秋の章 ソフィノココロ 後編
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同時刻、ソフィは保健室にいた。
終業式の為か職員会議などで忙しい保険医に鍵を借りて、手の治療も既に自分で済ませているが戻る気配はない。
いや、戻れない。
ソフィもカナンがただ保健室に治療の為に行けと指示したとは思っていない。調子を取り戻すまで戻って来るなという意味だ。
なら早々に自身の問題を解決すればいいのだが、その糸口が全くない。
そもそもソフィの不調は体調面ではなく心の問題、優介へプレゼントするマフラーをなくしてしまったのだ。
気づいたのは小等部から戻ってすぐ。
着替えの為に更衣室に入りバッグを開けたら紙袋が消えていた。最初に着替えた時も、更衣室を出る時もちゃんとあったはずなのだ。
ならば小等部に向かう途中か戻る途中で落としたかだが、その間にバッグを開けたのは孝太にタオルを渡す際の一度きり。
つまり行きで落としたことになるが、同じルートを戻ったのにあれほど目立つ紙袋が落ちているのを見落とすハズがない。
最後の可能性はドーナツを配っていた約一時間、空き教室に荷物を置いていた間に何者かが盗んだかだ。
小等部の生徒は終業式に出ているが中等部の生徒は大掃除で校舎内を自由に動けたし、教員も同じ。
だがこの推理も矛盾している。
もし窃盗をする犯人がいるとすれば金目の物を盗むのに同じバッグに入れていた財布が無事、金目の物とは思えないマフラーだけを盗むのはおかしな話。
そもそもこの学園の生徒達が盗みを犯すとは思えない。
引っ越してまだ一月、しかしわずかな時間でもソフィはこの学園――いや、この島の住民がどれほど心清らかな人達か理解できる。
海外から来た自分たちを温かく受け入れてくれて、気さくに話しかけてくれて、優しくしてくれた住民がそんな酷いことをするとは思えないのだ。
故にソフィは混乱していた。
盗まれるはずがない、落としてもいないプレゼントが神隠しにでも遭ったかのように忽然と消えてしまったこと。
同時に落ち込んでいた。
せっかく自分の気持ちを込めて編んだマフラーを優介に渡せなくなってしまった現実に。
そして今は悔いていた。どんな理由があろうと中途半端な気持ちで厨房に立ち、結果として優介を危険にさらし、カナンに辛い役回りをさせたことに。
「どうして私は……っ」
「ごめんごめん、電話してたら遅くなっちゃった」
不甲斐なさに涙を零すソフィだったが、自身の気持ちとは裏腹な、脳天気な声に顔を上げる。
「恋……さん?」
声の主は学食にいるハズの恋で、唖然とするソフィに構わず室内へ。
「やっぱ治療終わってたか。ほんとゴメン、あたしがしてあげるつもりだったんだけど」
「どうしてあなたが……」
「だから怪我の治療をしてあげよっかなって。でもさすがソフィさん、一人でもちゃんと出来たか。ならお節介だったね」
「そうではなくて……お仕事はどうしたんですか? もしかして優介さんに様子を見てくるよう――」
「なんでユースケがわざわざあたしを向かわせるのよ。これはあたしの独断」
「……ですよねー」
どこか残念そうに肩を落とす姿に苦笑し、恋はソフィの前に椅子を引き寄せて座った。
「で? いつも完璧に達振る舞う二歳上のお姉さんはどうしちゃったの」
「もしかして心配してくれてここへ?」
「まあね」
「……どうしてです」
「は?」
訝しむソフィに首を傾げる恋だったが、すぐさま納得。
「もしかしてライバルのあたしが心配するのは変、みたいに考えた?」
「それは……」
「じゃあ逆に聞くけどさ、もしあたしが落ち込んでたらソフィさんは無視するの?」
