秋の章 ソフィノココロ 前編
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一二月二〇日。
クリスマスが近づき島中がイルミネーションの輝きで眩い時期、町も鮮やかな光に流れるクリスマスソング、自然と人々の心が浮き足立っている。
のだが、定休日にも関わらず放課後の日々平穏は異様な緊張感に包まれていた。
テーブル席には恋、愛、孝太の三人とソフィ、リナ、琢磨と同じく三人が別れて座っている。そしてカウンター席には優介にカナンとまるで会議でも行うかのよう。
そう、これは会議だった。
「んじゃ、クリスマスパーティーの会議をはじめるぞ」
用紙を手に優介が宣言するように、これはクリスマスパーティーに関する議題。
ただ仲間内で盛り上がるだけのパーティーならこれほど仰々しくならないが、彼らにとっては別の意味がある。
昨年のイヴに撫子学園の学園長、白河十郎太の提案(思いつき)で行った学園全体のクリスマスパーティー。その料理全てを日々平穏が受け持ったのだが、予想以上の大盛況で今年も是非にとのオファーがあった。
加えて今回はアリス・スーリール(新年オープン予定だが)も参加が決まり、生徒達の期待も膨れて今年は何と五〇〇人もの参加希望。
用意する料理数が増えただけでも大変なのに、更に新たな試みまである。故に弟子のリナと恋人の琢磨も参加となり万全を期して挑むこととなった。
「まず始めに言っておく。今回は日々平穏、アリス・スーリールと二店舗体制だが各自で料理をするつもりはねぇ、効率が悪いし店がどうのは客には関係ないからな。よって俺とカナン、両方が中心になって行う」
「つまりワタシとユウスケが料理長よ。別に偉そうにするつもりはないけど、ワタシたちの決定には従ってもらうわ」
微笑むカナンだが目は真剣そのもの、やはり料理になると第三の弄られキャラ的な雰囲気は全くない。
もちろん二人以上の料理スキルを持つ者はいないので、誰からも異論は出なかった。
「じゃあ当日の役割分担から。厨房にはワタシとユウスケ、それと補佐にソフィとアイが入るわ。残りで盛りつけ、時間になったらコウタとタクマは搬入に参加して」
「えー! リナは入っちゃ駄目なのっ?」
なのに早速反論が。優介の愛弟子として調理から外されリナが頬を膨らませた。
「お前の腕じゃ客に迷惑だ」
「あう……」
即座に優介に睨まれ肩を落とす。
「だが今回はさすがに量が多い。よって愛とソフィを休ます為、下拵えのみ参加を許す」
「ほんとにっ? リナも参加できるの」
しかし初の大役に満面の笑み。
「これも良い経験になるだろう。しかし客へ出す料理だ、少しでもヘマしやがったら叩き出すからしっかりと集中するように」
「は~い!」
「よかったねリナちゃん」
琢磨も自分のように喜び甘い空気。
もちろん無視して優介は続けた。
「下拵えの開始は当日の午前四時、場所は学食。メンバーは俺、カナン、バカ弟子の三人。残りは九時に集合、白河の爺さんには俺たちの終業式免除は伝えている。遅れるなよ」
「そこから休憩を挟むけど、終了予定の午後五時まで長丁場よ。当日は万全の体調できてね。あとお昼に小等部へのサンタさん企画にはソフィ、レン、タクマ、トナカイの三人と一匹でお願い」
ウィンクしつつ告げるカナンの言うサンタ企画は新たな試みだ。
去年行われたパーティーは中高等部の生徒を中心にしたが、噂を聞いた小等部の生徒から羨ましいとの声が多かった。
だが九時までのイベントに小学生を参加させること、これ以上の参加数は会場が狭すぎるという問題がある。
なにより優介が『ガキの内は家族で楽しむべきだ』と主張し、今年も不参加という方向になった。
