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オモイデレシピ  作者: 澤中雅
レシピ1 サンニンレシピ
17/365

アイジョウタコサン7/8

アクセスありがとうございます!



 愛を教師に再びリナの料理修行は始まった。


 予想通りリナはとにかくオリジナルを求める傾向があるも、調味料の使い方を科学的に説明すれば改善できた。どうやら頭の回転は速いらしい。

 調理技術に関しても整備された器具を使えばそれなりに改善された。やはり日々平穏にある器具との使い具合の差に問題があったようだ。


 そして終業式を明日に控えた水曜日。


「……どうかな?」


 緊張した面持ちでリナが息を呑む。

 テーブルに並べられた色とりどりのおかずは少し焦げていたり歪な形はあれど、これはリナが愛の助言無しに一人で作り上げたものだ。

 今は最終試験として愛が一つ一つ味見をしている最中。

 加えてこの四日間の濃密な努力はほとんどの指に張られたバンソーコーが物語っているので緊張しないはずがない。


「味付けが少し濃すぎます。から揚げも粉っぽい」

「しょぼーん」

「……ですが、先週までカップ麺しか作れなかった人にしては上出来ですね。これくらいのミスは誤差内、問題ないでしょう」

「じゃあ……?」

「よくできました。はなまるです」

「やったぁー! ありがとう上條さん!」


 歓喜にぴょんぴょん跳ねるリナに愛も微笑ましく拍手を――するでもなく、冷ややかな視線を向けた。


「ホコリが舞うのでやめてください」

「あう……ごめんなさい」

「なによりぶるんぶるん揺れるうざったい脂肪の塊が目障りです。なんですか、これは中途半端な乳を持つ私に対するあてつけですか」

「なんでそー悲観的になるの!」


 両腕を組みリナは顔を赤らめツッコミを入れた。セクハラ紛いな指摘もこの四日間で何度入れられたことか。


「ですが結局、四本足ですね」


 そんなリナを無視して愛は皿に乗っているウィンナーを箸で摘まむ。赤いウィンナーにゴマの目と口、だがその足は四本しかない。


「だって……いくら包丁が切れやすくても、こんな小さいウィンナーに四本も切れ込みいれるなんて無理だよ」

「仕方ありません。ここは今後の成長次第でしょう」


 特に咎めるつもりはないのか愛はウィンナーを口にして箸を置いた。


「頑張ります……。あ、そうだ。ねぇ上條さん、結局愛情たくさんのタコさんウィンナーってなんだったの?」


 これは料理修行が始まる前に愛が口にした言葉だ。

 優介を好きになった理由らしいが、リナはいまだ教えてもらっていない。

 そもそも以前お弁当のメニューを決めた時も『お弁当の定番といえばタコさんウィンナー』だと強く熱望したのも彼女だった。


「愛情タコさん、愛情たくさん……ふふ」

「だ、ダジャレ……? もしかしてそれが言いたいだけじゃないよね?」

「そんなわけありません。そもそも、お教えするのはあなたが明日、綿引琢磨にお弁当を手渡し告白することが条件でしょう」

「そっか……あ、明日、いよいよリナ……」

「そしてさっさとフラれること」

「うにゃぁぁぁ! だからフラれる前提で話すな! こうなったら絶対カップルになってラブラブなとこ見せ付けてやるんだから!」

「ええ、その意気です」


 発奮するリナに愛は微笑み返した。

 同時に来客を告げるベル音が鳴り、リナは慌てて玄関に向かい愛は一人になる。

 これでリナの件はひとまず終了。

 後は本人次第なのでもう愛の出る幕はない。


「さて、どうしましょう……」


 だが自身にはまだ重大な問題が残っていた。

 優介の意向に背き、仕事を休んでまでリナに関わったことをどう謝罪するかだ。

 あの夜以来、愛は優介とほとんど会話をしていない。

 同じ場所に住んでいるので顔をあわせなくはないが、もともと互いに口数が少ないので食事で顔をあわせても話題に上がらない。間違いなく愛がなにをしているか気づいているのに何も聞いてこない。

