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オモイデレシピ  作者: 澤中雅
レシピ1 サンニンレシピ
16/365

アイジョウタコサン6/8

アクセスありがとうございます!



 翌朝、一一時開店なのに相変わらず二時間も早く恋が顔を出した。


「おっはよ~! て……ユースケだけ?」


 いつもなら優介にベッタリな愛が居ないことに恋は首をかしげてしまう。


「まあな」

「ふ~ん……なんか買出しとかあった」

「あいつはしばらく休む」

「愛が休み……もしかして体調崩した?」

「ただの野暮用だ」


 心配気に問いただす恋は、その返答で理解したのか表情をほころばせた。


「そっかそっか」

「なに嬉しそうにしてんだ」

「わかってるくせに。そっかそっか、やっぱ愛って単純……ん?」


 優介の肩をバシバシ叩いていた恋だが、徐々に顔が青ざめていく。


「よく考えたら当分あたしだけじゃない! この忙しい時期に一人で接客すんのっ?」

「白河でも呼べばいいだろ。使える使えないは別として」


 だがその提案にすぐさま落ち着きスマホを取り出して。


『――宮辺か? なんだよこんな朝早く』

「コータ? 悪いけどさ、今日からしばらくシフト入って」

『はぁ? なんで?』

「愛がしばらく休むの。ほら、今日から忙しくなるのにあたしだけって大変じゃない」

『愛ちゃんが……もしかして体調悪いのか?』

「ううん。急病じゃなくて急用、だから当分シフト入って」

『でもな、急すぎて俺も予定が……』

「上段回し蹴りからのカカト落とし、それかお給料稼いで楽しーい夏休みのどれがいい?」

『今すぐいきます!』


 通話終了。


「コータ大丈夫だって」

「…………えげつないな、お前」



 そんな会話が日々平穏で行なわれている中、愛は住居区を歩いていた。



 日差し対策として被っている白い麦藁帽子に手を添えて真新しい一軒家の前で立ち止まる。ここは鳥越リナの住む家、昨夜住所録で調べていたので迷うことなく到着できた。

 初めて赴く家でもそこは愛、躊躇なくインターフォンを押して待つ。


「……上條さん? どうしたの、こんな朝早くに」


 玄関が開くとリナが出てきた。起きたばかりなのかラフな格好で髪も乱れている。

 しかし彼女の瞼が腫れていることを愛は見逃さず、予想通りとため息一つ。


「おはようございます」

「おはよう……じゃなくて、どうしたの? わざわざリナの家に来るなんて」

「お話があります。暑いので中に入れてください。麦茶で結構です」

「…………相変わらずだね。いいよ、入って」


 呆れながらも中に招き入れたリナは一度身支度を整えに自室へ向かい、愛は通されたリビングに正座して待つ。


「お待たせ。それで話ってなに?」

「お家の方は留守ですか」


 用意された麦茶に目もくれずいきなり愛は確認した。


「パパとママなら仕事。観光会社で働いてるから休日とか関係ないんだ」

「なるほど……それは好都合ですね」

「な、なに? リナなにかされるのっ?」


 向かいに座る愛の含み笑いにリナは若干引いてしまう。


「あなたに料理修行を行なってもらいます」


 だがその宣言にリナの表情が強ばった。


「……どうして。もう先輩とのデート終わったよ」

「終わってないでしょう。あなたはまだ告白していません」

「それは……でも、それと料理するのに何の関係があるの? 大丈夫、昨日はダメだったけどまだチャンスは――」


「あなたも納得いってないのでしょう」


 途端、饒舌だったリナの口が閉じられた。


「昨夜あなたは嘘をつきました。綿引琢磨に美味しいと言われて嬉しい? そんなハズありません。あのお弁当はほとんど私が作りました。あなたの想いが少しもこもっていないお弁当を喜んでもらえて、なにが嬉しいのです」

「うぅ……」

「そもそも見栄えが悪いという己の体裁を気にして他所に援助を願うことも気にいりません。ならばなぜ優介さまに弟子入りしました? あなたは自分の力で作り上げたお弁当を綿引琢磨に食べてもらい、喜んでもらおうとしたのでしょう。当初の目的も忘れて失敗して一人で勝手に傷ついて、あなたは何様ですか鳥越リナ」