しかし参加できない代わりに何か思い出があればとの心遣いで決まったのがサンタ企画。小等部の終業式でサンタに扮装したメンバーが、優介とカナン特性のドーナツをプレゼントというサプライズだ。
まあお陰で一人につき二つ、計六〇〇個ものドーナツを作るため前日の祝日に学食へ入り浸り、先の調理メンバーはひたすらドーナツを揚げ、残りのメンバーはひたすらラッピングと余計な仕事が増えたり、去年のように前日から下拵えが出来ずに午前四時からと更に苦労が増えたのだが。
しかしこのアイデアには小等部の生徒も喜ぶだろうと十郎太も快く賛同してくれて、食材費も心遣いに感謝した保護者の寄付により実現できた。
「ホントウは料理長のワタシたちが行くべきだけど、時間は限られてるしユウスケが行くと泣いちゃうかもしれないから愛想のいいメンバーで構成させてもらったわ」
「……ふん」
付け加えるカナンに優介は鼻で笑うもどこか傷ついていた。
「ここまでで質問はあるかしら?」
取りあえず一区切りついたところでカナンが意見を求めると、孝太が即座に手を上げた。
「あらコウタ、なにか分からないところでもあった?」
「あったぜ。みんながスルーしてて俺も勘違いだと思ったけどさ、わりと重要な問題だ」
神妙な顔立ちで孝太は立ち上がり
「サンタ企画のトナカイって俺のことっ?」
力いっぱい叫んだ。
「他に誰がいるの?」
「やっぱりか! つーかまさかまた今回も俺はトナカイか? あのトナカイになって働くのかっ? しかも小等部の校舎ねり歩くのかっ?」
「ダメなの?」
「ダメだよっ? 暑いし重いしあんな格好で歩いてたらいい笑いものだろ!」
「今さらだ」
「去年も見事なトナカイだったしねー」
「お似合いでした」
主張する孝太に優介と恋愛コンビからあまりな言い分。
「好評と聞いていたので私も楽しみにしています」
「さすが考ちゃん先輩って感じだもん」
「俺も、変わってやりたいけど白河以上のトナカイになれる自信ないしな」
更にソフィとバカップルからフォローにもなっていない励まし。
こうなると拒否権はなく、むしろ与えてもらえず。
「せめて一匹は修正してくれ!」
孝太は小さな願いを口にした。
そして二三日。
予定通り正午から学食の調理場で優介とカナン主導によるドーナツ作りが始まった。
生地をこねては形にし、ストロベリーシュガーとミルクシュガーをまぶしてクリスマスカラーにちなんだピンクと白のドーナツが完成。
それを袋に詰めて同じく赤と白のリボンでラッピング、段ボールに纏めて保冷庫へ移動。
これを永遠繰り返し夜七時に終了。
しかし明日は約一三時間の長丁場が待っているので気は抜けず、浮かれ気分もなく一同は帰宅した。
◇
商業区に観光業が成功し移住者が増えたことで建設された築十年のマンション。その一室を間借りしてカナンとソフィは暮らしていた。
間借りというのは来月からオープンするアリス・スーリールの二階が住まいとなるからだ。
今だと日々平穏まで徒歩二〇分の距離が学園を挟んで半分の一〇分、ご近所付き合いになることをソフィは大いに喜び恋愛コンビはむくれていた。
帰宅した二人は入浴を済ませて日課のティータイム。
実のところメイド職が本業のソフィは料理よりもお茶を淹れる方が上手い。
今日は疲れを取るためにローズヒップティー、フランス貴族のお嬢さまらしく優雅な時間――
「さっすがに……疲れたよ~」
「お疲れさまです、カナン」
優雅(?)な時間もさすがに六〇〇個のドーナツを作れば疲労で体裁など気にしてられなかった。
「しょうじきドーナツはトーブン見たくない~」
