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第8話 メイドのお仕事

王宮の最奥 国王の自室


専属メイドのフィーナは今日も一人、日課の掃除から始めていた。


この部屋はクリスティーナ女王のプライベートルームである。

その為、許可された者しか入る事は許されない。

 

フィーナは慣れた様子で掃除を始める。

1人でやるより、誰かとおしゃべりしながらの方が楽しいのだが、あいにくこの部屋には誰もいなかった。


だが、フィーナの場合は少し特殊であった。


「くーちゃん、掃除し忘れた場所はないかな?」

(その窓の右上が少し汚れておるの)

 

頭の中に直接語りかけてくる声に頷くと、雑巾で優しく撫でるように拭き取る。


「ほかわぁ?」

(フィーナよ、ベッドメイクがまだじゃ)

 

フィーナの中には、クロードという魔族がいる。


歴戦の女騎士が畏怖を抱いた正体であり、その危惧したとおり化け物に相応しい力を持っていた。


だが、クロードはフィーナの影となり見守る道を自ら選んでいる。

ただ彼女の幸せだけを願っているのだ。


フィーナもそんなクロードの事を気に入っており、親友のように慕っていた。

 

(うむ、完璧じゃな)

 

満足げな声を聞いて、フィーナはニッコリと微笑んだ。


「ねぇ、くーちゃん?」

(なんじゃ?)

「最近、クリスちゃんが寂しそうなの」

(ふむ、寂しいとは、儂には理解が難しい感情じゃな……)


クロードは悠久の刻を生きた魔族である。

そして、クロードは生まれながらに孤独であった。


「お兄ちゃんがね、最近お城に来てくれないんだって……」

 

お兄ちゃんとは黒髪の少女の事だ。

いや、少女にしか見えない容姿の道化師である。

 

(……あやつか……今は歓楽街にいるようじゃな)

 

魔力を探り、クロードは呟く。


「……かんらくがい?」

(そうじゃ、あやつは今、娼館に入り浸っておるようじゃ)

 

フィーナはその言葉の意味を理解するのに数秒の時間を要した。

そして、顔を真っ赤に染める。


「……お兄ちゃんのバカ」

(フィーナよ、男は狼じゃ、ケダモノには決して近づくでない)

「でも、お兄ちゃんは……」

(……そうか、あやつとは決着をつけねばならぬようじゃな、消し炭に変えてくれよう)

 

クロードの怒りを表すかのように部屋中の家具がカタカタと揺れ始める。


「あ!フ、フレイラちゃんもどこか行っちゃったって言ってたの!」

 

珍しく感情をあらわにするクロードに、フィーナは話題を変えた。


(ほう、あの小娘か……どれ)

 

すると部屋の揺れが収まり、何事も無かったかのような静寂が戻る。

 

(あの小娘は、闘技場にいるようじゃの)

「くーちゃん、すごいッ」

 

感心して手を叩く。


(ほっほっほ、それでなんの話じゃったかの?)

「うーん?なんだったかな?」


二人は今日もボケていた。


 

夜になり、公務を終えた女王は湯浴みをしていた。

 

国王の自室の地下に造らせた特注の露天風呂だ。

もっとも造らせたのは、黒髪の道化師であり、地下から地上までを一部貫通させて、露天としている。


そして、フィーナは女王と共に入浴していた。

他の誰に見られる事もないここでは、彼女達は友人でいられるのだ。


女王は満天の星々を見上げながら呟く。

 

「今日も夜空が美しいな……」

 

その表情はとても穏やかで美しい。

 

しかし、その瞳の奥に悲しみの色がある事をフィーナは見逃さなかった。

彼女は時折、この表情をする時があるのだ。

 

「クリスちゃん、何かあったの?」

 

フィーナが心配そうに尋ねるが、クリスはすぐにいつもの笑顔に戻る。

だが、その笑顔が作り笑いだとフィーナにはわかっていた。

 

それがわかってしまう程に、フィーナは彼女と長い付き合いなのだ。

フィーナの頭を撫でると、ポツリと口を開く。

 

「ルルがな、店を開くと言って職を辞したのだ」

「ルルちゃんが?」

 

フィーナは驚くが、その理由がわからない。

なぜ、仕事を辞めるのか理解できなかった。

 

「まるで、私の居場所が無くなっていくみたいだ」

 

そう言って再び星空を見上げる。

 

「いや、私が私で居られる場所か」

 

クリスにとって、気心を許せる友人は希少だった。

彼女は女王として振る舞わなくてはいけないのだ。

 

「クリスちゃん、フィーナは側にいるよ!」

「すまぬな、つまらぬ事を聞かせた」

「いいの、友達だもん」

「歳を取ると感傷的になるのかもしれぬな」

 

フィーナはクリスの頭を優しく撫でる。


「心配はいらぬぞ、私は王だ」


そう自分に言い聞かせるように呟くと、湯船から立ち上がる。

フィーナはそんな彼女の後姿を悲しげに見つめるのだった。

 

 

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