アイジョウタコサン2/8
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一日空いて日曜日。
「ありがとうございましたー!」
最後のお客を見送った恋はそのまま暖簾を外してプレートを休業中に。日々平穏はこれか一時間の休憩だ。
「んじゃ、さっさと飯食って始めるぞ」
「……はーい」
せっかくの休憩だというのに恋の表情は優れない。
それもそのはず、明日から期末試験が始まる。しかも初日から暗記科目三連発、脳における負担は相当だ。
優介が遅い昼食を準備しようとした時、閉店中にもかかわらず引き戸が開かれた。
「すみませーん……あ、上條さん」
ボブカットをアッシュに染めた一五〇もない低身長に童顔な少女は店内をキョロキョロと見回し、愛を見つけるなり安心したように顔をほころばせた。
「知り合いか?」
「いえ、まったく」
「おい、今は休憩中だ。出て行け」
愛の素っ気ない返答と優介の言葉に少女はぽかんと口を開き――我に返った。
「うにゃぁぁぁっ! リナは客じゃない! あと上條さん、クラスメイトでしょ!」
「クラスメイト……? 何の冗談ですか。私は中学三年生、小学生とクラスメイトになれるはずがないでしょう」
「誰が小学生よ誰が!」
「あなた?」
「不思議そうに見るな! リナは鳥越リナ! れっきとした中学三年生で上條さんのクラスメイト!」
「……うるせぇ。愛、追い出せ」
「わかりました」
「わかるなー!」
「はいはい、いい加減話し進まないから」
ある意味流れるような会話にうんざり顔で恋が間に入った。
「鳥越リナさん……だっけ? 愛に用があるなら入って」
「違うよ。リナは鷲沢先輩によーじがあるの」
「ユースケに?」
恋の一存で鳥越リナはテーブル席に着かせてもらうと優介を一瞥した。
「クラスのみんなに聞いた。金曜の調理実習は先輩が指導してくれたって」
「ああ……ん? お前は居なかったな」
記憶を思い起こして優介が首をかしげる。これほど特徴のあるちびっ子い生徒がいれば、いくらなんでも記憶に残っているハズだった。
「あの日は風邪で休んでて、友達から先輩のことラインで色々教えてもらったの。先輩、ずいぶん人気者になってるみたいね」
「それってどういうこと?」
リナの情報に優介より先に恋が反応した。
白河氏の指示で中等部の調理実習を指導したことは、昼休みに戻ってきた優介に教えてもらっているが人気者というのは初耳だ。
愛は知っているので嫌なことを思い出して表情を歪めている。
「なんでも教え方がちょー上手いとか、悪人面のくせに優しいとか……」
「……悪人面」
得意げに語られる内容に優介は少しだけ傷ついていた。
「あと可愛いところもあってそれが逆に良い……みたいな? とにかく一部の女子の間で先輩の評価がうなぎのぼりみたい」
そういえば――と恋が顔をしかめる。
午前の営業で中学生らしき女子が三人組で来店していた。学園に近いとはいえ、珍しい客層とテーブル席が空いていたのにカウンターを希望したので印象に残っているが、あれは優介目当てだったのかもしれない。
「……ふ~ん。よかったわね、ユースケ」
だがこのような評価も優介はどうでもいいとリナを見据えた。
「で、そんなくだらないことをわざわざ俺に伝えにきたのか。ずいぶんと暇だな」
「…………どこが優しいの? 違うの、今日はリナ、先輩に料理を教わりに来たの」
「「は?」」
「だってリナお休みしてたから教えてもらってな――」
「断る。帰れ」
話し途中で優介はキッパリと拒否。
「なんでよっ? リナだって料理上手くなりたいの!」
「なら教師にでも教われ。病欠なら追試をしてもらえるだろ」
「そ、それは……」
今まで強気発言だったリナが口を閉ざし、数秒間沈黙。
「理由がないなら協力する必要なし。試験勉強の続きだ。愛、追い出せ」
「わかりました」
「だからわかるな! て、待って……待ってってば!」
無理矢理引っぱられるリナはジタバタ暴れるが、病弱なはずの愛になすすべながない。
