アイジョウタコサン1/8
アクセスありがとうございます!
お弁当の定番といえば?
おにぎり、たまご焼き、から揚げ、ハンバーグ。
色々たくさん。
それぞれの家庭にそれぞれのお弁当、故に人それぞれ定番は違う。
私の定番ですか?
もちろんタコさんウィンナー。
八本に分かれた足、ゴマの目とお口。シンプルでも可愛い存在感。
これこそお弁当の定番です。
◇
七月、期末試験を翌週に控えた金曜日の撫子学園高等部。
『――一年一組、鷲沢優介。至急職員室まで来るように』
二時間目の終了と同時にスピーカーから放送が流れると、教科書を片付けていた優介の手がピタリと止まる。
「ユースケ呼ばれてるよ」
クラスメイトが注目する中、恋がわざわざ席まで来て報告してきた。
「……聞こえてる」
「今度はなにやらかしたんだよ」
「お前じゃねぇんだ。なにもしてねぇ」
続いて孝太までも寄ってくるので優介の表情が険しくなる。
目つきが悪く俺様主義の優介だが品行方正、問題など一度も起こしたことがない。これで口の悪ささえ治れば模範的生徒なのだ。
日々平穏を切り盛りする為特別待遇があるとはいえ、元々不正行為には無縁の存在。故にこのように呼び出しを受けるのは初めてだった。
「面倒だが行ってくる、お前らは先に美術室行っとけ」
十分後――場所は変わって撫子学園中等部の家庭科室。
「本日急病である大崎先生の代わりを用意した」
教壇で三年一組、二五名の生徒に報告するのは着流し姿の老人。
撫子学園の創設者であり学園長、加えて四季美島最大権力者として大物政治家に太いパイプラインを持つ孝太の祖父、白河十郎太その人だ。
「知ってる者もおるじゃろうが、高等部の一年生であり日々平穏の店主でもある鷲沢優介じゃ。みなの者、拍手」
「……よろしく」
途端にパラパラと遠慮がちな拍手が起こる(一人これでもかと歓迎の拍手をしていた)。
十郎太の隣りに立つ優介は心臓の弱い者なら病院行きしそうなほど不機嫌丸出しだ。
「こりゃ優坊、もっと愛想良くせんか」
「うるせぇ黙れ。あと優坊はやめろ」
聞く耳持たずで呆れる十郎太だが、職員室に到着するなり中等部へ連れ出されれば不服なのも仕方のないこと。
道中の説明によると、急病で学校を休んだ中等部の家庭科担当の教員に代わり調理実習の採点を優介が受け持つという内容。
もちろん優介は反発した。
なぜ学生の自分に頼む、そもそもなぜ十郎太がここにいると怒涛のような反論を口にした。
だが小等部や高等部の家庭科の教員が授業で時間が取れなく、学生であり一定食の店主である優介なら代わりは朝飯前。なにより試験期間は昼の営業が禁止なので空いている――と、たまたま学園に来ていた十郎太の一言で選ばれたという。
もちろん自身の三、四時間目の出席も何とかするとまで言われたが――
『たまにはワシの学園に貢献せい』
これが最後の口説き文句となり優介もしぶしぶ了承することとなった。
そもそも優介や恋愛コンビの特別待遇は彼が出したことであり、なにより好子と同じく逆らえないもう一人がこの十郎太なのだ。
「しっかり面倒をみてやるのだぞ」
豪快に笑いながら十郎太は家庭科室を出て行ってしまう。他の教員もいないのは信頼の大きさだ。
「面倒だが俺が受け持ってやる。予定ではなに作るんだ」
しかし優介の迫力に室内は実に重い空気が圧し掛かり、一人を除いて答える生徒は誰もいない。
「肉じゃがにハンバーグとなっております」
挙手をして立ち上がった愛はわざわざ優介の元まで歩いていく。病気の為同い年でありながら一学年下、中等部三年一組の彼女は初めて授業を共に出来るので機嫌がいい。
「なんだ、その組み合わせは」
「前回の授業にて生徒の意見を聞いた結果です」
「……メニューぐらい教師が決めろ。まあいい、とりあえずレシピを書いていく」
音を出したら地獄に落ちるかのような緊張感で室内は静まり、優介が黒板に二品分のレシピを書くチョークの音のみ。
ちなみに愛は助手のように横に立ったままだ。
「――こんなものか。さて、調理に入る前に一つ言っておく」
チョークを置いて再び生徒らに向き直れば緊張感が更に高まる。