「するわけありません。ライバルである前に友達だと思ってますから」
「なら難しく考えなくていい。違う?」
「違いません……」
「理解してくれてなにより」
笑顔を見せる恋に心が少し晴れていくのでソフィはなるほどと感心する。
日々平穏の看板娘兼住民のアイドルの片割れ、恋の評判はこの一月で充分すぎるほど耳にしていた。
中でも特に聞くのが彼女の笑顔だ。
どれだけ疲れていても、落ち込んでいても恋の笑顔で出迎えられれば元気になる、心が軽くなる。
先代のイチ子とはどこか違うのに、不思議と似ているらしい。
確かにこれほど無邪気な笑顔を向けられれば人気が出るのも無理はない。
「で、もっかい聞くけどどうしちゃった?」
「えっと……それは……」
まあだからといってソフィも素直に話せなかった。いくら友人でもライバルである恋に『優介に渡すプレゼントをなくしてしまった』などと言えるはずもなく、話したからと言って解決できるとは思えない。
などと思考を巡らせてしまうソフィに対し、恋はため息一つ。
「オレンジ色の手編みのマフラー」
「……へ?」
「もっと詳しく言えば、赤と緑のチェック柄の紙袋に入ったオレンジ色の――」
「どうして恋さんが知ってるんですか!」
平然とした顔でキーワードを口にする恋に思わずソフィは叫んでいた。
「ああ、やっぱあんたのか」
「そうですけど! え? いつ見たんです? というかどうして私が――!」
「うん……詳しく話したげるから落ち着いて」
全く話を聞こうとしないソフィを宥めて、恋はスマホを取りだした。
「さっき電話してたって言ったでしょ? それって四宮さんのことで……あ、四宮さんってのはおまわりさんね」
「おまわりさん……?」
「そ。あんたのこと気になって学食出たらかかってきてさ――」
恋が続けるには、つい先ほど落とし物として届けられたらしく、それが恋の物ではないかとわざわざ連絡してくれたらしいのだが。
「この時期にユースケ当てのメッセージカードが添えられた手編みのマフラーなんて用意するの、あたしか愛のどちらかだって得意げに言ってたわ」
「……なら愛さんの可能性もあるじゃないですか」
「あの子のプレゼントは手袋なの。バイク用ので、ユースケとお揃いにしたいからって自分のも買ってたけどね」
「どうして愛さんの用意しているプレゼントを知っているのですか……と言うか、そもそもどうして警察の方が恋さんの携帯番号を知ってるんです?」
いくら顔が広いと言っても警察の人がプライベートの携帯番号を知っていることに疑問を持つソフィだが、理由は教えてもらえなかった。
しかしこれで謎は解けた。
つまり小中等部へ向かう途中、孝太にタオルを渡すために開けたバッグを閉め忘れ道中に落としてしまい、それを帰る前に善良な誰かが拾ってわざわざ交番に届けてくれたということで。
「つまりソフィさんの不安のタネは、大事に交番で保管されてるってこと。安心した?」
「はい……よかったです。本当に……」
胸の支えが取れて安堵するソフィにようやく笑顔が戻り、恋は立ち上がった。
「ならさっさと戻る。あんたも不甲斐ないままでいられないだろうし、いい加減に戻らないと愛がぶっ倒れるかもしれない」
「愛さんが……ですか?」
遅れて立ち上がり恋の後を追うソフィは首を傾げてしまう。
「きっとあたし達が抜けた穴埋めしてる。つまり一人で厨房と盛りつけ、これ以上あの子にカリ作るわけにもいかないでしょ? お互いに」
「そうですね……。恋さんにも、今度お礼をしないといけません」
「お礼なら拾ってくれた人にじゃない? ま、でもお礼してくれるならこれ以上ユースケの調理のジャマしないこと。それと――」
恋は歩きながらソフィの背中を叩いた。
「気を遣って悪役買ってくれた妹のね。二歳上のお姉さん」
