アイジョウタコサン3/8
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月曜日、試験後のHRを終えた中等部三年一組の教室。
「上條さん、一緒に帰ろー」
早々に帰宅しようとした愛をリナが呼び止めた。
これから日々平穏で優介から料理を教わる予定なので帰る場所は同じ。故に当然の誘いだが、愛は返事をするどころかリナに目もくれず一人教室を出てしまう。
「……あれ?」
その態度にリナは唖然となり、我に返って慌てて追いかけた。
「ちょ、ちょっとなんで無視するの!」
「…………」
「いいじゃない、どうせリナも同じ場所に――」
「鳥越リナ」
隣りを歩くリナを愛は冷ややかな視線を向けて。
「それ以上の発言をすれば私は徹底的にあなたを排除します」
「……はい」
その迫力にリナは口を閉ざしてしまう。
「それと私から遅れてくるように。もちろん、誰にも見つからないように一人で」
「え? なんでそんな――はい」
反論途中で再び睨まれリナは頷いた。
指示通り愛から遅れること五分、リナは店内裏の正面玄関にいた。
もちろん周囲を確認するのを忘れていない。
「いらっしゃい」
緊張の面持ちでベルを鳴らすと制服姿の愛が出迎えてくれた。
「なにをしているのです? さっさと入りなさい」
「えっと……いいの?」
「良いも悪いも、あなたは今日ここで料理修行をするのでしょう?」
その態度は先ほどと違っていつも通り(淡々として友好的ではないが)でリナの緊張は一気に解けていく。
「ねえ、さっきはなんで怒ってたの」
「とくに怒っていませんが?」
「いやいや凄く怖かったから! そもそも同じとこ行くんなら一緒に帰ろうよ」
居間へと通されたリナが疑問を口にすれば愛の瞳が冷ややかなものへと変わった。
「そのようなことをすれば女狐どもが気にして、なぜ私とあなたが共に帰るのか疑問に思うでしょう。そうなればあなたはここへ料理を教わると話す。おわかりですね?」
「ぜんっぜんわかんない……。そもそも女狐って?」
つまりあまり親しくない(愛はクラスメイトにも関わらずリナを覚えていなかった)二人が一緒に下校、しかも日々平穏に入るものならなんだろうと勘ぐり、優介に妙にご執着な三人娘(名前は覚えていないらしい)が事情を知れば同じように参加してくることを危惧したというわけだ。
「あなたは綿引琢磨というお相手がいるゆえ妥協しているのです。ただでさえ恋という泥棒犬がいるのに、これ以上優介さまの周りによからぬ女を近づけたくないのです」
「はぁ……なるほど」
「ですからここで料理の指南を受けるのはご内密に。明日からも別々の下校ということで、わかりましたか?」
「それはいいけど……」
一通りの理由を聞き終えたリナも納得したが、途端に興味津々と目を輝かせた。
「もしかしなくともさ、上條さんって鷲沢先輩のこと好きなの?」
「はい」
清々しいまでの肯定にリナは拍子抜けになる。
「あのさ……少しは恥ずかしいと思わないの?」
「事実ですから」
「あっそう……。じゃあさ、告白したの? もしかして既に付き合ってたりして?」
「いえ」
今度はアッサリ否定。これにはリナも訝しげな表情になる。
「……なんでしないの? ていうかさ、上條さんってわかりやすいから鷲沢先輩も気づいてるんじゃないかな」
「……いえ」
今度は弱々しく愛は首を振った。
これまで愛は積極的を通り越したアプローチをしているモノの、実は一度も好意を言葉にして伝えたことがない。
日々平穏を再開させて軌道に乗っているとはいえ優介はまだ学生。彼の目標の重荷にならないようにとの気遣いなのだ。
優介の重みにはなりたくない。でも知ってもらいたいというジレンマから愛の奇行な発言や行動を起こしていた。
「それよりも、優介さまが帰ってくるまであなたはすることがあるでしょう」
だがこの想いを話す必要はないと愛は話題を変えた。
「すること? あ、エプロンつけるとか?」
「大事なことですが……鳥越リナ、あなたの料理経験は?」
「ないよ。あ、カップ麺なら作れる」
あまりにも情けない返答にさすがの愛も脱力した。
「……まずはメニューを決めましょう。いくら金曜まで優介さまに指導していただけるとはいえ、基礎を教わるのが精々。お弁当は様々なおかずの入った宝石箱。ならばあらかじめなにを作るかを決めて、その調理法を重点的に教わった方が効率もいいでしょう」
「な、なるほど……。いくらリナが天才でも五日間で鷲沢先輩みたいになれないもんね」
自分を天才と名乗る者にろくなのはいない。そんな胡散臭い目をしている愛に気づかずリナは鞄からノートとシャーペンを取り出した。
「綿引先輩っていっぱい食べるからたくさん覚えた方がいいよね?」
「……そうですね」
「じゃあまずはトンカツとしょうが焼き、ステーキとハンバーグに――」
やはり残念な子だった。
「なぜ肉料理ばかりなのです」
「だって先輩お肉好きだもん」
「好きにも限度があります。そもそも綿引琢磨はスポーツ選手、ならば栄養バランスを考慮なさい」
「好きな物いっぱい食べたほうが嬉しくない?」
前途多難だった。
高等部は三時間の試験日程なので、一時間遅れで優介と恋が帰宅する頃にようやくメニューを決め終えた。
◇
「教えてやるから心して聞くように」
「はい師匠!」
「……誰が師匠だ」
ビシッと気合の入ったリナの敬礼に優介は脱力した。