 優介は関わるなと言った。

 でも愛は少しでいいから気にして欲しかった。

 もしかしたら相当怒っているのかも知れない。しかし元々不機嫌そうな顔をしている優介なので、どう思われているかが読み取れない。

 もしもう必要ないなどと言われたら……そんな心配ばかりが募ってしまう。


「――なーに辛気臭い顔してんのよ」


 だが愛の不安はここで聞くはずのない能天気な声に吹飛ばされた。

 いつの間にか恋がいた。

 制服姿で、いつのもような愛嬌ある笑顔を浮かべている。


「えっと……なんか宮辺先輩が来てて、入れて欲しいって」


 意外な来客にリナも混乱しているが気にした様子もなく、恋はテーブルに並べられているおかずを見るなり勝手に手で摘まみ口にしている。


「ほうほう……うん。美味しく出来てるね、鳥越ちゃん頑張った頑張った」

「え、そうかな? ほんとに美味しい?」

「うんうん! 前のお弁当よりも全然美味しい」

「あ、宮辺先輩食べたんですね……」

「それより答えなさい! なぜあなたがここにいるのです!」


 自由奔放な恋の振る舞いに愛が怒り任せに叫んだ。

 その迫力にリナは震えるも普段から言い争っている恋は平然とした表情で


「んじゃ、このおかずお弁当箱に詰めようか」


 そんなことを言ってきた。


 ◇


 恋の提案に愛は言うまでもなく反論した。


『よく知んないけどユースケにそう伝えてこいって頼まれたの』


 だがその口説き文句が愛を黙らせ、リナに従うようお願いさせた。

 仕事を休んで協力してくれた愛と、師匠として料理を教えてくれた優介の指示に訳がわからなくもリナは頷くしかなかった。

 そして恋について歩くこと一五分、到着したのは日々平穏。


「つれてきたよー!」


 相変わらず我が家のように裏玄関から中に入る恋に続いて、これまで一切何も聞かされてないままの愛とリナも居間へ。


「ご苦労。とりあえず座れ」


 水曜日は休業のはずなのに優介は仕事着姿で腕を組んで座っていた。


「あの、優介さま――」

「俺は座れと言った」

「……はい」


 とにかく事情を知りたい愛だが、もう一度言われて素直に従う。

 リナも『相変わらずエラソーよね』と悪態を吐きながらもちゃぶ台前に座る。


「さて、上達の方はどうだ」

「美味しく出来てたよ。さすが恋する乙女って感じ」


 いきなりの質問にポカンとなる二人に変わって恋が答えた。


「なぜお前が答える……つまみ食いか」

「あったり~」

「他所様の家で……まあいい。上手くいったなら結構、愛は返してもらうぞ」


 その言葉に愛とリナが目を見開くが、優介はため息一つ。


「上手く作れるようになったならもういいだろ、さっさと愛を返せ。白河使えねぇんだ」

「あの優介さま……怒ってないのですか?」

「怒る? なぜ俺が怒る必要がある」


 緊張の面持ちで愛が訊ねれば、面倒げに返されてしまった。


「夏休みに入ればもっと忙しくなる。これ以上バカ弟子に愛を監禁されちゃ迷惑だ」

「バカ弟子ってなに――て、またマジ泣きっ?」


 反論しようとしたリナは怒りも忘れて驚いてしまう。隣に座る愛がまたもや瞳からポロポロと涙をこぼしていたからだ。


「愛ってほんと泣き虫だよねぇ」

「黙りな……グス……さい」


 恋に茶化されても涙は止まらない。怒らせたと心配していたところに必要だと言われれば感極まるのも無理はないが、愛の本性を知らないリナは戸惑うばかりだ。


「えっと……ね、言ったじゃない。嫌われてないって」

「はい……優介さま、これからもあなたの妻として精進いたします」

「妻じゃないだろ……。まあいい、本題に入るぞ。おいバカ弟子」

「なによ陰険師匠」

「……相変わらず口の減らないチビだ」

「そっちこそ相変わらず口悪い」

「愛のおかげで上手く作れるようになったようだが……」

「あ、なるほど。師匠として弟子の上達振りが気になるんだ。いいよ」


 一人納得したリナは得意気にお弁当の包みをちゃぶ台に置いた。


「本当は一番に綿引先輩に食べてもらいたかったけど、師匠にもお世話になったし卒業試験代わりに食べさせてあげる」


「卒業試験か……まあ、間違ってはないな。恋」


 だが優介は包みに手をつけず恋を呼ぶ。