それは厨房でカナンがきつく叱ったこと。
もしカナンが言わなかったら間違いなく優介が同じ事を口にしていただろう。
ジャマになるから消えろ――と、好きな人に拒絶の言葉をかけられるのは、どんな真意があっても辛いこと。
だからあえてカナンが突き放したのだ。
姉の気持ちを知る故に。もちろんソフィも分かっていた。
「恋さんに言われるまでもありません」
だからソフィは力強く歩を進めた。
◇
「本当にすみませんでした。もう平気です、だからもう一度私にやらせてください」
学食に戻るなり深く頭を下げるソフィの表情を見詰め、カナンは安堵の息を漏らす。
「……今度はホントウにいけそうね。ユウスケは?」
「愛、休憩に入れ」
「わかりました」
答える代わりに盛りつけをしていた愛に指示を出し、優介はすぐさま自分の作業に戻ってしまう。
「ありがとうございました」
少し顔色の悪い愛にすれ違いざまソフィは礼を言う。
「礼を言うならこれ以上優介さまの足を引っ張らないでください。ついでに姉思いの誰かさんの」
「……はい」
先ほどと同じような発破をかけられてしまい苦笑する。
ちなみに恋と言えば無断で抜け出していたことを一人一人に謝罪していた。
「ほい」
「ええ」
ただ愛にのみ謝罪を口にせず、すれ違いざま飲み物を渡すのみ。
自分の負担を負わせたお礼なのに感謝を伝えるどころか視線も合わせようとせず、また普段の愛なら嫌味の一つも言いそうなのに自然に受け取るのみ。
その一瞬で垣間見えた二人のやり取りが『後は任せて』『しっかりやりなさい』と言っているようで。
いつもは顔が合えば挨拶代わりに言い争うのに、いざとなれば会話もアイコンタクトも必要ない、まさに心が通じ合った関係がソフィの印象に残った。
同時に悔しく思う。
自分も優介を巡るライバルのハズなのに、まるで蚊帳の外。
故にソフィは、いつか必ずあの二人が無視できない存在になると。
そして最後に優介を振り向かせるのは自分だと心に秘めた。
「……よしっ」
まず一歩一歩、やるべき事をやる。
今は優介とカナンの補佐が仕事だと両の頬を叩き気合いを入れた。
以降は大きなミスもなく作業は進み、予定より一〇分遅れの午後五時四〇分。
「よし……完成だ」
「ミンナ、お疲れさま!」
最後の行程を終えた優介にカナンが両手を挙げるのを合図にメンバーとギャラリーを含む全員から拍手がわき起こった。
そして片付け作業が終了するなり着替えるのももどかしく、コートを羽織ったソフィは学食を飛び出した。
◇
クリスマスイルミネーションの輝く商店街をソフィは走っていた。
両手で包み込むよう大事に抱えている緑と赤チェックの紙袋は、先ほど交番で引き取った優介へのクリスマスプレゼント。拾い主にも後日お礼に伺うと伝えた際、警察官にプレゼントのことで冷やかされながらも『きっと喜んでくれるよ』と温かな言葉で送り出してもらえて嬉しかった。
朝から降り続けている雪の隙間に学園の灯が見え始めてソフィの胸が高鳴る。もうすぐクリスマスパーティー、楽しい楽しいイベントだ。
そんな気持ちを抑えるように歩みが徐々にゆっくりとなる。
息を整えておきたいのもあるが、積もった雪で転んで汚れてしまっては台無しだ。
腕時計を確認するともうすぐ六時半、既にパーティーは始まっているが構わない。
クリスマス・イヴの今日、優介にこのプレゼントを渡すことがすべきこと。
帰りがけに優介を呼んでこっそり渡すつもりだったのに、恋愛コンビに当てられ大胆な行動に切り替えた。
パーティー中、みんなが見ている前で渡す。
これくらいの強い意志がなければあの二人に追いつけない。
果たして優介はこのマフラーをプレゼントされてどんな表情をするだろう?
