アイジョウタコサン4/8
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居間に通されたリナは黄色いキャミソールに三段フリルの白いスカート、手には大きなバスケットとデートに向けて準備万端。
なのに表情は優れず、これからデートに趣く女の子とは思えない雰囲気だ。
「こんな朝っぱらから何のようだ」
突然の来訪に不機嫌丸出しの優介が尋ねると、リナは無言のままバスケットから包みを取り出しテーブルの上に。
「ほう? 礼にきたとは殊勝な心がけだ」
これまでの態度では考えられない行動に優介は満足げに包みを開き――首をかしげた。
包みの中は二段重ねの藍色の重箱。一段目の蓋を開けると色とりどりのおかず、この取り合わせは特訓時に決めたメニューそのまま。
「師匠に最終チェックでもしてもらいたいのか。ずいぶんと気合いが入ってるな」
「当然です。これから想い人に食していただくお弁当ですから」
考えられる可能性に優介は嘆息し、愛はどこか嬉しそうだ。
「…………こんなんじゃダメ」
だがリナの口から弱々しい否定の言葉。
「こんなかっこ悪いお弁当なんか……出せるわけない」
彼女の言いたいことを察した優介の表情が険しくなる。
確かに重箱に詰められたおかず類は見栄えが悪い。こげた卵焼きとハンバーグ、水切りが不完全でベチャベチャな野菜。ポテトサラダもつぶしが甘いのかダマが多い。
無言で二段目を開けるとおにぎり類、これも三角というより楕円形、俵型も試したようだが形が悪い。
これまで料理を教えてきた優介としては予想通りの結果。
いくら丁寧に教えても、一生懸命教わっても時間が足りなかった。加えてリナはどうも料理センスが乏しいようだ。
「で、ここへ何しにきた」
「新しいの作るの手伝って……。リナ一人じゃ上手く出来ない――」
「なぜですか!」
言葉途端に愛がちゃぶ台を叩いた。普段は憎いほど冷静な彼女の激情にリナは肩を震わせ、優介はため息を吐く。
「確かに見栄えは悪いかもしれません。ですが一生懸命作ったのでしょう? 朝早く起きて、綿引琢磨のことを想い、あなたの想いを込めて作ったお弁当ではありませんか!」
「一生懸命作っても美味しくないもん! かっこ悪いもん! こんなお弁当出したら笑われちゃう……告白したいのに……呆れられちゃう……失敗しちゃう……」
「ですが――」
なおも食い下がる愛を遮ったのは優介の手。
「待ち合わせまで後どのくらいだバカ弟子」
「え? えっと……二時間くらい……」
「ギリギリか。いいだろう」
「優介さま?」
「ただし俺じゃない。愛、お前が作れ」
続いて提示された条件に愛だけでなくリナも目を見開いた。
「綿引は俺の料理を食い慣れているからな。万が一でもバレる可能性がある。なに、愛の腕もなかなかだ。これでダメなら帰れ」
愛は優介の条件、それ以上にこんな協力をする意図が分からない。
料理に対する気持ち、その想いを誰よりも理解できる彼だからこそ分からない。
「上條さん、お願いします」
困惑する愛の心情も知らずリナは頭を下げてくる。
「愛、協力しろ」
そして優介の言葉は絶対の愛は、納得できなくても頷くことしか出来なかった。
二人が厨房に入ってしばらく――
「おっはよー!」
恋がインターホンも押さずに居間へ顔を出した。相変わらずの気軽さに加えて、ようやく試験地獄から抜け出したこともありいつになくテンションが高い。
「なにしてんの?」
だがちゃぶ台にある重箱を見詰めている優介の様子に首をかしげる。
「恋、ちょうどいい」
「……はい?」
◇
その日の夜、一日の営業を終えてまかないを食べていると不意に優介が口を開いた。
「愛、今日は集中力がなかったぞ」
「……申し訳ありません」
「だよね~。らしくなかった」
恋の言葉にも愛は素直に頷く。
つり銭忘れや注文ミス、その度に恋がフォローしたりお客に注意されたりと、今日の愛は調子が悪かった。
「まあ気持ちは分かるけどね~。鳥越ちゃんが心配なんでしょ」
「いえ……」
「でもちゃんと手伝ってあげたんだよね? なら問題ないって」
否定したのに恋は聞く耳持たずで見当違いな指摘をしてくる。
それが愛の苛立ちをあおり、話をしたくないと優介に視線を向けさせた。
「どうして……私に協力させたのですか」
「言ったとおりだ」
「ではなぜ、協力したのですか」
「それをあいつが望んだからだ」
「……そうですか」
今日一日疑問に感じていたことを訊ねるが、素っ気なく返されてしまう。
「――ん?」
重い空気の中、何かに気づいた恋は立ち上がり出入り口の引き戸を開ければリナが居た。
一度家に帰って着替えたのだろうジーンズにカーデガンを羽織った出で立ち、そして両手には今朝とは違う重箱を持っている。
「あの……これ、返しに……」
それは日々平穏の重箱、愛に協力してもらい作り上げたお弁当を入れていたモノだ。
「そっか、わざわざありがと。あ、ちゃんと洗ってくれたんだ」
「だって借りたヤツだし……」
「ふ~ん。あ、せっかくだからお茶でも飲んでって」
「でも……」
遠慮がちなリナの手を引き恋が招き入れると愛は困惑した視線を向け、優介は気にした様子もなく食事を続けていた。
