表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
360/402

137話 幕間 誰かの記憶4

更に三十年後


黒髪の青年は、いつかの時と同じように丘の麓に広がる都市を見下ろしていた。


だが、かつての姿はない。

巨大な城壁は瓦礫の山となり、都市は廃墟のように荒廃していたからだ。


「教皇猊下、魔族の代表者がこの先に現れる時間です」

「…そうですか」


坂道を下り、南北を寸断する大通りを進む。

廃墟となった家々からは、薄汚れた服を着た人々が顔を覗かせている。


孤児と思われる子供には魔族の特徴が見て取れた。

彼らは物珍しそうに青年を眺めると、再び家屋に身を隠す。


「しかし、和睦を結びたいとはどういう風の吹き回しですか?」

「それは先の戦い、猊下が単身で敵の軍勢を薙ぎ払った事が要因でしょう」


枢機卿の答えに青年は苦笑する。


「…僕は世辞を好みませんよ」

「では、事実のみをお伝えすると、やつらは元々北に問題を抱えていたそうです」

「北ですか。その情報はどこで手に入れたのですか?」

「猊下、信じられないかもしれませんが、魔族は発音が違うだけで我々と同じ言葉を使っているのです」


その言葉に黒髪の青年は足を止めた。


「…まさか。僕には奇声にしか聞こえませんでしたよ」

「仰る通りです」

「ふふふ」


黒髪の青年は楽しそうに笑うと、言葉を続けた。


「そんな事に気づくのに30年かかったと?」

「…申し訳ありません」

「冗談ですよ。貴方が生まれる前からの戦いです。あの時代を知るのは、もはや僕ぐらいしかいないでしょうから」


そう言いながら、彼は懐かしそうに周囲を見渡した。

所々に残る焼け跡や血痕が、戦いの痕跡を物語っている。


「それで、この会談に言葉を解する者はいるのですか?」

「それは魔族側が用意するとの事です」

「…そうですか。では、貴方達はここで待っていなさい」


そう言うと、彼は右手で制する仕草を見せる。


「まさか猊下単身で向かわれるおつもりですか!?」

「いつもの戦場と変わりません。僕より弱い者は後ろに下がってなさい」


黒髪の青年はそれだけ言うと、歩き出す。

枢機卿達が呼び止める声が聞こえたが、歩みを止める事はなかった。


「ふふ、これは僕の敬愛する方のお言葉なんですけどね…」


草原の先で、教皇は誰に語るでもなく言葉を紡ぐ。


「…世界は結局、弱肉強食なんですよ」


彼の呟きは風に乗って消えていき、その背中を追いかける者は誰もいなかったのだった。


それから数刻後。


神殿の最上階にある大窓から、教皇は城塞都市を見下ろしていた。


「立派になったものです」


始まりはただ朽ちた神殿だけが建つ草原だった。

それが今では城壁が築かれ、門は頑丈な鉄格子に変わっている。

 

そして、魔導列車と呼ばれる輸送手段が、アルマ王国から人と物資を運び出していた。


だが、その発展の裏には本国や冒険者ギルドとの政治的な駆け引きが生まれる。

それに対抗する為にフォルトナ正教を名乗り、組織化させたのだ。


だが、


「…くだらない」


青年は眼下に広がる光景を見て、小さく呟く。

教会とはただ人々の心の拠り所であったのだ。

政治的に生き残る為に自分がした行いに吐き気を覚える。


「聖女様が一人で旅立たれた理由がわかった気がしますよ」


自嘲気味に笑う。


「それでも僕は止まる事はできませんからね…」


そして、再び歩き出す。

幾多の屍を越えてでも、辿り着きたい場所があるのだ。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