「先輩じゃないとダメなの! 先輩の料理じゃないと喜んでもらえないの!」
だが外に出される寸前、思いのまま叫んだ言葉が優介の肩をピクリと震わせた。
「愛、止まれ」
「わかりました」
彼の言葉は絶対の愛は素直に立ち止まった。
「俺の料理でなければ喜んでもらえないとはどういうことだ?」
「あ……それは……えっと……」
問いかける優介にリナは顔を真っ赤にさせて俯いてしまう。
「言え」
「……うん」
結局、優介の迫力に負けて再びテーブルに着席したリナは、先ほどまでの勢いとは違いボソボソと話し始めた。
「……先輩のクラスに綿引琢磨っているでしょ」
「綿引……ああ、あいつか」
愛は首を傾げてしまうが優介と恋はすぐに思い当たる。
色黒で短い髪のスポーツマンといった爽やか系の二枚目、本土出身で今年からこの島へ来た彼は水泳部所属で将来有望視されている。
つい先日も地方大会を一年生ながら一位突破でインターハイ出場も夢ではないとされる有名選手だ。
撫子学園は自然環境が良い上、運動部系の設備も充実しているので主に陸上や水泳部は強豪と全国でも有名校。綿引のようにスポーツ特待生は少なくないし、二人のクラスメイトでもある。
だが優介は日々平穏の常連客として、食べっぷりのよさが印象に残っていた。
「その先輩と……こ、今度デートするの」
「「デート!」」
今度は恋愛コンビが真っ先に反応。
やはり他人の恋愛にも興味津々のようで、先ほどまでの不機嫌が嘘のように嬉々としている――が優介は興味なしと面倒げに聞き返す。
「で、あいつとお前のデートに俺がどう関係あるんだ」
「だからぁ! そのデートで先輩にお弁当作って……その……喜んでもらって……こ、こくはく……みたいな……」
「意味がわからねぇ」
途切れ途切れに語られて苛立ちを覚える優介だが、これは彼が鈍感なだけだろう。
故にすぐさま理解した恋が代わりに説明を始めた。
「つまり、綿引くんに美味しいお弁当を作ってあげて家庭的なところをアピールしたいの。そんであわよくば告白、カップルになりたいってそんな感じ。だよね?」
「そ、そう取れなくもないね」
「そうとしか取れないから……」
ここまできて素直になれない彼女に恋は共感を覚えながらも脱力した。
「なるほど。だがなぜ俺だ? 料理を教えてくれる奴なんぞ他にもいるだろ」
「だって綿引先輩、あいつの料理食えるだけでも四季美島にきて良かったって……いつも鷲沢先輩の料理褒めてるから」
ならばその優介から料理を教わりたいという気持ちも分からなくない。なんとも健気な想いに恋愛コンビも応援したくなる。
「綿引とのデートはいつだ」
「試験明けの土曜……」
「無理だな」
再びアッサリと断られてしまい、リナがテーブルを叩き身を乗り出した。
「ここまで話といてそれはないでしょ!」
「べつに料理を教えるのは……面倒だが嫌じゃない。だが時間がない、明日から金曜まで試験、空くのは金曜の営業後。そんな短時間でどこまで上達できる? 料理をなめるな」
実に正論でリナが押し黙ってしまうが、そこへ恋が助け舟を出した。
「なら試験中に教えてあげれば? 試験期間はお昼前に学校終わるし、その間は営業も禁止されてるから時間もある。あんたなら試験勉強しなくても赤点はないだろうし、五日もあればそこそこ教えられるじゃない」
恋の提案にリナは表情をほころばせる……が、優介は呆れたようにため息一つ。
「その時間を使ってお前に勉強を教えているのは誰だ」
「さっきの無し。ごめんね鳥越さん」
「宮辺先輩っ?」
あっさり手のひらを返されてリナは驚愕するが、日々平穏を再開させてこれまで試験期間中は優介に勉強を教わり、前回の中間試験もなんとか赤点ギリギリをキープできた恋にとっても死活問題なのだ。
事情を知らないリナは恨みがましい視線を向けるが、恋はそっぽを向いてしまう。
「なら恋の面倒は私が見ましょう」
だがここで沈黙していた愛が意外な提案を出した。
「そうすれば優介さまも料理を教える時間ができます。はい、これにて問題解決」
