42話 小さな廃墟
馬車が、ガタガタと音を立てて街道を進む。
セリーヌ川を渡った先で、乗り換えた馬車だ。
宿場町とは便利なものだなと、日中から白く輝く瓦礫を横目に、馬車に乗り込んだのだ。
「貴族しか利用できないわよ?」
王女殿下は、昨夜の事がなかったように私の感嘆に溜息を漏らす。
宿場町とは、キヌスの貴族や騎士団の為の中継地なのだ。
古い同盟国であるエルムが利用できるのが、特別なのだそうだ。
そして、馬車は街道を進む。
私の横には馬車を操る王女殿下。
荷台の奥には、こちらも昨日と変わらないリリスが座る。
ただ二人の間に会話はない。
いや、もともと二人の間に会話が少なかったのだがら、いつも通りなのだが…。
「あの果物、美味しそうですね」
「城塞都市が、こんな間近で見れるなんて!」
「二人の好きな食べ物はなんですか?」
私なりに頑張った会話の着火を思い返す。
そして、盛り上がりにかける会話の後始末。
困った私は、
「リリス、私と席を代わりますか?」
呆気に取られた後の彼女の目は、昔よく感じられたものだ。
——バカなんですか?
古い友人と同じ冷たい視線で、返事を返してきたのだ。
馬車は、ガタガタと街道を進む。
私達の間に、会話はない。
私は、逃げるように遠くを見つめていた。
昔より整備された街道は、私から懐かしさを奪う。
通った事があるようなないような、そんな道だ。
だが、視線の先に低い城と城壁が映ると、
「あそこに寄ってもいいですか?」
「…?」
王女が、私の示す先を見る。
遠くに2階建程の城壁が見える。
辺りには畑などない。
「…良いわよ」
怪訝な表情を浮かべ、珍しく彼女は承諾した。
城壁に馬車が近づく。
その姿が、やがて鮮明になると同時に、戦火に晒された姿が現れた。
私は、御者の席から飛び降りると駆け出した。
「廃墟ですか…」
えぐられた跡の残る城壁の中は、昔見た街の建物の配置だ。
だが、人為的に破壊された跡が残る。
それは最近のものではなく、歳月を感じられた。
廃墟と化した街の中を歩く。
昔泊まった宿が、頭をもげていた。
クリスと飲み明かした酒場も、原型を留めていない。
私は、瓦礫に手を置く。
そんな私に、よく知る声がかけられる。
「知っている街なのかしら?」
王女殿下が、私の横に立つ。
リリスは、馬車の中なのだろうか。
街の入り口に、馬車が止められていた。
「いえ、似た街だったようです」
「……」
王女は、私の方を見て少し考えると、
「あなた、旅をした事があるの?」
「ええ、昔ですけどね」
また考えるように一呼吸置く、王女殿下。
「一人旅?」
「まさか」
この坂道を柄の悪い連中達に囲まれて、登ったのだ。
その先には、もうあの時の館はない。
「意外ね、あなたも友達がいないと思っていたわ」
「半分当たりですね、もう友人はいませんよ」
もういないのだ。
「喧嘩でもしたのかしら?」
王女は、性格の悪さを隠そうともせず、挑発的に笑う。
「みんな死にましたよ」
嘲笑うような彼女を突き放すように、私は吐き捨てた。
「年下に見えたけど、あなたいくつなのよ?」
なるほど、年下に見えていたのかと、私は空を見上げる。
年下に見えた相手が、昔旅をして、友人は死んでいると言ったのだ。
なるほどと、私は自分の幼い外見を再認識する。
「エルフの血が混じっているから、若く見えるんですよ」
「詐欺ね、衝撃の事実だわ」
彼女は呆れるように、呟いた。
そして、納得した表情を浮かべると、
「でも、あなたの謎が少し解けたわ」
「謎ですか?」
「年下なのに色々知っていた謎よ」
「…なるほど」
私はまた登り坂を見る。
そして、入れ口の馬車へと振り向いた。
「私の友人は、みんな死にました」
「……」
私の言葉の続きを待つように、彼女は私と同じ方を見る。
「だから、仲直りするなら早めの方がいいですよ」
後悔した時には、もういないかもしれないのだ。
私の言葉に、王女が答える事はなかった。