それに恋と愛の反応も。
楽しみがまた増えた。
まあ、それくらいのことで鈍感な優介が気づくとは思えないと、逃げの心がある故の大胆さなのだが。
「ふふふ……」
などと思いを巡らせ表情を緩めるソフィだったが、学園前にあるバス停のベンチに座る人影が視界に入る。
それは赤いコートを着た小学生くらいの女の子。
まだ遅い時間ではないが冬の日は落ちるのが早いので既に真っ暗なのに一人でどこへ行くのか、と首を傾げていたが小さな嗚咽が耳に入り慌てて駆け寄った。
「どうかしましたか?」
声をかけられ顔を上げた女の子はやはり泣いていたが
「ヒック……ヴ……サンタのおねえちゃん……?」
「サンタ……? ああ」
思わぬ呼称に目を丸くしてしまうが、顔を見て納得。昼間にサンタ企画でドーナツを配った際、四年生の列にいた生徒だ。
あの時のソフィはサンタコス、今も赤いコートを着ているので勘違いをしているのだろう。
相変わらずこの島の子供達は純朴だ、と思わずほっこりしてしまうが、女の子の手や膝が泥で汚れていることに気づきハンカチを取り出した。
「もしかして転んでしまいましたか? 痛かったでしょう……でも怪我はないようですから泣かないで――」
「ちがうの……ころんじゃったけど……痛いんじゃなくて……」
「え……あ――」
泥を拭き取りながら女の子が横をちらちら気にしているので、視線を向けたソフィも涙の理由を理解した。
女の子の隣りに鎮座しているクリスマスカラーの紙袋が泥水で汚れている。
そして黄色いマフラーも半分以上が水浸しで。
辛そうに語る女の子が言うには、先ほどまで幼なじみの男の子と毎年恒例の家族合同クリスマスパーティーをしていたらしいが、そのパーティー中に男の子が指輪をプレゼントしてくれたのこと。
もちろん本物ではなく玩具の指輪で、食玩か何かで手に入れた物を自分はいらないからと渡された。
でも今日はクリスマス・イヴ、ただのプレゼントも特別な物へと変わる。
これまでクリスマスにプレゼントをしてくれるのは両親かサンタさんだったのに、男の子から初めてもらえたプレゼントに女の子は嬉しくて、お返しがしたくて貯金箱を手にパーティーを抜け出して商店街でマフラーを購入したのだが――
「ころんじゃって……道路に……飛んじゃって……」
急いで帰っていた為、雪に足を滑らせ転倒し、その拍子に道路へと投げとんだプレゼントが不幸にも車に轢かれてしまった。
「そう……でしたか」
辛い告白にソフィは自分のことのように胸を痛めた。
きっと女の子はその幼なじみのことが大好きで、初めてもらえたクリスマスプレゼントが嬉しくて、自分も同じように喜んでもらいたかった。
マフラーを手に入れて、早く笑顔が見たいからと急いで、結果このような結末に。
「では…………いいえ、違いますね」
解決するのは難しくない。
でもソフィは女の子の気持ちを大切にしたくて考えを改め、汚れた紙袋へマフラーを入れた。
「サンタのおねえちゃん……?」
「はい、私はサンタのおねえちゃんです。だからクリスマスの日は奇跡だって起こせちゃいます」
一連の行動に首を傾げる女の子へソフィは微笑みかけ、紙袋を掲げた。
「いいですか? 目を閉じて十数えてください。出来ればその間、男の子を思い浮かべてくれると嬉しいです」
「……うん。いち、に、さん――」
言われるまま目を閉じ、祈るように数え始める女の子。
「じゅう。わぁ……!」
そして目を開いた女の子が声を上げて驚いた。
無理もない、ソフィが手にしていた紙袋が綺麗になっているのだ。
「どうして……? え、すごーい!」
「本当の奇跡はこれからです。ほら」
目を輝かせる女の子へソフィは紙袋から取り出したマフラーは黄色ではなくオレンジ色、しかし汚れは一つもない。
「あらら、色が変わってしまいました。ですが仕方ないかもしれません。これはあなたが男の子を思う心の色ですから」
「こころの色……?」
「ええ。知ってますか? 大切な人を思う心の色はとっても温かな色なんです」