「採点についてだが、俺は美味い不味いで評価する気はない。このクラスは随分真面目で大人しいようだが」
静かなのは先輩のせい――などとツッこめる勇者はもちろんいない。
「授業とはいえ調理に関わるんだ。作る時はダチと喋りながらでいいから、少しでも料理を楽しめ。その為ならいくらでも俺に質問してよし。それを踏まえて採点する。もちろん不真面目に調理する奴がいたら蹴りだすからそのつもりで」
最後はどうあれ優介の言葉に生徒達から徐々に固さが抜けていく。
高等部の多くの生徒は日々平穏を利用しているので優介の本性も広まっているが、中等部の生徒はあまり利用しないのでただ怖い先輩と思っている者が多い。
だが今の発言でそれが勘違いだと気づいたのだろう。
「分かったならさっさと――」
少しだけ和らぐ空気の中で授業が始まると誰もが思っていた矢先、いきなり教室のドアが開いた。
「おーす、優介ー」
「……なにしに来やがった」
「いやいや、白河のじーさんから連絡あってさ。届け物にきたんよ」
睨みつける優介にお構い無しで好子は教壇の上にバッグを置いた。その中には彼が愛用している包丁一式と食材など。
「いやー優介に先生させるなんてじーさんも面白いことするねぇ」
「おい……包丁は分かるとして、なんで食材まで買ってんだ」
「だって料理すんでしょ? なら材料いるじゃん」
「普通、教師は作らないだろ」
「せっかくだから調理するとこ披露してやんなよ。この子らもいい勉強になるさね」
「……それはいいとしよう。だが……これは何の冗談だ」
フルフルと震える手が取り出したのはフリフリ花柄エプロン。ピンクを基調とした実にファンシーな一品だ。
「いつもの調理服に着替えるわけにいかんしね。ならエプロンが必要だと思ってわざわざ買ってきた」
「店のエプロンがあるだろうが!」
「愛、これつけてる優介の写メ撮ってスマホに送って」
「了解しました。お姉さま、ナイスチョイスです」
「ナイスじゃねぇぇぇぇっ!」
散々言い争ったところで好子にも頭が上がらない優介はエプロンを着用して授業を始めることとなった。
結局のところエプロンなしで調理するなど料理人としてのプライドが許さなかったのだろう。
フリフリ花柄エプロンの優介というミスマッチな組み合わせに笑いを堪えるのが必死な生徒達(愛は顔を赤らめ盗撮していたが)。
なんともグダグダな実習になると予想された――のだが、いざ始まれば優介の華麗な手つきにみんな釘付けとなった。
「……お前らも始めろ」
『は、はい!』
それに気づいた優介が注意して、各々実習に入る。
「あの……先生」
開始間もなく、一人の女子生徒に声をかけられ優介は表情を歪めた。
「先生は止めろ。なんだ」
「えっと……じゃがいもが上手く剥けなくて。コツとかあるんですか?」
「貸してみろ」
説明しながらも皮が途切れることなくシュルシュルと剥けていく様子に、女子生徒は見惚れてしまう。
「こんな感じだが、無理して包丁を使って怪我でもしたら大変だな。慣れるまではピューラーでも使え」
「は、はい! ありがとうございます!」
顔を赤くした女子生徒は深くお辞儀をして自分の班へと戻っていく。
それが皮切りとなり優介のワンマンショーが始まった。
「すみません! ニンジンの切り方なんですが――」
「それなら乱切りにしろ。表面積をわざと広くすれば煮込む時にだし汁が滲みやすい」
「塩適量ってどれくらいですか!」
「適量って書き方は分かりにくいな。ちょっと見てろ」
「ハンバーグパテの空気抜きってなんですか?」
「空気抜きってのは型が崩れないようこうやって――」
次から次へと生徒が質問に来ても優介は嫌顔せず丁寧に教えていく。
やはり料理好きなのか調理中は機嫌がよく、なにより宣言どおり料理の楽しさを知ってもらいたいのだろう。
「鷲沢先輩って、もしかして良い人なのかも……」
「ワイルド系料理男子……かっこいい……」
親切心と調理の華麗な手つきに魅了され、女子生徒らの評価がどんどん上がっていく。
「……気にいらない」
その代わり愛の機嫌がどんどん悪くなっていた。
