夏の章 カナンノココロ 後編
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「今日もやっと終わったわね」
六時間目の授業を終えた一年一組の教室でカナンは大きくのびをする。
短縮授業とはいえ勉強嫌いのカナンには何よりの祝福の時だ。
「ねぇリナ、せっかくだしどこか遊びに行かない? 今日はお店休みらしいから」
「カナンさんいいの? もうすぐ追試だけど」
羽を伸ばそうとした矢先、背後のリナに翼をおられてカナンは苦渋の顔。
「い、いいのよ。息抜きも大切だし、夜にはちゃんと勉強してるんだから。ね、アイ」
「……ですね」
面倒気に返す愛にほらとカナンはどや顔。
優介の家で寝泊まりを始めてからというもの、カナンは愛に勉強を教わっている。
加えて働かざる者食うべからずの言葉通り、普段の食事の用意だけでなく店の手伝いもしていた。
優介、カナンの四季美島二大料理人が厨房にいるというのは何とも豪華で、この二日間の集客率は右肩上がりだ。
「だからどう? なんならワタシが奢ってあげるけど」
それはともかく再びカナンが誘えばリナは首を振った。
「今日は琢磨さんが部活休みなんだ」
「……あっそう」
蕩ける笑顔で惚気られてしまいカナンは嘆息。
さすがのカナンもこれ以上誘うような無粋な真似はしない。
「ならアイはどう? 勉強見てもらってるお礼にご馳走してあげるわよ」
「結構です」
「遠慮しなくていいわよ。ついでだしユウスケやレンも――」
と、ここで担任が入ってきて中断、HRが始まってしまい一時中断。
そして号令を合図に再開を。
「ねえアイ、二人も誘って――」
「ではリナ、また明日」
「――遊びなさいよ!」
誘おうとするも手早く支度を済ませた愛はリナに声をかけると我先へと教室を出て行ってしまった。
「なんなのよ! 人がせっかく……」
「あはは。じゃあカナンさん、リナ達と一緒でよければ遊ぶ?」
「……いい。胸焼けするから」
不憫に思い誘ってくるリナにカナンは苦笑し首を振った。
◇
結局、クラスメイトと談笑しつつ時間を潰してカナンは教室を後にした。
「そう言えば、一人で帰るのなんて初めて」
最近は優介や恋愛コンビと日々平穏へ帰宅し、学園に通い始めてからはいつもソフィと帰宅していた。
そういえばもう三日もソフィとまともな会話をしていない。
それどころかライズナー学院を卒業してから今まで、これほど会わなかったことはない。
姉として優しく、時には厳しく、いつも傍にいてくれた。
主従関係だったころも、メイドとして片時も離れず傍にいてくれて。
逆らえない立場なのに、悪いことをすればちゃんと叱ってくれていた。
なのに今はいてくれない。
その事実がとても寂しくなる。
「でも……ソフィだって悪いんだから」
確かに成績が悪かったのは自分で怒るのは当然、それでも何かと言えば優介だ。
自分だって悪いなりに努力はしているのに、あんな言い方はどうかと思う。
しかし結局は悪いのは自分、それはカナンも理解している。
だから次の追試で良い点を取ろうと愛に頼んで勉強を教わっているのだ。
「……ん?」
ふと校門が見えたところで通り過ぎる人物が目に入りカナンは歩を早めた。
そして隠れるように確認すれば見間違えではなく優介だ。
一度帰宅し着替えたのか相変わらずの黒一色の私服で商業区へ向かっている。
店が休業日なら外出するのも当然だが、相手はあの優介。
滅多に外出しない彼がどこへ行くのか?
