76話 魔導錬成
シャロンの兄達の乗る馬車に乗り合わせ、私達は街道を進んでいた。
周囲は、茶褐色の山肌が続いている。
「王都に着いたら、シャロンに似合うドレスを買いに行こうな」
「兄貴、魔大陸に行くのにドレスはねぇだろ」
バロックの言葉に、シャロンが呆れている。
「あぁ、臭いですねぇ、誰とは言いませんが、突き落としても良いですか?」
「歩きたいなら、てめぇが降りるんだな」
一方のこちらは、煙草を吹かすレインとソラが睨み合っている。
そんな馬車の後方には、兵士と荷物を乗せた馬車が二台並んで走っていた。
私は、そんな様子を黙って眺めている。
「…アリスさんも、臭いと思いますよね?」
そんな私に話しかけてきたのは、向かいに座るソラだ。
彼女は、大きな瞳を輝かせながら、私に尋ねてくる。
もっとも、馬車に乗る時にシャロンから彼女は、彼だと言う事を聞かされていた。
ああ、みんなが私に向ける誤解は、こんな感じなのですね…。
「…アリスさん?」
私はそんな事を考えながら、ソラを見つめていたらしい。
不思議そうに首を傾げた彼が、私の顔を覗き込んでいた。
「いえ、ちょっと考え事をしてました」
「フッ、味方には、ならなかったみたいだな」
レインは私を見ながら、不敵に笑う。
それを聞いたソラは、和かな笑顔で立ち上がり、剣を抜いた。
「…ソラ?」
ただならぬ空気を感じたバロックが、ソラに声をかける。
レインは余裕の笑みを浮かべて、煙草を咥えるだけだった。
「…大将、前方に魔物ですよ」
ソラはそう言うと、剣を片手に御者の席へ移動する。
彼の言葉を聞いたバロックは、慌てて前方を確認する。
そして、すぐに兵士達へ指示を出すのだった。
——ギギィイイ!!
耳障りな鳴き声を上げながら、それは現れた。
大きな蜘蛛型の魔物の群れだった。
八本の足を動かし、こちらへ向かってきている。
「ああ、やだなぁ、服が汚れる…」
ソラは、そう呟きながらも、剣を構える。
そして、大蜘蛛の大群に向かって駆け出した。
ソラの身体から真紅のオーラが溢れ出ると、その身体が加速する。
あっという間に大蜘蛛の懐に入り込み、斬り伏せた。
そのオーラは剣先まで包み込んでおり、刀身には傷一つ付いていない。
「…へぇ」
私はその懐かしい技を見て、感嘆の声を漏らす。
そんな私の視界の先には、ソラより遅れてバロックが大剣を、大蜘蛛に叩きつけていた。
その一撃で、大蜘蛛の身体が弾け飛ぶ。
そして、手に何も持たぬシャロンの姿。
だが、彼女は腰に下げた小さな銀色の筒のような物を取り出すと、空中にその中身を振り撒いた。
「…魔導…錬成…」
空中に散った赤黒い液体が、彼女の言葉により形を変える。
それは彼女の右手に集まり、やがて一振りの剣へと姿を変えた。
シャロンはその剣を握り直すと、迫り来る大蜘蛛を切り伏せていく。
レインは相変わらず煙草を吸いながら、その光景を眺めているだけだ。
「…あなたは戦わないんですか?」
「…おまえもな」
僅かな沈黙の後、私達は口を開く。
「「その必要を感じ…」」
同じ言葉を発した事に気がつき、同時に口を閉ざす。
レインは苦笑いを浮かべながら、口を開いた。
「…吸うか?」
私に同類の匂いを感じたのか、彼は煙草を一本差し出す。
私はそれを受け取ると、口に咥えた。
レインが指を鳴らす。
すると、指先から小さな火種が飛び出し、煙草に火をつけた。
深く吸い込んだ紫煙が、肺を満たす。
「…どうだ?」
「…悪くはないですね」
そんな私達の目前では、三人が大蜘蛛相手に暴れまわっている。
「随分と物騒なんですね?」
「…手が回らなくてな、こいつらは放っておくと湧いてきやがる」
それだけ言うと、彼は再び煙草をふかし始めた。
私も煙草をふかしながら、3人を見る。
ソラは楽しそうに笑いながら、次々と現れる大蜘蛛を屠っていた。
——紅蓮のフレイラ
彼の纏う真っ赤なオーラを知っている私は、その姿を見つめながら思うのだった。
バロックはというと、力任せに振るわれる大剣によって、大蜘蛛の身体を吹き飛ばしている。
…あれは平凡ですね。
私は彼等の戦いぶりを観察しながら、静かに評価を下す。
そして、一番気になる彼女の方を見た。
…魔導錬成?
初めて目にする術式だ。
彼女の手にした剣は、大蜘蛛の外皮を容易く切り裂いている。
バロックの大剣が、その外皮を切り裂く事が出来なかった事を考えると、かなりの切れ味なのだろう。
「…何かわかったか?」
不意にかけられた言葉に顔を上げると、煙草を咥えたレインが、睨むようにこちらを見ていた。
「…ああ、兵士は戦わないのですか?」
私は話を逸らすように、後ろの馬車達に視線を向けた。
そこには武器を手に持ちながらも、怯えるように身を縮める兵士達がいる。
「フッ、あいつらはただの荷物持ちだ」
「…そうですか」
そこで会話は終わり、大蜘蛛の群れの動きが止まるまで、無言の時間が続いた。