「上條さん? 宮辺先輩の面倒見るって……高校の勉強なんて教えられるの? まあ上條さん歳は同じだけど……」
「問題ありません。私はやれば出来る子です」
「やれば出来る子って……」
「いや、その手があった。だが……いいのか?」
やれば出来る子はさておき、なぜかいつも自分に高校の勉強を教わる愛の学力を知っているだけに納得する優介だが、普段の対応が対応だけに恋の面倒を見られるかが心配。
それは恋も同じで胡散臭いモノを見るような視線を向けている。
だが愛はふっと肩をすくめて。
「仕方ありません。出来の悪い従業員の面倒を見るのも優介さまの妻としての勤め。バカに勉強を教える自信はありませんが、イタイ子もイタイ子なりに協力してくれるようですし、ここは私が妥協して悲しい子の面倒を見ます」
「なっ……くっ……ぬぅぅぅぅぅっ!」
様々な貶し発言も、同じく愛の学力を知っているだけに恋は拳を握り耐え抜いた。
「それよりも鳥越リナは試験勉強をしなくてもいいのですか?」
「え? 試験くらい普段から授業真面目に受けてれば問題ないし。少しは成績落ちるかもだけど今はお弁当の方が大事だもん」
平然と答えるリナに恋は机に顔をつっぶした。
「後は優介さま次第です。私としては受けて欲しく思います」
「……仕方ねぇ」
珍しく自分の希望を口にした愛の懇願に優介も頷き、明日の放課後から始めることで話がまとまった。
*
――退院当日、祖父が亡くなった。
突然入院して、わずか一週間のことだったらしい。
葬儀のために私と両親は何年かぶりに島へ訪れることになった。
私が入院しても平然と仕事をしていた両親もさすがに葬儀ともなれば仕事を休んだようで、二人が休暇以外で休んだのは初めてかもしれない。
祖母を少しでも元気付けてあげたい。
いつもお見舞いに来てくれて、私に優しい気持ちを運んでくれた祖母、長期入院には急がしい中必ずお見舞いに来てくれた祖父もお見送りしたい。
車の中で私はただ、そのことだけを考えていた。
なのにこのポンコツの身体は久しぶりの長距離移動に悲鳴をあげてしまい、島に到着すると同時にそのまま病院へ。
検査の結果、大事をとって入院することになった。
身体の弱さを初めて悔いた。どうして私はすぐ近くにいる大好きなお二人の側にいてあげられず、このような所に寝ているのだろう。
せめて祖父の魂が安らかな旅路につけるように――葬儀当日、熱にうなされながらベッドの上でお祈りすることしかできなかった。
『――愛ちゃん』
ふと聞こえる優しい声に疑問が浮かぶ。
まだ午前中のはずで、よく知らないけど葬儀とはこんなに早く終わるモノなのだろうか?
なるほど、これは熱に犯されて幻覚を見ている……そういうことなのだろう。
『お爺さんには悪いけど、死んだ者より生きる者を心配した方がいいだろうね。あの子たちは葬儀が終わるとそのまま帰ってしまいそうだから……』
祖母は寂しそうに笑いながら私の頭を撫でてくれる。
『あの人は決断してしもうたし……ならわたしも覚悟しないとねぇ。だから愛ちゃん、受け取ってくれないかい』
そう言ってお互いの左手の小指を絡ませる。指きりげんまん?
『本当は恋ちゃんに渡そうと思ってたけど……これは上條のこと、あの子を巻き込むわけには……ああ、わたしは本当にずるい人間だよ。恋ちゃんはこんな能力がなくても傍にいてくれるんだ……でもあの子の周りに一人でも多く誰かにいて欲しいんだね。その為に愛ちゃんを利用しようとしている……すまないねぇ。本当に、すまないよ……』
祖母は何度も謝り続けた。
『自分勝手なお婆ちゃんを許しておくれ――』
その言葉を最後に視界がオレンジ色の輝きに包まれ、私は眠っていた。
次に目を覚ました時は父が運転する車の中。早々に仕事へ戻りたいのか葬儀が終わるなり島を後にしたようだ。
あの光は何だったのだろう?
祖母は……私になにを渡したのだろう?
朦朧とする意識では、何も分からなかった。
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