しかも必ずと言って良いほど一緒にいる恋と愛の姿がない。
「ふ~ん。面白そう」
あまりに珍しい光景に興味を持ちカナンは尾行することに。
気づかれないように物陰に隠れつつ、優介の後を追った。
◇
「…………お花屋さん?」
尾行すること五分、商店街にあるフラワーショップに入ってしまう。
なんとも似つかわしくない場所だと首を傾げれば、出てきた優介の手には色鮮やかな花束が。
「また不似合いね。でも……本当にどこへ行くのかしら?」
花束を手に来た道を戻るのでますます疑問が募る。
まさかお店に飾る為ではないだろう。何故なら今まで一度も見たことがないからだ。
かといって恋や愛へのプレゼントも違う気がする。そんな甲斐性が優介にあるはずもない。
推理するカナンを余所に優介は自販機の前で立ち止まり今度はお茶を二つ購入。
ますます行動が読めずに混乱しつつも後を付けていれば、学園前まで戻ってきてしまった。
しかし帰宅せず学園とお店の途中にある横道へ入りそのまま山道を登っていく。
「なんなのよ……まさか登山?」
半ばやけ気味に申し訳ない程度に舗装された道を登り続ければ開けた場所に出た。
「わぁ……!」
目に飛び込んできた光景にカナンは感嘆の声を漏らす。
木製の手すりが囲む場所から島全土が見渡せた。
夕日が沈む水平線、自然の多い島の景観は感動するほど美しい。
「――どうだ。なかなかに良い場所だろう」
「エエ! とってもステキ――て……」
背後からの問いかけに素直に感想を口にしたカナンだが、その声に聞き覚えがあり慌てて振り返れば、尾行をしていたはずの優介が花束を肩に担ぎ冷ややかな視線を向けていた。
「ユウスケっ? どうしてここにっ?」
「それはこっちの台詞だ。ひとの後付けやがって何のようだ」
「……気づいてたの?」
「気遣いでか。で、俺は何のようだと聞いている」
「それは……えっと……」
面白そうだから後を付けていました――などと口にすれば間違いなく怒られる。
加えて今は居候中なので肩身も狭く、どう言い訳しようと悩んでしまう。
「まあいい。暇なら付き合え」
「……へ?」
しかし優介は追求せず返事も聞かずに背を向けて歩き出すので、慌ててカナンも後を追った。
「ねぇどこ行くの?」
「来れば分かる」
「その花束は何なの?」
「来れば分かる」
「こんな時間にこんな場所で――」
「来れば分かる」
「少しは会話をしなさいよ!」
「うるせぇ……やはり誘うんじゃなかった」
「ホンキで後悔しないでよ! いったい――」
「着いたぞ」
背中に抗議していたが思いのほか早く目的地へ到着。
「ここって……」
「こっちだ」
カナンが見渡す中、優介は敷地内へ。
到着したのは墓地、夕日に照らされた墓標というのは何とも寂しげで。
先ほどとは違いカナンは無言で後に続けば、敷地内の中央の真新しい墓標の前で優介は立ち止まった。
「今日は命日でな」
「誰の……?」
「俺の師だ」
あえて問いかけると優介は墓標を見詰めたまま予想通りの名前が返ってくる。
優介の師、上條喜三郎。
日々平穏初代店主であると同時にジュダイン・ライズナー、そしてカナンの師、アリス・レインバッハの盟友。
「…………ゴメンなさい」
「なぜ謝る」
花束とお茶を二つ備える優介にカナンは頭を下げた。
「アナタはフランスに来た時、ワタシの師匠にアイサツへ来てくれたのに……ワタシ、今まで……」
そう、優介は留学中に自分の意志でお参りをしてくれたのに、カナンはこれまで忘れてしまっていた。
何とも礼儀知らずだと反省してしまう。
「気にするな。その謝罪する心があれば充分だ」
「でも……」
「せっかくだ。線香の一つでもあげていけ」
申し訳なさそうにするカナンに優介は用意していた線香の束を一房手渡してくる。
「もちろん」
