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オモイデレシピ  作者: 澤中雅
レシピ7 オトメノレシピ
102/365

春の章 アイノココロ 前編

アクセスありがとうございます!



 一一月に入り肌寒さを徐々に感じる時期。


 日々平穏は相変わらずの忙しさ、でも夏と比べて若干の変化が。

 看板娘の恋愛コンビは以前よりも細かな気遣いや柔らかな接客になり、店主である優介の料理もいっそう美味しくなったと評判に。

 優介のフランス留学、恋と愛も二人でお店を回せるようになったことで三人の日々平穏は大きな成長を遂げたようだ。

 しかしコンセプトは変わらない。

 相変わらず恋愛コンビは言い争い、お客がはやし立て、優介の怒鳴り声が響き。

 でもやっぱりみんな楽しそうで。

 四季美島の民にとってもう一つの我が家で従業員とお客が団らんしている。


 のだが――


「フフン、久しぶりねユウスケ!」


 客足も途絶えた午後の営業も終了間近な店内に得意げな声が響き渡る。


「ソフィから聞いてると思うけど今度、この島にお店を開くことにしたの。どう? 驚い――」


「今日はもう閉めるか」

「そーだね。お客さまも来そうにないし」

「では暖簾を入れてきます」


「――驚きなさいよ!」


 自信たっぷりな登場から一転、興味なしの優介らにカナンはたまらず突っこんだ。


「ていうかもっとないのっ? ライバルとの再会なのよっ? このお店の近くにワタシもお店を開くのよっ?」

「うるせぇ……」


 更に攻めるように主張するカナンに優介はため息一つ。


「そんな情報、愛やソフィから聞いてとっくに知っている。なにより再会も何も一月程度だろ」

「コイツは……ホントに……っ」

「お騒がせして済みません優介さん」


 余りな扱いに拳を振るわせるカナンに続いてソフィが小さく頭を下げつつ店内へ。


「お店が忙しいと思いあえてこの時間にしたのですが……あの、お時間よろしいですか?

 優介さんにお渡ししたい物があって」


「俺に? なんだ」

「学院の皆さんからお手紙を預かってきました。今はメールがありますが、優介さんはこういった古式ゆかしい方法が好きかと思って、皆さんが書いてくれたんですよ」


 手にしていた紙袋をテーブル席に置くので優介が歩み寄れば、言葉通り中から封筒を取り出しつつソフィは笑みを浮かべた。


「それと、こちらはクラスの皆さんから寄せ書きです。誰かさんが急に辞めてしまったので用意できなかったでしょう?」

「……ふん」


 嫌味混じりに手渡された色紙に優介は目を通す。

 フランス語で書かれたメッセージが中心だが、テーラやメゾ、カルロスといったなじみ深い名前のは日本語だ。

 書き慣れていないのかお世辞でも綺麗な文字ではないが(なぜかカルロスだけは毛筆で達筆だった)わざわざ優介の母国語で書いたことは嬉しく思う。


「ああ、手紙ですが連絡先を知らない方はアドレスを書いているそうなので、よければ返信してあげてください。もちろんお手紙でも良いですよ、テーラさんはお手紙の方がいいようでしたので」

