくれれば安心して優介を任せられるのだが――
「それよりも、お前らはもう学校へ行け。いい加減出ないと遅刻するぞ」
「……そうね」
本当は学校を休んで看病をしたいが優介も小さな子供じゃない、なによりそんな気遣いを喜んでくれるタイプでもないと後ろ髪を惹かれる思いで恋は立ち上がった。
「愛もそろそろ泣き止んで。ほら、おっきして学校行くよ」
今だグスグスと座ったままの愛に手を貸したが――払い除けられた。
「……私は休みます」
「はぁ? なに言ってんの。ユースケも学校行くよう言ってんだから……」
「言われました。ですが従えません。私はここで優介さまの看病をします」
その言葉に恋は少しだけ感心する。優介が心配とはいえ彼の言葉には絶対服従の愛が自分の意思を口にしているのだ。
正直気に入らない相手だが同じ職場で働く者として、彼女の成長は嬉しく――
「夫の看病は妻の務め。故に冷血な恋はとっとと学校へ行きなさい」
思えなかった。
「冷血って何よ! ていうか誰が夫で妻だってっ?」
「私と優介さま以外の誰が?」
「あんたねぇ……いいわ、あたしも学校休むから!」
「空気の読めない泥棒犬は困りますね。いいから夫婦の愛の巣から消えなさい、永遠に」
先ほどまで助け合い優介を心配していたとは思えない、いつもの恋愛コンビで言い争いを始めてしまう。
ただでさえ体調が悪いところに、枕元でやられては優介もたまったものじゃない。
「…………いいから二人とも行け」
「さっきは『助けて~恋~』って泣きながら――!」
「どこのあび太くんですか! 私があなたに助けを求めるなど――!」
「テメェら……」
「恋こそそのスカートの汚れはどうしました? は、大方優介さまの気を引こうとドジっ子アピールのつもりですか」
「違うわよ! これは――」
「いいかげん……」
「だいたい愛はいつも――!」
「そもそも恋はいつも――!」
「静かにしやがれぇぇぇぇぇ――!」
恋愛コンビの言い争いは優介の病態に鞭打った叫びにより終了を迎えた。
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