「うん……あったかい色してる。ううん……本当にあったかーい!」
マフラーをギュッと顔に埋める女の子は満面の笑顔で、ソフィも釣られて微笑んでしまう。
「ではあなたの気持ちが詰まったマフラーをプレゼントしてあげてください。お家まで送ってあげます」
「ううん、平気! サンタのおねえちゃん、まだまだプレゼント配らなきゃいけないから忙しいでしょ」
「わかりました。あ、一つだけお約束。今日のことはあなたとサンタさん、二人だけの秘密です」
「うん! 約束する。それと……これあげる」
紙袋を受け取り、代わりに女の子はポケットからカイロを取り出した。
「こんなのしかあげられないけどサンタのおねえちゃんにもクリスマスプレゼント! 風邪を引かないようにお仕事がんばって」
「はい。あなたも気をつけて帰ってください」
「ありがとうございます! サンタのおねえちゃん!」
手を振り駆け足で住居区へ向かう女の子が見えなくなるまでソフィは手を振り
「……はぁ、温かい」
プレゼントされたカイロを頬に当てそのままベンチに腰掛けた。
「上手くいってよかったです」
安堵しつつベンチの下から取り出すのは汚れた紙袋、もちろん女の子が買ったマフラーだ。
あれは奇跡でも何でもなく、ただ目を閉じている隙にメッセージカードだけ抜き取った自分の物と取り替えただけ。
つまりソフィの手には水浸しのマフラーとメッセージカードだけが残った。
優介の為に編んだ大切なマフラーは女の子から幼なじみへのクリスマスプレゼントとして渡されるだろう。
解決するのは難しくなかった。
女の子を連れて商店街へ行き、ソフィがお金を出してマフラーを購入すればいいだけだ。
しかしソフィはあえてこんな回りくどいことをした。
理由は簡単、女の子の気持ちを大切にしたかった。
自分をサンタクロースと信じている気持ち、なにより大切な人への初めてのプレゼントに込めた大好きな気持ち。
買い換えることは出来ない最初の心、だから女の子に自分の買ったプレゼントと思い込んでもらう必要があった。
結果として自分のプレゼントを失ったがソフィに後悔はない。
女の子の純粋な心と笑顔を守れたのだ。
後悔はない、だが――
「はぁ……」
やはり残念な気持ちはあるのか小さなため息が漏れてしまう。
せっかく用意したプレゼント、自分にとっても初めて好きな人の為に編んだマフラーを渡せない。
「どう……しましょうか」
喜びと悲しみとが入り交じった微妙な感覚にソフィは気持ちの整理が上手く付けられなかった。
「取りあえず、このくそ寒い場所から移動することを進めるが」
「ええ、ですがパーティーという気分にもなれなくてですね…………へ?」
つい反射的に聞こえた声に返答するソフィは、頭を触れられる感触に慌てて顔を上げた。
いつの間にか目の前に優介が立っていた。
いつも通り黒一色の服装で、自分の頭に積もっていたであろう雪を払ってくれている。
「あ……そ……」
「ほう、ならちょうどいい。少し付き合え」
驚きの余り声も出せないソフィに対し、優介はコートのポケットから缶コーヒーを取り出しベンチに置いた。
そしてもう片方から同じ缶コーヒーを取り出し、ソフィの隣に座ると一口。
「……ぬるいな」
「ぬるいな――じゃありません!」
普段通りのマイペースにようやくソフィが突っこんだ。
「どうして優介さんがここにいるんですか! いえ、それよりも……いつから? まさか……見ていたんですか……?」
神出鬼没はもうこの際いいとして、いつから居たかが気になってしまう。
「あん? 二人だけの秘密なんだろう、サンタのお姉さん」
「あぅぅぅぅ……っ!」
しれっと返されソフィは両手で顔を覆い項垂れた。
後悔はないし誇らしいと胸を張れる行動だが、いざ冷静に思い返せば実に恥ずかしい。
それを優介に見られたとなれば羞恥も倍増だ。
「子供騙しとはいえガキの心を尊重しての行動。何を恥じる必要がある」
「そうですけど……はぁ、もういいです」