「気が向いたらな」


 面倒気に封筒を手に取る優介の表情はどこか柔らかで、ソフィは全員に手紙を書くだろうと確信してしまう。


「私が日本へ行くと知った時、みなさん羨ましがっていましたよ? 特にテーラさんとかテーラさんとかテーラさんとか」

「なぜ三回言う。つーかテーラだけじゃねぇか」

「あの子は特に会いたがっていたのでつい。ですがメゾさんやレイフさんやロイさんも、優介さんにまた会いたいと言っていましたよ」

「どいつもこいつも大げさな」

「ああ、気持ち悪い人も優介さんとまた会うのを楽しみにしていると無駄に気持ち悪いポーズで言ってました。本当に気持ち悪いですね」

「……カルロスか。相変わらずだな、あいつもお前も」

「でもま、近々会うことになるかも知れないわよ? 学園長が新たなカリキュラムにユウスケのお店を観光しようってアイデア出してたもの」

「あのジジィも相変わらずだ」


 ついにはカナンも加わりフランスの話題で盛り上がるが――


「ちょっと……用が済んだらさっさと帰りなさいよ」

「次から次へと女狐の名が……気に入りません」


 閉店作業をしつつ完全に蚊帳の外な恋愛コンビが不平を漏らすのでソフィが一礼し笑みを浮かべる。


「ああ、すみません騒がしくしてしまって。よろしければお二人も参加しませんか?」

「ソフィ・カートレット……ケンカを売っているのですか」

「だいたい、あたしたちはユースケがフランスで何してたかなんて聞いてないっての」

「……そうなんですか?」


 睨みつけられソフィは目を丸くする。

 彼女としては嫌味ではなく純粋に、優介から聞いているであろう友人らや出来事を写真などで知ってもらおうとしただけ。

 だが恋と愛が言うように実のところ二人だけでなくリナや孝太までも知らないのだ。

 優介が帰国して一週間、休学中にたまっていた課題や中間試験の代行などもありゆっくり話す時間がなかったのも理由だが。


「別にたいしたことしてねぇよ」

「これだもの」


 恋が呆れるようにもともと多くを語るタイプではないので話題にならなかったりもする。


「では私で良ければお話ししましょうか? 優介さんがフランスに残した伝説を」

「おい」


 ライバルとしてより友人として寂しく思いソフィが提案、たまらず優介が批判の目を向けるも。


「へぇ、じゃあお言葉に甘えようかな」

「あなたに教えられるのは屈辱ではありますが……背に腹は代えられません」


 素直に受け入れる恋と悔しげにしつつも頷く愛の様子に仕方ないとため息。


「……好きにしろ。俺は部屋へ戻る」

「どうしてですか? 優介さん」

「いや、自分の話されるのにそこにいるのって居心地悪いでしょ」

「そう言うことだ。愛、まかないついでに二人の飯も用意してやれ。届け物の礼と引越祝いのついでだ」

「わかりました。優介さまの分は……」

「にぎりめしでいい。すまんが部屋に運んでくれ」

「すぐにお持ちします」


 紙袋を手にする優介の指示に愛はすぐさま厨房へ。


「ソフィ」

「はい?」


 最後にソフィへ小さく耳打ちして優介は居間へと入ってしまった。


 それから二時間、優介が遅くなるからいい加減解散しろと凄みにくるまで少女四人は盛り上がっていた。


 一人を除いて。


 ◇


「お帰りなさいませ」


 日付が変わろうとする時間、恋の見送りや料理修行、入浴を済ませて二階へ上がった優介を部屋の前で愛が出迎えた。