「でも楽しかったですね。大勢で料理をして、ラッピングをして。日本ではお祭りの準備が楽しいと言うらしいですが本当にその通りです」
「楽しんでるところワルいけどお祭り前はまだ続くのよ。ていうか、明日がホンバン」
「ええ、本番ですね」
気を引き締めるカナンに対しソフィの表情はどこか緩みきっていた。
「……なんでそんなに楽しそうなの?」
「だって楽しみじゃないですか。クリスマス」
取りあえず質問してみればウキウキと返答されて納得。
「ナルホド……ユウスケと初めて過ごすクリスマスだもんね~」
「はい!」
昼間作ったドーナツよりも甘ったるい笑顔で肯定されてカナンは胸焼けを起こしそうだった。
明日のクリスマス・イヴは学園のパーティーで、そして明後日のクリスマスは日々平穏のパーティーにお呼ばれしているので二人きりではない。それでも好きな人と過ごす最初のクリスマスに浮かれるのも無理はない。
実のところヨーロッパではクリスマスは家族で、新年は大切な人と風習が日本と真逆なのでカナンにはいまいち好きな人とクリスマス、にピンとこない。
むしろ新年に向けてもっとアプローチすればいいのにと呆れてしまう。
まあその新年はいつものメンバーで二年参りと初日の出を見に行くと決まっているので関係ないが。
「……そうね。いい思い出作りましょう」
「もちろんです」
日本へ来てすっかり色恋沙汰にドップリなソフィに呆れてしまうが、こうして毎日楽しそうな姉の姿にカナンも嬉しく感じて――
「……?」
いるのだが、ソフィの笑顔を見ていると胸がチクリと痛んだ。
「……どうしましたカナン?」
「ううん、なんでもない」
相変わらず自分の変化に敏感なソフィが首を傾げるので首を振る。
恐らく昼間の味見で甘い物を取り過ぎた胸焼けだと思い紅茶を飲み干して立ち上がった。
「今日はもう寝るわ。明日は早起きしないといけないし」
「本当に起こさなくて大丈夫ですか?」
「ヘーキ。ワタシが料理の仕事で寝坊なんてすると思う?」
「なら普段から一人で起きられるようにしてください……」
「それとこれとはベツよ。ソフィも早く休むこと。じゃあオヤスミ」
「おやすみなさい」
自室に入るカナンを見送りソフィはゆっくりと紅茶を楽しみ、寝静まったのを確認すると静かに片付けて自分も自室に。
部屋にはベッドとテーブル、洋服ダンスに化粧台と必要最低限な物しかないのは、来月から本格的に暮らす新しい住居に合わせて内装を揃える為だ。
「さてと……」
明日に備えて後は早めに休むだけなのにソフィは小さく気合いを入れてエアコンのスイッチを入れて、洋服ダンスに隠していた物を取り出しテーブルに置いた。
それはオレンジ色が鮮やかな毛糸玉と編み針、編みかけのマフラーで後は風邪を引かないように日本で購入したお気に入りの着る毛布を装着しひたすら編み物を始めた。
これは密かに用意していた優介へのクリスマスプレゼントだ。
今月初めに日本におけるクリスマスの風習が好きな人と過ごすと知り、驚きと同時に憧れを抱いたソフィは一番に優介へのプレゼントを思い立った。
しかしこれまで初恋を知らなく、プレゼントをしたこともないのでいったいなにが喜ばれると悩んだりもした。
クリスマス特集と銘打ったティーンズ誌を購入したり、クラスメイト(恋を除いて)に意見を聞いたりと模索した結果、手編みのマフラーに辿り着いた。
理由は少し変わっている。
古いだの、恋人でもない女性にもらったら重いだのという情報誌でもクラスメイトの意見でも手編みの物が不評だと言うこと。
では何故あえて手編みを選んだかは相手が優介故のこと。
古いは言葉を換えれば古式ゆかしいと好みそうで、気持ちの重さなど全く気にせずむしろ心のこもったプレゼントは喜んでもらえる。