日々平穏の厨房で制服にエプロンといった出で立ちの優介、恋愛コンビはすぐ横の居間で試験勉強している為、ここには同じく制服エプロンのリナしかいない。
「時間がねぇから弁当に入れる料理を決めるぞ。その料理を重点的にやれば――」
「それならもう決めてるもんね」
愛に指摘されたにもかかわらず得意気にリナはメニュー表を渡した。
「…………ふむ。彩りや栄養バランスを考えたいいチョイスだ」
ざっと目を通し感心する優介だが、これをほとんど愛が決めたものだと知らない。
「これほどの献立を考えられるなら教えるのも楽そうだな。まずお前の料理経験はどれくらいだ?」
「……カップ麺くらいなら」
やはり前途多難だった。
◇
その頃、居間で恋愛コンビがちゃぶ台をはさんで座り勉強を始めていた。
「ねえ愛」
これまで英単語とにらめっこしていた恋が不意に視線を上げる。
「今回はずいぶんと協力的じゃない」
「そうでしょうか」
愛はノートに書き込みを続けながら視線も上げずに返す。
「だってあんたがあたしの勉強見てくれたり……なによりユースケに女の子が近づくのに平然としてるじゃない。鳥越ちゃんは好きな人いるから安心だろうけど……」
「特に理由はありませんよ」
素っ気ない返答に恋もこれ以上追求することなく再び英単語帳に視線を戻した。
「以前、春日井光のことで……」
しばらく沈黙して勉強を続けていたが、今度は愛が視線を上げる。
「あなたがムキになっていたでしょう。似たようなものです」
「ふ~ん」
だが恋は視線を上げることなく納得した。愛もそれ以上何も言わず再び視線を落とす。
『――俺の話し聞いてたのかこのバカ弟子が!』
『聞いてるよ! だからちゃんとやってるじゃない!』
『なら野菜に添える手はにゃんこの手だ! 指切りそうで危なっかしいだろうが!』
『そんな悪人面でなにがにゃんこの手なの! えっと……こう?』
『だから違うってんだろ! いいか良く見てろ――』
「……二階に移動しましょうか」
「そうしますか」
始まったらしい賑やかなお料理教室に恋愛コンビは同時に顔を上げた。
こうして試験と平行した料理修行は続いた。
正直鳥越リナは恐ろしいまでの不器用で、加えて好奇心旺盛なのかすぐにオリジナルに走ろうとする傾向があり生徒として困難を極めた。
それでも料理に誠実で一度教えると決めたからには義理堅い優介は投げ出さず、度重なる衝突もありながらできる限りの準備を終えて――土曜日。
「いい朝だ」
「はい」
居間で優介と愛は朝食後のお茶を楽しんでいた。試験に加え料理教室もあったので、いつになくノンビリとした時間を過ごしている。
「俺は仕込みの時間まで庭にいる。愛も休んでおけ、試験でつぶれた分今日は稼ぐぞ」
「わかりました」
一息ついて優介は趣味のガーデニングをするため庭へ行こうと立ち上がり、愛も久しぶりの読書を満喫しようと部屋へ戻ろうとしたが、来客を継げるベル音に顔をあわせた。
「誰だ、こんな時間に」
「私が参りますので、優介さまはごゆるりとお休みください」
だがゆっくり休む暇はなく――
「…………どうしたのです?」
出迎えた愛の前には本日運命のデートをするはずのリナが立っていた。
*
――姉が四季美島に引っ越した。
『さすがに距離が距離だからさ、そうそう会えなくなるけどごめんね』
高校を卒業して一人暮らしを始めてからも、週に一度は会いに来てくれていたので申し訳なさそうにしていたが、私は笑顔で見送った。
いつも私を心配してくれる優しい姉と会えないのは寂しいけど、だからこそ頼れる姉が島で暮らしてくれることに安心する。
祖父が亡くなり間もなく、祖母までも体調を崩した。いくら島の人たちが優しくても誰か側で看病しているほうがずっといい。
そこには結局会えず終いだった鷲沢優介という少年がいるも、彼はまだ学生で家を空ける。姉は仕事上家にいられるので適材適所だ。
祖母の回復を祈りながら学校へ通う日々。
不思議なことに祖父の葬儀以来、体調も安定して激しい運動さえしなければ問題ないとまで医師に言われるほど好調だ。
もしかしたら――と考えてしまう。
あの日、祖母から譲り受けたこの不思議な能力のお蔭なのか。
だがそうなると、祖母はこの能力を私に受け渡したことで体調を崩してしまったのではないか?
だとすればこの能力をお返ししたい。それで祖母が元気になってくれるなら……と考えて一度電話でその旨を伝えたが――
『違うよ。ちょっと色々ありすぎて疲れちゃったんだねぇ』
その予想は否定された。
祖母が私に嘘をつくはずないのでそうなのだろうと納得した。
変わらず祖母の回復を祈りながら過ごしていた私はふと思いつく。
ではなぜこのような能力を私に?
これはあの島の、あのお店でないと何の効力を持たない。この能力の詳しい概要を聞いたわけでもないのに、それを理解できるのだ。
そんな能力をあの島に住んでいない私に譲った意味。
また電話をして聞いてみよう。
いや、このまま体調を維持できるならお見舞いも兼ねて訪ねるのもいいだろう。
どうせ両親はお見舞いなど考えてもいないだろうし、一人でちょっとした旅行など以前では考えられなかった冒険だ。
なにより、いつもお見舞いに来てくれた祖母へ恩返しがしたい。祖父の墓前に手を合わせて葬儀に参列できなかったお詫びもしたい。
次の長期休暇なら……うん、大丈夫。
この楽観的な考えが生涯の悔いになることも知らずに、私は間もなく訪れる長期休暇に想いを馳せていた。
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