「まだ起きていたのか」

「はい……あの、本日はご迷惑をおかけしました。ですが、優介さまがフランスへ滞在していた間のことをたくさん知れて、嬉しかったです」


 謝罪しつつも愛はどこかウットリとした表情。

 滞在中はカナンやソフィと同じ屋根の下で暮らしていたことや、ソフィとパリ観光をしたことなどはヤキモチを妬いてしまった。

 しかしカナンの師匠、アリス・レインバッハが喜三郎の盟友で、更には学園長のジュダイン・ライズナーまでも盟友だったこと。

 三人の弟子、優介とカナン、カルロスもまたライバルになったこと。

 テーラを始めとしたクラスメイトの心を改め、学院一の腕を誇るロイとの勝負で学院の改革までしたこと。

 わずか一月の間に起こした行動はソフィの言うように伝説と称しても過言ではなく、多くの人々に慕われたのだろう。

 だからあの手紙の数々や寄せ書きなどの心配りも納得で誇らしく思えた。


「なにを聞いたか知らんが、一割程度に聞いておけ。無駄に大げさに話す奴らだからな」

「そうでしょうか」


 呆れるようにため息を吐く優介に愛は首を振る。

 世界でも優秀な学院の意識改革をわずか一月で成し遂げたのだ。しかも自身の修行も怠っていない、それは帰国後に食した料理でわかる。

 少しは成長したと思える自分を更に突き放すほどの味は、まだまだ未熟だと改めて思い知らされた。

 改めて素晴らしい料理人だと尊敬してしまう。

 同時に会話中に知った事実が愛を辛くさせた。


「で、わざわざ待ち伏せして感想が言いたかっただけか」

「いえ……実は優介さまに、折り入ってお願いがございます」


 滞在中、ソフィが優介に料理を教わっていた。

 本格的な修行をしていないソフィが後れを取らない為に毎日のように手ほどきを受けたらしく、彼女はその教えを胸に日本へ来るまでに相当な腕前になったとか。

 なのに愛は一度も教わっていない。


「私は優介さまの留守中、日々平穏の厨房に立つにあたりたくさん努力しました。技術はもちろん、私自身の心のあり方について……たくさん悩みました」


 それは仕方の無いこと。

 以前の自分なら教わることで料理における大切な心を疎かにする危うさがあったのだ。


「ですがリナを始めとする島のみなさまのおかげで、気づけました。食してくださるみなさまに美味しいと喜んで貰いたい心、そして私自身が料理を愛し楽しむ心、二つが合わさり初めて心を込めた料理を作ることが出来ると」


 でも今は違う。

 純粋に料理が上手くなりたい。

 大好きな料理で大切な人たちを笑顔にしたいという向上心が生まれた。

 教えを請う心を手に入れた自分ならきっと大丈夫。


「しかしそれも切っ掛けでしかありません。心の意味もまだ掴みかけているだけ、技術もまだまだ未熟。なので優介さま、どうか――」


 自信を持ってこの言葉を口に出来る。


「私に料理の御指南を」


 頭を下げ、愛は懇願した。

 優介から返事が貰えるまで微動だにせず、しばし沈黙。


「……顔を上げろ」

「はい」


 言われるまま顔を上げれば優介と目が合う。

 いつもの不機嫌顔で、なのに眼差しに優しさを感じ少しだけ安堵。


「先に言っておく。お前は自身の心を蔑ろにしていた」

「仰るとおりです」

「だがお前は言葉だけでなく行動でも証明している。この一週間、厨房での動きや調理中の表情、なにより味に現れていた。よくぞ短期間でこれほどの成長をしたと感心している」