「もしかして上條さん……怒ってる?」


「怒っています!」


 言葉通り愛は怒り任せにテーブルを叩く。麦茶の入ったグラスが揺れてもお構いなしだ。


「今回の一件は気にいらないことばかりです。優介さまが私以外に優しくするのも、その為に貴重な時間を割いたのも、恋の勉強をみるなどと敵に塩を送らねばならぬ行為も全て気にいりません。挙句に……優介さまのお言葉に背き……このような……」


 一気に捲くし立てたと思えば、急に瞳からポロポロと涙が零れた。


「嫌われました……このような我がままで仕事を疎かにするなど呆れられています……きっと怒っています……」

「マジ泣きっ? え、なんで? どーして上條さんが嫌われてるの?」


 さすがの事態に慌てるリナに、愛がポツポツと昨夜のことを口にした。


「…………いや、そんなことで嫌わないんじゃないかな」


 その内容に呆れるが、愛はキッと睨みつける。


「そんなことではありません! そもそも元凶であるあなたに言われたくありません!」

「ごめんなさいっ?」

「気にいらない。あなたの存在そのものが気にいらない。身長が一四五センチしかないくせにその無駄にでかい胸が気にいらない」

「そこ否定っ?」

「なんですか、ちびっ子いクセにDカップなどと、どこのマニア受けを狙っているのですこの変態ロリ巨乳」

「なんでリナのサイズ知ってんのっ? ていうかロリ巨乳はともかく変態ってなによ!」

「あなたが綿引琢磨に惹かれた理由を知っています。昨年、学園の下見で四季美島に訪れ迷子になっていた綿引琢磨を学園まで案内したのでしょう。その後入学した綿引琢磨と再会、彼の人柄と優しさ、なにより二度に及ぶ出会いに運命を感じた。違いますか?」

「なんで知ってんのっ?」

「ですがそれは表向きの理由。実は水泳部の見学に行った際、彼のしなやかに鍛え上げられた肉体の美しさが決定打。この筋肉フェチロリ巨乳」

「だからなんで知ってんのっ?」

「私やれば出来る子なんです」

「やれば出来る子の領域超えてるよ!」

「とにかく、夏休みになればチャンスもなにもなくなります。これから終業式の木曜日までもう一度修行してリベンジなさい」

「短いしっ! 今日入れて四日しかないよっ?」

「私も早く仕事に復帰したいのです。そもそも料理は正しい調味料を正しい分量加えればそれなりに美味しくなります。基礎は優介さまに教わっているので見栄えもそれなりになるでしょう。ようはあなたの好奇心旺盛なクサレ根性とちゃらんぽらん精神さえ改善すればいいだけ」

「酷い言われようだよ……。で、でもそっか! なら短時間でも師匠みたいな料理がリナにも作れ――」


「優介さまを侮辱するな! あくまでも平均ギリギリが精々です!」

「ごめんなさいちょーしのりました!」


「わかればよろしい。いいですね? もう一度、今度は自分の力でお弁当を作り告白するなりしてさっさとフラれてしまいなさい」

「フラれること前提っ? モチベーション上がらないから!」


 怒涛のツッコミに疲れて肩で息をしていたリナだったが、ふと疑問が浮かぶ。


「ねぇ、どーしてリナに協力してくれるの? 師匠に……まあ嫌われてはないだろーけどさ、そこまでして協力してくれる理由がわかんない」


 いつの間にかケロッと普段のすまし顔に戻っていた愛はどうして協力するのか、名前すら覚えていなかったクラスメイトにそこまでしてくれる義理はないだろう。


「納得いかないのです」

「納得いかない?」

「私が作ったお弁当で……お弁当で想いが伝わらないのは……我慢できない。そんな感じでしょうか?」

「リナに聞かれても……」

「それよりもどうしますか? ここで私が強引に教えてもお弁当に心は宿りません。あなた次第です、あなたが綿引琢磨に喜んでもらいたい……その気持ちがなければこうして訪れた意味がありません。この修行、受けますか? 受けませんか?」


