33話 希望祭 前編
数日後
「あなた、こんな時間まで寝ているのね」
「おはよう…ございます」
私の狭い鳥籠に、彼女は溜息を漏らす。
もっとも、呆れていれるのは部屋の狭さではないだろう。
ぼやけた寝起きの頭で、そんな事を考える。
どうやって鍵を開けたのだろうなんて、些細な事だ。
「王女に起こされる使用人なんて、聞いた事がないわよ?」
——そなたの悪癖には、慣れたぞ
遠い昔の彼女も、こうやって起こしに来たな。
「…そう…ですね」
眠気に負けそうな目を擦る。
「それで、どうしたのですか?」
「…あなたが、なかなか来ない理由がわかったわ」
「…?」
「約束したはずよ、一緒に希望祭に行くって」
ああ、今日がその日ですか…。
…
……
………
彼女に急かされ、着替えた私達は、国民街へ繋がる門を抜ける。
ちょうど昼時なのだろう。
建ち並ぶ露店からは、様々な匂いと共に人々が列を作っていた。
特設された野外の机と椅子には、希望祭を楽しむ人々が、美味しそうな香りと共に談笑している。
「お腹が空きました」
「そうね」
彼女と共に、事前にチェックした露店へと歩く。
いつにも増して賑わう商店街だ。
そんな人混みの中、露店に並ぶ列によく見知った顔を見つける。
思わず、二度見してしまった。
王妃様が、ごく自然に列に並んでいるのだ。
「…面白い方ですね」
「うん?」
「…いえ」
王女殿下は、それに気づいていないようであった。
声をかけるのも、無粋というものだろう。
私は彼女から、視線を外す。
そして、私は目星をつけていた露店へと並んだ。
「変わった物が、好きなのね」
それを見た王女殿下は、首を傾げる。
鉄板の上に押しつけられるご飯の塊。
その上から、黒い液体が注がれると、水分が蒸発する香ばしい音と香りが、辺りを覆う。
その香りは、醤油と味噌を混ぜたような匂いだ。
その焼き目のついたご飯を、型に押し込んでいる。
焼きおにぎりの露店なのだ。
「王女殿下も、食べてみますか?」
「…そうね」
私は2人前を注文し、それを受け取った。
そして、片方の袋を彼女に渡して、残りの袋を開けると、そのまま口に運ぶ。
焦げた醤油が口に広がり、舌には味噌のコクが焼けた米と共に染み込む。
「…美味い」
人波も気にせず、私は想像以上の味に呟いた。
「歩きながら食べるなんて、信じられないわ」
環境だけは、深窓の御令嬢である彼女は、嫌悪感を示した。
「露店では、これがマナーなのですよ?」
焼きおにぎりは、出来立てが一番美味いのだ。
マナーと聞いて、王女殿下は辺りをキョロキョロと見渡す。
私と同じように、食べ歩きをする者もいた。
「マナーね」
そう呟きながらも、袋には手をつける気配がない。
王女殿下には、敷居が高いマナーでしたか。
そう思っていたのだが、彼女は私を置いていくように商店街の壁際に早足で進み、壁に向かって疑惑の動きをした。
「…美味しかったですか?」
コソコソと疑惑の動きで、背を向ける彼女に、声をかける。
「…なんの事かしら?」
食べ慣れていないであろう彼女の唇に、答えが残っている。
きっとこの滑稽な光景を、私は忘れないだろう。
「…そうね。料理長にメニューの提案をしておくわ」
私の笑顔に観念した王女殿下は、そう言い残した。
 




