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74話 シャロン・フロレンス

——魔大陸


遥か遠い昔のお伽噺。

アルマ王国を建国した人々は、その大陸から逃げ延びた者達の末裔だと、言い伝えられていた。


だが、その後の歴史で魔大陸はお伽噺として、人々から忘れ去られてゆく。


「シャロンは貴族なのですか?」

 

そんなお伽噺の世界を、見てきたという彼女。


「まあな、13のガキの頃から色々あって魔大陸よ」


エールを片手に語る彼女の姿は、どこか寂しそうに見えた。

 

「魔大陸とは、どんな場所なんです?」

「どんな?…俺みたいのには、楽しい場所だな」

「いや、魔族とか景色とかですね…」

 

私がそう言うと、彼女は少しだけ考える。

 

「…行きゃわかんだろ」

「まあ、確かに…」

 

彼女は、説明するのが面倒とでも言わんばかりに、話を切り上げてしまった。

 

互いにエールを煽りながら、つまみに手を伸ばす。

塩気の強い干し肉を噛み砕く度に、口の中に辛味が広がっていく。

そんな僅かな沈黙が、流れていった。

 

「…俺の質問に答えてねぇよな?」

 

彼女が、突然思い出したように、口を開いた。

 

「質問?」

「…あんた、つえぇだろ?」

 

その口元は笑っているが、その視線は観察するように鋭さを増していた。

 

「さあ?どうでしょうかね…」

 

私はとぼけてみせるが、その瞳は何かを確信していた。

 

「…決めたぜ、俺もあんたと冒険者になる」

「なんですか、急に…」

 

私の呟きに、彼女はニヤリと笑った。

 

「…勘だ、俺の勘があんたについてけば、おもしれぇって囁いてる」

 

そう言うと、飲みかけのエールを一気に飲み干す。

 

「…貴族様なんですよね?」

「ああ、ちょいと手柄を立てたんで、特別休暇で帰って来れたんだよ」

 

彼女は空になったジョッキを掲げると、おっちゃん追加ぁ!と声を上げた。

 

「俺を連れてくと、色々と便利だぜ?」

「…毎日、胸を揉めるとか?」

 

そう言った瞬間、彼女の右拳が私の頬を掠めた。

 

「…冗談ですよ」

「…その可愛い顔を、へこますつもりだったんだけどな?」


シャロンは正拳突きを軽く避けた私に、獰猛な笑みをたたえている。

 

「確かに冒険者の方が似合ってそうですね…」

「だろぉ?」

 

彼女は突き出した拳を引っ込めると、満足そうに笑う。

 

「今日の宿は決めてるのか?」

「いえ、まだですね」

「俺がいい宿を紹介してやるよ」

 

彼女は、明らかに何かを企んでいるような顔をしている。

 

「…何を企んでるんです?」

「大した事じゃねーよ。あんたについてくのに、宿もわかんねぇんじゃ、不便だろ」


そう言って、彼女は立ち上がると、カウンターで支払いを済ませてしまう。


そのまま手を引かれるように酒場を出た私達は、人混みの中を縫うように、歩いて行く。


「俺は、ちょいと兄貴に話をつけてくるから、明日の朝、落ち合おうぜ」

「朝は弱いので、昼でお願いします」

「…ああ、いいぜ」

 

私の言葉にシャロンは、楽しそうに笑みを浮かべた。

 

「足手まといはいらないので、何かあっても助けませんよ?」

「…あははッ、おもしれぇ事言うな、魔大陸帰りだぜ?」

 

そう笑うシャロンだったが、武器を携えているわけではなかった。


「…拳で戦うのですか?」

 

拳闘士なのだろうか?そんな考えが頭を過る。

そんな私の考えを察したのか、シャロンは再び笑みを浮かべる。

 

「そんな玩具、あそこじゃ包丁代わりにしかならねぇさ」

 

私の腰に差してある剣を指差しながら、そう言うのだった。

 

「…森を歩くには、重宝するんですよ?」

 

主に蜘蛛の巣を、払ったりするのだが…。

 

「なんだそりゃ?…って、着いたぜ」

 

気がつくと人通りが少なくなり、周囲には石造りの建物が増えていた。

目の前には立派な門があり、門番らしき男が二人立っている。

どうやら、ここが目的地のようだ。

 

しかし、随分と大きな建物だ。

 

「ここは表向きは商館だがな、領主様に内緒で女も扱ってるのさ」

「…領主に内緒ですか、大丈夫なのです?」


なかなか危なそうな匂いがする宿だ。


「剣しか頭にねぇ騎士道バカが、気づくわけねぇよ」

 

なかなか辛辣な言葉を吐くシャロン。

私は苦笑いを浮かべながらも、違和感を感じる。


そして、

 

「それにここを経営してるのは、二番目の兄貴だしな」

 

シャロンの言葉を聞き、私は違和感の正体を確信した。


…なるほどね。

まさか、ここの貴族様とはね。


そんな事を考えながら、私は娼館の門を潜るのだった。


 

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