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82話 ソラとバロック

あれから一つの都市に泊まると、その先は茶褐色の山間地から、広大な草原と森へと景色が変わっていた。

王都に近づく程、道中で魔物に襲われるような気配は遠のき、代わりに騎士団とすれ違う事が多くなる。


そして、王家直轄の都市を2つ過ぎた頃だった。


「大将またですよ」

「そうか、止まるぞ」

「チッ、めんどくせぇなぁ」


バロックが指示すると、馬車達は街道を少し逸れて、停止させた。


レインは馬車を降りて前方を睨む。

私達もその後を追うように、馬車を出た。

遠くに馬に乗った騎士達が、アルマ王家の紋章旗を掲げて、こちらに近づいて来るのが見える。


「…旗を立てろ」

 

レインの指示に、兵士はノース男爵旗を掲げた。


そして、整列する私達の前を騎士達がゆっくり通り過ぎる。

先頭の騎士は、観察するように眺めていたが、問題なしと判断したのか、すぐに通り過ぎて行った。


「かったりぃなぁ」

「そう言うなよぉ、吹けば飛ぶような男爵で…兄貴でごめんなぁ」

 

シャロンがダルそうにぼやく隣で、バロックが申し訳なさそうに頭を下げる。

そんなやり取りを見ていた兵士の一人がクスリと笑った時だった。


…殺気?


私は思わず一歩後ろに飛び退いた。

次の瞬間、兵士の首筋に抜き身の剣先が突き付けられる。

 

「…今、大将を笑っただろ?」

 

…ソラだ。

彼は剣を突き付けたまま、いつものふざけた笑顔を消して、鋭い眼光を向けていた。

 

「い、いえ…そんな事は…」

 

剣先を向けられた兵士が、青ざめた顔で首を振る。

 

「阿保ぅが…」

「お、おい!?ソラやめろって!」

 

レインは呆れたように呟き、バロックは慌てて止めに入る。

ソラは、間に入るバロックを見て、剣を下ろすと、いつものヘラヘラとした笑みを浮かべた。

 

「やだなぁ、冗談ですよ」

 

そして、何事もなかったかのように、馬車に戻っていった。


「おい!ソラ!?」

 

バロックが慌てて追いかけると、兵士達がざわつき始めた。

 

「ったく、相変わらずかよ」

 

シャロンは頭を掻くと、顔を青ざめさせている兵士の方へ歩く。

 

「気をつけろよ、あいつは兄貴の事になると見境なくなんだよ」


そう言って彼女は馬車へと戻って行く。

 

「おまえら、行くぞ」

 

レインはざわつく兵士達に声をかけると、ソラに凄まれた兵士の肩に手を置いた。

 

「…気にするな、あれは阿保なだけだ」

 

そう言って歩き出すと、兵士達も慌てて後に続いた。

私も馬車に乗り込む。


「あれくらい流せよ」

「いやぁ、ついですねぇ」

 

そこには、シャロンの呆れた顔に、頭を掻きながら笑うソラがいた。

 

「ソラぁ?」

「大将、反省してますってぇ」

 

バロックに睨まれると、ソラは笑って誤魔化していた。

その後は何もなく、馬車は街道を進んで行く。

 

「…雨か」

 

煙草を咥えながら、レインが呟いた。

 

外を見れば、小雨が降り出してきている。

やがて、それは本降りとなり土砂降りとなった。

雨が屋根を打ち付ける音が室内に響く。

 

「降ってきやがったなぁ」

 

シャロンは窓を覗きながら、呟く。

私も窓の外を眺める。

窓には、西洋人形のような美少女が写っていた。

 

その時だった。

 

視界が閃光に包まれる。

咄嗟に腕で目を覆う。

続いて、爆音と振動が身体を揺らした。

馬がいななく声と同時に馬車が揺れる。

 

「うおッ!?」

 

バロックが叫んだ。

 

「…近いですねぇ」

 

ソラが落ち着いた声で言う。

どうやら、落雷があったようだ。


「雷か…」

 

レインはそう呟きながら、地図を広げた。


「この先は、王都のはずだが…」

「なら、このまま進めば良いんじゃねぇのか?」

 

シャロンは窓枠に肘をかけ、つまらなさそうに外の景色を見ている。

 

「この雨だと野営は厳しいですねぇ」

「そうだな」

 

ソラの言葉に、バロックは頷くと、御者に声をかけた。

 

「豪雨の中悪いが、王都まで進んでくれ」

「わかりました」

 

馬車はゆっくりと速度を上げて、雨の中を走り抜ける。

雷鳴は遠ざかっていたが、その前途を占うかのように雨は未だに激しさを増すばかりだった。



 


 

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