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154話 シスの休息

少女の白い肌は眩い光を反射し、水滴を滴らせている。

一糸纏わぬ姿に両サイドで束ねられた桃色の髪が湖の中で揺れていた。


「あぁ、癒されるわ」


無重力の浮遊感を楽しむように、シスは水に身を任せながら手足をゆっくりと広げた。

目を閉じるとこれまでの想いが頭に巡っていく。


寂しかった事、悲しかった事、悔しかった事、恨んだ事…数え上げればキリがない。

幸せを感じるのは、その合間の一瞬だけ。


不老不死なんてクソだ。

生き続けるという地獄がひたすらに延長するだけなのだから。


「あいつみたいに強かったら…違ったのかな」


遠くで空を見上げる少女にしか見えない彼に眼を向ける。

自分より長く生きているくせに、今を楽しんでいる変なやつ。


「エルフも魔族もそうだった…」


自分より長寿なのに、彼らからは絶望を感じなかった。


「だけど死ねるのよね」


ある者は魔物と戦い…。

ある者は竜種に挑み…。


自分と決定的に違う点だ。


「あたしも死ねるなら…」


あいつらの気持ちがわかるのだろうか。

不死の存在たる自分にはもうその答えがわからなくなっていた。


ただ一つ言えることは、尽きる事のない苦しみの中、ただ生きていくだけ…ただそれだけなのだから。


見上げた先は空を漂う雲一つない青空。


…そんな真っ青な色を見たくない。


「…はは」


嘲るようにシスは微笑んだ。

明るく振る舞おうとしても、自分の根底を彩るのは灰色の空。

楽しもうとしても、長年燻り続け消せない闇が霧のように身体に纏わりつき離れはしない。


「ほんとクソみたいな人生ね」


軽く鼻を鳴らし、力を抜いて水中に背を預けながら身体を泳がせた。


バシャッ…


後方の水面を、何か巨大な物が跳ねた音。

水飛沫と波紋を広げるように…それがゆっくりとこちらに近づいてくる。


「っ!」


シスが身体を起こした頃、水面には大きな影が映り込み、その全貌が現れた。

彼女を一口で飲み込めるような爬虫類が真っ赤な瞳で見下ろしていたのだ。


その大きな口には綺麗に生え揃った鋭牙が並ぶ。

鱗は光を反射させ宝石のように煌めいている。

全身から殺気を放ち、溢れ出る涎。


「い、痛くしないでよね」


その存在を前にして、シスは諦めと怯みが混ざった表情を浮かべる。


…だが、


ドスッ!


空中から急降下してきた漆黒の剣が鱗を貫く。


ギィィィ!


化け物はその痛みに特大の悲鳴を上げ、空いた口を水面にぶつけ暴れまわる。


「……」


シスは呆気に取られた表情を浮かべた。


「…今度はデカいワニですか」


水辺から黒髪の少年は呆れるような仕草と共に黒い剣を無数に宙へと浮かせ、次々と突き刺していく。

全ての刃が鱗を貫くと化け物はその身体を水中へと沈めた。


「私は入るのはやめときますね」


全裸のシスに視線を向けた少年が苦笑混じりに呟いた。


「いつまで見てるのよ!」

「そう思うなら早く上がって下さいよ。一匹だけとは限らないですから」


慌てて泳ぎ岸辺に上がるシスの罵詈雑言を無視して、冷静に呟く。


「わかってるわよ!後ろ向け!変態!」

「裸を見られる方が死ぬよりも嫌なんですか?」

「…当たり前じゃない」


背を向ける少年から溜息が漏れる。

シスは湖から上がり、濡れた髪をかきあげた。


「ねぇ、乾かす魔法はないの?」

「そんな便利な魔法があるのですかね?」


少年はそう言うと、背を向けたまま岸辺に炎を灯す。


「…ありがと」


シスは素直に礼を述べ、その火に当たると長い髪の毛を丁寧に乾かし始める。

滴り落ちる水滴が遮る物のない肌を撫でていく。


「…あんたはなんで、そんなに強いの?」

「才能と修練…ただそれだけです」

「…理不尽ね」


髪と身体を乾かしながらシスは寂しそうに笑う。

自分には決して手に入れる事のできないものだと理解したからだ。


「もういいわよ」


服に袖を通し終えると、背を向けたままの少年に声をかける。


「行きますか…」


少年は呆れたようにまた溜息を吐く。


「何よ?時間の無駄みたいな顔じゃない」

「……」


反論しようと言葉を探したようだが、諦めたようにシスに背を向けた。


「可愛い美少女の裸が見れたんだから、感謝しなさいよ」

「…はは」


そして、乾いた笑いが森の中に微かに響き渡るのだった。



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