53話 戦争の気配
あれから、何日か過ぎた。
本を読み飽きた私は、リナの手伝いと、その後に野良猫で遊ぶ事が日課になっていた。
そして、普段は自室で食事をしている私は、珍しく夕食を食堂で取るようにと、呼び出されていた。
長方形の無駄に長いテーブルの上に、料理が並べられている。
本来は大人数の会食に適したテーブルは、奥の上座にマリオンが座り、反対側の下座に私が座るわけではなく、マリオンの横に座っていた。
「あと二週間のうちに、戦争に行くわ」
前菜をフォークで口に含みながら、彼女は言う。
「戦争ですか」
「傭兵団の準備も整ったからね。斥候からは敵が数百人規模で、集結しているらしいわ」
なぜ、そんな話を、私は聞かされているんだろう?
「あら、心配ではないのかしら?」
「正直、何から心配したらいいのか」
「そうね。まず私が総司令官よ。連れて行けるのは、私の騎士団30人と、ノース侯爵第三騎士団100人、傭兵団500人ほど」
アームストロング騎士団長や、他の騎士団は行かないのかと、疑問を口にする。
「ここの守りが必要よ」
「戦力としては、圧倒的に有利というわけではないのですね」
「そうね。精鋭を集めたつもりだけど、敵に人外がいない事を期待するわ」
単純な数と戦術の戦争ではない。
一騎当千の猛者がいるだけで、戦局が変わるのだ。
「ここで、迎え撃つというのは?」
「経験済みよ。結果は、ここを迂回されて、後方の村が襲われたわ」
領内の都市や村の位置情報も、持ち帰られてしまい散々だったらしい。
「他に、心配はないのかしら?」
ナイフで、肉料理を切りながら問いかけてくる。
私も、牛ヒレ肉のような柔らかさを口の中に楽しみつつ、首を傾げた。
「私が、戦死した時の奴隷の扱いよ」
給仕のメイドが、驚いた顔をした。
しかし、それならここで読んだ王国法の本で、知っている。
奴隷は主人の所有物であるから、主人が亡くなった場合、相続権がある者に譲渡される。
一般的には、奴隷市場で売られるか、破棄されるらしい。
前所有者の物に、愛着などないという当たり前の話だ。
「だからね、戦場に連れていってあげるわ。死ぬ時は一緒よ」
「本心は?」
「死ぬ時は、アリスちゃんを抱いて死にたいの」
満面の笑みを浮かべるマリオンから、歪んだ愛情を感じるのであった。
そして、彼女は、
「今夜も、楽しみましょうね」
目を細めて、私の反応を楽しむように告げた。