アイジョウタコサン5/8
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時間は午後一〇時を周ったところ、風呂上りでパジャマ姿の愛は自室のベッドの上で考えていた。
鳥越リナは嬉しいと言った。
モヤモヤとする、この消化不良のような感覚の理由はわかる。
納得いかない。
能天気な恋は全く気づいてないようだが、明らかな嘘に納得がいかない。
愛は優介の指示通りお弁当作りを手伝った。いや、手伝ったなどというレベルではない、あれはほとんど愛が調理したもの。短い時間、加えて彼女の料理レベルを考えれば手を出されると間に合わなかった。
故に愛は思う。あんなお弁当を食べてもらって嬉しいわけがない。
だがそれよりも納得いかないのが優介の行動。彼と共に住み始めてまだ半年ほど、その時間でも充分理解できる。
なによりココロノレシピという食べる者には優しく、彼にとっては残酷な料理を作り続けるのが一番の証拠。
これまで彼の料理に救われた者は多い。愛のレシピノキオクを交えた特別なお客だけでなく、普段日々平穏を利用してくれる者たちもだ。
そんな優介が今回らしくない。料理を冒涜するような行為を見過ごしている。
そして鳥越リナに関わるなと最後に釘まで刺された。
彼女は救われていない。
これから先、綿引琢磨と恋人になろうときっと心の中に不敬の念が残る。
なのにもうこの件はお終いだと宣言したのだ。
愛の知る優介なら最後まで責任をもつ。どんなことがあろうと、手を差し伸べてくれるはずなのに――
「……ならば」
決意を胸に愛は部屋を出る。
これまで彼の言うことには全て従ってきた。
それは当然のことで、何一つ間違いのないことだから。
居間へ行くと物音が聴こえる。きっと優介が厨房で料理の修行をしているのだろう。営業を終え、恋を送り届けた後いつも一人でしている日課だ。
自身の腕前は既に他の定食屋に比べても大きく上回っているのに、ココロノレシピという能力を持ちながらも常に奢らず高みを目指す。
もちろん学業も疎かにしない、引き換えに同年代の普通の日常を捨てて、こうして努力を続ける。
こんなにも凄い人に……自分は。
「……優介さま」
『愛か。なにしてんだ? 明日に備えてさっさと寝ろ』
障子越しに優介が言葉を返す。
そう、明日の休日を挟んで終業式まで学校は短縮授業。加えて観光シーズンも始まり日々平穏は忙しくなる。
「明日からお暇をいただけないでしょうか」
なのに愛は休暇を申し出た。
日々平穏は優介と恋、そして愛の三人のお店。一人でも欠ければ状況は最悪だ。
『俺はもう関わるなと言ったが』
やはり聡明な人だと思う。
愛がなにを考えているか理解しているからこその確認。
「はい。ですが……」
でも愛は食い下がる。
「納得いかないのです」
返事はない。
もしかしたら自分勝手な反論に怒ってるのかもしれない。
それでも自分の料理で――なによりお弁当で、誰かの悔いになるのが愛は嫌だった。
『好きにしろ』
素っ気ない返事。
顔が見えないのでどう思われたか分からないが、愛は嬉しかった。
「ありがとうございます」
『べつに礼を言われることじゃない。明日からに備えてさっさと寝ろ』
「はい。優介さまもお早くお休みください」
何も言ってこないが愛は感謝の気持ちを込めて頭を下げた。
愛は初めて優介の言葉に背いた。
*
鷲沢優介の来訪から私は四季美島へ向かうことになった。
一人で旅行をするちょっとした冒険が、まさか一人ではなく彼とするとは世の中わからないものだ。
また、こう言ってはなんだが彼はよく分からない。
家から四季美島までは電車やバスを順調に乗り継いでも三時間は掛かるのになぜ面識のない私に会うため、祖母の通夜で忙しいのにわざわざ家へ訪れたのか。
なぜ私の真意を確認し、迎えに来てくれたのか。
姉に頼まれたから……ではないだろう。もし姉の考えなら自分が来るはず、それこそ面識のない彼に頼む必要はない。
