35話 希望祭 後編
陽の落ちた国民街を歩く二人。
「お母様の悪癖にも、困ったものだわ」
「悪癖?」
「守護騎士様の配役よ」
ああ、黒髪の綺麗な女性でしたね。
「あれは、絶対お母様の趣味よ」
「ははは」
私が最初に危惧した王妃様の性癖に、苦笑いで返す。
そして、旧貴族街の門をくぐると、
「あなた、脚力には自信があるかしら?」
「…はい?」
首を傾げる私。
大地を蹴り上げ、低いとは言え、頭よりは高い城壁に手をかける王女殿下。
そして、城壁の上に登った王女殿下は屈むと、私に手を差し伸べた。
私も、軽く飛び上がる。
「あら?」
王女殿下の手を取る事もなく、軽々と飛び上がった私。
「どうしたのです?」
「良い場所があるのよ」
そう言って、城壁の上の道を先導する。
そして、国民街の教会の頂上が、横に見えてくると、
「ついてくるのよ?」
王女殿下は、空を舞い、教会の屋根に着地した。
私も、それに続く。
「ここよ」
そこは、教会の最上部、鐘が設置された場所であった。
「私のお気に入りなの」
国民街を一望できるその場所で、王女殿下は呟く。
「ここは、危ないのでは?」
高所で危険という意味ではない。
希望祭のメインイベントが始まるのだ。
私の危惧した通り、夜空に光が弾ける。
市民街の方だったようで、遠くで花火が上がっていた。
柳のように火花が垂れる。
「あら?特等席よ?」
彼女はそう笑うと、私達より低い位置の国民街の屋根を指差した。
人々が、屋根の上に登っている。
「何をしているのですか?」
「あら、知らないの?」
国民街に花火が上がる。
見れば、人々は降り注ぐ火花を求めるように、手を掲げていた。
「希望の光を再現してるのよ?」
「花火では?」
移民街から見える光景に、ただの打ち上げ花火だと思っていたのだ。
「はなび?魔道具よ?」
今度は彼女が、首を傾げる。
「魔道具ですか」
なんと高価なものをと、打ち上がる花火と、それに群がる人々に目を落とす。
「浴びると、守護騎士様に見守ってもらえるって、言い伝えられているわ」
彼女はそう言って、夜空に手を伸ばす。
遠くで、光が降り注ぐ。
その普段らしくない姿は、子供のようだ。
その悲しげな表情は、見た事がないものだ。
「あれが、希望の光ですか」
——まるで詐欺師であるな
私は昔の光景を思い出して、笑みをこぼす。
——ただの薄い魔力の塊にしか見えませんね
「なによ?」
「いえ…」
馬鹿にしてるの?と言いたそうな王女殿下。
「王女様は、詠唱魔法を信仰していましたね?」
「当たり前じゃない?魔法は理論なのよ?」
理論の結果が、あのありふれた光だとするならば…。
私は、夜空に手を掲げた。
ただの遊びだ。
少しの魔力を右手に込める。
昔見た光景を思い出す。
彼女のように、右手を天に掲げる。
魔法は、イメージですよ。
私の身体から、小さな虹色の光が垂直に放たれた。
そして、空中で弾けると、キラキラと虹色の欠片が降り注ぐ。
「…え?ええ?」
降り注ぐ虹色の欠片に包まれ、彼女は困惑していた。
たが、空を見上げると、満面の笑みを浮かべた。
「無詠唱魔法も、良いものでしょう?」
降り注ぐ幻想的な光の中。
子供のように、はしゃぐ王女殿下が答える事はなかった。