「は……はい」

「ま、俺なんぞに褒められるまでもないことだがな」

「いえ、そんなことは……とてもとても嬉しく思います」


 困惑を感じ取った優介に苦笑され愛は慌ててお礼を述べる。


 そう、愛は困惑していた。


 まさか優介にここまで褒めて貰えるとは思わなかったので本当に嬉しく、本来ならば感動の余り泣いていただろう。

 なのに奇妙な違和感がある。

 いつになく優介が饒舌なのだ。

 必要なことは口にする、必要なければしない。

 ならば今、こうして自分に賛辞を送るのは必要な言葉になるが、その意図が全く分からない。

 なによりまだ聞いていない。

 自分の願いに対する返答をする前に、どうしてこのようなことを言い出すのか。


「で、では、これからは私に御指南していただけると……」


 嫌な予感から愛はつい返答を促してしまい。


「言ったはずだ。俺はお前に料理を教えるつもりはない」

「…………っ」


 予感的中と優介に断られ言葉を失った。


 ◇


「師匠!」


 翌日の昼休み、定休日と言うことで昼営業もなく、教室で孝太と弁当を広げていた優介に来客が。


「なんだなんだ?」

「……あのバカ弟子が」


 ドアを開けるなり大声で叫ぶリナに教室内は目を丸くし、孝太も慌てるが優介は額に手を当て項垂れてしまう。

 しかしリナは気にする様子もなく上級生の教室も関係なくズカズカと入ってくる。


「リナちゃん? どうしたの」

「なにやら怒っているようですけど……」


 別の友人と同じく弁当を広げていた恋とソフィも慌てて駆け寄るがやはり気にせず、リナは優介の前に立つと机をバンっと叩いた。


「どうして断っちゃうの!」

「うるせぇ静かにしろ」

「愛ちゃんすっごく落ち込んでた!」


 優介の注意も無視、リナが更に大声で批判。


「は?」

「愛?」

「断る?」


 事情を知らない孝太と恋、ソフィは断片的な言葉に首を傾げてしまう。

 それは教室に居る他の生徒も同様で何のことかと唖然、空気を察した優介は深いため息を一つ。


「……バカ弟子」

「なにっ?」

「テメェがなんにムカついているか大凡の察しは付く。だが、それは他の奴らまで巻き込む必要のあることか」

「……へ?」


 問いかけにリナから先ほどの剣幕が嘘のように霧散していく。

 普段の不機嫌顔とは違い、本気で怒っている優介を目の前にすれば無理もない。


「個人の怒りで他の者が食事を楽しむ時間を壊していいのかと俺は聞いている」

「そ、それは……」


 更に逆鱗に触れた理由を知り完全に形勢逆転。

 料理に対する心を重んじる優介は、食事中の雰囲気も大切にする。

 なのにリナは自分の都合でそれを悪くしたのだ。


「……ごめんなさいでした」


 故に素直に謝罪するリナに優介は再びため息を吐き立ち上がった。


「分かったなら場所を変えるぞ。バカ弟子が迷惑かけた、謝罪する」

「みなさん……ごめんなさいです」


 クラスメイトに謝罪し教室を出る優介にならリナも謝罪し後を追った。


 のだが――


「……なぜお前らが付いてくる」


 人気の無い場所として屋上を選らんだ優介は呼んでもいない恋とソフィ、孝太を睨みつけた。


「いや、一応同じ従業員として気になるし」

「優介さんがリナさんを苛めないか心配で」


 しかし怯えることなく平然と返す恋とソフィ。


「何となく面白そうだから」


 更に上をいく図々しい孝太の返答にもう何度目かのため息。


「まあいい。ただし、一切の口出しはするな」

「ほ~い」

「了解です」

「へいへい」


 全く緊張感のない返事を無視して優介はすっかり落ち込んでいるリナへと向き直る。


「で、他人様の食事を邪魔してまで何のようだ」

「……どうして愛ちゃんにお料理教えてあげないの」


 先ほどとは変わりか細い批判を皮切りにリナは恨めしげに説明する。


 今朝から上の空な愛を心配し声をかければポツポツと事情を話してくれた。

 優介に料理修行を懇願するも断られてしまい理由を求めても教えて貰えなかったと。

 優介の留守中、愛がどれだけ努力をしたか、料理を教わることをどれほど楽しみにしていたのかを知るリナは親友の為に抗議へ来たのだが――


「納得」

「はい。私もリナさんと同じ立場なら抗議へ来ています」

「…………」


 事情を知った孝太とソフィは先ほどのリナの怒りは当然と理解、ただ恋のみは口出しを禁じられているからか神妙な表情のまま口を閉じている。


「愛ちゃん本当に頑張ったんだよ。師匠の代わりにお店に来るお客さまに美味しいって喜んでもらえるように毎日練習して、本とか読んでいっぱい勉強してたんだよ。師匠が帰ってきたら今度こそ修行してもらうんだって楽しみにしてたんだよ」

