夏の章 カナンノココロ 前編
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それは突然のこと。
十二月、期末試験の答案を返却され優介や愛は当然、恋もなんとか赤点回避で無事変わらず日々平穏を営業できると安堵。
そして変わらず恋愛コンビは言い争い、お客がはやし立て、優介の怒鳴り声が響きと賑やかな営業も終わろうとする時間――
「……ソフィとケンカした」
制服姿のカナンが泣きはらした顔で来店。
これには恋愛コンビも唖然としてしまう。
「そんなことをわざわざ報告しに来たのか」
しかしそこは優介、全く動じず調理器具を洗う手を止めずため息。
「お前も暇だな」
「違うわ……だからその……今日、ここに泊めてほし――」
「却下ですお帰りなさいはいさようなら」
もごもごとお願いするカナンに今度は愛が即答、素早く戸をピシャリ。
「――いいじゃない泊めてくれても!」
すぐさま戸が開き負けじとカナンも反論する。
「出て行ってやるって息巻いて出ておいてすぐに帰ったらカッコワルイじゃない! それにワタシここ以外に頼れる家知らないし!」
「ならばホテルに宿泊すればどうですか。お金持ちのお嬢様(笑)なんですからどこにでも泊まれるでしょう」
「なんかスッゴクバカにされた気分なんだけどっ? でも飛び出してきたからワタシ、今お財布もスマホも持ってなくて――」
「ではリナの家へどうぞ。地図を書いてあげましょう。優しいですね私」
「リナのところはご両親がいるんでしょうっ? メイワクかけられな――」
「優介さまになら迷惑をかけても良いと言うのですかこのお花畑頭!」
「いいじゃないライバルなんだし!」
「家出娘を受け入れるとはどんなライバルですか!」
「……お株を奪われたな」
「安心して。ぜんっぜん悔しくないから」
言い争いを始めるカナンと愛に、優介から名物娘の相棒として嫌味混じりに嘆息されて恋はそっぽを向く。
「それでどうすんの? 一応あたしの家に連れて行くって方法もあるけど」
「お袋さんは仕事か」
「ううん。今日から年末に備えた久々の三連休」
「……なら却下だ。せっかくの休養中にバカげた面倒ごとで巻き込むのも忍びない」
「へぇ、お母さんに気を遣ってくれるんだ」
「昔、さんざんカリを作っちまったからな。仕方ない……面倒だが俺が受け持つか」
「じゃあ泊めてあげるの? うっわ珍しい、あんたが面倒ごとに自分から進んで巻き込まれるなんて」
「嫌々だ……まあ、カナンとはクリスマスパーティーの料理に関する打ち合わせもしておきたいと思っていた。事細かな準備だと思えばいい」
「前向きな考えだこと」
「なにより……良いことを教えてやろう」
「なに?」
「こういった面倒ごとは、ほおっておくと後々更に大きな面倒ごととなり何故か俺に返ってくる傾向がある。早めの諦めが被害の最小限となるんだよ」
「あんた……変に悟ってるわね」
珍しく遠い目に語る優介に恋は心から同情した。
「アイ! アナタもクラスメイトにはもっと優しく――」
「カナン・カートレット! あなたも優介さまのライバルと自称しているのなら――」
「おいバカナン」
「変な呼び方しないでよ!」
「素晴らしい命名です優介さま!」
言い争っていたカナンと愛が同時に視線を向けると優介は盛大なため息を一つ。
「同胞のよしみで泊めてやる」
「いいのっ? さっすがユウスケね!」
「優介さま!? それは余りに甘やかしすぎではないでしょうか!」
「ただし条件が三つある」
歓喜するカナンに驚愕する愛を無視して優介は指を三本立てた。
「ここで寝泊まりする間、一切の食事はお前が用意しろ。働かざる者食うべからずだ」
「まあ当然よね! いいわ、さいっこうの料理を食べさせてあげる」
「私がお作りするのに……優介さま……どうして……」
「二つ目は泊まることは許可するが、ソフィには連絡させてもらう。いらぬ心配をかけるのはお前も望むところではないだろう」
「うぅ……でも……」
「案ずるな、ソフィには俺からしてやる。分かったならさっさと夕食の用意だ。愛、カナンにエプロンの用意を。恋、少し早いが閉店の準備だ」