「あの女狐ども。優介さまの優しさにつけこみ調子に乗って……」
「……上條さん?」
「ですが優介さまのお気持ちを考慮するとお邪魔できません。このジレンマどうしてくれよう」
「よそ見しながらタマネギの微塵切りは危ないと思うんだけど……」
「閃きました。私も優介さまに指南していただければいいのです」
「聞いてないし……て、どこ行くの!」
同じ班のクラスメイトを無視して愛はトテトテと順番待ちの列に割り込み。
「優介さま。教えてもらいたいことが――」
「お前の腕ならこれくらいの料理は問題ないだろう」
「…………はい」
元々優介が不在の際は愛が厨房を担当しているので、もっともな言い分にトボトボと班に戻っていく。
「あの……この大量に切ったタマネギどうするのかな?」
「気にいらない気にいらない気にいらない――」
「いいか、野菜を切るときは添える手をにゃんこの手にしてだな――」
『キャー! 先輩可愛い~!』
「上條さん? 血走った目で包丁持ってなにを……てっ! 危ないから! 男子ども上條さん止めるの手伝って! 先輩の人気にヘコんでる場合じゃないから!」
一班を除いて平和に実習は続き、仕上げの段階になるとさすがに質問してくる生徒は少なく各々料理を完成させた。
その後も優介による試食で手料理を食べてもらい顔を赤らめる女子生徒に苛立ちを募らせる愛、評価とアドバイスに感激する女子生徒に嫉妬する愛と負のスパイラルは続く。
「……タマネギを入れない肉じゃがか。ずいぶん斬新だな」
挙句、愛の手によって全て微塵切りにされたタマネギは煮込まれて溶けてしまう結果となり、その評価に落胆してしまう始末。
「だが溶けたタマネギによって自然な甘さが出ている。調味料の配合も調整しているしな、良い出来だ」
箸を置きながら付け加えた優介の言葉に愛は完全復活。
実習中、常に愛のテンションに左右された同じ班のクラスメートは安心するが――
「最後に俺の料理を試食したい奴はしろ」
「わ、美味しい~!」
「見て見て! ハンバーグがハート型になってる!」
「肉じゃがのニンジンはお星さまだ~」
「鷲沢先輩オシャレー!」
再びうなぎ登りな優介株に愛のテンション一気に下降。
「先輩! 今度は個人レッスンしてください!」
その一言がとどめとなり――
「妻の私を差し置いて付け上がるなぁぁぁっ!」
愛は壊れた。
*
――白い壁、清潔な空気に混ざる消毒液のにおい。
身体が弱い私は昔から少しでも体調を崩すとすぐにこの場所へと送られる。自宅の次に過ごす時間が長いくらいに。
でも今回は少し長すぎた。
大きな発作を起こして長期入院。
しかも手術となり、もう半年はここにいる。
おかげでもう一年義務教育を受けなければならない。本当に面倒だ。
その代償として術後の経過は安定、この発作ともお別れできるのならば良しとしてもいい。発作がなくなっても私の身体が病弱なままなのは仕方ないが、もともと身体を動かすのはさほど好きではないのでかまわない。
読書を満喫しているとノックの音。
長い入院生活で音だけで誰が来たか判別できるようになった(病院関係者の他、ここに来るのは主に三人だけでもあるし)私は本を閉じてドアに視線を向ける。
『元気にしてるかね』
いつものように綺麗に着こなした着物姿の優しい声。この声を聞くと温かい気持ちになれるので嬉しくなる。
『はい。今日はとても気分が良いです』
『そうかそうか。それはよかった』
私の祖母。ここより遠い島で暮らしているにも関わらず、姉の次にお見舞いに来てくれる優しい祖母。
祖母と話す時間は、入院生活で数少ない楽しみ。
そうです。退院したら祖母の家に行きましょう。
小さい頃に一度行ったきり、これはとても楽しい時間になりそうです。
それに豪快で愉快な祖父と、最近家族になったらしい少年がいる。うん、楽しみが一つ増えた。
楽しみにしていたのに……まさか、あのような形で島に訪れるとは思っていなかった。
少しでも面白そう、続きが気になると思われたらブックマークへの登録、評価、感想などをお願いします。
読んでいただき、ありがとうございました!