54話 再会
王都エルム 第七城壁
幾度かの夜を超えて、少し懐かしさを感じる城壁が姿を現した。
「…帰ってこれたわね」
王女は、珍しく感慨深く呟いた。
「…これで…終わり?」
リリスは、不安そうに城壁を見上げた。
「いえ、これからが始まりだわ」
二人にしかわからない会話が、交わされる。
私は、荷台の後ろの景色を眺めていた。
何もない草原が、遠ざかる。
馬車が止まり、また動き出す。
城門をくぐり、その景色が切り取られた絵のように額縁に収まった。
そして、景色は城門によって、閉ざされるのだ。
「あいつが好きだった理由が…」
「…なに?」
アイリスが、あの城壁のない景色が好きだった理由が、わかった気がした。
その独り言に、リリスは不思議そうな顔を浮かべた。
空は変わらず、青で染められていた。
そして、馬車は第四城壁を越えた。
城門をくぐると、動きを止める。
「どうしたのですか?」
耕作地と兵士の詰所しかない場所なのだ。
「…お母様?」
そんな私の疑問を他所に、王女は呟いた。
私も、彼女の視線の先を見る。
場所は違えど、旅立った時と同じように兵士達が整列していた。
そして、旅立った時と違い、その先頭には王妃の姿だ。
王女は、御者の席から降り、王妃に駆け寄る。
そして、押さえていた感情を爆発させるかのように、抱きついた。
私はその珍しい光景を眺めながら、荷台から降りる。
その先には、王妃と王女が言葉を交わす姿。
そして、王女はこちらに振り向くと、手を振った。
私は首を傾げるのだが、
「リリス!」
どうやら、彼女が合図を送ったのは、私ではないらしい。
「…妹でしたね」
誰にも聞こえない私の呟き。
リリスは、ゆっくりと歩む。
そして、王妃と静かに抱き合った。
私はその後方、馬車の横で、その景色を眺めていた。
「…おまえは、行かなくて良いのか?」
馬車の背後の僅かな気配に、声をかける。
「入れる雰囲気じゃないよ」
僅かな気配が、よく見知った姿で答える。
「アタシの役目は…終わったんだ」
ツインテールに分けられたピンク色の髪が、風に揺れる。
「…友達だろ?」
私のような友達ごっことは、違うはずなのだ。
彼女達は、まだ本物を持っているはずなのだ。
ツインテールが、風に揺れる。
私の横を通りすぎる。
「…リーやん!」
震える声を必死で抑え、そう叫んだ。
呼ばれた黒髪の少女が、振り返る。
二人は駆け寄り、声を殺して抱き合った。
私は、ただそれを眺めていた。
私には、もうないものなのだ。
私には、もうわからない価値観なのだ。
空を見上げる。
「…いつから、私は空っぽになったんですかね?」
空は、答えてはくれなかった。