 愛の問いかけにリナは思い出す。昨日、琢磨にお弁当を食べてもらったとき、美味しいといってくれた笑顔。嬉しいはずなのに、心がモヤモヤして素直に喜べなかったこと。

 わかっていた。

 その美味しいという言葉も、向けられた笑顔も自分に対してではなく、お弁当を作ってくれた愛に対してだということに。

 だから告白できなかった。モヤモヤした気持ちが躊躇わせた。


「……お願い。リナに料理教えて」


 このモヤモヤした気持ちを打ち消せれば今度こそ告白できる。ならば断る理由はない。


「よろしい。ではまず、台所に案内してください」


 リナが気合いを入れて案内したシステムキッチンは真新しく、広々として日々平穏の厨房に比べて遜色ない。

 だが愛は料理を始めるではなく、包丁や鍋などの調理器具を一つ一つ確認し始めた。


「……どうやらあなたのお母さまは、余り料理をなさらないお人のようですね」

「うん、仕事忙しいし得意じゃないから。でもどうしてわかったの?」

「器具が痛んでいるのに放置しているからです。見てください、この包丁」


 愛は包丁を一本手に取り刃の部分を指差した。


「少し刃こぼれしています。もし料理をする方であれば見過ごすはずがありません。鍋にしてもそう、テフロンが剥がれていて焦げやすくなっています。あなたもここで料理をした時にやりにくかったのではありませんか?」