しかしよく考えれば普段から自分よりも恥ずかしい言動や行動をしていても、平然としている優介(無自覚だろうが)には伝わらないと諦め、ソフィは缶コーヒーを手に取る。
「それよりもパーティーに出席されているはずの優介さんはどうしてこんなところに?」
「どうしても何も帰る途中だ」
「もう帰られるんですか? まだパーティーは始まったばかりですよ」
目を丸くするソフィに優介はコーヒーをまた一口のみ嘆息する。
「もともと最初だけ参加する予定だ。恋と愛にもそう言ってある」
「はぁ……ですが、どうせ参加されるなら最後まで居ればいいのに」
「眠いんだよ」
面倒気に告げる優介の目つきが普段より三割増しに悪いのは眠気をこらえている為なのか。まあ彼は自分と違い朝の四時から仕込みを始めているので当然だ。
「むしろカナンやバカ弟子の方がおかしい。どうしてああも無駄に元気なんだ」
「そうかもしれませんね」
「ついでに、騒がしい場所は苦手でな」
元気の塊のような二人に呆れる優介にソフィは苦笑する。
同じ条件でも周囲の雰囲気に飲まれてむしろテンションが上がっているのだろう。
「故に挨拶だけ済ませて帰ろうとすれば、帰り道でサンタのお姉さんが奇跡を起こそうとしていてな、出るに出られなかったんだよ」
「だから、茶化さないでください」
「しかしまあ、こうして心残りをせずに済んだというもの」
「え?」
「いつの間にか姿消しやがって、カナンが騒いでいたぞ」
「あの……心残り、とは?」
問いかけるソフィの目線に優介が缶コーヒーを掲げた。
「パーティー以前に、共に仕事を完遂させた。なら乾杯するのは礼儀だ」
「……あ」
苦笑されソフィは一つの矛盾に気づいた。
今手にしている温くなった缶コーヒーは優介が持っていた物。
眠気覚ましに購入したとしてもどうして二つも用意していたのか。
もしかすると女の子がプレゼントをダメにしなければ、このベンチに座っていたのは優介かもしれない。
パーティーに出席せず、どこかへ行った自分を待ち続け、乾杯を済ませてそのまま帰るつもりで用意した。
こう考えればつじつまは合う。
だが確認はしない。
したところではぐらかされるだけ。
なにより真意を問わずとも今胸が温まる感覚は本物だ。
「お待たせして済みませんでした」
「全くだ」
故にソフィも蓋を開けて優介の缶へコツンと当てて
「メリークリスマス」
「メリークリスマス、です」
お約束を口にした。
「さて、ようやく心残りも終えたことだし帰るか。お前もさっさとパーティーに参加したいだろう」
「優介さん……あなたという人は……。もう少し話をしようとか思わないんですか?」
雪の降るクリスマス・イヴに二人でベンチに座りコーヒーを飲む、実にロマンチックな
シチュエーション。
にも関わらず無粋に切り上げようとする優介にソフィは呆れてしまう。
同時に再び残念に思う。
ここでプレゼントを渡せばもっと思い出深い時間になったハズ。
「話と言ってもな……ああ、そういやお前どこ行ってたんだ」
考えているところにピンポイントな質問をされてソフィは言葉を詰まらせる。
「それはその……交番へ……」
「交番?」
「はい……落とし物をしたというか……プレゼントをですね……」
「……よく分からん」
徐々に苛立ちが混じる優介の声に観念したのか、ソフィはポケットに手を入れた。
「ちょっとした事情がありまして、優介さんへのクリスマスにプレゼントを落としてしまったんです。で、それを届けてくださった人がいて、交番まで取りに行ったのです……けど……」
徐々に勢いを無くし、代わりに取り出したメッセージーカードを優介に差し出した。
「残ったのはこれだけです」
「……そうか」
「優介さんにはカナンのことでお世話になりましたし、フランスでもこのブレスレットをプレゼントして頂きましたから……感謝の気持ちを伝えたかったんですけどね。結局、このような形になってしまったわけですが」
言い訳じみた言葉を口にするがもう遅い。女の子のプレゼントとすり替えたマフラーが、自分へのプレゼントだとバレてしまっただろう。