 それだけで理解した恋は厨房へ向かい、重箱を二つ手に戻ってきた。


「そっか。リナの重箱置いたままだった。返してくれる……ん? でもこれってリナが借りた重箱だよね?」


 ちゃぶ台の上にあるのはリナが失敗作として持ってきた藍色の重箱と、愛に作ってもらったお弁当を入れた朱色の重箱。


「開けてみろ」


 首をかしげながらもリナは自分の重箱を開けて――驚愕した。


 重箱に詰められているのはこげた卵焼きとハンバーグ、水切りが不完全でベチャベチャな野菜。つぶしが甘くてダマの多いポテトサラダ。

 無言で二段目を開けるとやはりおにぎり類、これも記憶にある不恰好な形をした――


「……どうして?」


 蓋を手にしたままリナは混乱する。

 このお弁当は間違いなく以前自分が作ったお弁当だ。

 しかしこのお弁当を作って既に五日も経っているのに、中身はまるであの日から時が止まったままのように作りたてのものばかり。

 ならばこれは誰かが先ほど作り上げたものになる。だがどれだけ料理が上手い者でも、これほどまで完璧に再現できるはずがない。


「どうしてこれがここにあるの? え? なんで?」

「俺が作った」

「師匠が……? そんな、いくら師匠が料理上手だからってこんな……」

「ちなみにこっちもユースケが作ったんだよ」


 混乱するリナに向けて恋が朱色の重箱を開けた。

 そこには全く同じおかずが同じ位置に並べられている。ただ出来栄えは比べものにならないほど完璧なお弁当だ。


「優介さま……まさか」


 リナは知らないから混乱する。

 だが愛は知っているから驚きこそすれ納得できる。

 使ったのだ。

 ココロノレシピで優介がリナのお弁当を再現したのだ。


「そ、あたしからレシピを読み取ったの」


 予想を確信にさせるよう恋が答えた。

 確かにあのお弁当を恋が食べていれば再現できる。

 しかし意図が分からない。

 優介が何を考えているのか愛は分からなかった。


「卒業試験の前に師としてバカ弟子に、料理においてもっとも大切なことを教えてやる。愛、こいつを黙らせろ」

「わかりました」


「え? なに? ふにゃぁぁぁ――っ!」


 全く分からないが、優介の言葉は絶対の愛は条件反射で従った。


 ◇


 しばらくして居間から店内を覗きつつ愛は首をかしげていた。


「優介さまはなにをするつもりなのでしょう」

「なにって、賢いあんたならもうわかってんじゃない?」


「むふぅー!」


 同じように覗いている恋がため息を吐く。

 二人の視線の先で優介は店内のカウンター席に座っていた。


「おおよそ。ただ、どうして今このタイミングなのかが分かりません」

「やっぱり。愛ってさ、ユースケのこと見てるようで見えてないこと多いよね」


「ふみゅー!」


「なんですかその顔。自分ばかり理解しているような顔、ムカつきます」

「理解できちゃうから仕方ないじゃん」


「うむむむっ!」


「気にいらない。あなたの存在そのものが気にいらない」

「だいじょーぶ。あたしもあんたの存在気にいらないから」


「むぅむぅむぅっ!」


「「静かにして(ください)!」」


 小声で言い争っていた二人は同時に声を荒げた。

 振り返れば両手両足をロープで拘束され口をタオルで塞がれたリナの無残な姿。


「優介さまに黙れと言われたのをお忘れですか」

「ごめんだけどちょーっと静かにしててね」


「うむー! むぅむぅ……むぅぅぅ!」


 頼まれても突然の拘束にリナは黙るはずもなく、むしろ海老が跳ねるようにジタバタ暴れている。


「……なにを言ってるのでしょう?」

「さぁ? でもタオル取ったらうるさそーだし……あ、スマホ渡してあげたら」

「なるほど。メモアプリですね」


 恋の提案に愛はポケットからスマホを取りだし、アプリを開いてリナの手に乗せる。

 ようやく自分の意志を伝えられるとリナは拘束された左手で器用に素早く文章を打ち、これまた器用にディスプレイを愛に向けた。


 なんてことすんのよ! ほどけー!


「解けばあなたは暴れるでしょう?」


 あたりまえだー!


「なら却下です」


 なぜ! そもそもなにがはじまんの? ていうかなんでりなのおべんとうがあるの!