「…………」

「なのにどうしてダメなの? イジワルしないで教えてあげてよ。じゃないと愛ちゃん……可哀想だよ」


 リナの訴えに孝太やソフィは可哀想に思えてくる。

 しかし口出し無用なのでなにも言えず見ているのみ。


「別にイジワルでも何でもねぇんだがな」


 屋上の手すりにもたれ掛かり目を閉じ聞いていた優介は嘆息しつつ。


「お前は愛が俺に料理を教わることを望むのか」

「もちろんだよ」

「なら今日を限りに俺の弟子を辞めろ」

「へ?」


 突然の条件にリナは唖然となる。


「当然だろう。師と仰がれても俺はまだ未熟、バカ弟子と愛二人もお守りする余裕なんざねぇ」

「そんな……じゃ、じゃあリナと愛ちゃん半分こで――」

「半端は趣味じゃねぇ。やるなら徹底的にだ」

「でも……」

「なにより、テメェの夢は半端な努力や教えで叶うモノか」

「…………」


 続く追い打ちでリナは返す言葉もなく俯いてしまう。


「選べ。テメェがバカ弟子を辞めて愛に譲るか。これまで通りバカ弟子で居続けるか」

「リナか……愛ちゃんか……」


 更に決断を攻められてリナは葛藤する。


「優介さん、それは――」

「口出しするな、と言ったハズだが」

「ですが……」


 余りな選択にソフィが仲裁しようとするも優介に咎められ口を閉じてしまう。

 孝太や恋も何か言いたげにしているも師弟関係に口出し無用とソフィの肩を叩き見守る中、リナは俯いたまま動かない。


 自分の夢か、親友の願いか――どちらも大切でどちらも譲れない。


「……愛ちゃん、ごめんね」


 難しい選択に長きに渡る葛藤の末、目に涙を浮かべてリナは震える声で謝罪。


「今まで通りで……いい」


 結果として自身の夢を優先した。


「リナ……師匠の弟子でいたい……愛ちゃんも大切だけど……譲れなかったよぉ……」


 それでも悔しさで涙をこぼす懺悔にソフィや孝太も胸を締め付けた。


「ま、ギリギリ合格か」

「え? 合格……?」


 だが、そんな空気も吹き飛ばすように優介が吐き捨てるのでリナは意味が分からず首を傾げてしまう。


「愛が俺に料理を教わる、お前はそう願いに来た。ならチャンスをくれてやると言ったんだ」

「でも、リナは……」

「もちろん変わらずバカ弟子でかまわん」

「ほんとにっ? リナ弟子辞めなくて良いの?」

「そう言ってるだろ」


 面倒気に肯定されて安堵の余りヘナヘナと座り込んでしまうリナにソフィが手を差し出す。


「良かったですね、リナさん」

「ありがとうソフィさん……でも、どうして急に?」


 ソフィの手を借り立ち上がりつつリナは優介に問いかける。

 一度決めたことを撤回するのはらしくない、もちろんリナとしてもチャンスを貰えて嬉しいが真意が気になるところ。


「テメェの夢に俺の教えが必要なら今の答えは当然だ。なのに愛の為に身を引くのは友情ではなく自己犠牲でしかない。そんなくだらない結論を出す奴は俺の弟子でも何でもねぇ」


