158話 シスの企み
街に戻り、ギルドの扉を開いた私達を待っていたのは、嬉々とした顔で大量の空き皿を積み上げているシスの姿だ。
「あっ、お兄ちゃんさすがだねぇ。ちょっと好きになっちゃうかも」
「…金はあるんです?」
「うん!いっぱい狩ってくれたからねー」
先に運びこまれていた魔物から報酬が前払いされたのだろうか?
いや、それなら…。
そんな疑問を口にしようとすると、ギルドの受付が声をかけてきた。
「grdkdwngsms」
「お兄ちゃん、ギルドカードに報酬を払うって」
そう言いながら、シスもカードをカウンターの上へ置いている。
「なんで、おまえもカードを出すんだ?」
「えぇ?あたし、お兄ちゃんの通訳してるよぉ。依頼だって取ってきた良い子だよ?」
ニコニコと微笑みながら甘えた声と視線を私に向けてきた。
「…確かにな」
まあ、細かい事はいいか。
そして、返されたカードには6万リンもの金額が入っていた。
私は思わず嫌な笑みを浮かべる。
物価がわからないが、それなりに豪遊できるという直感だ。
「えへへ、凄い金額だよね」
シスは私のカードの金額を眺めると、満足そうに頷いた。
「お兄ちゃん、一番良い宿が3万リンなんだって。そこに泊まらない?」
「おまえって優秀だったんだな」
「サポートは任せてね」
頼もしげに微笑んだシスと共にギルドを出ると、下調べは終わっているのか彼女が先導して宿へと向かう。
「屋台で食べれば1000リンくらいで済むみたい。高級レストランはその20倍くらいなんだって」
「なんとなく物価がわかってきましたよ」
…となると、あそこは5万リンあれば行けるのか?
いや、あるのか?
でも、冒険者の街ならあるはずだよなぁ。
そんな邪な事を考えていると、街の中心に一際大きな建物が見えてくる。
「あそこが一流の冒険者が泊まる宿だって」
シスが指差した先では、明らかに身なりの異なる屈強な男女が中に入って行った。
「明日もいっぱい稼いできてね…依頼はあたしが探すから」
シスは腕を絡め、胸に頭を押し当てて甘い声で囁きかける。
「言葉を覚えたいんですけどね」
「えぇ?あたしが通訳するよぉ。あ、受付してくるね」
宿の扉を開け、躊躇う事なく踏み込んでいくシスに溜息を一つ。
それは違和感だ。
…あのあからさまな態度、何を考えている?
だが、言葉も文字もわからない私は彼女を頼るしか選択肢はない。
操り人形のように部屋に導かれると、ベッドに横になり視線だけをシスに向けた。
「同室なんですね」
「さすがに一人じゃ物騒でしょ」
そんな返事と共に彼女もベッドに横になる。
部屋はベッドが二つあり、脚のついた大きめのテーブルが一つ。
…枕が少し硬いな。
だが、土の家での生活を思い出せば天と地の差だ。
「ふふ、お兄ちゃんといると退屈しないね」
意味深な視線と共に蠱惑的に呟くと、彼女は微笑んだ。
「…何を考えているのです?」
「教えなーい。そのうちわかるよ、あはは」
私の言葉を遮る様に笑うと、そのまま静かに瞳を閉じて寝息を立て始めた。
そんな彼女の無邪気な寝顔に小さく息を吐くと、私も同じく眠りにつく。
それから数日、樹海と街周辺の魔物を狩り続け日銭を稼ぐ日々が過ぎる。
残高は70万リンに達しようとしていた。
「…働きすぎな気がしてきました」
部屋に戻り、柔らかなベッドへと倒れ込みながら愚痴を零す。
そんな私を見て、シスは苦笑いを浮かべていた。
「結構、稼いだもんね」
「…行きたい」
さすがに欲が出てきた。
遊びたいのだ。
「うん?」
「…歓楽街に行きたい」
こんな刺激の足りない生活からはおさらばしたい。
冒険者なら宵越しの金は持たないものだ。
「…うわぁ。変態…クズね、クズ」
シスの罵倒が懐かしい。
歓楽街に何か大きな誤解があるような気もするが。
「それに言葉もわからないんでしょ?」
「耳は慣れてきたので、単語を教えてもらえれば…」
遠い昔、そうやって言語を取得したのだ。
それと同じ要領で言葉を覚えていく。
「文法は一緒だよ。発音が少し違いだけ」
「教えてくれるのです?」
「…うん。もう良いかな」
彼女は自分のギルドカードを手にすると意味深に呟いたのだった。




