冬の章 レンノココロ 後編
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突然の連絡から一〇分後。
白のダウンジャケットに毛糸の手袋、更にマフラーと防寒完備でアパート前で待っていると一台のバイクが静かに停車。
もちろん優介の運転するバイクで、ヘルメットや手袋は当然のこと相変わらずの黒一色。
『乗れ』
そしてヘルメットも取らず、恋専用の白いメットと背負っていたバッグを投げ渡した。
「こんな時間にどこ行くのよ」
『乗れば分かる。つーか、さっさとしろ。近所迷惑だ』
「あたしの迷惑も考えてくれてもいいんじゃない……とに」
愚痴をこぼすも優介の言うとおりこれ以上の言い争いは近所迷惑なので、恋はメットをかぶりバッグを背負うと後ろに乗り込んだ。
同時にエンジンが掛かりゆっくりと発車したバイクは南の商業区へ。
夜明け前の暗い夜道をツーリング、優介の背中の温もりは何とも心地よく――
『さっむっ!』
思えたのに恋は余りの寒さに叫んだ。
これまで優介のバイクに乗ったのは二度。
全て昼間だが冬の深夜、ただでさえ冷える時間帯に乗ると想像以上に寒い。
『だからゲキ寒だっつったろ』
『そーだけど! あ~もう手と足が寒い! もう一枚重ね着すればよかった!』
『うるせぇ。運転する方はもっと寒いんだよ』
『はいはい! そりゃごくろーさん! で、わざわざ寒い思いしてまでどこ行くのっ?』
風切り音に負けじと声を張り上げつつ再び問いかけるも
『乗りゃわかる』
『乗ってますけどっ?』
『いいから黙ってろ。運転に集中できん』
そう言われては反論できず、仕方なく恋は寒さをこらえるよう優介にしがみついた。
◇
『着いたぞ』
『やっと……ああ、寒かった』
無言のままバイクが走ること三〇分、優介に続き恋は安堵しつつヘルメットを取る。
「……で、ここどこ?」
バイクを降りて周囲を見渡すも暗く、どこかの駐車場というのは理解できるが見覚えのない景色に首を傾げてしまう。
「おい、荷物」
「え? うん。それで、ここ――」
スタンドをあげて手を伸ばす優介に恋は背負っていた荷物を渡し、三度問いかけ。
「行くぞ」
「だよねー」
しかしやはり返答はなく一人歩く優介に諦めたように恋も後に続き、無言で歩くこと一分ほど。
「……ん?」
徐々に聞こえるのは波の音。
ここは周囲が海に囲まれた四季美島、ならば島の先端ということで。
「ここって……」
見晴らしのいい場所に出てようやく恋は場所を特定できた。
目の前は全てを飲み込もうとする夜の海、右手には一定の間隔に灯る光が映し出す大きな橋。
ここは島と本土を結ぶ大橋沿いにある臨海公園、その海沿いの遊歩道だった。
「なんだ、今まで分からなかったのか」
呆然とする恋に優介は苦笑し近くのベンチに腰を下ろした。
「当然でしょ。見たことはあるけど来たのは初めてなんだから」
右手に見える大橋を恋は何度か渡っているが車の中で見た景色と、実際に立つ景色とはまるで別物だ。
そして批判するように存在は知っていても来るのは初めてなので気づかなくても当然。
ただ――来たことはなくとも思い出はある。
「お前も座ったらどうだ」
「……うん」
言われるまま恋もベンチに腰掛けると優介はバッグから魔法瓶を取り出し、カップに注ぎ差し出した。
「ほらよ」
「ありがとう」
受け取ったカップから温かな湯気が甘い香りを運びミルクセーキだと分かる。
一口飲めばほどよい甘さと温もりが身体をじんわり温めてくれた。
「ふぅ……寒い中で飲むミルクセーキもまた格別だ」
「そうね……」
自分のカップにも注いでゆっくりと味わう優介に微笑みかけ、恋もちびちびと飲み進めていく。
突然の誘いにこの場所、この飲み物と恋は懐かしさを感じていた。
しかし優介がまさか、このような行動をしてくれるとは思わなかった。
「でも珍しいね。ユースケから誘ってくれるなんて」
「確認がてらのついでだ。まあ、たまにはいいだろう」
「確認……?」
なんの事だろうと視線を向ける恋に対し、優介はため息一つ。
「モヤモヤしてんならさっさと吐き出せ。いい加減、鬱陶しいんだよ」
「なるほど……そーゆーことか」
ぶっきらぼうな物言いに恋は苦笑してしまう。
やはり気づかれていた。まあ孝太にも勘ぐられていたので当然だ。
「……賑やかだなって」
そして孝太と違い、恐らく理由まで察しているであろう優介に隠す必要もなく、恋は素直に口を開いた。
「二年前に愛が来てから、リナちゃんや綿引くん、石垣さんや最近はソフィさんやカナンさん。それにお店に来てくれるお客さま、常連の人や観光客。ユースケの周りもずいぶんと賑やかだなって思った」
「お前が言うな」
「別に批判してないよ。むしろ嬉しい。ユースケのこと知ってくれて、頑張りを分かってくれて、みんなが慕ってくれて。幼なじみとして誇らしい」
「ふん」
「でも……変わっていくんだなって」
視線を落としカップを見詰める。
「昔は……さ。あたしとユースケ、ついでにコータ。三人一緒で、いつも、何をするのも一緒だったのに」
それは恋にとってかけがえのない時間。
物心つく前から三人は共にいて、恋が引っ越して二年後に戻ってきた時も。
それぞれの環境が変化しても、恋の世界が半分になっても、優介の境遇が激変しても変わらなかった関係。
「……いつの間にかユースケの周りにはたくさんの人がいて、だんだん昔みたいに三人のバカみたいな時間がなくなって……」
なのに最近は少しずつ変わっている。
「ユースケと二人でいる時間がどんどん減って……」
もちろん恋が口にしたように批判する気もない。
むしろ賑やかで楽しい思い出が増えていくことは嬉しいのだ。
嬉しいのに――
「それがちょっとだけ……寂しい」
恋は困ったように笑っていた。
昔のような時間が減って。
いつまでも変わらないと思っていた関係に少しずつ変化が現れて。
これが成長していくことなのだと痛感した。
痛感して、恋は分からなくなった。
時間は止まってくれない。
これからも自分たちは少しずつ成長していく。
そうなると今の関係はどうなるんだろう?