なにより鈍感すぎる優介にはこれくらいの意思表示はちょうど良いくらいだ。それにメイド時代に淑女の嗜みとして母親から編み物は習っているので問題ない。
決まれば早速編み針と毛糸玉を購入し、カナンにバレないようこうして毎晩少しずつ進めていた。
カナンに内緒にしているのは料理以外は抜けている彼女がうっかり優介に話さないようにする為だったりする。
色はオレンジ、普段から黒ばかり好んで身につける優介には派手な色だが、留学中に見たココロノレシピを使用する際の輝き、そして温かな色は彼らしいと直感で決めた。
ゆっくりと丁寧に縫い針を動かすソフィの表情は柔らかい。
こうして異性の為にマフラーを編むこと、好きな人を考えプレゼントに悩むこと。
これまで初恋を経験していなかったソフィにとって新鮮なことばかりで。
こうして好きな人の為に考え、心を込めて編むのは相手を思う温かな気持ち。
なのに自分まで温かな気持ちになるのは不思議で。
恋愛は忙しいし不安もある、でもとっても楽しく温かなモノだとソフィは純粋に感じた。
手を止めることなく優介を思い編み続けること一時間ほど――
「できました」
仕上げを終えてソフィは完成したばかりのマフラーを掲げる。
シンプルだが綺麗に縫い上げたマフラーは店で売っていてもおかしくないほど完璧だ。
充実感に見舞われながら自分の首に巻いてみた。
明日、果たして優介はこのマフラーをプレゼントされてどんな表情をするだろう?
どんな言葉をかけてくれるだろう?
分からないけどそれもまた楽しみで、一つだけ分かっていることがある。
きっとこのマフラーのように温かな気持ちにさせてくれる。
「ふふふ……優介さん」
楽しみでマフラーに顔を埋めるソフィの頬は赤く染まっていて。
「大好きです」
恥ずかしげに呟く言葉は蕩けるように甘かった。
◇
一二月二四日――クリスマス・イヴ。
気持ちを浮き足立たせるように早朝から降り始めた白雪が舞い散る中、撫子学園の学食に揃う面々は気を引き締めていた。
「予定通りここからは俺とカナンを中心に愛とソフィで調理、残りは盛り付けを担当する。進行状況によっては休憩を削るから覚悟して仕事しろ」
他の生徒等が教室にいる頃、日々平穏とアリス・スーリールの面々は最終打ち合わせ。
ホワイトボードには優介が書きとめたメニューや料理手順のスケジュール表が貼り付けられている。これから八人で五〇〇人分の料理を仕上げるのでいつも以上に表情は険しい。
「小等部の終業式は一一時だから、早めにサンタ企画のメンバーは着替えて移動ね。その間アイは一人でフォローになるけど平気?」
「あなたに心配されるまでもありません」
「ソフィが戻れば厨房から盛りつけにまわれ。さすがに長丁場だ、体調には充分に気を配るように」
「お心遣いありがとうございます。優介さま」
「…………アタシと扱い違うくない? まあいいわ、時間がないからさっそく――」
「はーいちょっと待ったー」
開始しようとするが孝太が待ったをかけるので優介は舌打ち一つ。
「……なんだ」
「どーせ無駄だと思うけど一応主張させてくれ……なんで俺だけこの格好なんだよ!」
魂の訴えをする孝太は昨年同様トナカイの着ぐるみを着用。今年も赤い鼻がピコピコと点滅していた。
しかし優介と恋愛コンビは去年と違いそれぞれの仕事着で、カナンとソフィはお揃いの調理服、リナと琢磨は制服に日々平穏のエプロンのみと動きやすい格好。
「さっき着替えて移動って言ったよなっ? なら俺も後で着替えりゃいいじゃん!」
「え? コータ今年もその格好で仕事したいって言ってなかった?」