これ以上の謝罪は無粋と感じ、カナンは笑顔で受け取り線香を添え両手を合わせる。
心の中で自己紹介と、改めて挨拶に訪ねることを伝えて目を開ければ優介は手も合わさずただ立ち尽くすのみ。
「アナタは手を合わせないの?」
「参り方なんざそれぞれだ」
「そう……でも意外ね。命日なのに一人なんだ」
「あん?」
「レンとアイよ。一緒にアイサツへ来ると思ってた」
愛にとっては祖父、恋にとっては恩人、優介にとっては敬愛する師匠。
そして三人は形見と言える日々平穏を継いでいる。なら三人一緒が自然だ。
「確かに俺たちは盆には三人で赴く。だが命日は個人だ」
「どうして?」
妙なこだわりに首を傾げれば優介は小さく息を吐く。
「たまには一人で話したいこともあるだろう」
だから恋はHRが終わるなりそのまま直行して一番に。
愛はお供えを買いに行ったりと時間を空けて。
そして最後に優介が来ると去年も同じだったらしい。
「じゃあアナタも一人で来たかったんじゃ……あの、ゴメンなさい」
「謝らなくていい。誘ったのは俺だ」
それに――と、優介は備えていたお茶を手に取った。
「死人はなにも聞かない、なにも考えねぇよ」
「…………」
「そしてなにも飲まん。まあここで恋と愛がなにを話し、なにを聞いてもらうかは自由だがな」
お茶を一つ手渡し苦笑する優介は相変わらず素っ気なく、自分のお茶を一口飲む。
なのにカナンの瞳には寂しげに映るのは同じ痛みを知っているから。
きっと自分だけだ。
ソフィも、恋と愛すら気づかない優介の一面。
彼は師匠の名を口にする時、話題にする時、誇らしげな表情を浮かべる。
同時に寂しさが垣間見えることに気づいていない。
共に尊敬する師匠がいて、後悔を残して手の届かない場所に逝ってしまった自分だけが共感できる気持ちだから。
同じ――ハズなのだ。
「…………強い、わね」
「あん?」
思わず口から出た言葉に優介が首を傾げるがカナンはなにも言わず、お茶と共に言葉を飲み干してしまう。
同じなのだ。
共に尊敬する師匠がいて、後悔を残して手の届かない場所に逝ってしまって――もう教えを請うことも、甘えることも出来ない。
それはとても寂しくて、悲しいこと。
なのに優介は受け入れて真っ直ぐ進む。
愚痴の一つも甘えの言葉も口にしない。
対し自分はどうだろう?
なにも言ってくれなくても、聞いてくれなくても、それでも構わず口にしている。
師の墓前に立つと、分かっていても話してしまう。
自分が学んだこと、気づいたこと、辛いこと、嬉しいこと、悲しいこと。
とにかく知って欲しくて話してしまう。
師だけではない、ソフィに師匠ならどう思うか? 喜んでくれるか? そんなことばかり問いかける。
そしてソフィが同意してくれれば嬉しくて。
だがこの行動は逃げでしかない。
寂しさを紛らわす行動だ。
なるほど、ソフィが見習えというのも当然だ。同じ心の痛みを持っているのに甘えているばかりの自分は――
「仕方ねぇだろ。俺の周りはお人好しばかりなんでな」
「……え?」
自己嫌悪に陥るカナンの耳に突然、優介の呆れた声が。
「そもそも店を続けているのも、学業と両立しているのも、師を超えようとしているのも俺の勝手な行動だ。なのにどいつもこいつも勝手に心配しやがる」
「いや、そうだけど……」
何とも唯我独尊な言い分に呆れてしまう。
「だが心配するのもそいつの勝手だ。なら俺がどうこう言える立場じゃねぇし、なにより勝手なことでもその心遣いには感謝をしている」
それでも視線を合わせた優介の表情は柔らかく、カナンが初めて見る優しい笑みで思わず見惚れてしまった。
「死んだ奴はなにも聞かない、なにも考えない。だがな、生きている奴は俺たちの言葉が聞こえる、そして考えちまう。故に勝手に心配するんだよ」
「……あ」
