34話 希望祭 中編
「行きたい所があるの」
目星をつけていた露店を何件か周り、ぶらぶらと散策していた私に、彼女は言った。
彼女と共に辿り着いたのは、国民街の娯楽街だ。
立派な屋敷風の施設が建ち並び、貴族や富豪向けのエリアになっている。
「王国劇場?」
私は縁のない知的な社交場へと足を踏み入れた。
チケットを、入り口の係員に提示する王女殿下。
座席は指定席のようで、案内されるままに部屋に入る。
そこには、よく見知った先客がいた。
「あら?アリスさん」
ステージがよく見下ろせる特別室のようで、そこに相応しい王妃様。
「…こんにちは」
「よっ」
王妃様の左の席に座るリリスと、その後ろで使用人らしく立ち、片手をあげるレン。
「あなたの席は、ここよ」
王妃様の右に1席空けて、優雅に腰掛けた王女殿下は私を手招きする。
私はレンに目配りをした。
レンは空気を読んでいるのか、座るように視線で促す。
国王陛下の席ではないのかなと思い、私は王妃様に視線を送った。
「アリスさん、どうぞこちらへ」
そして、私は王妃と王女に挟まれて、中央の席へと座った。
私の着席に合わせて、劇場内が暗くなる。
「ここは国王陛下の席では、ないのですか?」
「あの人は、公務で来ませんわ」
「何か、緊張する席なのですが?」
「たまたま、空いていた席ですのよ?」
王妃様は気にする事ありませんわと言い、劇に集中するように促す。
しかし、劇ねぇ。
寝るな…確実に寝るな。
そう思っていたのだが、
「私は国に帰らねば、ならぬのだ!」
そう叫び、騎士と殺陣を始めるハーフエルフの女性。
囲まれるハーフエルフの女性の元に現れた黒騎士。
そこまではよく見知った物語だった。
だが、黒騎士が仮面を外すと、そこには黒髪の美女の姿が…。
耳は、人族である事を示している。
本の中にはない描写だ。
大衆演劇の中にも、なかった配役だ。
そして、劇は進む。
新装版なのだろうか?
今までの物語とは、微妙に細部が違っていた。
いや、懐かしさを感じる程、私の記憶に沿っていた。
第二王子が書いた原本を元に、時代考察や当時の資料を探し当てたのか?
そして、王女が甲冑を纏った黒騎士の肩に剣を当てる。
「我が命と剣は主の為に…」
場内が騒めく。
もっとも有名なセリフが、改変されているのだ。
そして、希望祭の元となったシーンが、魔道具を使って演出される。
キラキラと光の粒が会場内に降り注ぐ、幻想的な光景だ。
先程の騒めきは、感動の声へと変わっていた。
そして、その声が収まるタイミングを待っていたかのようなラストシーン。
——王都エルムの民よ、いつか外敵に怯える日が来るかもしれぬ
——だが、安心するがよい
——我が騎士が、敵を撃ち滅ぼしてくれよう
——我が騎士は、そなたらの希望の光だ!
懐かしい彼女の言葉だ。
もっとも後世の創作だろう。
私をよく知る彼女が、そんな事を言うはずがないのだ。
——この国を頼むぞ
深く考えない彼女は、ただその一言を残して逝ったのだ。
涙で視界の滲む私の返事なんか待たずに、逝ったのだ。
そんな私の感情を察する事もなく、劇は満場の拍手と共に幕を降ろした。
「どうでしたか?」
会場内の人々が退席する中、王妃様が私に声をかける。
「斬新な表現で面白かったですよ」
「あのセリフはないと思うわ」
私の反応を否定するように、王女は口を挟む。
「どのセリフかしら?」
「主の為にって部分よ」
「どう思います?」
親子の会話を、私に振ってくる王妃様。
「私は、あの方が好きですけどね」
「私もそう思いますの。守護騎士様は、きっと主人だけに剣を捧げたのですわ」
そう言って、王妃様は微笑んだ。
「王女殿下、本日はお招き頂きありがとうございました」
レンが公爵家の使用人らしい言葉使いで、深々と頭を下げる。
その振る舞いに、違和感を覚える。
彼女をよく知ってるからこそ、二重人格を疑う程、洗練されているのだ。
そして、立ち上がったリリスも、頭を下げる。
「仲良くして下さいね」
王妃様は、そんな二人に、にこやかな笑顔を向けて見送る。
「王女殿下が、誘ったのです?」
「あら?悪いかしら?」
明日は雨か?とは言わない。
「お母様監修の劇、まあまあ面白かったわ」
「ん?」
不思議な言葉を言い残し、立ち上がる王女殿下と共に特別室を出る。
そして、長時間の劇だった為、劇場の外は夜を迎えていた。