「言ってねーよ! さっきお前と愛ちゃんが無理やり着させたんだろーが!」
「本当に……どうして私が孝太さんのお着替えを手伝わなければ……」
「なら遣らないでよ! 遣った後アルコール消毒とかされたら地味に傷つくし!」
「安心してコウタ。ソフィたちも後でサンタクロースの格好だから、仲間外れじゃないでしょう?」
「そんな心配してねーよ! まさか俺この格好で半日以上過ごすのかっ?」
「痩せそーだね考ちゃん先輩」
「痩せるどころか脱水症状で死ぬわ!」
「白河、そこはぬかりないぞ。後で水泳部の後輩がスポーツドリンク差し入れしてくれるらしいから」
「抜かりだらけじゃ!」
「そんなに嫌でしたら、脱げばいいのでは……?」
それぞれに熱い突っこみを入れる中、もっともな疑問をするソフィに孝太は両目をカッと開き――
「そんなことしたら俺の大事な何かが崩壊するだろ!」
意味の分からないプライドを口にした。
その後、何事もなかったかのように調理が始まった。
◇
開始から二時間、問題と言った問題もなく順調にノルマを消化し一一時、予定通りサンタ企画のメンバーは学食を出ると着替える為に更衣室へ。
「ほんと、今年は忙しいわ」
仕事着の赤い和服を脱ぎつつぼやく恋の隣りで同じく調理服を脱ぐソフィは頷く。
「ですが楽しいです。こうしてみなさんとわいわい準備をするのって」
「否定はしないけど。ていうか、愛はともかくとしてあんたやけに乗り気よね。てっきりクリスマスはユースケと二人で、って考えてると思ったけど」
去年のクリスマス・イヴは特別なお客様を迎える為、パーティーに参加できなかった愛は今年の参加に異論はなく、明日の身内のパーティーも変わらず楽しみにしている。
だが愛以上に積極的な一面を見せるソフィが今日はともかく明日のパーティーに誘った時は二つ返事でオーケーだった。
故に恋が疑問に思うのは最もで。
「恋さんは知ってますか? ヨーロッパのクリスマスは家族で、新年は大切な人と日本とは真逆の認識なんです」
「へぇ……そうなんだ」
「なので特に二人で、とは思いません。こうして大勢で楽しくパーティーをする。なにより……優介さん、恋さん、愛さん、孝太さんのパーティーに私とカナンがお呼ばれして頂いたことは本当に嬉しく思いました。まるでみなさんの家族、と認めて頂いているようで」
「なるほど」
真意を聞き恋も納得。
ソフィとカナンはまだ四季美島へ来て間もなく、本当の家族はフランスにいる。
だからこそ家族で過ごすクリスマスを優介は当然のこと、恐らく自分らとも一緒にいられること、第二の家族として受け入れられたようで嬉しいのだ。
実年齢も上で考えも大人なソフィの無邪気な喜びに恋は自分のことのように嬉しく――
「それに焦らずとも、優介さんとはこれから先何度でも日本式のクリスマスを過ごせますから」
「うっわ……誰かさんと似たこと言ってるよ」
思えなかった。
相変わらずどこかつかみ所のないソフィに恋は警戒してしまう。
「一応否定しとくけどなんであんたがユースケと日本式のクリスマスを過ごせんのよ」
「二歳上のお姉さんですから」
「答えになってないわよ!」
「そうですか? 優介さんのような方には包容力のある女性の方がお似合いだと思いますけど」
「……くっ」
誇らしげに答えるソフィを見詰めていた恋は視線を下に向け、包容力を主張する部分では全く相手にならず唸ってしまう。
「もういい。あんたと話してたらなんか疲れる」
「残念です。私は恋さんとのお喋り楽しいですよ」
「それはどうも。て言うより、早く着替えないと遅れるから」
「ですね……あの、恋さん」
「なによ」
「もう一度、お願いしますけど……変えません?」