「なら死んじまったクソジジィよりもまず、生きて傍にいる者を勝手に心配させねぇようにしないと。それこそ俺の行動は勝手を通り越した独りよがりだ」
その言葉はカナンの心に響いた。
自分は尊敬する師、アリスの背中をずっと追いかけてきた。
どうすれば師のような料理人になれるか。
どうすれば目指す料理人になれるか。
それは孤独な戦いで勝手な願望。
だが、そんな自分を知った上で受け入れてくれている。
応援してくれている。
生きて相手を考えた上で叱って、時には泣いて、でも自分のことのように喜んでくれる。だからこそ寂しくない。
なら優介の言うようにアリスよりもまず、支えてくれるソフィの笑顔を守り続ける努力をしないと師はきっと喜んでくれない。
「それが例え強がりでもだ。でないと、クソジジィになに言われるか分かったもんじゃねぇ」
やはり同じだとカナンは嬉しくて笑った。
「ふふ……なにも言わないけどね」
「……ふん」
「でもそっか……そうよね。独り善がりは寂しいことよ」
久しぶりに心からの笑顔を浮かべるカナンを見据えて優介も笑った。
「すっかり暗くなっちまったな。送ってやるよ」
まだ自分の家へ帰るとも言ってないのに見透かすような申し出をする。
「気持ちだけ受け取っておくわ。ワタシ一人で帰らないと、礼儀じゃない。なによりこれ以上迷惑かけていたら、ライバルなんて言えないもの」
「なら最初から迷惑かけんな」
「じゃあこれは貸し一つってことで。安心して、必ず返すから」
「……期待せず待っててやるよ」
呆れる優介と共にカナンは歩を進める。
言いたいことはたくさんある。
聞きたいこともたくさんある。
でもまず謝ろう。
謝って、これからのことを一緒にたくさん考えよう。
カナンは今、無性にソフィの笑顔が見たかった。
◇
「オハヨウ!」
「おはようございます」
翌日、優介らが登校するなり校門前でカナンとソフィに出くわした。
「おはよ。うんうん、ちゃんと仲直りしたんだね」
昨日、優介からカナンが帰ったことを聞き心配していたのか、仲良く登校している二人に恋は笑顔を浮かべる。
「全く……帰るなら荷物を持って行きなさい。なぜ私があなたの私物など……」
対しカナンが置いたままの荷物を手渡しつつ愛がぼやくも、どこか安心しているようで。
「……こんな場所で立ち止まってねぇでさっさと行くぞ」
優介はカナンとソフィ二人の表情を一瞥し、一人先へと校舎へ。
「待ってユウ――」
「あ、優介さん待ってください」
優介にお礼を言おうと口を開くカナンだが、先にソフィが慌てて隣へ。
「ありがとうございます。お陰でカナンと仲直りできました」
「俺はなにもしてねぇよ」
「そうでしょうか? カナンから聞きましたよ、お墓参りに連れて行ってもらい色々とお話しされたとか」
「勝手に着いてきただけだ」
「本当にブレませんね……まあいいです。優介さん、今度は私も連れて行ってください。一度ご挨拶したいと思っていましたし、なにより……ご紹介して欲しく……」
「ちょっと待ちなさいよ!」
「待ちなさいソフィ・カートレット!」
頬を染め優介に懇願するソフィにたまらず恋愛コンビが駆け寄った。
「お墓参ってくれるのは感謝するけどさ、ご紹介するってなによっ?」
「そもそも優介さまに頼む必要はないでしょう! お参りしたければ私が案内してあげます!」
「私は優介さんにお願いしたいんです!」
「…………先いくぞ」
グラウンドの真ん中で言い争う恋愛コンビとソフィに、盛大なため息を吐き優介は歩を進める。
優介を巡り三人が言い争う相変わらずの光景、いつもならカナンも混じりソフィを応援するのだが――
「…………ん?」
応戦する恋愛コンビ、負けじと抵抗するソフィの姿に、カナンの胸が何故かチクリと痛んだ。
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