 優介は目を開け真っ直ぐリナを見詰めた。


「だが親友の為に息巻いて抗議へ来たくせに、テメェ自身が危うくなるとアッサリ手のひらを返すような薄情者は同じくらい反吐が出る」


 淡々とした口調で続けていたが、一瞬だけ表情を緩め。


「悩み、苦渋の決断を選んだバカ弟子に免じてチャンスをやるのもいいだろう」

「師匠……」

「分かったなら放課後、寄り道せず帰るようさっさと愛に報告してこい」

「うん! ありがとう師匠!」

「ただし、お前が付きそうことを禁じる。これは俺と愛の問題だ。いいな」

「う……わかりました」


 先に釘を刺されて不服そうにするもせっかくのチャンスだと割り切り、リナはダッシュで屋上を後にする。


「さて、俺たちも戻るか。早くしないと昼休みが終わっちまう」

「だな。にしても鷲沢、もしリナちゃんが愛ちゃんに譲るって言ったらどうするつもりだったんだ?」


 遅れて教室に向かう中、孝太が先ほどリナがもう一つの選択をした際の答えに興味を持ち問いかけた。


「バカ弟子でもねぇ奴の望みをなぜ俺が叶える必要がある」

「はは……それはそれは」


 さらりと返答されて苦笑い。

 つまりリナは先ほどの答え以外は全てを失っていた。

 何とも危うい賭だがとにかくリナの親友を思う気持ちが勝ったのだ。


「私もお聞きしたいのですけどギリギリ、と言うことは模範解答があるんですよね? なんだったのですか」


 続いてソフィが興味本位な問いかけ。


「何だって良いだろ」

「教えてくれてもいいじゃないですか。それとも、なにも考えてない行き当たりばったりな言葉なんですか?」


 笑顔で挑発的な物言いをするソフィに優介は嘆息し


「両方だ」

「はい?」

「テメェの夢、友の願い、どちらかではなくどちらも選ぶ。その道を考えればいい」

「……優介さんらしいです」


 無茶苦茶な返答だが実にらしい模範解答にソフィは微笑んでしまう。


「う~ん……」


 そんな中、恋は神妙な顔立ちで後に続いていた。


 ◇


 放課後、愛は居間で優介と対峙していた。


 昼休みどこかへ行っていたリナが吉報を持って帰ってきた。

 まさか自分の為に優介へ直談判してくれたことに驚き、申し訳ない気持ちもあったが嬉しさの余り頬ずりして感謝したほど。

 恐らくこれが最後のチャンス、なぜ優介が主旨変更したかは気になるが今は自分の気持ちをぶつけてとにかく料理指南をしてもらうことが何よりも大事なこと。


「……なぜあなた達までいるのです」


 なのにこの大事な局面にも関わらず居間にはちゃぶ台を挟んで優介、それを傍観するように三人の姿。

 愛より遅れること数分、帰宅した優介と共に居間へ顔を出したのだが、リナには相席を禁じていたのに実に不愉快だった。


「あたしがどこで何してても関係ないでしょ」


 人数分のお茶を用意し同席するのは恋。

 恋はまあ良い。

 この図々しさは今更で気に入らないが同じ従業員で、愛のスキルアップは同時に日々平穏の今後のことにもなる。


「事情を知ってしまった以上、どのような結末になるか気になったモノで」

「ソフィが行くって言うから」


 問題は完全に部外者のソフィと遊び感覚のカナンで、愛を更に苛立たせていた。


「それに相席を禁じられたのはリナさんだけ、邪魔をするようなこともしないので。なにも問題ないでしょう?」

「……好きにしろ」


 しかし投げやりでも優介が許可しているなら攻めることも出来ず愛は押し黙った。


「さて」


 何とも微妙な空気の中、用意されたお茶を一口のみ優介が切り出す。


「一つ聞きたい。なぜお前はそれほどまでに俺から料理を教わろうとする」

「はい……昨夜もお話ししましたが優介さまが修行で留守にしている間、私は改めて己の料理を見つめ直しました。私に足りないモノ、足りない心……お恥ずかしながら自身のことにも関わらずたくさん悩みました」


 優介の問いかけに愛は一言一言、思いが伝わるように真っ直ぐ目を見据えて答えてく。


「ですがリナを始めとする島のみなさまのお陰で私がどれほど料理が大好きか、という心を知ることが出来ました。来店してくださるみなさまが私の料理よりも優介さまの料理が美味しいと言われると、恐れながら嫉妬するほどに」