頬を染めて主張するソフィの手にはサンタクロースの衣装。
これは去年、愛が着用していたモノで上はともかく下はミニスカート、つまりミニスカサンタだ。
対し恋は去年と同じく普通のサンタ衣装。露出の多い衣装に本来は恥ずかしがりなソフィは交換を何度も頼んでいた。
「愛が着てたのなんてやだ」
だが変わらぬ返答をして恋は黙々と着替えてしまう。
「うぅ……こんな短いの……恥ずかしいです」
「いいからさっさと着なさいよ」
「それに……胸の辺りも窮屈ですし」
「自慢はいいから」
「自慢じゃありません……はぁ」
全く相手をしない恋に観念してソフィは白いストッキングを穿き、サンタ衣装に袖を通す。
ある程度縫い直されているとは言えやはりサイズが小さいのか妙にきわどかった。
「おお、似合う似合う。さすが二歳上のお姉さんね」
「イジワル言わないでください……はぁ」
取りあえず赤いコートを羽織り羞恥心を振り払いバッグを手に取れば、ソフィの表情が少しだけ和らいだ。
バッグの中には赤と緑のチェック柄の紙袋、昨夜完成したマフラーの入った優介へのプレゼントだ。今日のパーティーが終わった帰りに優介へ渡すつもりでいる。
果たして彼はどんな反応をするのか、これもまた楽しみだ。
「ほらほら、早く行くわよ」
「待ってください恋さん」
思いをはせ大事に紙袋を戻したバッグを手にソフィは恋の後を追い校門へ。
既に着替えを終えたサンタ姿の琢磨と変わらずトナカイの着ぐるみを纏った孝太と合流し、早足で隣の敷地へと向かった。
「つーか遅いぞ」
「しょうがないでしょ。あんたと違って着替えなきゃいけないんだから」
「俺だって着替えたかったわ!」
「でも芸人魂が邪魔して白河は我慢したと」
「芸人ちゃうわ! く……無駄な突っこみはよそう……暑さで死ねる」
「あはは……孝太さん、芸人魂を大切にするのはいい心がけですが、汗は拭いた方が良いですよ」
外は雪がうっすらと積もり肌寒いのに顔は汗だくの孝太に同情してソフィはバッグからタオルを取り出した。
「よければどうぞ」
「サンキュ……ところでソフィちゃんはなんでコート着てんの?」
「それは……」
「二歳上のお姉さんだからね~妙にエロイの気にしてんの」
「恋さん!」
「ふむ。よし、サンタ企画を記念に写メ撮ろうぜ。ささ、ソフィちゃんもサンタになろう」
冷ややかな指摘にたまらずソフィが声を張り上げるが、下心丸出しのトナカイに空気が凍結。
「さて、いい加減遅刻するからいこっか」
「ですね」
「あれ? 記念撮影は? つーかソフィさん、タオル貸してくれるんじゃないの?」
「白河は本当にアレだよね」
「どれだよ! つーか綿引、お前も分かるだろ? 男のロマンがあのコートの下にはつまってんだぞ!」
「俺はリナちゃんだけがロマンだ」
「惚気んな! お願いそんな早足で行かないで! この格好で競歩なんかしてたら死ねるから!」
などと雑談しつつ四人は小中等部の敷地へ。
グラウンドを横切りる間、先に終業式を終えた中等部の生徒から笑いを買いつつ(トナカイのみ)職員室で教員へ挨拶、荷物を空き教室に置いて体育館へ行けば小等部の終業式は始まっていた。
そして学園長の十郎太の合図でステージへ登り、驚く生徒等にドーナツを配って歩いた。
結果、サンタ企画のメンバーはサプライズに喜んでくれた純粋な生徒達の笑顔に元気をもらった。
しかし――
「ソフィ、付け合わせのサラダはどうした!」
「……え? あ、すみません! 今すぐ用意しますっ」
「ソフィ、ホイップ作業まだやらないの!」
「そ、そうですね! 今から始めますっ」
午後の作業を開始して間もなく、厨房で優介とカナンの怒声が飛び交っていた。