「それは……」


 文章を読み愛は口を閉じた。

 これから何をするか予想はできるが、それを説明するにはココロノレシピについて話さなければならない。ココロノレシピを知った上で説明しないと納得しないだろう。


「ユースケ教えてもいいって」


 だが同じく文章を読んでいた恋が心配を他所に告げた。


「なんだかんだ言ってて嬉しかったのよ。師匠って呼ばれるのとか、弟子ができたこと。だから知ってもらいたいんじゃないかな? 師匠として弟子に料理に対する気持ちを」

「ですが……」

「もし鳥越ちゃんが誰かに話したら愛の責任だって。もう二度と愛のお弁当にはタコさんウィンナー入れないって言ってたよ」

「――――っ」


 その言葉に衝撃を受けた愛はカッと目を見開き、睨みつけているリナより更に鋭く、冷ややかに睨み返した。


「鳥越リナ……これから説明しましょう。ただし、この秘密を誰かに話してみなさい……私は全力であなたという存在を排除します」


 その迫力にリナはスマホを落とし涙目で何度も頷いた。


「よろしい。まずは、優介さまがあなたのお弁当を再現した方法についてですが――」


 五分後、拘束を解かれたリナはただ驚愕するばかりだ。


「……そんなのって信じらんない。相手の目から作り方読み取るだけで再現できるなんて……しかも作った人の想いまで再現できるなんてどんなファンタジー?」

「出来るのだから仕方ないでしょう。では、あなたはあのお弁当をどう再現できたか説明できますか?」

「……むり。それこそ、そんな力がないとできっこない」

「そうでしょう。なら無理矢理納得なさい」

「うん……じゃあさ、そんなすごい秘密をリナに教えて師匠は何するつもりなの? どうしてリナのお弁当なんか再現したの?」

「それは実際見てなさい。ただし、騒げば亀甲縛りで川に叩き落すのでそのつもりで」

「ひどっ――はい分かりましたリナはお口チャックしてます」


 ジロリと睨まれリナはコクコク頷いた。

 相変わらずカウンター席に座る優介を今度は三人で覘いていると店内玄関が開いた。


「おーす! 来たぞー」

「おせぇ」


 入ってきた孝太に苛立ちをあらわに優介は立ち上がる。


「いや、だって部活終わらないと誘えねぇし」

「白河使えねぇ……」

「酷いっ! いや、まあいいや。お望みどおり連れてきたぞ」


 続いて入ってきた人物にリナは声を出しそうになり、慌てて両手で口を塞いだ。

 孝太と同じ撫子学園の制服を着た色黒で短い髪のスポーツマンといった爽やか系の顔立ち。


 それはリナの想い人である綿引琢磨だった。



 *


 ――祖母の葬儀が終わるなり早々に両親は帰ってしまったが、私は大事をとりもう一泊して姉に送ってもらう事になった。


 本当は体調の心配よりも、鷲沢優介とお話がしたかった。

 けれど彼は忙しく、姉と共に帰って来たのは夜遅くでその機会はなかった。

 そして翌朝、ようやく会話をする機会が訪れた。

 姉の車に乗る僅かな時間、見送りに出てくれた。


『あの、この度は本当にありがとうございました』


 色々聞きたいことはあったのに、時間もなく結局お礼しか伝えられない私に彼は小さな包みを二つ差し出した。


『感謝は必要ないと言ったはずだ。まあいい、弁当だ。車の中で好子と食え』

『もしかして手作り……ですか?』

『嫌なら返せ』

『そんなこと! ありがとうございます』


 昨夜も遅く帰ったというのに、朝早くに起きて作っていただいた物を嫌だとは思えない。だから私は慌てて受け取った。