 繰り返しになるが一から順に教わったこと、知ったことを説明する。


「私はもっと料理が上手くなりたい、もっともっと大好きな料理で大切なお客さまに喜んでいただきたい」


 自分の願い、必要だと考え抜いた気持ちを全て。


「その為に優介さまのご指導を受けたいと、私なりに向上を求めた結果の結論です」


 丁寧に伝えて。


「いつか優介さまに負けない料理人になるために」


 恐れ多いと思いながらもハッキリと告げた。


「相変わらずな買いかぶりだ」

「事実です。優介さまは世界一の料理人、ならばより良い指導を受けたいと思うのは当然のこと」


 優介のような料理人になりたい、これならば間違いなく指南の話はないだろう。

 故に負けないだ。

 もちろん愛とて優介のような立派な料理人になりたいと夢見ている。

 それでも自分の料理より優介の料理が美味しいと言われて嫉妬してしまった。

 この嫉妬心こそ自分の成長、どれほど料理が大好きかを知ったこと。


 ただ純粋に学びたい――以前とは違う自分を知ってもらうことが、このチャンスに必要だと思っていた。


「そうか……お前の成長、確と聞き取った」


 愛の気持ちが伝わったのか優介は微笑み、しかしすぐさま鋭い視線を向けた。


「では言葉だけでなく、その覚悟を示してもらう」

「覚悟……ですか」


 どう示せば良いのかと悩む間もなく優介は平然と、とんでもない条件を口にした。


「愛、俺と料理勝負をしろ」

「私が……優介さまと?」

「ちょっと待ちなさいよユースケ! ドーシテいきなりアイと勝負っ? アナタ、アタシとすら一度もしてくれないのにっ!」


 唖然となる愛に対し、もの凄く反応したのはカナンだった。

 ライバルとして何度も料理勝負を挑み、今だ叶っていないのだから当然の反応だが優介は無視。


「勝負は明日の営業後。メニューの選択や勝負方法、同時に味見役は公平を期してカナンにやらせる」

「ワタシがっ? ナゼっ?」


 それどころか勝手に巻き込まれて怒り心頭なカナン。


「料理を知らない奴に味見役をやらせても仕方ないだろう。お前なら公平かつ信頼の置ける料理人だ。違うか?」

「た、確かに……」

「なにより、この勝負の必要性を理解できるのはお前以外にいない。期待している」

「ムゥ……そ、そうかもね。そこまで言うなら協力してあげるわ!」


 しかし優介の信頼に乗せられて見事に承諾。


「決まりだな。愛、もしこの勝負に俺とお前が引き分けになった場合のみ、願い通りお前に料理を教えよう」

「引き分け……ですか? あの……勝たないと駄目、では……」


 万が一にでも勝てるとは思っていないが、勝負と言われて勝利しなければ教えてもらえないと踏んでいた愛は困惑気味に問いかける。


「自分より未熟な奴に教わることもないだろう。だが引き分けるほどの腕なら互いに切磋琢磨し合い成長することも出来る。俺が教え、お前が俺に教えると少し主旨は変わるがな。何か不満か?」

「…………いえ」

「もちろんお前が負けた場合はこの話はなしだ。俺と引き分けることも出来ない程度の覚悟なら、それまでのこと」


 奇妙な条件が続き呆然となる愛だが更に――


「もう一つ。俺よりもお前の方が美味い料理を作れるなら、以降日々平穏の店主は愛、お前だ」


 とんでもない条件を付け加えた。


 ◇


「まさかあんたが愛と勝負することになるなんてね」


 夜、いつものように夕食を共にし家まで送ってもらう中、恋は呆れていた。

 勝負を決めた後の愛はもう戸惑うばかり。

 もし受けなければ料理を教わるチャンスが永久になくなるので受けるしかなく愛はとても微妙な状態、心の整理が必要と踏んだのか夕食の用意は優介が進んで行ったほど。

 ちなみに勝負の立ち会いは味見役のカナンと店の今後のこともあるので恋のみと先に釘を刺されて、蚊帳の外となったソフィが拗ねて帰ってしまいカナンが慌てて追いかけるとこれまた微妙な空気。