「ほーい」
「……わかりました」
素直に頷く恋に不承不承ながらもエプロンを用意する愛を見届けて、優介は携帯を取りに居間へ。
「ちょっとユウスケ! 最後の条件は何なのよ!」
中途半端に完結したことでカナンが問いかければ
「………………騒ぐな」
「「「……はい」」」
どこか疲れ切った表情で呟く優介にカナンだけでなく恋と愛も居たたまれなくなり頷いてしまった。
◇
『優介さんちょうど良いところに! あの、カナンを――』
居間から庭へ移動しソフィに連絡をしてみれば、ワンコールも待たずに繋がるや否やいきなりの質問。
「案ずるな、ウチへ来ている」
『へ? あ、そうでしたか……』
取りあえず冷静に返せば受話器越しに安堵の声。
やはり心配していたかと優介は苦笑。
「面倒だが泊めてやることにした。故にお前は心配するな」
『そんな……うらやまし――じゃなくて! あの、さすがにそれはご迷惑です! すぐに迎えに行きますので――』
「こなくていい」
『ですが――』
「なにがあったか知らんし興味もないが、今のお前らは顔を合わせて冷静な話し合いができるのか」
『……それは』
「とにかくお前とカナン、双方の頭が冷えるまで面倒だがこちらで預かってやる。故にさっさと頭を冷やし解決しろ」
『……わかりました。本当に迷惑をかけてすみません』
「迷惑と思うなら最初からケンカなんざするな。違うか? 二歳上のお姉さん」
『イジワル言わないでください……ですが反省します。それではカナンのこと、よろしくお願いします』
「ねぇ、ソフィなんて言ってた?」
通話を終えてもう何度目かのため息を吐きつつ携帯を閉じれば背後からカナンの声が。
「さあな。気になるなら自分で連絡をすればいいだろ」
「う……それが出来れば苦労しないわよ! 確かにワタシも悪いけどソフィだって――」
「そんなことより飯の支度はどうした」
言い訳を遮り優介が問いかければ、カナンは呆れ顔に。
「したいけど、どの食材を使って良いか分からないの。ホラ、お店の物なら勝手に使えないでしょう?」
「愛にでも聞けば良いだろ」
「ケンカ中」
「あん?」
「アイはレンとケンカ中。アノ二人すごいわね、どうして菜箸が転がっただけであんな風に話が変わってケンカになるの?」
「……もう知らん」
妙に感心するカナンだが優介は額に手を当て、力なく項垂れた。
◇
「どう? ワタシ特性のクラブサンドのお味は」
「いやいや、凄く美味しいわ」
「優介さまの朝食はご飯とお味噌汁が基本です。いくら美味しくとも」
翌日、いつものように登校前に立ち寄った恋とカナンを加えた賑やかな朝食。
「…………」
ある種の悟りを開いた優介は会話に参加せずひたすら食事中。
「ところでさ、カナンさん学校どうすんの? 短縮でも授業あるし教科書とか」
それはさておき制服エプロン姿のカナンにふと恋が思い当たり問いかける。
昨夜は財布もスマホもない手ぶらの状態で訪ねてきたので学校の用意もしていないのだ。
「そもそも着替えは? パジャマはまあ、愛のを借りたとしても……その……」
更にとても重要な物に気づき口を開くが恋は躊躇してしまう。
服はともかく下着を借りるわけにもいかないし、うら若き乙女が着替えず一晩過ごすのも問題だ。
しかし優介のいる場所で出す話題でもないと反省を。
「……なにこの空気?」
しかし恋の照れも吹き飛ばすような雰囲気に訝しめば、何故かカナンは顔を真っ赤に愛は過去まれにない不機嫌顔。
「優介さまが用意してくださいました」
「………………………………ナンデスト?」
声までも不機嫌な愛の返答に恋から機械的な声が。
「昨夜、あなたを送り届けた際にコンビニへ立ち寄り購入してくださったのです」
「なるほど~そりゃカナンさん恥ずいわ。男の子に自分の下着買ってもらえば――てぇぇぇぇっ! あんたなに考えてんのよ!」
見事なノリ突っこみで指さす恋の疑問はもっとも。
「案ずるな。歯ブラシも忘れていない」
「そこじゃなくてねっ? そこじゃないのよ!」
「もちろん後で代金は請求する」