理由はソフィ、病弱な愛の体力を考えて一人で優介とカナンのフォローをしているとはいえ動きが悪くミスを連発している。
愛と同等の腕を持ち、料理以外のことでも器用にそつなくこなし、午前の厨房でも完璧な動きをしていたにも関わらず突然の不調。
これには盛りつけメンバーも心配している。
「さっきから何してんだ。疲れてんなら休め」
「まだ折り返しよ。休めるのは今のウチなんだから」
「いえ……平気です。持ち直すので気にしないでください」
更には料理に厳しい二人からも気遣われてソフィの表情は沈んでしまい、出来るが故に自分のミスで作業が遅延気味だと自覚しているので申し出を断ってしまう。
信頼も高いので持ち直すと言うならばと二人は作業を再開、事実ソフィの動きもよくなっていた。
だがよくなったのは動きのみ。
集中力が散漫な状態だと返って周囲に対する注意力が欠けてしまい完成したポテトサラダをカウンターに運んでいた際――
「ソフィ! 足下!」
「え――きゃっ」
食材のカゴを避けようともせず進んでいるのに気づいたカナンが注意するも遅く、ソフィは躓き手にしていたボウルをまき散らしてしまう。
更に転倒を避けようと無意識に伸ばした手がお玉やパレットなどを置いていたテーブルを払いのけてしまい、よろめくソフィの頭上へ。
「ちっ!」
焼き揚をしていた優介が即座に反応し、ソフィの手を掴んで引き寄せ何とか回避。
「ユースケ大丈夫!」
「優介さまお怪我はありませんか!」
そのままソフィを守るように倒れ込む優介に恋と愛が慌てて厨房へ。
「騒ぐな……大事ない」
「でも――」
「ですが――」
「それよりもバカ弟子、俺の荷物に替えの調理服があるから取ってこい。綿引はほうきとちりとりの用意、白河は落ちた器具を片付けだ」
さすが優介というか遅れて駆けつけるメンバーに的確な指示、心配する恋と愛にも自分のしていた作業の続きなどを任せていく。
「あ、あの……すみませんでした……私の不注意で……」
突然の出来事に呆然としていたソフィも慌ただしい周囲に自分のミスを悔いて何度も頭を下げる。
「すみませんでしたじゃ――」
「ユウスケ、取りあえずこれで拭きなさい」
まさに優介がソフィへを叱責しようとする寸前、濡れタオルを手にカナンが歩み寄った。
「手や腕が床の油でベトベトよ。それと、ソフィを助けてくれて一応ありがとう」
「…………ふん」
冷静な口調に何かを察したのか優介は怒りを静めてタオルを手にする。
それを確認したカナンは小さく息を吐き、今度はソフィに視線を向けた。
「ソフィ」
「は、はい……」
「少し擦りむいてるわね。保健室に行ってきなさい」
カナンが注意するように調理器具を払いのけた際に切ったのか、ソフィの手の甲は血が滲んでいる。
だがそれは本当にわずかな傷、故にソフィは頭をブンブン振った。
「これくらい平気です。それより私もお片付けを手伝わないと……っ」
自分の不注意で招いたアクシデントで料理を一品ダメにしただけでなく、行程を大幅に遅らせてしまった責任を感じているのだろう。
ソフィの顔には明らかな後悔と焦りが滲んでいた。
「そう、分からないのなら言い方を変えるわ」
しかし小さなため息を一つ、カナンの表情が冷ややかなモノへと変わる。
「ジャマだから保健室にでも行ってきて」
「――――っ」
更に淡々とした口調で冷たい宣告、これにはソフィも肩を振るわせた。
「聞こえなかった? ワタシは保健室に行けと指示したのよ」
「カナン……どうして……」
「どうして? むしろワタシがどうして分からないのって気分なんだけど」
