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38話 旅路

街道を、一台の馬車が走る。

右手には海が広がり、時折、潮風が馬車を揺らす。


「本気で、三人旅なのですね」


御者の席から、辺りを見渡し、私は呟く。


王女殿下の旅路なのだ、騎士団の1つでも付いてくると思うのが常識だろう。

それが、まったく見当たらないのだ。


「そう言ったわよ」

「盗賊や魔物に襲われるとか…」

「…ない」


私の疑問に、荷台からリリスが指を差す。

その先には、行商人の馬車の姿。


「お伽噺じゃないのよ?キヌスが平定したこの地に、そんなものは滅多に現れないわ」


海側なんて特にねと、彼女は付け加えた。


「常勝不敗の将軍物語…知らない?」

「カレン将軍ですか?」


——このような者に、私は負けたのか


遠い昔、庭園で寝転ぶ私にかけられた軽口だ。


「あなたは、負けてないですよ」

「そうかな?」


何度か軽口を交わす仲になった彼女は、私の横に寝転ぶ。


「良い眺めですね」


私と同じ景色を目にして、彼女は呟く。


「ええ」

「眠気にも、負けそうだよ」


私よりも不真面目な彼女は、どこか馬が合った。


「君は、戦争をどう考える?」

「戦争ですか?」

「ああ」


そして、たまに真面目な口調になるのだ。


「外交ですね。だから、兵を用いるのは下策です」

「やっぱり、君と話すのは楽しいよ」


遠い記憶だ。

ただ彼女の物語というのは、読んだ事がなかった。


「知らないですね」

「あれは物語というより、教科書よ」


馬を操る王女が笑う。


「学院では、みんな読む」

「どんな物語なのです?」

「宿場町…」

「最速で馬を走らせる中継地を、各地に作ったわ」


足りない言葉を王女は付け加えると、平原の先を指差した。

遠くに牧草地帯が、広がっている。

その随分と先には、建物の姿だ。


「ああ、用兵の天才でしたからね」

「そうよって知ってるじゃない?」

「物語としては、読んだ事はないのですよ」


私の曖昧な答え方に、


「演劇かしら?」

「そうですね」


大衆演劇になる程、彼女は人気だった。

昔は、守護騎士物語など比較にならない英雄だったのだ。


「各地に宿場町があるから、治安は守られているわ」

「海側は特に…厳重」


リリスの言葉に納得する。


後ろを見れば、王都エルムから旅立ったと思われる行商人の馬車。

護衛の姿は、見当たらない。


「なるほどね」


私は背もたれに寄りかかり、時代の流れを感じるのだった。


青空は変わらず、雲がゆっくりと流れている。


「それで、どこに向かっているのです?」


キヌス方面だろうが、私には昔の地図しか頭にないのだ。


「傭兵の街よって言っても、わからないでしょう?」


彼女の行き先に、口元が緩む。


あの変人エルフは、まだ生きているのだろうか?

マキナとは互いに掲げた手で、別れを告げた。


「…嬉しそう」

「そうですか?」


会いたいと思った事はなかった。

そもそも、外の世界へ出たいとも思わなかったのだ。


だが、こうして導かれるように進むと、懐かしい気持ちになるのだ。


何ものにも縛られない、自由な旅路に憧れるのだ。


「良い眺めですねぇ」


城壁に遮られる事のない平野が、広がっている。

馬車は止まる事なく進み、景色はゆっくりと流れる。


通り過ぎる風が、草木の香りを運ぶ。


私は、自然と馬車の揺れに身を任せ、目を閉じた。



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