箸休め 四季美島観光調理室にて
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翌日、学園が終わるなり優介は四季美島観光代理店へ来ていた。
目的はメインカウンターではなく観光会社が経営する調理室だ。
ここでは観光業に必要な料理を研究したり、または系列の飲食店へアイデアを提供する料理人の職場でもあった。
つまり優介もよく知る、フードコーディネーターとして観光会社で働く石垣楓子の専用調理室でもあった。
その楓子に十郎太と交わした契約を報告に訪れたのだが、他にも理由がある。
「そっか。やっぱり優介くん受けたんだ」
「面倒だがな」
お茶を用意する楓子に事情を説明し優介は嘆息する。
「そういうわけだ、しばらくここを借りるぞ」
「いや、どういうわけよ……」
「言ったハズだ。これは日々平穏店主ではなく、俺個人の依頼。あそこの厨房を使うわけにはいかねぇんだよ」
「ほんと、こだわるねー」
「心配するな。借りるといっても俺の仕事が休みの時だけだ」
「ま、優介くんには普段から手伝ってもらってるから全然いいけど」
お茶をテーブルに置き了承しつつ、楓子は身を乗り出した。
「それで、どんなの作るの?」
「まださっぱりだ」
「え? そうなの?」
「昨日の今日だぞ。そう簡単に思いつけば世話ない」
目を丸くする楓子に対し、優介はマイペースにお茶を飲む。
「今回の料理は俺も経験がないんでな。どのような物を作ればいいか見当も付かん」
「ふ~ん……なんか意外ね。優介くんならあっという間にこなしちゃいそうなのに」
「俺もまだ未熟、ということだ」
「未熟……ねぇ」
平然と返されて楓子は呆れたようにお茶を口にする。
以前からプロ顔負けの腕だった優介はフランス留学を終えて、更にその腕に磨きをかけた。
ハッキリ言えば優介を超える料理人は、楓子の知る中では彼の師匠である上條喜三郎だけ。強いて対抗できるのもフランスの新星と言われるプロの料理人、カナン・カートレットのみ。
それほどの腕を持ちながらも未熟なら、自分はなんだろうと落ち込んでしまう。
「なにより、この島は名産がない。お陰でよけいに考えつかん」
「確かに……四季美島って色んな産業があるけど、他と違ってコレって自慢できる物がないもんね。逆に自由度が効くとよけいに難しくなるワケか」
「そう言うことだ。といっても時間がねぇのも確か……さすがに焦る」
珍しく焦燥感を見せる優介に楓子は『ん?』と首を傾げてしまう。
「時間がないって……どういうこと?」
「あん? たった二週間しかねぇんだ、当然だろう」
「二週間っ? なんで? 私にオファーが来た時は確か春に間に合わせてくれればって……」
「だから二週間だろうが。もう一月も終わるぞ」
苛立ち告げる優介に楓子は認識の違いを整理する。
自分への依頼の時は春頃――三月終わりまでに形にしてくれればいいと言われていたが、どうやら優介は立春、つまり二月上旬を照準にしているようだ。
そもそもこの勘違いに十郎太は気づかなかったのだろうか?
いや、あの人のことだ、気づいた上で放っているのだろう。何とも十郎太らしい悪戯だ。
「でもま……いっか」
分かっていながら楓子もあえて訂正しなかった。
果たして優介がわずか二週間でどのような料理を作るのか。
同じ料理人として楽しみばかりが募っていた。
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