昔の関係と同じように少しずつ変わっていくのか?
楽しいが故に戸惑ってしまい、一度失っているからこそ怖くなってしまう。
また訪れる新しい変化を、自分はどう受け入れればいいんだろう?
その答えが分からなくて恋は、今という時間を素直に楽しめなくなった。
「変わらない関係か……確かに心地いいだろうな」
恋の本音を聞き優介は苦笑交じりに同意する。
「だがそんなものは存在しない」
しかし平然と否定した。
「人は変わっていく生き物だ、一見同じでも必ずしもどこかがな。自分の意志とは関係なく流れゆく時が変えちまう」
「分かってるよ」
「変わった者同士だ、もうそれは同じ関係とは言えねぇよ」
「分かってるって」
笑いながら同意している恋だが心中は穏やかじゃない。
自分はこんなにも寂しさを感じているのに優介は全く気にした様子もなく、当然のように受け止めている。
今の時間も大好き、しかし昔の時間も恋には譲れない大切な思い出。でも優介にとってはもう過去のことと割り切っているようで。
まるで駄々をこねる子供みたいで惨めになる。
「だがもっとも大切な部分が変わらなければ、悪いことじゃないだろう」
「……え」
気持ちがふさぎ込んでいた恋に対し、優介はカップに新たなミルクセーキを注ぐ。
「家族に捨てられ、両親が別れて、追いかける背中は勝手に逝っちまって、半分の世界を失った。俺もお前もたった数年で色んなモンを無くしたもんだ」
「うん……そうだね」
家族に捨てられ、敬愛する師を失った優介。
両親が離婚し、視界を半分失った恋。
あの頃は考えもしなかった変化が二人を襲った。
「だが言ってしまえばそれだけのこと。なに失ったところで俺たちは今、こうしてここにいるんだ」
「ユースケ……?」
なのに優介は全く気にした様子もなく変わらない部分、二人が共にいる時間を指摘した。
「恋、変わらないってのは停滞だ。停滞した絆はいつかさび付き壊れてしまう」
呆然とする恋を余所に、優介は立ち上がった。
「なら変わりゃいいんだよ。衰退ではなく成長という変化としてな。ま、心配するな。お前が衰退の道を選ぶようなら遠慮なく見切りつけてやるよ」
「いや、心配しまくりなんだけど……」
「当然、俺が衰退の道をたどっているなら遠慮なく見切りつけろ」
「いやいや、そうならないようにお互い努力しようとかさ――」
馴れあいを好まない優介らしいが何とも薄情な物言いに恋は口調を強めてしまう。
「努力? なに言ってんだ、お前」
しかし優介は振り返ると、呆れたように。
「だからこうして、飽きもせず一緒にいるんだろ」
「――――っ」
意地悪な笑みを浮かべて、とんでもない口説き文句を口にした。
結局のところ、重要な部分は一つだけ。
こうして共にいること、この事実さえ変わらなければ時間による変化――成長は関係ないと。
自分がいること、相手がいることが唯一の努力だと教えてくれた。
恋は昔のような時間が減って。
いつまでも変わらないと思っていた関係に少しずつ変化が現れて。
これが成長していくことなのだと痛感した。
痛感して、分からなくなった。
時間は止まってくれない。
これからも自分たちは少しずつ成長していく。
そうなると今の関係はどうなるんだろう?
昔の関係と同じように少しずつ変わっていくのか?
