52話 北の砂漠
猫は癒しだと、誰かが言った。
目の前の黒髪のメイドは、しゃがみ込み、猫とじゃれあっていた。
残飯の餌をあげるふりをしては、手を引っ込め、楽しそうに餌付けをしているのだ。
目線を外し、か細い声で話す少女には見えない。
「好きなんですね、猫が」
「…うん、好き」
やはり、こちらを見る事なく答える。
「私もあげたいな」
しゃがみ込み、彼女が持つ残飯を右手で掴み、猫をおびき寄せる。
「…アリス様も、奴隷なのですね?」
私の右手を見て、確認するように聞いてくる。
「ああ、スラム街みたいなところを彷徨ってたら、拐われた。それから、ずっとさ」
そして、彼女の奴隷紋を見る。
「ええと…きみ…」
そう言えば、名前を聞いてなかったなと思う。
誰かと親しくなる事など、ずっとなかったから、そんな当たり前の事も、忘れてしまっていた。
「…リナ。私は住んでいた村を襲われて、ここで売られた」
リナの故郷は、ここより北、砂漠の中にあったらしい。
そして、城塞都市ガレオンの傭兵団に襲われ、ここで売られる。
珍しい黒髪と、褐色の肌を気に入ったマリオンに買われたと、彼女は言った。
「恨んでいるのか?」
「…わからない。でも、私はマシな方…」
意味深な事を呟く彼女の瞳の奥には、恐怖と諦めのようなものを感じた。
「…無神経って、言われない?」
嫌な事を思い出したリナは、少し怒ったように言う。
私は、苦笑いをしながら、
「ごめんね。同じような境遇だったから、聞いてみたかったんだ」
「…あなたの故郷は?」
「記憶にないよ。気づいたら、飢え死にしそうになってた」
奴隷商人の屋敷にいた時のような会話から、口調がアリスちゃんから外れる。
「ここから北って事は、アルマ王国じゃないんだよね?」
「…そうらしい」
ただ、砂漠の中の村だったと言う。
「砂漠か。行ってみたいな」
「…もし、行くなら…砂の王に気をつけて」
「砂の王?」
何かの現象だろうか?
「小さい頃から、村の外に出る時は、砂の王の住処は通らないようにって言われてた」
それは、砂漠に住む何かのようで、時期によって住処を変えるらしい。
私が知っている砂漠とは違うかもしれないけど、怪しい住処があったら、注意しようと思った。
砂漠に行く機会は、マリオンに言えば連れて行ってくれるかな?