「そこでもなくてねっ? そこでもないのよ! 普通恥ずかしいよね恥ずかしいのよ! 買わせた方もだけど買った方も! 普通! 女性のパンツ買うのって躊躇うのよ!」
話がかみ合わず恋は全力で常識を問う。
思春期男子がコンビニで女性の下着を買うのは勇者を通り越して英雄の領域、それを平然としてしまう優介の方がずれている。
「必要なモノを買うのになぜ恥じなきゃならん。それよりも不衛生な格好で調理場に立つ方がよほど許せん」
しかしそこも優介。全く下心がない故に気にしなく、それよりも料理人としてのプライドを優先とした理由だった。
「羨ましい……私も優介さまに下着を選んで欲しい……」
「愛も変なところで羨ましがるな!」
「レン……これ以上話題にしないで……」
「ああそうでした! あたしの方がデリカシーなかったわ!」
度々の突っこみに疲弊しつつ恋は釈然としない気持ちを冷めてしまったミルクティーで飲み干した。
「誰でしょう? このような時間に」
同時にインターホンが鳴り、即座に愛が反応。
玄関へと向かう中、恋は改めて問いかける。
「……で、話を戻すけど学校どうすんの? 一度取りに帰るの?」
「それだとソフィと会いそうだし……取りあえずリナに見せてもらうわ」
「でもさ、いつまでも避けてるわけにもいかんでしょ。ていうか、そもそもあんた達なんでケンカしてんの?」
「それは……」
「あの、朝早くに失礼します」
視線を落とすカナンの背後のふすまが開き、なぜか制服姿のソフィが。
「えっ? なんでソフィがここにっ?」
「あなたの鞄を届けに来たそうです」
不意打ちの登場に身構えるカナンに続いて入ってきた愛が返答。
確かにソフィは自分のとは別の鞄を持っていた。
「本当にカナンがご迷惑をおかけしました。ほらカナン、あなたもお礼を言って――」
「~~~~っ!」
保護者のように頭を下げるソフィの言うことも聞かず、カナンは顔を真っ赤にして飛び出してしまう。
「カナン! どこへ行くんですか!」
「どうせ学校だろ。心配するな」
「そうですけど……もう。優介さん、本当にカナンがご迷惑をかけてすみません」
「言ったはずだ。迷惑と思うなら最初からケンカなんざするな」
「……はい」
二度目の忠告にソフィは肩を落としてしまう。
「ごちそうさま。で、お前の方は頭が冷えたのか」
「一応……私も言いすぎたと反省しています」
「それは結構。ならさっさと解決しろ」
「…………ていうかさ、ユースケはケンカの理由知ってんの?」
二人のやり取りに先ほど聞きそびれたことを恋が問いかける。
「知らんし興味もない」
「ふ~ん……じゃあソフィさん、結局のところ何でケンカしてんの? あたしは一応興味があるんだけど」
「私としては早くこの状況を解決していただければどうでも良いですけど」
恋と愛から視線を向けられソフィはポツポツと話し始める。
それは昨夜のこと、全ては期末試験の答案用紙が原因だった。
簡単に言えばカナンの成績が非常に悪く、なんと赤点が四つもありソフィがお説教をしたらしい。
彼女としては姉としてカナンの傍にいる為共にこの島へ引っ越してきたが、カートレット家の使用人としての立場も当然ある。
故にこのままではカナンの両親へ顔向けも出来ずきつく言い聞かせたが、それにカナンが反発。
気づけば激しい言い争いとなり今に至る。
「確かにフランスと日本、文化の違いはあるので勉強についていけないのは分かります。ですが自分から学校へ通うと言いだしたのですから本文の学業もそれなりに努力をしてもらわないと、旦那様や奥様に顔向けできません。なのにあの子はいつも料理の勉強ばかりでちっとも……」
「何というか……ご苦労さま」
理由を聞き同情する恋にソフィは力なくため息一つ。
「ありがとうございます。それに料理人なら料理の修業も大切、ですが優介さんも同じように料理と学業を両立しているのですから言い訳です。だからカナンも優介さんのように――」
「……なるほど、カナンがキレるのも無理はない」
徐々に口調が強くなるソフィに今まで静観していた優介がボソリ。
「おいソフィ、なぜ今の話で俺の名が出てくる」
「それは……やはり一番のお手本ではないですか。料理の修業だけでなくお仕事をしながら学業も疎かにしていません。テストだって上位ですし」