楽しいが故に戸惑ってしまい、一度失っているからこそ怖くなっていた。
また訪れる新しい変化を、自分はどう受け入れればいいか、その答えが分からなくて今という時間を素直に楽しめなくなった。
だが戸惑うよりも、恐怖するよりもするべき事がある。
「分かったならいい加減ウジウジするのは止めろ、鬱陶しいんだよ」
「変わることを寂しいと思うよりも……あたしにはすべきことがある」
「そう言うことだ。ま、騒がしくないのは大歓迎だったがな」
衰退ではなく成長、戸惑うよりもまず一歩でも進む。
時に身を任せて悩むよりも、自分で動いて今よりも、昔よりも楽しい時間を手に入れればいい。
難しいけど、とても簡単な答えだった。
「……やっぱり悔しいな」
優介は相変わらず先を歩いていて。こうして今も自分の悩みも簡単に解決してしまう。
いったいいつになれば、自分は隣に並べるのだろう?
「あん?」
「何でもない。そっか、だからここなんだ」
「来たことは一度もないがな」
「だね。あの時は、結局来れなかったから」
恋は苦笑しつつ立ち上がり優介の隣りに並ぶ。
それは今からちょうど六年と一日前、まだ小学五年生の自分たちは初日の出を見る計画を立てた。
大晦日の夜、家族がテレビを観たりと楽しんでいるのに早く寝て、みんなが寝静まった午前三時にこっそり家を抜け出して自転車を漕いだ。
本当は孝太も含めたいつもの三人で行く予定だったのに待ち合わせ時間になっても来なく、二人で両親から初日の出が綺麗に見えると聞いていた、この場所を目指して。
まあ結局は子供の浅知恵、遠すぎた為に間に合わず近くの木に登って拝んだ。
その際、二人は冷えた身体を温める為に自動販売機でミルクセーキを買って飲んだ。
失敗はしたがいい思い出の一つ。
抜け出したことがバレて正月早々お説教、お年玉抜きというオチが待っていたが。
「コータは寝坊して正解だったよね。ほんと、正月早々大変だったわ」
「過ぎたことだ。今にして振り返ればいい思い出になる」
「……うん」
「そして今はこうして来ている。あの頃とは違い楽にたどり着けて、説教される心配もない」
「これも、自販機じゃなくてユースケ特性に変わった。美味しいよ」
「当然だ。俺が作ったんだぞ」
カップを掲げる恋に優介は得意げに言い放つ。
来れなかった場所。
作れなかった思い出。
美味しいミルクセーキ。
なるほど、これも変化によって手に入れることが出来た二人の思い出だ。
「でも、贅沢を言えば一日遅かったね。六年前と違って今日は一月二日だよ」
「関係ないだろ。俺たちには」
「たしかに」
フェンスに腕を預けて海を見詰める恋に習い優介も来るべき時を待つ。
一月二日、もう初日の出は上がらない。
だが恋は初日の出に特に興味ない。
何故なら――
「太陽、出てきたよ」
「言わなくても分かる」
ゆっくりと昇っていく太陽に恋は見惚れてしまう。
六年前の正月、初めてみた初日の出は確かに綺麗で、みんなが特別扱いするのも当然だと思えた。
しかし恋も、一緒に見ていた優介も同じ結論に達した。
それはおよそ子供らしくない発想で、しかしある意味真理とも言える。
「……綺麗だね」
「変わらずな」
初日の出じゃなくても、太陽が昇る瞬間はいつでも雄大で美しい――自然の贈り物。
だから優介も、恋も手を合わせて拝むようなことはぜず、ただ美しいモノを心に焼き付けようと見惚れるだけ。
「しかし俺がフランスへ渡っている二ヶ月、お前もずいぶんと成長したようだな」
「……なによ、いきなり」
懐かしい思い出に浸っている恋に優介は突然告げた。
「以前のお前なら、楽しい時間をただ楽しみ、失いそうになれば必死に抵抗していた。しかし今は、楽しむよりこの時間の尊さを噛みしめ、いつか失うであろう時間を素直に受け入れようと努力している」
「そう……かもね」
優介の言うとおりだ。
半年前まで日々平穏で過ごす時間をお祭りとして楽しみ、いざ優介がいなくなると終わってしまう恐怖に駄々をこねた。
しかし優介がいなくなって、改めて自分を振り返りただ楽しむばかりじゃなダメだと、自分で取り戻そうともがいた。
なるほど、その結果が二人が共にいる為の成長に繋がっているなら誇らしい。
「だが、まだまだだ」
「言われると思った」
予想通りの呆れに恋も肯定。
せっかく成長したのに、その成長に寂しさを感じていては本末転倒。
優介が見逃すはずがない。
本当に少しも休ませてくれない幼なじみだ。
そして、どこまでも憎らしいほどに恋心を掴んでくれる。
まあそれも今さらなこと。
自分の恋心が優介以外に向けられないのはとっくに分かっている。
なら今は取りあえず、やり直そう。
不調続きで中途半端な、よく覚えていないお約束。
「ユースケ」
「なんだ」
太陽の光に反射し、キラキラと輝く海辺を見詰めながら恋は改めて。
「明けましておめでとう。これからもよろしくね」
お約束の言葉を口にした。
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