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145話 見送り

「ただいまー」


改修工事で生まれ変わった我が家にシスの呑気な声が響き渡る。


「あいつも住んでるのか」

「勝手に居座ってるんですよ」


シャロンの問いに、私は苦笑気味に答えた。


「…寝るわ」


カミラはそう言うと飲みすぎたのか、足をもたつかせながらゆっくりと階段を上る。


「明日は昼に集合だぜ」

「…ほんと嫌になるわ」


深い溜息をつき、カミラは二階へと姿を消した。


「樹海行きの隊商でしたか?」

「ああ、千人規模らしいぜ。冒険者に商人に技術者、みんなまとめて送るんだとよ」

「少人数のパーティーで旅に出るってわけじゃないんですね」

「はは、そんなのお伽噺の世界だけだろ」


頰を緩めるシャロンの表情には寂しさが隠れている。

彼女もそのお伽噺の世界に、未練を残しているのだろうか。


「アリスはそんな旅がしたいんだろ?」

「…冒険者ですからね」

「お兄ちゃん、馬鹿なんだねぇ」


シスが無邪気にクスクスと笑う。


「誰だって夢はあるものなんですよ」

「そうだな」


シャロンはそう言うと階段を上る。

私達も自分の部屋へと向かった。


小さな窓から月明かりが差し込む自室に入る。

そこにはベッドが二つ。


財布が軽くなった一因であり、スラム街の住人のシスがこの街から追い出されていない原因。


「お兄ちゃんはいつ旅に出るの?」


柔らかなベッドに体を横たえると、シスが話し掛けてくる。


「ちょっと確かめたい事があるので、しばらくいますよ」

「ふぅん」


旅先でお尋ね者になっているなんて、間抜けな事になる気はない。


北の魔族か東の樹海か…。

確証が持てるまで、しばらくこの地から離れるつもりはなかった。


翌日、昼下がりにシャロン達を見送りに外に出る。


街の外には様々な身なりをした人々がひしめき合っていた。


「やあ、見送りかい?」

「…おはよう」


爽やかな笑みを浮かべたアルスと眠たげなルナが声を掛けてきた。

ルナは気だるそうに彼の服の端を片手で掴んでいる。


「眠そうですね?」

「朝まで本を読んでたらしいよ」

「新しい物語だからね…」


よほど読書が好きなのだろう。

リュートと共に背負われた袋から大量の本が顔を覗かす。


「これだけあれば退屈しないから」


私の視線に気づくと、自慢げに笑みを浮かべた。


「読み終わったら邪魔になりません?」

「うん、だから捨てるよ」

「はは…」


うん?

軽く銀貨何枚とする高級品の筈だが。

平然と捨てられると言った彼女の基準に思わず、苦笑いが浮かんだ。


そして、その感覚はアルスも同じようで苦笑の声が重なる。


「…エルフの感性はわかりませんね」

「それなりに苦労して稼いでるんだけどね…」

「心に刻んでるから問題ないよ」


深くため息を吐くアルスと、悟った顔で静かに笑うルナ。

 

「おい、そろそろ行くらしいぜ!」


そんな中、シャロンが遠くから叫んでいる。


「今行くよ!」


アルスは手を振り答えると、歩き始めた。

服の端を掴むルナも、うとうととした足取りで付いていく。


私は彼らの一団がスラム街の先に消えるまで見つめていた。


丘の上には、草木や花々が咲き乱れ、鳥達が楽しげに鳴き交わしている。

そして、遥か遠くには神々の境界線と呼ばれる異質な壁。


私の冒険も始まろうとしていた。


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