声を震わすソフィに対し、カナンはわざとらしく両手を広げて呆れていますとジェスチャー。
「さっきアナタは持ち直すと言った。ワタシもユウスケもそれを信じた。なのにアナタは持ち直していないじゃない」
「それは……」
「言っておくけどワタシは料理をダメにしたことや、進行を遅らせたことで怒ってないわ。厨房に立つ者としてやってはいけない重大なミスをしたことに腹を立ててるの。いい? ソフィ――」
俯くソフィを逃がさないとカナンは下から上目遣いに視線を合わせて。
「もしアナタが手にしていたのが熱湯だったら? 包丁だったら? 厨房には危険なモノがいくらでもある。だから細心の注意を怠ってはならない。だけどアナタはしていない、結果として自分と、助けようとしたユウスケを危険にさらしたわ」
そして血の滲んだ手の甲を掴み、ソフィ自身に見せた。
「ワタシはかすり傷程度でよかった、なんて思わない。人間だからミスもする、けど今回のミスは罪なの。アナタのじゃない、不調のアナタをここに立たせていた料理長のワタシとユウスケの罪よ。ワタシたちの浅はかな考えでアナタに傷を負わせてしまったもの」
「…………」
「これ以上ワタシたちは罪を犯したくない。だからもう一度言うわ、ソフィ――保健室へ行きなさい」
「………………はい。みなさん、ご迷惑をおかけしてすみませんでした」
カナンの指示に観念したのかソフィは一人一人に頭を下げて足早に厨房を後にする。
「……カナンさん、かっこよかった」
「だね。言う時は言う人だ」
「ワタシは当然のことを言っただけ。それよりも早く作業に戻りましょう? 遅れを取り戻さないとね」
一連のやり取りに感心するリナと琢磨にウィンク、いつも通りの明るい笑顔でカナンが手を叩けば一同はそれぞれの持ち場へと戻っていく。
「ずいぶんな憎まれ役だったな」
「上司が憎まれるのは義務よ」
着替えを済ませて戻った優介に頭をぽんと叩かれカナンは振り返った。
「勝手にソフィを外してゴメンなさい。でもその分ワタシが倍動けば問題ないでしょう」
「それこそ勝手だ。ソフィのツケは俺とお前で補う義務がある。故の料理長だ」
「ユウスケ……アリガトウ。その言葉、チョット期待してた」
苦笑する優介にカナンの身体から力みが抜け、自然な笑顔が浮かぶ。
「ならお言葉に甘えて――」
「失礼」
「――ふにゃっ?」
気合いを入れるカナンの脇腹を愛が突き、奇妙な声があがった。
「なにするのよアイ!」
「失礼、と言いましたが?」
「言ったけど! それとこれとは――」
「それよりも優介さま」
「聞きなさいよ!」
突っこみを入れるカナンを無視し、愛は優介に向き直り
「私が厨房に入りますので優介さまと、オマケのカナン・カートレットはこれまで通り調理に集中してください」
「オマケってナニよ!」
「言ったハズだ。ソフィのツケは俺たちが払う義務がある。そもそもお前には盛りつけを任せているが?」
「アナタも無視か!」
「もちろん兼任します。私が三倍働きますので、どうかご指示を」
「三倍……?」
突っこみ続けていたカナンだが愛の意味深な言い間違いに首を傾げてしまう。
対し優介は周囲を見回しなるほどと納得。
「確かに。これは俺ですら口を挟めない問題だ」
「……意地悪を言わないでください」
珍しく冷やかしを入れる優介に、これまた珍しく口をとがらせて反論しつつ、愛は料理長の義務よりも譲れない理由を口にした。
「あの子が動いたからには私も動く……気に入りませんが、これは私たちの義務なので」
学食にはソフィの他に、いつの間にか恋の姿もなかった。
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