つまりこれは鷲沢優介の意思になる。
だからこそ彼の考えがわからない。
そして分からないことはまだまだある。
彼の言葉に頷いた私はすぐさま駅へと向かおうとしたが止められてしまった。
『戸締まり、火の元の確認はどうした』
たしかに私も四季美島へ行けばこの家は留守になる。
この指摘は当然のことで私は慌てて従おうとしたが。
『なによりその格好で行く気か。今日はクソ寒い、風邪など引かぬよう防寒を怠るなよ』
更に駅へと向かう道中でも気持ちが逸り早足になる私に対し――
『そう急がなくとも通夜には間に合う』
更に更に駅へと到着し、電車に乗ろうとすれば――
『タクシー使うぞ。おい、四季美島直通バス乗り場までだ』
更に更に更に直通バス停留所に到着し、出発まで時間があり待機する時も――
『ほらよ。喉が渇いてなくとも懐に入れておけば温まるだろう』
……ホットの緑茶を渡してくれた。
不機嫌そうに、ぶっきらぼうな物言いでも、この全ては私の体調を心配するからこそで。
しかもこれまでの道中、私は一度も財布を手にしていない。
もちろんタクシー代も、飲み物代も払おうとしたが彼から『必要ない』とやはり不機嫌そうに、ぶっきらぼうな物言いで拒否されたからだ。
そして今も。私を待合室に残し、鷲沢優介は一人で直通バスのチケットを購入している。
同行しようとしたが『座ってろ』とやはり拒否されて。
私と同い年なら彼も中学三年生。私の家に来るまでの費用、往路は知らないが復路ではタクシーまで使い、チケットも二人分の費用までとなればかなりかかる。
もしかして姉に出してもらった……とは思えない。
この道中、彼と会話らしい会話をしていないが、自分の意思で決めた行動で誰かに頼る、または費用を出してもらうようなタイプには感じられない。
つまり全ては彼の財布から出されたもの。
お店の手伝いをしているのでそれなりに貯金はあるだろう。
しかし、だからこそわからない。
なぜ面識のない私のために、ここまでしてくれるのか。
誰かに言われたわけでもなく、自分の意思で。
ただ鷲沢優介の行動理念は分からないが、私はとても感謝していた。
おかげで祖母をお見送りできると。
後悔せずに済むと。
『……ありがとうございます』
なので購入したチケットを手渡し、隣りに座る鷲沢優介へ自然と感謝を口にしていた。
『私のために色々と……その、もちろんお金は必ずお返ししますので』
だからこそ甘えるわけにはいかないと、後ほど強引にでも返すつもりでいたのに。
『必要ない』
どこまでも不機嫌そうに、ぶっきらぼうな物言いで拒否してしまい。
『ついでに言えば感謝もな』
『ですが――』
『そもそも私のためってのが間違っている。つーかなぜ俺がお前のために感謝をされるなにかをする必要がある』
それどころかこの状況を全否定されてしまった。
本当に分からない。彼はなにを言っているのだろう?
この状況、これまでの行動は私に利はあれど鷲沢優介にはなにも無いはず。むしろ苦労ばかりだ。
『……これは俺の自己満足だ』
私の不審な視線に気づいたのか、鷲沢優介は相変わらず不機嫌そうに、ぶっきらぼうに告げた。
『そしてお前は俺の自己満足に付き合わされてるに過ぎん。なら金のことも、感謝も必要ないんだよ』
それでも私に向ける瞳は、先ほどのように優しく、見惚れてしまうほど美しいもので。
『つまり感謝をするのは俺だな。俺の自己満足に付き合ってくれたこと、感謝する』
声音からも、優しい気持ちを感じられて……不思議と胸が温かくなった。
『さて、バスが到着したか。さっさと乗るぞ』
『あの……あなたの自己満足とは、どういった意味ですか?』
『さあな』
本当に彼は分からないことだらけで。
『お前の知る必要のないことだ』
それでも……私はこの人を全てを知りたいと思っていた。
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