「ユースケ、鳥越ちゃんが弁当箱返しに来たよ。ほら、ちゃんと洗ってくれてる」
「……そうか。わざわざすまないな」
「こちらこそ……その、貸してくれてありがとうございます」
「しかしずいぶんと遅いな。よほどデートが楽しかったのか」
「そんなの楽しいに決まってるじゃない。なんせ大好きな人とデートだもん」
優介はあくまで視線を向けず、恋も変わらず振舞う中、愛とリナは妙に暗い雰囲気だ。
「夕方にはバイバイした。それから洗い物して届けにきたんだけど……その、お仕事が忙しそうだったから……」
「それはまたずいぶんと気を利かせたな。で、綿引は喜んでくれたか」
瞬間、リナの表情に陰りが落ちたのを愛は見逃さなかった。
「も、もちろんよ! 美味しい美味しいって食べてくれた、残さずきれいに全部……全部食べてくれた!」
「よかったじゃない。それで……上手くいった?」
やはり気になるのか恋が問えばリナの笑顔が完全に曇っていく。
「実は……タイミングというか……雰囲気的に……」
「そっか。でもデートは上手くいったし、お弁当も喜んでくれたならまたチャンスもあるよ。頑張ってね鳥越ちゃん」
恋の無邪気な励ましにリナはそっぽを向いて頷く。
やはり素直じゃないのか恥ずかしいのか、妙に親近感を覚えてしまう恋にもう一度頭を下げてリナは席を立った。
「とにかくありがとう。助かった、それじゃ」
「鳥越――」
「おいバカ弟子」
その背中を愛が呼び止めるより先に、優介が声をかけた。
「綿引に喜んでもらえて、お前は嬉しかったか」
リナの肩が震える。だが振り返ったときには笑顔で胸を張り
「当然よ!」
それだけ言い残し今度こそ出て行った。
「……あのね、ユースケ。野暮なこと聞かないの、好きな人に喜んでもらえて嬉しくないわけないじゃない」
「そのようだ」
恋に咎められながら優介は食べ終えた食器を手に立ち上がった。
「もうあいつに関わるな」
愛の横を通り過ぎる一瞬、彼女にだけ聞こえるように告げて厨房に向かう。
「…………」
いつもなら即答する愛は、何も答えず俯いてしまった。
*
――私は泣いていた。
家に両親はいない。仕事ではなく、朝早くに四季美島へ向かったのだ。祖母の葬儀に参列するため、私を残して。
体調がよくなっていてもやはり祖父の時の件が引っかかっているのだろう。長距離移動でまた体調を崩してしまわないかと。
それが両親の愛情だと思えない。本当に私を想ってくれるのなら、どうなろうと参列させてくれるはず。
なのに置いていかれた。祖母をお見送りできない。なにより両親に諭され、何も言い返せなかった自分が悔しい。
だから泣いていた。どうすることも出来ず、ただ祖母に申し訳ない気持ちで泣いていた。
そんな時、インターフォンが来客を告げた。
『お前が上條愛か』
不審者だと思った。
来客は見たところ同年代の少年なのに雰囲気が妙に大人びて、目つきが悪く声も威圧的だから。
しかしどうして私の名を?
その迫力に何も言えず脅えていると彼は大きくため息を吐き――
『俺は鷲沢優介。名前くらいは知ってるだろ』
だが名乗り出たことで違う意味で声が出ない。その反応を信じていないと取ったのか、鷲沢優介はポケットから鈴の付いたリボンを取り出した。
『これが証拠だ。好子から預かった』
それは姉が島へ引っ越す前プレゼントしてくれたお揃いのリボンで、今私の髪に付いているのと全く同じもの。
疑っているわけではなかったが、彼は間違いなく鷲沢優介。
四季美島の祖父母と住んでいた新しい家族。
『……どうしてあなたがここに? 明日はお婆さまの葬儀のはず』
ならばどうして島から離れたこの家にいる? 鷲沢優介は身内の一人として参列しなければならないのに。
『それはこっちのセリフだ。なぜお前はここにいる』
なのに逆に咎められた。彼は批難するような瞳で私を見つめている。
『今夜婆さんの通夜がある。なぜお前は参列しない』
『それは……両親に体調を崩すと危険だからと言われて……』
『ふざけんなっ!』
瞬間、怒りのこもった怒声にビクリと震えてしまった。
『婆さんがどれほどテメェを可愛がっていたかわからねぇのか!』
『そんなこと……』
だが続けて出た言葉に黙っていられなかった。
『そんなこと知っています! お婆さまがどれほど私を気遣ってくれて……愛していたのかは分かります! だから悲しいんです! 最後に一目お会いできないことに……でも……どうしようもないじゃないですか……』
久しぶりに大きな声を出して、なにより悔しさで肩を震わせる私に、鷲沢優介は突然表情を和らげた。
『くだらない質問をした。悪かったな』
そして声も、私を見る瞳も、最初の印象では考えられないほど優しく、見惚れてしまうほど美しいものに変わっている。
『なら行くぞ』
『え……?』
『婆さんのところだ。今から出れば通夜にはギリギリ間に合うだろう』
『ですが……勝手に赴けばお父さまとお母さまが……』
『煮え切らない奴だ。もういい、お前は俺の言うことに従え』
最後まで弱音を吐く私に、鷲沢優介は強引に切り出した。
『婆さんにお別れを言いに行くぞ。だから俺と来い』
その力強く、優しい言葉に私は迷うことなく頷いた。
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