 とにかく予想外な展開の連続に恋はもう呆れるしかない。


「しかも負けたら店主を辞めるって、あたしに相談もなく勝手に決めないでよ」

「案ずるな。店主を降りても借金は変わらず俺が受け持つ」

「いや、そんな心配してないんだけど」

「なにより、偉そうに条件付けたのは俺の方だ。なら俺もそれなりの覚悟を示さないと不公平、違うか?」


 返されて恋は嘆息する。

 優介は愛に覚悟を示せと言った、ならば自分も同等の覚悟でないと示しが付かない。

 それが例え自身が頼まれる側でも同じ事、実に不器用だがこれもまた優介らしい。

 相変わらず何を考えているか分からないが、それでも恋は心配していない。


「はいはい。でもま、万が一でもあんたが愛に負けるとは思わないからいいけど」


 愛には悪いが恋としては優介が店主で居続ければ問題なく、そして優介の勝利は間違いないのでどう転ぼうと構わないのだ。


「この世に絶対なんざ存在しねぇよ」


 なのに優介からは曖昧な自信が。


「俺の腕が愛より勝っているのは認めよう、でなけりゃ偉そうに店主なんざできないからな」

「それは……まあ」

「だからと言って絶対ではない。未熟なのはお互い様、可能性は常に五分だ。もし俺に慢心があれば、もし愛に俺以上の志があればいくらでも覆せる」

「ようは心次第ってわけ?」

「そう言うことだ」

「ふ~ん」


 嘘偽りの無い持論に恋は適当に相づち。

 先ほどまでは絶対に負けるはずがないと思っていたが、確かに正論だ。

 それでも恋は優介が負けるとは思えない。

 愛に強い志がないとは言わないが、優介が慢心で料理をするとは更に思えない。


「あんたがどう思うかは勝手だけど、これだけは言わせて」


 だがこれを伝えたところで無駄な押し問答が続きそうなので、取りあえず自分の気持ちを告げた。


「愛には悪いけどあたしの雇い主は鷲沢優介。あんた以外の日々平穏なんてゴメンだから負けないでよね」


 日々平穏の店主は優介だけ、例え三人の店でもこればかりは譲れないと恋の願望だ。


「絶対は存在しない」


 恋の気持ちに優介は苦笑し。


「だが、負けるつもりはねぇ。誰が相手だろうとな」


 珍しく自信満々な発言に恋は安堵する。


「……ずっと気になってたんだけど、どうして愛に料理を教えないの?」


 同時に一つ疑問が浮かぶ。


「さっきの条件も、なんかあんた愛に料理を教えたくないように見える」


 勝負をすると言いだした時も、屋上でのリナとのやり取りも含め、妙に感じた違和感。

 優介が料理を教えないとは、愛が島へ来て間もなく告げたこと。

 理由は愛の心の問題だと恋も気づいていた。

 優介の支えになりたいと料理を始めた愛が、全てを受け入れすぎる故に自身の心を疎かにすると危惧してのこと。

 しかし優介が留守をしている間にそれは克服している。

 故に愛が願えば優介は料理を教えるだろうと恋は思っていた。

 純粋に上を目指す気持ちならば素晴らしい志で、愛のレベルアップはそのまま日々平穏の安定にも繋がるのだ。

 なのに優介が拒んでいるようで気になったのだが


「さあな」

「でしょうね。ま、いいけど」


 当然のように多くを語らないので恋は早々に諦めた。

 そして同時に嫉妬する。

 どんな意図があるか分からないがこれだけは理解している。


(どうせ、愛の為でしょ)


 恋のライバルを気遣われて面白くなかった。




夕方にもう一度更新予定!


少しでも面白そう、続きが気になると思われたらブックマークへの登録、評価の☆を★へお願いします!

また感想もぜひ!

読んでいただき、ありがとうございました!

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