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156話 魔族の常識

それは樹海の中に忽然と現れた扉だ。

削られた山の断面に嵌め込まれ、周囲に溶け込むようにして存在している。


「…kkd」


男は私達に手を挙げながら、扉を開いた。

人工的な洞窟が暗闇の向こうへと伸びている。

 

その中に足を踏み入れると、灯りがともった。

コツコツと鳴る足音のみが空間に響く。


「どこに繋がっているのですかね?」

「街でしょ?お兄ちゃん、ほんとに魔族?」


どうやら彼女達にとっては常識のようだ。

私は黙って後を追う。

そして、視界の先が眩い光に覆われると、喧騒と共に視界が開けた。


「…これが魔族の街」


洞窟の中に現れた巨大なドーム型の空間。

眼下には石造りの建物が軒を連ねている。

空を見上げれば、外から光を取り込んでいるのか無数のレンズが日の光を散乱していた。


「thsknsrb」

「rgt…bknshygrdhr?」

「sks」


二人は何か会話を交わして、男は一つの建物を指差す。

そして、元来た道を戻って行った。


「何を話していたんです?」

「冒険者ギルドがあるか聞いたのよ。あるって」

「ああ」


指差した建物は冒険者ギルドと言う事か。


「えへへ、お兄ちゃん稼いできてね?期待してるよ」

「…言葉がわからないんですけどね」

「大丈夫、大丈夫ぅ。あたしが手配してあげるから…ね?」


道を降りながら、シスは悪戯な笑みを浮かべる。


「なぜ冒険者ギルドなのです?」

「…お兄ちゃん、お金あるの?」

「…なるほど」


街に続く坂道を降り、街の姿が大きくなっていく。

道端には煙草を咥える者。

背中に巨大な武器を背負った者。

道を歩く人種も様々だ。


「…あれはトカゲ人間?」

「リザードマンよ。知らないの?」


緑の鱗に覆われ、歩く度に尻尾が左右に揺れている。

他にも獣人と表現するには獣に違い風貌の者が多く見受けられた。


「お兄ちゃんって人族みたいな反応するのね」

「生まれがそうですからね」

「…ふぅん」


キョロキョロと辺りを見渡す私を彼女は興味があるような表情で眺める。


「…目が合うのですか、私達目立ってます?」


行き交う者達と視線が交差しては、相手が気まずそうに逸らしている。

リザードマンだけは表情の変化がわからなかったが…。


「どうなんだろう?私達みたいのもいるよ?」


シスの視線の先には半身に紋様が浮かび、服装もどこか統一されたような姿をした男女がいた。


「人族みたいな風貌が珍しいわけではなさそうですね」


そして、また変化する街並みと行き交う人々に視線を戻す。

そこで一つの違和感を覚えた。


「…子供がいませんね」

「たぶん、開拓村だよ。戦士ばっかだもん」

「開拓村?」

「そのまんまの意味だよ」


つまり未開の大地を進む冒険者の村という事だろうか。

私はそれを確認しながら、歩みを進めていく。


「お兄ちゃんって見てて飽きないね」


私の反応を見て、クスクスと口元を抑えた。


やがて、街中を貫く大通りを進んだ先に冒険者ギルドらしき建物が見え始めた。

言葉がわからなくても、看板に刻まれた剣と盾のモチーフがおそらくそうだろうと理解させてくれる。


そして、扉を開ければ立ち込めた紫煙が私達を出迎えた。


「げっ!何よ、この臭い…クソ最悪」


シスは煙たそうに鼻を摘む。


「…魔大陸は煙草の原産地らしいですからね」


目に沁みる煙を手で仰ぐように払い、中の様子を見回す。

戦士らしき風貌の者達が雑多に室内は賑わっていた。


壁には依頼書と思われる紙がピン留めしてあり、端に固められたテーブルでは様々な者達が酒に手を伸ばしながら談笑している。

そして、私達が横を通り過ぎると驚いたような視線を向けて顔を逸らした。


「…読めませんね」


そんな空気の中、壁に貼られた紙の見知らぬ言語に思わず首を傾げて呟く。

シスは受付の女性と何かを話し終えると、こちらに向かって手招きした。


「お兄ちゃん、良い依頼があったよぉ」


甘えた声で満面の笑みを浮かべる。


「…良い依頼ですか」


カウンターの上に置かれた紙に目を落とすが、当然読めるはずもない。


「ちょっとお外を掃除してくるだけのお仕事なんだって。ね?これにしよ?…いいよね?」


最後にドスの効いた声で問いかける。

明らかに胡散臭い内容だ。

私は怪しむ視線を強めたが、彼女は駄々をこねるように上目遣いで私の腕を掴んだ。


「…お願い、お兄ちゃん。あたし美味しいご飯が食べたいの」

「私に色仕掛けが通じると思っているのですか?」


呆れた顔で溜息を吐く。


「…チッ。だったら言うけど、これを受けてきなさいよ。一番高い依頼よ」


真顔に戻った彼女はカウンターの紙を指差した。


「言葉もいらない。パーティーに付き添って剣を振るだけ。あんた向きでしょ?」

「…なるほど」


確かにそれなら、私向きだ。

外の掃除とはそういう事なのだろう。


「ほら、わかったらあそこの人達のとこ行ってきて。無理矢理ねじ込んでもらったのよ?ほら、早く」

「ああ…」


今から外へ向かうのであろう入り口の四人組を指差す。


…まあ、剣を振るだけなら簡単な依頼ですね。


「頑張ってねー」


呑気な声で手を振るシスに見送られながら、四人組の方へと歩き出した。


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