「つまり、俺への贈り物がこのマフラーに替わったわけだ」
「はい……」
「ふむ」
濡れたマフラーを手に取る優介にソフィは少しだけ期待してしまう。
「あの……よければ、受け取ってもらえますか?」
汚れているし手編みでもないが、ソフィにとってはもう大切なマフラーだ。
女の子の大切な気持ちを交換したように、このマフラーにはソフィの大切な初めての心が詰まっていると思えた。
「受け取れねぇよ」
しかし優介は丁寧にたたむとマフラーをベンチに置いてしまう。
「あのガキは知らぬが故に自分の心が込められていると信じているが、知る者にはこのマフラーはやはりあのガキが用意したプレゼントだ。お前の用意してくれた物でない限り、受け取るわけにはいかん」
「ですよね……」
「それに、俺にはこのカードで充分だ」
優介はメッセージカードに目を通す。
『Merry Christmas dear YUUSUKE』
特別なことは書かれていない、ごくありふれたメッセージカード。
それでもソフィが心を込めて一字一句、丁寧に書き留めた物。
確かにこのメッセージカードも、マフラーに負けないソフィの大切な初めての心が詰まっていた。
「感謝の気持ちか……まあお前やカナンがこの島へ超したお陰で、恋と愛が無駄にやかましくなったのはうんざりするが」
「それは……」
「しかし、そんな時間も気にならない程度に、こうして共に過ごす時間は悪くないと思えるから不思議だ」
「え?」
思わぬ言葉に視線をあげると、優介は優しい笑みを浮かべていて。
「この温かな心は大切にさせてもらう。感謝する、ソフィ」
「優介さん……っ」
言葉通り大切にカードを胸ポケットに入れる姿にソフィは思わず涙をこぼしてしまい、慌てて顔を背けてしまう。
結局、マフラーを渡すことは出来なかったが充分すぎるほど大切な気持ちを受け取ってもらえたようで。
なにより珍しく優介の本音を聞けた。共に過ごす時間を大切に思ってくれていた。
これほど嬉しいクリスマスプレゼントは他にない。
そして今この瞬間も、二人きりで過ごすクリスマス・イヴ。
ベンチに座りコーヒーを飲む時間、こうしてわずかな時間でも語り合えた時間。
きっと生涯忘れることのない、最高のクリスマス・イブだ。
故に思い出を胸に刻もうと、静かに涙を拭きながら幸せを噛みしめているソフィだったが――
トン
「優介さん……?」
不意に肩へのし掛かる重みと温もりにソフィが視線を向ければ、優介の顔が乗せられていて。
「え? あ? いきなりそんな――」
「…………」
「ですが……あれ?」
思わぬ状況に慌てふためくも、聞こえる寝息に脱力した。
どうやらわずかな沈黙で睡魔が訪れてしまったようだ。
まあ無理もないだろう、ここへ来た時点でもかなり限界が来ていたし、心残りを済ませたことで緊張の糸も切れたのかも知れない。
それにしても――と、ソフィは微笑みを浮かべる。
いつもは不機嫌顔で大人びた雰囲気を見せる優介なのに、寝顔は何ともあどけない。
フランス留学中、登下校で寝るといいながらも結局寝ず、眉間にしわを寄せたままの表情しか知らないソフィには新鮮な顔だ。
なによりこうして無防備な寝顔を見せてくれるのは、あの頃と違い心を許してくれているからかもしれない。
そう思うと嬉しくて、幸せで。
「もう少しだけ……いいですよね」
さすがにこのまま寝かせていては風邪を引いてしまう。
それでもあと少し。
せめて手にしているコーヒーの缶が完全に冷たくなるまでと言い聞かせて、ソフィは優介の寝顔を見詰めていた。
改めて思う。
きっと生涯忘れることのない、最高のクリスマス・イブ。
優しい言葉。
静かな時間。
肩に感じる温もり。
可愛い寝顔。
「いつもお疲れさまです……優介さん」
優介の頭を撫でながら、ソフィは甘い声でささやいた。
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