「だからと言ってなぜ俺と比べる必要がある」
「……え」
苛立ちを感じ取りソフィが身をすくめる中、大きなため息を吐き優介は続けた。
「俺は俺で勝手にやっていること。それをワザワザ教訓みたいなネタにするんじゃねぇ。それと同じ、俺には俺の考えがあるようにカナンにはカナンの考えがある」
「ですが――」
「なにより、お前がカナンに求めるのは俺のようになることか。違うだろう、お前はカナンにカナンらしく夢を掴むのを支える為共にいるハズ。ならアイツもムカつくだろう、自分なりに努力をしているところを俺と比べて否定し、俺を褒めるような説教だ。どうせカナンがキレたのも俺の名前を出してからだろう」
「……あ」
優介に諭されソフィは思い当たるのか声を漏らす。
確かに最初は点数の悪さに叱りつけ、カナンも国の違いを言い訳にしつつも申し訳なさそうにしていた。
『優介さんは赤点なんか取っていませんよ。仕事もなさって忙しいのにちゃんと勉強をしています』
しかし、この一言からカナンが反論を始めたのだ。
「ま、自分のことなのにいきなり他の人と比べられるとイラッとするよね」
「隣の芝生は青い、ですね。優介さまがご立派なのは事実ですが」
恋と愛の同意にソフィは自分のミスに顔を青ざめていく。
「そもそも比べるなら俺よりもあいつの方がよほど立派だ。経緯はどうあれ俺は先代の店を継ぎ、故郷で生活している。しかしカナンは国を離れ、自身で店を立ち上げようとしてるんだ。姉として慕う者がいようとな」
その姉が間違った指摘をしている。
慣れない国、慣れない生活、新しい挑戦をするカナンの気持ちも考えず、あまつさえライバルである優介と比較してだ。
「私はなんて……カナンに謝らないと」
ようやく妹の孤独に気づいたソフィが慌てて追いかけようとするが
「なぜお前が謝る必要がある」
「「「…………は?」」」
呆れたように呟く優介にソフィだけでなく恋と愛も唖然。
せっかくソフィが自分の過ちに気づき、謝罪しようとするのに必要ないというので当然だ。
「お前が先に言ったように学生は学業が本分、なら最初に間違いを犯したのはカナンだろう」
「で、ですが……私はカナンに酷いことを……」
「酷いではなく間違っただ。カナンを諭す方法は間違っているが、料理修行を理由に学業を疎かにしていることで説教するのは当然のこと。言ってしまえば逆ギレだ。お前が謝罪する必要はない」
「じゃあどうすれば……」
「お前のすべきことはカナンが己の過ちを反省した時、間違いでも甘やかしでもなく支えること。そうお前が考え、ここにいるんだろう」
「…………」
「まあ、これは俺の持論であってお前が謝罪をしたいなら止めはせんがな」
再び正論を言われてなにも言えないソフィに苦笑し、優介は時計を確認。
「話は終いだ。いい加減遅刻する、さっさと片付けるぞ」
「……優介さん、それは私がやります。これはカナンが用意した食事ですよね」
「妹の不始末を変わるか。まあいいだろう、流しはこっちだ」
手早く食器を重ねて優介に案内されるままソフィも台所へ向かう。
「…………」
「…………」
残された恋愛コンビはしばし沈黙。
「……ねぇ愛」
「……聞きたくありません」
「なにさっきの。まるで子育てに悩むみたいな」
「聞きたくないと言ったでしょう」
「あたしも聞きたくなかったわよ」
「気に入りませんソフィ・カートレット……」
「言わないでよ」
「優介さまと育児に悩んで良いのは私なのに」
「言うなっていってんでしょ!」
「言いたくもなるんです!」
「「――――っ!」」
同時刻、台所では。
「優介さん、お二人がケンカしているような……」
「俺には聞こえん」
結局のところ優介に諭されたことでどう謝罪すればいいか分からずソフィは身動きが取れず、カナンもまた意固地になっているのか避け続け。
恋と愛は二人の問題とあえて口出しせず、優介はどうでもいいと見守るのみと、全く変化のないまま二日が過ぎた。
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