『気にするな。機会があればまたな』

『はい。あの……あなたはこれからどうするのです?』


 共に暮らしていた祖父母を亡くし、この家で一人どうするのか。

 また会う機会などあるかわからずそう訊ねていた。


 そして、出来ればまたお会いしたい気持ちが私の心を埋めていた。


 でも彼は何も答えず、そのまま見送られて姉の車で家へと向かった。


『お姉さま、あの人はこれからどうするのでしょう』


 代わりに運転する姉に尋ねるが、やはり『さあね』と返されてしまう。


『でもま、私はもう少しだけあそこに住む予定。優介のこともあるしね』

『あの……聞いてもよろしいでしょうか』

『ん~?』

『お姉さまは、あの人のことをどこまで知っています?』

『さあねん』

『お願いします。教えてください』

『でもね、優介の過去は優介のモノ。いくら親戚だからって簡単には話せないんよ』


 確かにもっともだ。

 でも、どうしても知りたくて何度も何度もお願いした。

 そして根負けした姉は『愛は婆ちゃんから受け継いだ当事者でもあるし、いっか』と笑ってくれた。

 どうして姉がこの能力を知っているのだろう?

 どうして祖母から受け継いだのを知っているのだろう?

 疑問だらけの私は、姉から聞いて彼の過去を知った。そして彼も祖父からある能力を受け継いでいることを知った。


 そしてあの時……父に問いただした言葉の重さを知った。


『ほんと、バカな子だよ』


 姉は笑っているが私は笑えない。

 祖父を亡くした彼にとって祖母は唯一の家族だった。

 愛していたのだろう。

 愛されていたのだろう。

 なのに祖母が最期まで気遣っていたのは自分ではなく、私だと言ってくれた。

 自分の口で、もっとも聞きたくない残酷な言葉を私を守るために口にした。


『お腹空いたね。優介のお弁当でも食べよっか』


 知らず涙を零していた私には触れず、姉は車を止めて明るく告げた。

 でも、私はそんな気になれず彼から渡された包みを持ったまま泣いていた。


『つーか、優介も可愛いとこあるね。愛も食べないと作ってくれた人が可哀相だよ』


 それでもこのまま腐らせては、それこそ申し訳ないとぐちゃぐちゃな気持ちで包みを、そして蓋を開けた。

 何の変哲もないお弁当。

 おにぎりとたまご焼き、そして八本足のタコさんウィンナー。簡単なお弁当だけど、私には宝石箱のようにキラキラと輝いて見える。

 その中でもより一層輝いて見えたタコさんウィンナーを箸で摘まむ。

 これまで両親は仕事でほとんど家にいないので店屋物が多く、または簡素な病院食ばかり食していたからシンプルながらも手の込んだタコさんに惹かれたのかもしれない。

 彼はなにを想い、この細工をしたのだろう?

 包丁を入れながら、どんな想いを込めたのだろう?


『優介は気にしてない。だからさ、大好きな婆ちゃんにお別れを言ってくれた愛に感謝の気持ちを込めてくれた』


 心を見透かすように姉が教えてくれた。

 そして私はようやく彼の言っていた自己満足を理解した。

 私に大好きな祖母へお別れをして欲しい……なんて不器用な優しい、自己満足だろう。


『じゃなきゃ、ただのタコさんウィンナーがこんなに美味しいハズないっしょ』


 姉の微笑みに促され、私もタコさんウィンナーを口にする。

 細工されていてもただのウィンナー。


 なのに、これまで食べたなによりも美味しく……優しい味がした。




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