 その指摘にリナは昨日のお弁当作りを思い返す。

 野菜を切るときも、たまご焼きを作るときも日々平穏で教わるよりも上手く出来なかった。


「優介さまに基礎を教わっていながら、あのようにぐっだぐだな出来栄えになったのもこのような器具をそのまま使用した為でしょう」

「ぐっだぐだって……まあその通りだけど」

「これではお話になりません。器具の整備、使えない物は買い直す。そうですね、まずはお買い物にいきましょう」

「でも……リナあんましお小遣い残ってない」


 昨日の食材と特訓中に使用した材料も自腹なので中学生のお小遣いでは痛い出費、故に顔を伏せるリナだったが愛は平然と提案した。


「私が出します。もちろん返済してもらいますから、ちなみに無利子です」

「でも……」

「普段は外出しないひきもこもりなので、これまで頂いたお給料も結構貯まっています」

「そんな悲しいカミングアウトされても困るけど……うん、絶対返すからね!」


 こうして二人は商業区に向かい、日々平穏ご用達の金物屋で包丁研ぎを頼み、ショッピングモールで新しい鍋やら練習用の食材を購入した。


 そして昼過ぎ――


「……申し訳ありません」


 愛は鳥越家のリビングにあるソファーで横になっていた。買い物から戻った途端、体調を崩してしまったのだ。


「気にしないで。上條さん体弱いのに連れまわしちゃったリナが悪いんだから」


 扇風機と冷えたタオルを用意しながらリナが申し訳なさそうにしている。


「よく考えたら体育とかよくお休みしてるもん。でもそんなんでよく定食屋で働いてるね、ほとんどお休みないんだよね?」


 確かに愛の身体で定食屋の仕事は激務、しかも決められた休暇しかもらわない。

 だがこれはレシピノキオクを所持することで日々平穏なら回復力が早いゆえの相乗効果だった。

 この能力は謎が多く、愛だけでなく恋も気にしているが先代がもうこの世にいないため詳しくはわからない。


「……それは優介さまを愛する力でカバーです」


 そしてこの能力については秘密にしているので嘘をついた。

 まあ愛は本気で思っている節もあるのだが、リナもこんな理由にならない理由に納得したようで表情をほころばせる。


「さすが上條さんだよ。あのさ、ちょっと気になってたんだけど、どうしてそんなにも師匠のことが好きなの?」

「ちょっとのことなら話す必要はないでしょう」

「ごめんなさい凄く気になります! ていうか、よく考えると苗字違うのにどうして一緒に住んでるの? そもそもなんで師匠は学生なのにお仕事してるの?」

「…………あなた、ここの出身ではないのですか?」

「え? あ、うん。リナ、元々本土に住んでたから。二年生の時に引っ越してきたの、上條さんが転校してくるちょっと前」


 何も知らずに無邪気に聞いてくるリナに愛は安堵の息を吐いた。

 彼女は知らない、優介の過去や働く理由。

 この内容は島ではタブーとされて話題にならないよう、住民らの間では暗黙の了解とされている。


「知る必要はないでしょう。優介さまの過去を、他者が話すなど不誠実です」


 故に愛も話さない。

 優介の過去は優介のモノ、いくら親戚でも簡単に話すわけにはいかない。


「そっか……。でもさ、上條さんが師匠のこと好きになったキッカケとかならいいじゃない。リナのだって知ってるんだしさ……なんでかわかんないけど」


 確かにそれなら関係ない。愛の気持ちは愛のモノ、自分さえよければ話しても問題ない。


「優介さまの優しさと、愛情たくさんのタコさんウィンナー……ですかね」

「タコさんウィンナー……? えっと、もう少し詳しくお願い」

「嫌ですよ。面倒くさい」

「酷いっ!」

「知りたければまずお弁当作りに精を出しなさい。上手く作れるようなら教えて差し上げなくてもなくもなくもなくもないです」

「なくもなくもなくも……それって教えないって意味じゃない!」


 わざわざ指折り数えてリナが激怒する。

 その様子がおかしくて、愛は微かに笑った。


「さて、どうしましょうか」

「もー! リナが上手にお弁当作れたら絶対教えてよね?」


 そして微かな笑みを絶やすことなく頷いた。



 *


 ――四季美島に到着したのは夜遅く。


 祖母の通夜は既に始まっていた。


『愛っ!』


 重く暗い空気の中、突然現れた私と鷲沢優介に父が怒りをあらわに詰め寄った。

 祖母の友人であろう島の住民が居るにも関わらず家にいるはずの私の登場に言葉を荒げ、更にはその矛先を鷲沢優介にまで向けた。


『なにを考えているんだ!』


『母が亡くなったというのに顔も見せず勝手なことを!』


『拾われ者のクセに恩を仇で返して!』


 次々出る罵倒に私はようやく彼について何も知らないことに気づいた。

 突然祖父母の家で暮らし始めた、名字の違う新しい家族はどういった経緯でここにいるのだろう?

 でも確かなことは父の言葉がとても酷いもので、彼を傷つけていることは理解できる。

 祖母の眠る棺桶の側に座る姉の怒りの表情と、その隣にいる私と同年代らしき少女の悲しみと憎しみに満ちた瞳が父に向けられているからだ。

 それだけじゃない、母を除く島の人々も彼ではなく父を腫物を見るような目でいるから。


『母の気持ちを考えて行動したらどうだ!』


 だが父がその言葉を口にした瞬間だった。


『うるせぇ黙れ!』


 これまで平然と、むしろ笑みを浮かべる余裕で誹謗中傷を聞いていた鷲沢優介が吼えた。私を迎えに来た時よりも激しく怒りを込めた瞳で父をにらみつけた。


『なにが母の気持ちだ、ならテメェはどうして愛を連れて来なかった? は、親の心子知らずとはよく言ったものだな』

『な、なんて口を……っ』


 あまりの態度にわなわなと震える父だが、明らかに腰が引けている。

 無理もない、彼はただでさえ顔つきが怖いのに、怒りをあらわにすれば鬼でも逃げてしまう迫力があった。


『テメェは知らないだろうから教えてやるよ。婆さんは最後まで愛の心配をしていた。最後の最後まで愛を気遣っていた。だから連れてきた、なんの問題がある?』


 今度は声を荒げない。低く、相手を諭すような問いかけ。


『愛する孫に見送ってもらう為に連れてきた。それのなにが問題あるか言ってみろ』

『くっ……!』


『はいはい、そこまでさね』


 下を向く父の肩を姉がポンと叩く。

 先ほどまでの怒りはない、いつもの飄々とした姉の表情で、どこか嬉しそう。


『親父さぁ、ちーとばかし頭冷やしてきたらどうだい?』

 その指摘にようやく周囲の視線に気づいた父は逃げるように部屋を去り、いつの間にか母もいなくなっていた。


『いやいや、優介もなかなかやるねぇ』

『ふん……おい、愛』


 姉を軽くあしらい、彼は私の背中を優しく押して。


『婆さんにお別れを言ってやれ』


 その優しい声に頷き、私は部屋にいる人にも一礼し祖母の眠る場所へ。

 焼香を済ませ手を合わせる間、何度も何度も心の中でお別れとお礼を述べた。


 ありがとうございます。


 最後まで私を気遣ってくれて、心配してくれてありがとうございます。


 彼から伝えられた祖母の気持ちに、今はただ嬉しくて感謝していた。




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読んでいただき、ありがとうございました!

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